第二十九話 業務命令
「どうやら君は、思い違いをしているようだ。君の父親は、町工場に勤めているらしいね」
「そうですが……」
俺の父は大学を卒業後、町工場に技術者として就職し、それ以来ずっと勤め続けていた。
父の勤める町工場は、単なる大手の下請けというわけではなく独自の技術を開発し、その技術力は海外からの注文も途絶えないほど優秀なものだった。
父は、自分と年の近い町工場の社長と一緒に新たな技術の開発をし続けている技術屋で、何度も引き抜きの話が出ているにも拘わらず、自由でいたいという理由で今の町工場に留まり働き続けていた。
「君の立場では、美咲との結婚は、本来ならば望むこと自体が難しいものだ。それでも、君に断るという選択肢が与えられていると、本気で思っているのかね」
父を見下すような樫山専務の物言いに腹の底に怒りが溜まり始めているのを感じながら、俺はずっと気になっていたことを尋ねた。
「美咲さんのお相手ならば、私より優れた者はいくらでもいると思うのですが、なぜ私なのでしょうか」
俺の問い掛けに、樫山専務は満足気に頷き持論を展開した。
「私は、かねてから美咲の相手には全ての面において優れている者をと思っていてね。確かに君の言うとおり、能力だけを見れば君より有能な者はいくらでもいる。しかし、学歴や容姿も兼ね備えた者となると、私の眼鏡にかなう者がなかなかいなくてね。その点、君は家柄には多少不満はあるが、総合的に見れば及第点はやれるからね」
樫山専務が言い終えると同時に、樫山専務を覆っていた虚像がガラガラと音を立てて崩れた。
それまで俺は、プロジェクトチームの創始者でもあり、今も総責任者を務めている樫山専務を敬い敬意を払ってきた。だが、人を人とも思わない持論を正当なものとして断言する樫山専務に対し、はっきりと幻滅した。
「私は、今まで一度も父を恥と思ったことはありません。むしろ尊敬し、自分の目指すべき姿だと思っています」
俺は樫山専務の持論には同意できないことを伝えるため樫山専務をまっすぐに見据え、下腹に力を入れて一語一語しっかりと聞き取れるように心持ちゆっくり話した。
樫山専務は渋い顔をしたが、すぐに表情を改めて自分の考えを曲げようとはしなかった。
「十四日は、忘れずに美咲を迎えに行きなさい。これは業務命令だ」
専務の立場にある者に業務命令と言われてしまえば、プロジェクトチームの一員とはいえ、平社員でしかない俺には逆らうことはできなかった。




