第七十二話 似て非なるもの
今週もよろしくお願いします。
俺は美咲の気勢を挫くように鳴り続けている携帯電話を、美咲に見せ付けるようにゆったりとした動作で取り出し、電話を掛けてきた相手を確認した。
電話の相手が達樹だと知り、俺は咄嗟の判断でその電話を利用することにした。
「はい。新井です」
「何だ。まだ仕事中か」
「分かりました。すぐに戻ります」
達樹なら、今の噛み合わない会話から機転を利かせて事情を察してくれるだろうと思い、そのまま電話を切った。
「問題が起こった。会社に戻る」
美咲が何かを言う前に、俺は会社へ行くと告げて部屋から出た。
腕時計で時間を確かめると、ちょうど時計の針が夜の九時を指していた。
美咲と一緒に住み始めた当初は、美咲の実家に雇われている家政婦が食事の用意をし、美咲は食事をせずに俺の帰りを待っていた。
しかし、俺は美咲との接触を必要最低限に留めておきたかったため、マンション『イリス』へ行くことが決まった直後、佐伯課長に事情を話して協力してくれるように頼み、連日、夜遅くまで会社に残って仕事をし深夜に帰宅していた。
休日も休みを返上して朝から夕方まで仕事をし、その後、スポーツジムへ行ったり映画を観たりして時間を潰してから帰っていたため、美咲の望む早い時間に帰ることはないと知った美咲は、早々に食事の用意を止めさせてしまっていた。
それでも、俺が帰る時間には起きて待っていた美咲は、のんびりと朝を過ごす生活習慣が身に付き定職も持っていなかったことから、翌朝の起床時間を気にする必要もなく、綺麗に身なりを整えて俺を出迎えた。
だが、美咲は一日働き疲れて帰って来た俺を労うこともなく、そのまま一緒に夜の街へ出掛けようと誘ってくることがたびたびあった。
俺は、そんな美咲にうんざりしながら『明日も仕事がある』と断り、書斎として用意されていた部屋に引き上げていた。
俺の態度に美咲は言いたい放題の文句を並べ立てていたが、仕事帰りの深夜に美咲と言い争う気にもなれず、俺は書斎に置かれていた二人掛けのソファに部屋の中に持ち込んだ毛布を被って横になり、寝たふりをして遣り過ごしていた。
美咲は、最後には豪奢なベッドで自分と一緒に休むように言い募っていたが、一度でも美咲と同じベッドで一晩過ごしたら、今以上に自分を苦境に追いやることになると分かりきっていたため、俺は寝入った風を装い無視していた。
そういう遣り取りが美咲と同居するようになってから毎晩のように繰り返され、精神的な疲労が蓄積されていた俺は、樫山専務と美咲が一緒に出掛けて留守をする予定になっていた今日、たまにはゆっくり過ごしたいと思い、早めに仕事を切り上げてマンション『イリス』へ戻ると美咲がいた。
建物から離れて、達樹に電話を入れるとすぐに繋がった。
「何かあったのか」
俺が思った通り、達樹はあの電話で何かあったと察して俺からの連絡を待っていたようだった。
美咲がいたことと話した内容を告げながら、頭の中で『これからどうしようか』と考えていると重い溜息が漏れた。
「それなら、うちへ来いよ。そういうことなら、今夜はもう戻る必要もないだろうし、うちに泊まればいい」
今が早いとは言えない時間だったため少し迷ったが、重ねて達樹に『話がある』と言われ俺は達樹の言葉に甘えることにした。




