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第三十八話 診断書

 美咲の話を理解できないと言った俺に、美咲は食事の手を止めてバッグから一通の白い封筒を取り出すと、指先を添えてテーブルの上を滑らせるように差し出してきた。


「これを見れば、理解できるはずよ」




だが、俺はそれを手にする気になれず、美咲と白い封筒を見比べていた。


「自分の目で確かめてみて」


俺は気が進まなかったが見なければ話を終えられないと察し、封筒を受け取った。




 封を開けて中に入っていた用紙を取り出し、広げて内容を確かめると印字された大きな文字で『診断書』と書かれ、その下に手書きで美咲が妊娠していることを断言する文章がつづられ、更にその下に医療機関の名称と医師の名前が入ったゴム印が押されていた。


それは、美咲が間違いなく妊娠していることを証明する診断書だった。




「これで理解できたでしょ。あなたの子よ。尚哉さん」


診断書を手にしたまま何が起ころうとしているのか考えようとした矢先に、美咲の言葉が俺の耳に飛び込み頭の中で反響した。


『あなたの子よ。尚哉さん。あなたの子よ……。あなたの……』




頭の中で鳴り響いていた音が痛みを伴うものに変わり、苦痛を感じながらも美咲が俺の子だと言い切った理由を考え、思い当たったものに俺は愕然とした。




「結婚式は、できるだけ早いうちに挙げましょう。お腹が目立つようになってからでは着られるウエディングドレスも限られてしまうし、あなただって最高に綺麗な花嫁をエスコートしてみんなに自慢したいでしょ」




“俺は、樫山専務の娘と、結婚するのか……”




美咲のクラス会があった八月十四日の夜の忌まわしい出来事を根拠に俺を子供の父親だと名指しし、結婚を迫る美咲の言葉を半ば呆然として聴いていた。


背中を嫌な汗が伝い落ちた。


次の瞬間、突如、心の奥底から熱いものが込み上げてきた。


“そんな、馬鹿な真似ができるかっ。俺が結婚する相手は、梨奈だけだ”




 俺の意思を完全に無視し、尊厳さえも踏みにじっておきながら、あの行為を『愛し合った』と平然と言える美咲に対し吐き気がした。


百歩譲って子供が本当に俺の子だったとしても、あんな暴力的な行為でできた子を父親として受け入れるなど、天地がひっくり返ってもできそうになかった。




「披露宴は盛大にしましょう。そうね、招待する人の数は……」




顔を上気させ、よどみなく俺たちの結婚披露宴について語る美咲に、俺はあの夜のことを問い詰めようとした。


その時、俺の警戒心が『待てっ』を掛けた。




 今、美咲にあの忌まわしい行為について問い詰めるということは、暗に美咲と肉体関係があったことを認めることになる。


まだ俺の子だという確証が示されたわけではない今の段階で、それを口にするのは得策とは言えない。


俺は自分の警戒心の警告に従い、美咲を問い詰めることを止めた。その代わりに、意識を集中してこの場から立ち去るための言葉を探した。




「美咲さん。私は、あなたと結婚するつもりはありません。あなたの子供の父親でも有り得ません。それとも、あなたが私に薬を飲ませて眠らせた上で、自ら私の上にまたがった、とでも言われるのですか」


結婚披露宴について上機嫌に流れるように話していた美咲が、俺の言葉で息を呑み言葉を失ったのを確かめ、俺は『仕事があるので失礼します』と断り席を立った。


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