第九十一話 願うは一つ
ソファに座り込むと、自然に溜息が零れる。
手に持っていたストラップに付いているご当地キャラが視界に入り、ぼんやり眺めているうちに梨奈の姿が思い出された。
以前、梨奈と一緒に出掛けた時、たまたまそのご当地キャラのぬいぐるみが綺麗に並べられて売られているのを見つけ、梨奈がニコニコしながら『可愛いね』と撫でていた。
そんなに気に入ったのなら一つ買ってやろうかと思い、梨奈に言うと『一人だけ連れて帰ったら、みんなと離れて寂しいんじゃないかな』と買わずに帰って来たことがあった。
「一人は、寂しい……、か……」
その時のことを思い返し、梨奈の言った台詞を口にすると無性に梨奈に会いたくなった。
腕時計に目を遣ると、午後の三時を回ったところだった。
梨奈の勤めている花菱製菓株式会社は、同じ敷地の中に事務所の建物の他に工場や倉庫なども併設していたため、午後の三時から十五分間の休憩時間を取っていた。
携帯電話を取り出して『仕事が終わったら、デートしないか』と梨奈にメールを送った。
梨奈からは、いつも待ち合わせに使っているコーヒーショップで待っているという返信メールがすぐに送られて来たが、続けられていた文には『おなかが空きすぎて、歩けなくなる前には来てね』とあった。
それを見た俺は、大事なことを思い出す。
梨奈はいつも素のままの俺を待っていてくれ、受け入れてくれていた。
頑張った俺も疲れた俺も、時には梨奈に甘えたくなった俺も梨奈はいつだって作り物ではない心からの笑顔で、俺を受け止め認めてくれていた。
何も言わなくても本当に認めてほしい人に、これまでずっと認めてもらえていたのだ。そして、それは梨奈と一緒にいる限り、これから先も続いていくのだろう。
そのことに気が付き、胸の中に明かりが灯った。
その明かりは、俺の気力に火を点けた。
樫山専務がどんなに卑怯な手を講じようとも
“俺は、絶対に樫山専務の思い通りにはならない”
と、強い思いが沸き上がった。
ソファから立ち上がり丸テーブルに向かって歩き出し、丸テーブルの真ん中にストラップを置いた。
出入り口からご当地キャラがすぐ見えるように位置を調整した後、休憩室のドアを開けて足を踏み出した。
まずは、佐伯課長に庶務課への異動命令の報告をしなくてはと思い、佐伯課長のデスクを目指し営業部の部屋へ入ろうとした時、佐伯課長の方から声を掛けられた。
「新井。ハリス部長が呼んでいる。すぐに行くぞ」
俺の返事も聞かず、歩き始めた佐伯課長の後を俺は慌てて追った。
ハリス部長は名前を『ハリス城山』と言い、営業部を総括する営業部部長だった。
女性社員から聞かされたところによると、元官僚の日本人の父親とイギリス人の母親を持つハーフで子供の頃から父親の仕事の関係で世界各地を転々とし、上海の支社に入社した直後からめきめきと頭角を現し、海外の支社を渡り歩いて本社の営業部部長に納まったということだった。
年齢は四十代後半のはずだったが、見た目は三十代と言っても十分に通用しハーフ特有の容貌も相俟って女性社員からの絶大な人気を博していた。
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