第二百二十七話 責任転嫁
「……尚哉」
「何」
「お前の気持ちは嬉しいが、現実から目を逸らすわけにはいかないんだ」
俺の否定の言葉を聞いても、父は主張を曲げようとはしなかった。
どう言えば俺の気持ちが父に伝わるのだろうかと、頭を巡らせていると父が言葉を繋いだ。
「お前が一つ屋根の下で、樫山専務の娘と寝起きを共にしたことで、気持ちの距離が縮んだことは否定できない」
「父さん……」
美咲とは同居はしていたが、それはマンション『イリス』の部屋へ帰っていただけで、生活していたとは言えないと反論しようとした俺の言葉を遮り父は話を続けた。
「一緒に住むこともなく、お前が樫山専務の娘との結婚を拒み続けていたならば、気持ちの上ではもっと開きがあり、適度な距離を保っていられたはずなんだ」
父の言葉に、俺は何も言えなくなってしまった。
美咲と同居しなければ、常に美咲の気配を感じることもなく嫌悪はしても息抜きもでき、閉塞感に苛まれ、美咲の代名詞として『憎悪』という言葉が出てくるほどに忌み嫌うこともなかっただろう。
それこそが、父の言う『気持ちの距離』を表すものなのだと頭が理解した。
「樫山専務の娘は、縋る相手としてお前を選んだんだ」
続けられていた父の話に意識を引き戻され、俺はマグカップの中に残っていたコーヒーを口に含んで父の話に集中した。
「お前と毎日一緒にいたことで、お前に寄り掛かりたいと思う気持ちが、日に日に膨れ上がっていったのだろう」
口に含んだコーヒーの苦さが増し、俺は無理やり飲み下した。
「だから、会いに行った。そういうことだったのだろう」
『誰に』とは言われなくても、父は美咲が梨奈に会いに行った理由について話しているのだとすぐに分かった。
なぜ美咲が梨奈の下へ出向いたのか、そこでどんな会話が交わされたのか気になっていたが、それ以上に梨奈と俺たちの子供の容態が気に掛かり、そこまで頭を回す余裕もなく、父に言われるまで深く考えることをしていなかった。
「父さんは、俺が樫山専務の娘と同居していたから、梨奈に会いに行ったと考えているのか」
「出産を目前に控えて、常に側にいたお前に自分の居場所を求めたのだろう。そのためには、梨奈さんを排除する必要があったのではないかと考えている」
美咲が梨奈と会った目的が、好意的なものではなかっただろうということは俺も感じてはいた。
それを父に言葉で言い表され、美咲に対する新たな怒りは覚えたが、だからと言って両親に梨奈が怪我を負った責任があるとは思えなかった。
「でも、それで父さんたちに責任があるというのは、違うんじゃないか」
「……念書が、あるだろう」
酷く辛そうに紡がれた父の言葉に、俺は続ける言葉を見失った。
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