第55話 敵は大体身内
ウルヴの口から『教会』というワードが出たことに、正直、オレは驚かなかった。
一緒に聞いていたリーヴァもフレインも言葉を失っていたが、そこらへんはオレが転生者であり『教会』の教えなんてものをはなから勘定に入れていないがための差だろう。
この『九界樹大陸』の世界において『教会』という言葉が意味するのは『九界樹教会』という宗教団体のことだ。
他にもいくつか宗教は存在するものの、宗派としての最大派閥は間違いなくこの九界樹教会であり、『帝国』内においても貴族平民問わず広く人口に膾炙している。
教義としての特徴は大陸中央に鎮座し、『九界樹大陸』という名の由来にもなった大樹『九界樹』を信仰の頂点に据えている点だろう。
『九界樹教会』においては『九界樹』こそが万物の祖であり、貴族にとっての直接の先祖であるとされる神々でさえも『九界樹』から生まれたとされている。
その点においては皇祖神でもある『戦神』こそを至高神とする帝国本来の信仰とは相いれないのだが、数は力だ。何度か弾圧され消滅の危機を迎えたこともあったが、平民に広く支持されたことで今や一つの政治勢力として帝都に居を構えるほどに強大化している。
そんな『九界樹教会』が今回の一件に絡んでいる。
それ自体は想定外ではあっても、想像の外にある出来事ではなかった。
なにせ、『教会』の権力志向は広く知れ渡っている。自分達が何かを要請されても世俗のこととは距離を置くと抜かすわりに、自分たちが要求するときは平気で権力に介入しようとするのだから、なおのことたちが悪い。
だから、今回の一件に教会が関わっているというのも言われてみれば納得できることではあるのだ。
問題はその時期と目的。原作『帝国物語』では教会は動かなったのだが、この世界では心変わりをしたらしい。
理由はおそらく『槍の冠』の発見とオレにある。より正確に言えば、『第一皇統派と第二皇統派の同盟』が健在なことでおきた変化の一つなのだろう。
……オレの行動がほかにどんな変化を生んでしまったのか、正直なところ想像もつかない。
だが、対処は可能だ。相手の目的が明らかな以上、その裏をかくのそう難しいことじゃない。
教会が狙っているのは第一皇統派と第三皇統派の共倒れだ。争いの末、例え両派閥が壊滅することこそなくてもその勢力が減退し、自分たちが付け入る隙が生まれればそれでいい。教会は労せずして求めている権力の一端を手にできるというわけだ。
であれば、こちらは争わなければいい。互いに突き合わせている角を黒幕気取りで傍観している輩の腹に突き立てるのだ。
「――本当に、いいのですね」
青いフカフカのソファーの上で、ジークリンデが言った。
ほかの者にはいつも通りに動じていないように見えるだろうが、オレには彼女の緊張と不安がよくよく見て取れる。
申し訳なさで胸がいっぱいになるが、今回ばかりはオレでは代行できない。堪えていただくほかないのだ。
ここは帝都にあるドルウェナ辺境伯の屋敷、その応接間だ。
来訪の理由は帝都滞在中の辺境伯への挨拶とねぎらいのためということになっているが、実際には違う。
ここに来たのは秘密会談のため。辺境伯はその会場を快く提供してくれたのだ。
秘密会談の相手は、第三皇統派だ。目下の最大の怨敵である彼らと話し合いをするためにオレとジークリンデはこの部屋で待っていた。
ウルヴから情報を引き出して翌朝、オレたちは即座に行動した。
具体的には密使を送り、第三皇統派との秘密会談をセッティングした。返答は数時間もしないうちに届き、会場をこの部屋に決め、すでに約束の時間である正午は過ぎている。
どうやら第三皇統派の連中はこちらの忍耐を試すつもりらしい。
「不本意ではあります。いったん手を組めたとしてもすぐに敵に戻るでしょう。そもそも、計画そのものを立てたのは彼らの方でしょうし」
……秘密会談の目的は、教会に出し抜かれた第三皇統派を説得し、彼らからの情報提供を受けて『槍の冠』と事件の黒幕を確保することにある。
つまりは、共倒れを狙う共通の敵を先に排除しようというわけだ。
「……わたしもそう思います」
『教会』は事件の黒幕ではある。だが、あくまで事態をひっかきまわしているだけで、そもそもの発端は第三皇統派にある可能性が高い。
でなければ、実行部隊として『凶風』を使うことはないだろう。教会があの女のような戦力をほかにも抱えているのならそれを使えば事足りる。
そうしなかったということは主導権はあくまで第三皇統派にあったということ。もっとも自分では主導権を握っているつもりでも、いつの間にか計画を乗っ取られてたなんてことは陰謀家の間ではよくあることだ。
……彼らとしても今の状況は面白くないだろう。こちらの会談要請を受けたというのもそれを裏付けている。
なにせ、共通の敵がいるんだ。呉越同舟とまではいかなくても共同戦線を張れる可能性は十分にある。それこそ教会にしてみれば想定外の事態になるわけだ。
………もっとも、それはこの会談を成功させれればの話だし、利益と戦略的価値以外に会談を成功させるモチベーションがあるかと聞かれればノーと言わざるをえないわけだが。
「…………わたしは、許せません。宰相殿を傷つけたことも、貴方を殺そうとしたことも」
「……ジークリンデ様」
そんなオレの心中をジークリンデが代弁してくれる。
無論、オレも第三皇統派を許しちゃいない。
一度でもジークリンデに害を及ぼそうとした時点でオレにとっては不倶戴天の敵であり、族滅の対象だ。正直言えば、今すぐにでも館に火を付けてやりたい。
特に、ジークリンデの療養所を陰謀に利用しようなんて思いついたやつは全身の骨を砕いて、死体を燃やし、灰は畑にまいて肥料にしてやる。ちなみに、そこで収穫した食物は食用にはしない。また肥料にして無意味な循環を形成してくれるわ。
だが、真に怒っているのはオレじゃない。ジークリンデだ。であれば、臣下であるオレは彼女のためにこそ行動すべきだ。
「………でも、必要なことなのですね」
「はい、ジークリンデ様」
「であれば、共に」
「――はい」
そして、ジークリンデは誰よりも強い意思と覚悟を持っている。憤懣やる方ならぬお気持ちだろうに、それをおさえて必要なことをなそうとしておられるのだ。
やはり、この方こそが我が主。王たる器を持つお方。貴方を支えることこそオレの天命だ。
「失礼いたします」
そんなことを考えていると、応接間に声が掛かる。
ようやく先方が到着したらしい。ジークリンデを待たせるとはいい度胸だ。機会があったら顔面に拳をめり込ませてやろう。
……さて第三皇統派は一体誰をよこしてくるのやら。
今帝都にいる重要人物の中でありえそうなのは、派閥内での序列三位ともいわれるグラルモン伯爵か? あるいは、序列一位であるテュルヴェルト侯爵の側近の誰かか?
こちらとしては決定権のある人物なら相手にとって不足はない。
なにせ第一皇女であるジークリンデその人が来ているんだ。誰が来たとしても見劣りすることはありえないし、ジークリンデの言葉には相手方を動かす力がある。
しかして、扉の向こうから現れたのは完全に想定外の人物だった。
「あらあら、お待たせしてしまうなんてご無礼を。どうかお許しくださいましね、ジークリンデ殿下」
その女は開口一番、怪しげな笑みと共にそんな社交辞令を口にした。
ジークリンデによく似た赤い髪に、皇族にのみ許される赤いドレス。瞳の色は紫と違っているが、その他の部分は従姉というだけあって顔立ちにもどこか似た雰囲気がある。
一方で、纏う気配には大きな違いがある。
妖艶とでもいえばいいのか。貼り付けたような笑みも、淑女然とした佇まいもどこか怪しげで、あいもかわらず誘うような色香を放つ女性だった。
……くそう。完全に不意打ちを喰らってしまった。まさか彼女が出てくるとは……! これでは殴れない、いろんな意味で……!
「ヒルダ義姉様」
ジークリンデが慌てて立ち上がる。オレも遅れてその場に拝跪した。末席とはいえ相手は皇族の一員、オレも理由なしには無礼は働けない。
それになにより、オレがキリアンだと気付かれたくない。絶対手遅れだけど、一縷の希望に掛けたい……!
この女性の名は、『ヒルデガード・ロプトヴェル・オーディンソア』。
断絶したロプトヴェル公爵家の娘、ジークリンデの従姉、今は亡き第一皇子『トーリン』の第一婦人だ。
……そして、彼女はこのオレ、キリアン・シグヴァルトにとっても因縁浅からぬ相手だ。
原作的な意味でも、そして、今世においてもヒルダとオレには関係性がある。
なにせ原作ではヒルダの引き抜き工作でキリアンは第一皇統派を裏切るし、今世においてはあやうくジークリンデより先に召し抱えられてしまうところだったんだからな……!
◇
ジークリンデの日記より抜粋
今回の事件に『教会』が関わっているというのは、わたしにとっては寝耳に水だった。
無論、わたしとて皇族だ。教会が政に干渉することがあるのは知っているし、彼らが善意だけで動いていないことも理解しているつもりだった。
療養所を設立する際に手を貸してくれた修行僧の方々や司祭殿の清廉さと今回の凶行がどうしても結びつかない。ましてや、民のためにある療養所をわたしを貶めるために利用するなんて、そんなことは信じたくない。
だけど、わたしの騎士が、キリアンが掴んだ情報だ。彼の言葉であればわたしは神々と同じか、それ以上に信じられる。
教会は、九界樹の守り手はわたしの敵になったのだ。
……思えば、いい機会なのかもしれない
皇帝になるということは、自分以外の森羅万象全てと向かいあうことと同義だ。『栄明帝』の仰ったところの『玉座にはすべての剣先が向く』は経験から生まれた言葉なのだ。
だからこそ、わたしは幸福だ。
わたしには、キリアンがいる。わたしの騎士、わたしの運命、わたしのキリアン。彼だけは、わたしの味方でいてくれる。
キリアン。キリアン。ああ、こうして名を綴るだけでも胸が高鳴る。彼がいればわたしは孤独じゃない。
彼を得たことはわたしの人生で最大の幸運だ。
追記
だけど、優秀過ぎるのも考え物かもしれない。
今朝視界に入ったのだが、ラインゴッズ卿がキリアンにべたべたした態度で接していた。2人の間に何かあったのはまず間違いない。
キリアンのことだ。負傷して敵を逃がしたラインゴッズ卿を慰めてあげたのだろうけど、わたしは不要だと思う。
信賞必罰は大事だ。ラインゴッズ卿はしくじったのだから罰を受けるべきで、キリアンに慰められるなんてうらやまし、もとい、幸せな想いはすべきじゃない。
具体的には、帝都外の任務を割り振るべきだ。きちんと臣下としての身の程をわきまえるまでキリアンの側には近づいてほしくない。
だめだ。これはよくない。ラインゴッズ卿はよくやってくれているし、キリアンが彼を信用している。なら、大丈夫だ、大丈夫……だいたい、彼は男だし、キリアンにはそういう趣向はないはずだし……、
(本頁の公開にあたり『新教会』からの強い反対がありました。しかしながら、当館といたしましては『熱愛女帝』のお定めになられた『表現と意見の自由』に則り、公開に踏み切りました。帝国万歳)




