表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蟻の王  作者: 八神あき
9/11

奈落

 暗い、溟い洞窟の中、ヒュージアントのごそごそと土を掘る音に従い、ニッツは歩く。

(ゼークトとかいうやつ……面倒だな。どうする……? 作戦を立て直すにしても戦については知識も経験も向こうが上……。相手が思いつかないこと、知らないことを使って……)

 知らず、爪を噛んでいた。思索を巡らすほどに強く、強く噛み締める。

 じわり、と甘い血の味。

(将軍……人間の、なら……そっか、相手は人間との戦いの専門家なんだ)


 ニッツは思いつきを頭の中で試み、穴がないか探し、他の案も探るも、現状勝ち目がありそうなのはこのひとつだけ。

 もう賭けだ。やるしかない。

 ニッツは次の手をうつため、帰路を急いだ。


 ×××


 バエル。かつては王国最西端の街であり、今ではニッツの根拠地。

 街の建物は瓦解し、地下には巨大な蟻の巣が掘られている。

 地下の巣では、出発前に産んでおいた二万もの卵が羽化を終えていた。


 ニッツは生き残った蟻とともにバエルに入ると、即座に二万の兵力と合流。五千を作戦のための作業に当て、残りを連れて出た。

 10匹でひとつの斥候部隊を作り、定期的に索敵に出す。


 斥候には、「敵にぶつかったらすぐに帰ってこい」と命じている。これなら意思疎通できない蟻からでも情報を得ることができる。

 斥候が帰ってくる時間は徐々に短くなっている。つまり、敵は近づいているということだ。


 翌朝、街道の彼方に敵影が見えた。

 ニッツは三千ほど出し、敵にぶつける。

 敵が剣をぬき、硬質な外骨格とぶつかり合う音。


 ニッツは全速力で後退する。だが敵の騎兵部隊が猛然と追ってきた。

(くそ……三千じゃ足止めにも少なすぎた……!)

 舌打ち。


 こういったところでの兵力配分の匙加減がやはり、経験の差だろう。

 それでも対抗策はある。


 ヒュージアントたちは敵にお尻を向ける。

 そして、蟻酸を噴き出した。


 一匹のはく蟻酸の量は大したことはない。せいぜい小型の魔物を追い払うくらいだ。

 しかし、七千のヒュージアントである。

 ガスで視界はぼんやりと霧がかかり、騎兵たちは咳き込み目を抑える。


 動きが鈍ったその隙に——突撃を命じた。

 戦闘がはじまる。


 相手は動きの鈍った騎兵。突撃の勢いで一気に戦力を削る。

 ヒュージアントを横隊に展開し、敵を包み込むようにして包囲を狭めていく。

 もう少しで全滅できる。


 だが、もう時間切れだ。

 最初に送り出した三千は駆逐され、敵の主力が向かってきていた。

 ニッツはダメ押しにもう一度蟻酸を振り撒く。騎兵を動けなくし、離脱した。


 これ以上の時間稼ぎは出来ない。ニッツは全力でバエルを目指す。

 敵もまた、ニッツを追う。


 巨大蟻と人間のレース。わずかに人間の方が早い。

 ——それでも。

 なんとか追いつかれず、ニッツはバエルにたどり着いた。

 城門をくぐると、門番の蟻がロープを噛み切る。鉄の門が勢いよく落ちた。


 敵は攻城兵器の準備をはじめる。

 近くの木々を切り倒し、巨大な投石機、破城槌、城門よりも高い塔が、またたく間に組み立てられる。

 敵は作業を終えるや、休息もせず攻撃をはじめた。


 投石機が岩を投げ、破城槌が鉄の門をぶったたく。

 移動式の塔に乗った兵が城壁に乗り上がり、守っていたヒュージアントを斬り殺す。


 ニッツに城を守るノウハウなどなく、そもそも弓矢などを使えないヒュージアントではろくに戦うことすらできない。

 堅固な城壁はわずか二日で崩落。人間たちは破った城門から、あるいは投石機で開けた城壁の穴から、街へ攻め込んでくる。


 街に入った兵たちが見たのは、異様な光景だった。


 建物の多くは瓦解し、あちこちに卵や、幼虫の繭がある。

 かつては賑わっていた街道も人間はひとりも見当たらない。あるのは巨大な白い幼虫や、蟻の食べ残したゴミだけ。

 勢いづいていた兵たちも、顔をしかめて歩調をゆるめる。


 兵たちは不快感を覚えながらも、先頭で指揮をとるゼークトのもと、戦いを続けた。

 街道を進みつつ周囲の建物を制圧していく。

 最後に残ったのは街中央にある行政府。


 兵たちは行政府へと足を踏み入れる。

 そして——地面が、崩れた。

 行政府の地下には無数のトンネルが掘られており、大量の兵が乗ると、その重みに耐えきれず、地下室の天井が落ちたのだ。

 彼らが落下した穴の中には無数の蟻がひしめいている。


 足場は悪く、光も少ない。

 人間が戦うには、あまりに不利な地形。

 周囲には、壁まで埋め尽くすヒュージアント。

 無数の蟻が、人間に襲いかかった。


 ×××


 ニッツは遠間から策があたったのを確認した。

 ゼークト率いる部隊は蟻の巣へと落ちていった。あの中には一万もの蟻。もはや生きては出られまい。

 女王に命じ、周囲にいたヒュージアントを集めさせた。地上に残っている敵部隊へ攻撃を命じる。

 指揮官を失った軍団はいともたやすく崩壊した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ