第九十三話 善後策
俺の隣に座り、一緒に話を聞いていた佐伯課長が詰めていた息を吐き出した音で、半ば飛び掛けていた俺の意識が引き戻された。
「もし、樫山専務が庶務課ではなく別の課への異動命令を、改めて下した場合はどうなりますか」
ハリス部長が自分よりも年上で五十代半ばの人事部の部長に対し、言葉を選びながら慎重に問い掛けた。
ハリス部長の言葉に、まだ喜ぶ時ではなかったと俺は緩んでいた気を引き締め、人事部の部長の答えを待った。
「本来、人事異動には合理的な理由を必要とする。樫山専務には樫山専務なりの考えがあって、今回の庶務課への異動を合理的だと判断したのだろう。そうだとするならば、庶務課が駄目なら他の課へということにはならないはずだ」
「そうあってほしいと思います」
「総務部の部長の方からも、営業部のホープとも言える人材を預けられても総務部で管轄する課では、使いこなすのは難しいだろうと、謹んでお断りするという言葉も貰っている」
俺は、総務部の部長の話を聞かされて複雑な心境になったが、ハリス部長と佐伯課長は納得したように頷いていた。
これから樫山専務と話し合いに行くと言って人事部の部長が立ち去るのを見送った後、ハリス部長が重い溜息を吐いた。
「佐伯課長から大まかな話は聞いていたが、まさか樫山専務がここまでするとは……」
ハリス部長の言葉に驚き、佐伯課長を見ると事情を話し始めた。
「相手が樫山専務となると、課長でしかない私の権限の及ぶ範囲は、限られた狭いものになってしまう。そうなると、いざと言う時には間に合わないかも知れないと判断して、ハリス部長にも大体のことは話しておいた。新井には何も言っていなかったが、今回はそれが功を奏したようだ」
俺が関知しなかったところで佐伯課長が俺のために心を砕き、ハリス部長と共に俺を樫山専務から守ろうとしてくれていたのだと知らされ、俺は感謝の言葉しか思い浮かばなかった。
「今回は、佐伯課長から話を聞いていたお蔭ですぐに対処ができ、大事にならずに済みそうだが、次も上手くいくとは限らない。言いづらいこともあるだろうが、何が起き、どういう経緯を辿り、今はどういう状況なのか話してはもらえないだろうか」
佐伯課長の言葉に頷いて真摯に問い掛けるハリス部長の俺に向けられた眼差しに、俺は身構えることもなく自然と言葉を紡いでいた。
「新井君には不本意なことかも知れないが、そういうことなら樫山専務から距離を置く意味でも、プロジェクトチームを卒業してはどうだろうか」
俺の話を聞き終えたハリス部長は、言葉を用意していたかのようにプロジェクトチームから抜けることを提案してきた。
「営業部の部長である私の強い希望で、営業の仕事に専念させるためという理由付けをすれば、任期中の今、プロジェクトチームから卒業しても新井君の経歴に傷が付く心配もないと思うのだが……」
「お手数をお掛けしますが、よろしくお願いします」
俺のためを思い、善後策を提案してくれたハリス部長に、俺はその場で承諾して頭を下げた。




