第十四話 初めての宿屋
おっさん達の一件があってからというもの、スターファイターは再び熟練度上げの日々へ戻った。
アンコモン三体。
コモン一体。
今の自分たちにとってちょうど良い狩場である。
朝起きて飯を食う。
魔物を探す。
戦う。
熟練度を上げる。
セーフティーエリアで休む。
寝る。
日記に書けばたった二行で終わるような毎日だった。
そして一週間が過ぎた。
◇
しかし。
ふくちーぬの様子がおかしい。
本人も自覚していた。
集中できない。
戦闘中なのに別のことを考える。
実際、一度はアルメルの援護が遅れ、危うく危険な状況を作ってしまった。
幸い怪我人は出なかった。
しかしパーティープレイとしては失態だった。
◇
その日の夕方。
ゴンザレスが全員を集めた。
ふくちーぬは内心で身構える。
(怒られるかな……)
当然である。
戦闘中の不注意なのだから。
◇
しかし。
予想外の言葉が飛び出した。
「フクチーヌがスターファイターに入って今日で一週間だ」
ゴンザレスは腕を組む。
「今日は宿屋に泊まる」
「え?」
「ついでに今後の計画も整理する」
◇
その瞬間。
ふくちーぬの気分は劇的に回復した。
そしてその後の日没までの動きは、当社比三百パーセント向上した。
もちろん誰も指摘しなかったが。
◇
そして夜。
一行はダンジョン内の宿屋へ向かった。
◇
ふくちーぬは少し興奮していた。
異世界で初めての宿屋である。
最近の悩みも忘れ、完全に観光気分になっていた。
◇
到着してまず驚いた。
「旅館だ……」
ホテルではない。
完全に高級旅館だった。
至るところに龍神の彫刻。
龍神の掛け軸。
龍神の置物。
若干信仰施設っぽい。
◇
中へ入ると仲居が現れる。
部屋まで案内される。
◇
部屋は和洋折衷。
窓の外には見事な日本庭園。
池には鯉まで泳いでいた。
◇
「異世界だよね?」
思わず確認したくなる。
◇
座卓を囲んで腰を下ろす。
すると意外なことにバルカンが全員分のお茶を淹れ始めた。
無言。
無表情。
しかし手際だけはやたら良い。
◇
(この人、一番気が利くんじゃ……)
◇
そんなことを考えていると。
ゴンザレスが口を開いた。
◇
「さて」
来た。
◇
「三日くらい前からだな」
ゴンザレスが言う。
「フクチーヌ、ずっと何か考えてるだろ」
図星だった。
◇
「そのうち治ると思ってた」
「……」
「だが悪化してきた」
ふくちーぬは目を逸らす。
◇
「今日はアルメルが危なかった」
◇
アルメルも頷く。
「ちょっとね」
◇
ふくちーぬは観念した。
◇
「本来こういうことは聞き出すもんじゃない」
ゴンザレスは続ける。
「だがパーティーで行動してて上の空は困る」
◇
「事情を聞かせてくれ」
「……」
「解決できるかもしれん」
「できないかもしれん」
「だが話さなきゃ始まらん」
◇
ふくちーぬは頷いた。
◇
そして長々と説明した。
◇
気になっていることは二つ。
◇
一つ目。
異世界へ来たばかりの頃。
頭の中に女性の機械音が聞こえていた。
スキルを獲得した。
レベルが上がった。
そういうアナウンスがあった。
◇
しかし今は全く聞こえない。
まるで最初の出来事が幻聴だったかのように。
◇
二つ目。
気功砲。
チャッピー。
合気剣術。
最初の頃は目に見えて成長していた。
◇
チャッピーはどんどん大きくなった。
気功砲も強くなった。
◇
だが今は変化が分からない。
◇
「成長してる気がしないんだ」
◇
一通り話し終える。
◇
すると。
◇
スターファイター全員が爆笑した。
◇
「えっ!?」
◇
しばらく笑い続ける。
ふくちーぬだけ取り残される。
◇
ようやく落ち着いたところでアルメルが答えた。
◇
「まずね」
「うん」
「その機械音の話だけど」
◇
アルメルはお茶を飲む。
◇
「昔、この世界にレベルとかスキルとか無かったの」
◇
「えっ?」
◇
「龍神様が導入したの」
◇
なんと。
後付けだった。
◇
「その時の混乱を防ぐためにね」
「うん」
「最初に魔物を倒した後の二十四時間だけチュートリアルがあるの」
◇
「チュートリアル!?」
◇
急にゲームっぽくなった。
◇
「この世界はレベル制ですよー」
「スキル制ですよー」
「こうやって成長しますよー」
◇
「そんな感じ」
◇
ふくちーぬは妙に納得した。
◇
「じゃあ聞こえなくなったのは?」
「チュートリアル終了」
「終了かぁ……」
◇
アルメルは笑う。
◇
「初級から中級になる時とかは大きな変化があるから自分でも分かるわ」
◇
「細かい熟練度は?」
◇
「ギルドの鑑定」
◇
ただし。
何パーセント。
何レベル。
そこまで正確ではない。
◇
あとどのくらいでランクアップしそうか。
水晶の輝きで判断するらしい。
◇
「なるほど」
◇
そして二つ目。
熟練度の悩み。
◇
今度はゴンザレスが真面目な顔になる。
◇
「初日に説明したよな」
◇
「うん」
◇
「中級スキル二つでアンコモンジョブ」
◇
「うん」
◇
「さらにアンコモンジョブスキルともう一つ中級スキルを育ててレアジョブ」
◇
「うん」
◇
「そしてレアジョブは一生かかるかもしれない」
◇
それも聞いた。
◇
「でもな」
ゴンザレスは笑う。
◇
「熟練度って最初だけ伸びるんだ」
◇
「え?」
◇
「これはこうやって伸びるぞって教えてくれる期間がある」
◇
「へぇ」
◇
「その後はどんどん必要経験値が増える」
◇
ふくちーぬは耳が痛かった。
◇
「もし一週間で中級になるためのの半分も稼げたら」
◇
「うん」
◇
「世の中レアジョブだらけだ」
◇
確かに。
◇
その横からアルメルが補足する。
◇
「普通の人は三十五歳までにアンコモンジョブ」
◇
「うん」
◇
「四十歳までにレアジョブになれるかどうか」
◇
「そんな重要なの?」
◇
「その後の人生が変わるもの」
◇
今度はゴンザレスが答える。
◇
「冒険者は四十歳で引退だ」
◇
「早いな」
◇
「レアジョブになれれば話は別」
◇
レアジョブは貴族階級。
若返り薬も手に入る。
長生きする。
◇
「なれなかった人は?」
◇
一瞬静寂。
◇
「六十前後で死ぬ」
◇
「えっ」
◇
「魔力や生命力が抜けていく」
◇
「花が枯れるみたいにな」
◇
ふくちーぬは固まった。
◇
(俺、還暦超えてるんだけど!?)
◇
だがすぐに思い出す。
気功術。
なんちゃってポーション。
若返り。
◇
多分今は大丈夫だ。
◇
しかし。
別の意味で気が遠くなった。
◇
「一つのスキルを中級にするので十年とか……」
◇
先が長い。
◇
あまりに長い。
◇
そんな落ち込んだ様子を見て。
珍しくバルカンが口を開いた。
◇
「心配ない」
◇
「え?」
◇
「フクチーヌは十代でアンコモンジョブ」
◇
「うん」
◇
「三年もあればレアだろ」
◇
ふくちーぬは笑顔が引きつった。
◇
(十代じゃない)
◇
(還暦だ、スキルも日本で60年かけて培ってきたもの)
◇
もちろん言わない。
◇
絶対言わない。
◇
話を変えることにした。
◇
「そういえばさ」
◇
「ん?」
◇
「あと三週間もすればみんなアンコモンジョブなんじゃなかった?」
◇
ゴンザレスが笑った。
◇
「俺たちは若返る前で三十代前半の中堅冒険者だぞ」
◇
「うん」
◇
「ギルド鑑定だと全員もう少し」
◇
「あと少しで二つ目の中級スキル」
◇
「たぶんな」
◇
なるほど。
だから三週間の強化合宿をしているわけか。
◇
ふくちーぬの疑問はすべて解決した。
◇
その後。
龍神の住処のような露天風呂へ入り。
疲労回復効果のある温泉で身体を癒やし。
◇
夕食には懐石料理が並んだ。
◇
「異世界でこれは反則だろ……」
◇
そう思うくらい豪華だった。
◇
こうして。
一週間分の疲れを洗い流したスターファイター一行。
だが本当の成長と、本当の試練は。
まだこれから始まるのだった。
第十四話 完




