1話:十万円のバイト
逆行転生して女になった俺――柚木英子は、二度目の高校生活を送っている。
現在は高校二年生。せっかく人生をやり直しているのだから前にはなかったものを試し、今度こそ好きに楽しむつもりだ。
そんな俺にとって、放課後に集まってゲームで遊べるEスポーツ部は理想の居場所だった。
今日も部長、中島、鹿島先輩、副部長の鷹野先輩と五人で、チーム対戦型のゲームを遊んでいる。
大会へ出る予定もなければ、練習メニューや反省会もない。各自が好きなゲームを持ち込み、人数が揃えば一緒に遊ぶ。立派な看板を掲げた学校公認の遊び場だ。
前の人生で学生をしていた頃にはこんな気の利いた部活は存在しなかった。入学前に名前を見つけた時点で入部はほとんど決まっていたようなものである。
「柚木、下がれ。そこ見えてる」
中島の警告に反応したときには遅かった。茂みから飛び出した敵に捕まり、俺のキャラクターが画面の中央で袋叩きにされる。全体の戦況を追うことに気を取られ、自分の足元が疎かになっていたらしい。
「あっ」
「だから言っただろ!」
今にもやられそうなところで、横から鹿島先輩のキャラクターが割り込んだ。敵の攻撃を引き受け、そこへ鷹野先輩の援護も重なり俺は瀕死のままどうにか逃げ延びることができた。これは助かったというより、二人に助けてもらっただけだな。
「柚木ちゃん! うかつだよ!」
「すみません!」
鹿島先輩から叱責されるが、俺が悪いので反論をする余地はない。
国や軍隊を動かす戦略ゲームなら得意なんだがな。一体のキャラクターを細かく操りながら十人分の動きを読むのは、どうにも性に合わない。考えているうちに指が遅れ、分かっていたはずの危険へ自分から突っ込んでしまう。
「今日は素直だね柚木ちゃん」
「いつも素直と言ってください。実際に戦績はドベですからね」
事実を否定しても腕前は上がらない。このゲームなら鹿島先輩と中島のほうが明確に強いし、俺の得意分野なら立場は逆になる。それで十分だ。
その後は余計なことをせず、二人の指示に合わせて後ろから攻撃へ加わった。最後は部長が敵陣を壊し切り、画面を勝利の文字が覆う。俺の働きまで誇れる試合ではないものの、負けるよりは気分がいい。
「もう一回いくか?」
部長が次の対戦を始めようとするなか、鹿島先輩だけがヘッドセットを外す。
「ごめん。今日はもう帰るね」
「またバイトっすか?」
中島に聞かれ、鹿島先輩は鞄へ充電器をしまいながら頷いた。
「うん。代わりに入ってほしいって頼まれてるの」
勝った直後なら普段は誰よりも次の試合をやりたがる人だ。俺の出来が悪ければ、「次こそ働いてもらうからね」と笑って続投させる。それが今日は口元に笑みもなく、席を立つときには机へ手をつき、肩を回してから鞄を持ち上げている。
「じゃあ、お先に」
軽く手を振り、鹿島先輩は部室を出ていった。
思い返せば、新学期に入ってから部活を休みがちだ。顔を出しても一、二試合で帰ってしまい、俺が先に切り上げようとしても引き留めなくなった。今日だけなら疲れているで済ませるところだが、これだけ続けば何もないと考えるほうが難しい。
心配でたまらない――というほどではない。ただ、気の合う遊び相手が露骨に元気をなくしている。理由くらい聞いても罰は当たらないだろう。
それに、鹿島先輩が来なければ遊びの幅も減る。我ながら純粋な善意ではないが、動機なんて役に立てば何でもいい。
「悪い。私も今日は帰る」
「柚木まで何か用か?」
「鹿島先輩に聞きたいことがあるだけだ」
中島の返事を待たずに鞄を掴み、部室を飛び出す。階段を一つ下りたところで、どうにか先輩の背中へ追いついた。
「鹿島先輩」
呼びかけると、先輩が足を止めて振り返る。
鹿島莉理――俺より一学年上の三年生で、柔らかな栗色の髪を肩のあたりで切りそろえている。毛先は軽く内側へ巻かれ、少し垂れた目尻のせいか、黙っていれば大人しそうに見えるが気の弱い人ではない。
細身ながら制服の上からでも女らしい丸みが分かり、絶世の美少女とまではいかなくともクラスで一番可愛い子として名前が挙がる程度には整っている。
所詮はクラスで一番程度だが、俺の好みの顔には違いない。気にかける理由としては十分だ。
「柚木ちゃんも帰るの?」
「ええ。途中まで一緒に帰りましょう」
「いいけど、珍しいね」
「少し聞きたいことがありまして。とにかく出ましょう」
並んで昇降口を抜けると夕方になっても外の空気は生温い。九月も半ばだというのに残暑はまだ居座っているらしい。
隣を窺えば、鹿島先輩は歩く速度まで普段より遅かった。どうやら俺の思い過ごしではなさそうだ。
「それで、聞きたいことって?」
「ここのところ元気がないですし、新学期になってからバイトだと言って、部活にもあまり来ていませんよね」
鹿島先輩の視線が俺から外れる。鞄の持ち手を握り直した指先には、薄く力が入っていた。
「ちょっと……家のことでね」
それきり、先輩は口を閉ざす。話したくないことまで聞き出すつもりはないが、遊ぶ金欲しさに働いている顔ではない。
「何か事情があるんでしょうけど、悲壮感が出ていますよ」
横断歩道の信号が赤へ変わり、俺たちは並んで足を止める。しばらく車の流れを眺めてから鹿島先輩は諦めたように息を吐いた。
「……諸事情でお金が必要なの。所詮は学生だから限界はあるけど……だからって何もしないわけにはいかないし」
「それで、なんとか頑張らなきゃ、と?」
「……そんな感じ」
笑おうとしたらしいが、頬がわずかに動いただけだった。
本人が時間を切り売りすると決めた以上、俺に止める筋合いはない。だが、鹿島先輩の時間を欲しがる買い手なら――ここにも一人いる。
以前から、一度くらい抱いてみたいとは思っていた。あの澄ました顔がどんなふうに崩れるのかには興味がある。ただ、親しい先輩後輩という関係を壊してまで誘う理由がなかっただけだ。
しかし、向こうは金を必要としており、俺にはその時間を買えるだけの余裕がある。
――実に都合がいい。
「なら、私からバイトを提案するのはどうでしょうか?」
「バイト?」
青へ変わった信号にも気づかず、鹿島先輩が俺を見る。
「はい。一発やらせてくれたら、十万円出しますよ」




