数字の向こう側
総統執務室。朝一番。
ルマルは一冊の分厚い統計資料を抱え、部屋へ入ってきた。
「総統。最新の経済統計がまとまりました。」
ベレは手を止める。
「結果はどうでした?」
ルマルは静かに資料を開いた。
「失業率が……初めて改善しました」
部屋の空気が変わる。
ラインが思わず声を上げる。
「本当ですか!」
ルマルは頷いた。
「公共事業の開始。工場の再稼働。技術者保護。国民食堂の整備。これらの政策が数字として現れ始めています」
資料には、失業率の推移が記されていた。
恐慌後、上昇を続けていた失業率が、初めて下降へ転じている。
工場の稼働率も上昇。
公共事業の参加者も増加。
税収もわずかながら回復していた。
ヘルムは資料を見ながら笑う。
「ようやく結果が出始めたか」
ラインも嬉しそうに頷く。
「国民の皆さんも安心できますね」
しかし、ベレは静かに資料を閉じた。
「まだ始まったばかりです」
全員がベレを見る。
「この数字だけで喜ぶのは早すぎます。仕事が見つかっていない人は、まだたくさんいます。生活が苦しい家庭もあります。ここで気を緩めたら、また元に戻ってしまいます」
ルマルは静かに頷いた。
「その通りです」
ベレは机の上に広げられた地図へ目を向けた。
視線は、占領されたルー地方で止まる。
「それと……ルー地方へ食料品、生活必需品、医薬品を送る手筈を進めましょう」
ラインはすぐに答えた。
「はっ!」
少し考えた後、続ける。
「それならば、波風が立たないよう、青十字を通じた人道支援として手配いたします」
「食料。衣類。医薬品。全て人道支援物資として搬送すれば、国際社会からも理解を得られるでしょう」
ベレの表情が少し和らぐ。
「ありがとう、ラインさん。お願いします」
ラインは力強く敬礼した。
「必ず届けます」
ヘルムは腕を組みながら口を開く。
「支援物資だけじゃねぇ。共和国は、ルー地方を忘れていないっていう、一番のメッセージにもなる」
ベレは頷いた。
「ええ。救える命は、一人でも多く救いたい」
その日の午後。
共和国外務省は青十字を通じ、ルー地方への人道支援を正式に要請した。
一方、その日の夕刊では、大きな見出しが躍っていた。
『共和国、失業率改善』
『公共事業と工場再開が成果』
『恐慌後、初の明るい統計』
街では新聞を読んだ人々が笑顔を見せる。
「本当に景気が戻ってきたのか?」
「俺も来週から工場へ戻る」
「少しだけ、未来が見えてきたな!」
総統執務室では、ベレが再びルー地方の地図を見つめていた。
「待っていてください。必ず、皆さんを助けます」
その決意は、以前にも増して強くなっていた。




