戦後賠償は求めない
ルー地方奪還から数日後。
総統官邸では、戦後処理についての閣議が開かれていた。
財務大臣が資料を机へ置く。
「総統。ランス国へ戦後賠償を請求すべきです。ルー地方占領による被害は甚大です。国家財政の立て直しにも大きく貢献します」
国防大臣も頷く。
「今回はこちらが勝者です。当然の権利かと」
会議室の視線が一斉にベレへ向く。
しかしベレは静かに首を横へ振った。
「請求しません」
その一言に、会議室が静まり返る。
「総統……?」
ベレは立ち上がり、黒板へ一行だけ書いた。
『賠償金は、次の戦争を生む』
振り返り、ゆっくりと話し始める。
「私たち共和国は、先の戦争で敗れました。莫大な賠償金を課されました。その結果、国民は苦しみ、産業は衰退し、世界恐慌と重なって国は崩壊寸前まで追い込まれました。その苦しみを知っている私たちが、今度は同じことを相手へするべきでしょうか」
誰も答えられなかった。
ベレは続ける。
「私は、お金で恨みを買うつもりはありません。ですが、責任は果たしてもらいます」
黒板へ三つの項目を書き加える。
* 青十字支援隊への補償
* 犠牲者および遺族への補償
* 先の戦争で共和国へ課せられた賠償金の一部放棄
「共和国が求めるのは、この三つだけです」
ラインが驚いた表情を見せる。
「先の戦争の賠償金まで見直すのですか?」
ベレは頷いた。
「はい。過去の恨みを未来へ持ち込んではいけません。今回の争いを終わらせるだけでは意味がありません。次の戦争が起きない土台を作ることが、私たちの仕事です」
財務大臣が静かに口を開く。
「確かに賠償金は国を豊かにするかもしれません。しかし、また憎しみも残ります」
国防大臣も腕を組みながら頷いた。
「総統は、戦争に勝つのではなく、平和に勝とうとしているのですね」
ベレは穏やかに微笑んだ。
「ええ。共和国が本当に勝つ日は、誰も次の戦争を望まなくなった日です」
会議室は静かな拍手に包まれた。
共和国は勝者となった。
しかし、その勝利で新たな敗者を作ることは選ばなかった。
閣議終了から数日後。
ルー地方では、復興が本格的に始まっていた。
閉鎖されていた炭鉱には、再び多くの作業員が集まる。
長い間止まっていた昇降機がゆっくりと動き始めた。
工場にも次々と電気が灯る。
機械の音が、再び町へ響き渡った。
仕事を失っていた元炭鉱夫は、震える手で作業着を受け取る。
「……働ける。また、働けるんだ……」
隣にいた職人も目頭を押さえながら笑う。
「ああ。ようやく、普通の暮らしが戻ってくる」
一方、共和国政府は鉄道復旧にも着手した。
工兵隊と技術者たちが現地へ入り、破壊された線路や橋梁の補修を開始する。
ベレは復興会議で指示を出す。
「鉄道路線の復旧と補修を最優先してください。人も物資も、鉄道が動かなければ十分に運べません」
担当大臣が力強く頷く。
「既に資材と技術者を手配しております。全力で復旧を進めます」
復興は始まったばかりだった。
だが、ルー地方には再び機械の音と、人々の笑顔が戻り始めていた。




