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ep.2 降り立つ

あの勢いに任せて契約書にサインした日から日にちが経ち、あの約束の土曜日の日を迎えた。あの後、本当にこの人で良かったんだろうかと不安そうな目をずっと向けられていたが、俺はただ自分の勘を信じただけだ。いつもなら、ちゃんと疑っている。正直、この頃は大分就職活動について悩み疲れていた所為で、余計に決断が早かったのは否めない。


「取り敢えず、いつでもログイン出来る準備は出来たな」


風呂に入って寝巻きに着替えた俺は、その場でググッと背伸びをする。そういえば、運営もとい(自称)魔神様にゲーム世界ではルイン・トランプルと名乗るように言われてたんだったな。これが名前ってことは、偽名も作っとかなきゃならないか?悪事を働かなきゃならないかもしれないからな。


「まあどっちにしろ。俺の名前は、ルイン・トランプルってことだな」


そう呟くと同時に時間になったので、ヘッドギアを被って仰向けに横になり、ゲーム、シャングリラ・オンラインにログインする——————視界が暗転した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー++++



≪…………魔神の眷属の証を確認≫


≪対象者の精神の強さ……………97%≫

≪対象者の知能……………75%≫

≪対象者の身体能力……………100%≫

≪対象者のカリスマ性……………100%≫

≪対象者の運……………13%≫

≪対象者の特異性……………100%≫

≪対象者の運命力……………76%≫


≪全ての解析が完了しました≫

≪それでは、いってらっしゃいませ≫



ーーーーーーーーーーーーーーーーー++++


「うっ・・・うん?」


目を開けていいか分からず、恐る恐る目を開けて辺りを確認する。どうやら俺がいる場所は、何処かの墓地らしく、下に薄く冷気が漂い、周りに沢山の墓石が建ち並んでいる。寒さは感じない。ただ、自分の体そのものが冷たいような気がする。それに着ている服がボロボロで、とても古臭い。この様子から察するに俺は——————所謂アンデットと呼ばれるものになってしまった訳だ。


「・・・この立派な墓が俺の墓か?」


俺の後ろに建っていた完璧に形が残っている漆黒の墓石で作られた墓には、ハインス・レイラースと文字が彫られており、花もお供え物も飾られていない寂しい墓だった。いや、まあなんか厄ネタの匂いがする。この墓石に彫られた名前は、使わないでおこう。


『確かニその墓ハお前ノ墓ダガ、お前とソイツは最早別人ダ。見た目モ性格モ才能モ全て違ウ。そノ真紅の目ト左腕の真紅ノ紋様ヲどうニかスレば、自由に歩けルダろウ』

「・・・俺の左腕が喋った」


ノイズの掛かった声が頭に響き、何処から聞こえたかも分からないはずなのに本能で、左腕から聞こえたと理解したと同時に唖然とした声を出し、自分の禍々しくも美麗に描かれた真紅の紋様がある左腕を二度見する。例え理解出来たとしても信じられないものは信じられないのだ。


『フン。オレハ、お前。お前の飢餓ガ形ト成って出来たモノ。真紅ハ魔物———魔神ノ眷属であル証』

「へー・・・教えてくれてありがとな」


左腕の怪物を俺の体の一部と俺は認識し、説明してくれたことに感謝する。それと同時に視界の広さがいつもと同じなことに気付き、俺はそっと左手で右目に触れる。後天的なものだったら治ることがあるって聞いていたから期待してたんだが・・・。まあ見えないものは仕方ないか。


「俺は、ルイン・トランプル。よろしくな」

気の狂った(ルナティック)捕食者(プレデター)ト呼ばれテいル。縮めテ、ルナとデモ呼ベ』


改めて、ルナと自己紹介をし合い、これからどうしようかと首を傾げる。今の俺では、町に行くことも出来ないし、そもそもとして俺自身がどんな力を持っているのかも分からない。何もかも情報不足で無遠慮に動くことすら憚れる。取り敢えず、俺が何が出来るのかを確かめるのが先決か。


「なぁ、俺がどんな力を持っているか知ってるか?」

『ン?そンナこト、本能デ分かル——————成程、魂と肉体ガまダ分離しテいテ、不安定ナのカ。そノ状態ダと目標モ受け取ッテ無いヨうダな。暫く待テば、定着スるダロ』


ルナの独り言に待てばいいのかと素直にその場で待つことにする。ただ、その場で何もしないのも暇なので、俺以外の墓石に刻まれた名前やお供え物を眺めてこの墓場を探索することにした。一つ一つの墓石に名前が書いてはあるものの、どの墓にもお供え物は置いてなく、あったとしても枯れ果て、忘れ去られていると分かる。


「(忘れ去られた孤独な墓地か—————————)」


その墓以外に何もない寂しげな墓地に俺が生まれた(リスポーン)(した)理由があるような気がして、なんとも言えない気持ちになる。忘れ去られたが故に魔神の眷属(俺とルナ)が生まれたなんて、皮肉に思えばいいのか、それまた可哀想に思えばいいのか。まあ(魔神の眷属)に可哀想だと思われても嫌がるだけのような気がするが。


「ッ!?」


——————突然だった。立つことさえも億劫な冷静に思考することも不可能な、ただただ骨折した時の痛みさえも生優しく感じてしまうほどの激痛が体全体に迸る。それでも意地を張ってその場に立っているのは、痛みに負けるということが負けず嫌いな俺にとって心底許せなかったからだ。


≪死んで見せよ——————どんな方法を使ってでも≫


そんな声が頭に響き、激痛から解放された影響でその場から脱力する。ぜぇぜぇと肩で息を吸い、ポタリと額から汗が流れ落ちるのが止むまで、その場で大人しくしていると先程まで認識していなかった力の鱗片を感じ、左手で胸に手を当てて瞬きする。


「死ぬ——————か。満腹にならないと死ねないとか無理ゲーじゃないか?」

『しカタなイ。一生を賭けテモ、達成出来るカ分かラなイ——————ソれガ目標トいう物ダ』


したり声で話すルナに若干イラつくが、怒っても仕方ないと感情を抑えつける。取り敢えず、俺が今出来る力についてはなんとなく分かった。後は、俺の左腕の紋様を隠せるものと右目に着ける眼帯があればな——————まあ無い物強請りしても仕方ないか。


『フム、自分の力デ服でモ作ったラドうダ?確カそんナ能力持ってたダロ』

「ん?・・・あぁ呪装のことか?」


ルナに指摘されて思い至った俺は、左手で指を鳴らして呪装を呼び起こす。呪装は、俺の呪力が形取った特殊な装備。壊れることは無いし、着衣脱衣も自由自在な優れものらしい。まあ壊れることは無いと言っても自動修復されるだけだし、装備の強度は呪力依存。自分の強さに自信がある者が使う能力っていう感じだ。


「おぉ・・・って何で包帯なんだよ」


みんながイメージする死神が着ていそうな俺の姿をスッポリと隠すフードの付いた漆黒のローブの下に、黒いコートを羽織って、所々に白銀色の差し色が入れられていた。右目には、黒の眼帯を着けて、耳には揺れる白銀のピアスを、左腕には真紅の紋様を隠すように包帯が巻かれている。その全体的な風貌は、怪しげで——————ローブを脱いだとしたら、厨二病を拗らせた人にしか見えない。


「まあ俺の主観は入ってるだろうが・・・それにしても、何でこんな格好なんだよ」

『まア、必要ナ部分は大体隠れてイルんダ。そコマデ気にすルな』


ルナのフォローに余計虚しく感じながら、左手で左目に触れて真紅の瞳をなんとなく維持しやすい白銀の色に変えて、ローブを脱ぎ捨てる。脱ぎ捨てたローブは、地面に落ちると同時に霧のように四散し、消えていく。


「まあこれで怪しくはなくなっただろ」

『・・・怪しイと言ウよリ、顔ガ美形過ぎテ別の問題ヲ引き起こシそウダな』


ルナの言葉に一度固まった後、まさかなと思いながら後で鏡を見ることを決意する。俺は、月が現れた月夜の薄暗い忘れ去られたこの墓地から、何をしてボスキャラクターになっていくのだろうかと少しばかり楽しく思い、墓地から出るための一歩を踏み出した。

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