第53話 貴方は憧れの人
メロヴィくんが実はメロディというメロヴィくんの妹であるこという秘密、そして、彼女がなぜ性別を偽っているのかを知ったオレは、改めてメロディ・ラインゴッズを騎士に任じた。
なぜか。メロディの忠誠心と能力を惜しみ、そして、オレだけが彼女の秘密を知るという状況を利用するためだ。
絶対に裏切らない味方は多ければ多いほどいい。メロディくんの忠誠心に疑いはないが、人の心は移ろうものだ。
ましてや、この世界ではいつ何が起こるか分からない。家族を人質に取られるか、あるいは何かの謀略か。この秘密はその時のための保険になる。そう考えてのことだ。
そんなオレの邪さを知ってか知らずか、メロディはしばらく放心状態だった。なんだか恍惚としてたようにも見えたが、多分違う。あれだろうか、尊敬してくれていたようだからオレの下衆さに言葉を失ってたとか?
だが、すぐに正体を取り戻したメロディくんはオレに対して号泣しながら礼を述べてきた。
どうやら最後にかけた言葉は耳に入ってなかったか。まあ、それはそれでいいか。もう自死する気はないようだし。
一方で、オレに対して『なぜ自分を許すことにしたのか』という点については一切聞いてこなかった。普通は気になると思うんだが、そこら辺はオレという人間が感情ではなく合理で判断するということを信じてくれているのだと思う。実際、こんな何でもこなせる有能を手放すなんてありえない。
かの豊臣秀吉はどんなものに役に立つ木綿になぞらえて『木綿藤吉』と呼ばれていたそうだが、それに匹敵する有能が『万能王子』あらため『万能プリンセス』メロディだ。
「では、これからも君のことはメロヴィくんと呼ぶことにする。秘密が外に漏れては面倒だからな」
一通り落ち着いたころで、メロディにそう確認する。
すでにあれから一時間ほどが経つ。執見室の窓から見える空では月に雲がかかっていた。
「はい、はい、ありがとうございます、キリアン殿」
メロディは腫れぼったい目元をしつつも、どこかすっきりした様子だ。
秘密を一人で抱えるのしんどいものだ。逃げ隠れする殺人犯も自らの罪に対して告白の衝動をかかえるそうだから、それと同じだろう。
しかし、なんだ、さすがにこの変化には気付くぞ。
「なぜ、キリアン殿?」
「あ、いえ、だめ、でしょうか?」
「ダメではないが、理由はなにかあるのか?」
オレは男なのでファーストネームで呼ばれたところでどうでもいいっちゃいいのだが、いきなりの心変わりには注意を払うべきだ。
「そ、その、ずっと、そうお呼びしたかったのです。き、騎士学校時代から、親しい友人もいませんでしたので……その、知られてしまったからにはというか、なんと申しましょうか……いっつそ飛び込んでしまおうというか……」
「……なるほど。構わんが、節度はわきまえてくれよ。君のことだから大丈夫だとは思うが」
…………オレも友人は少ないので気持ちは分かる。
前世でも今世でもどうにもうわべだけの付き合いとか、目的をもって誰かと友誼を結ぶというのはどうにも苦手なのだ。ジークリンデのためならばそれでもやるべきことはやるが……できれば避けたいな。
その点、メロディが相手ならオレも気楽だ。秘密も共有したわけだし、むしろ、光栄といえる。
「そういえば改めて聞きたいんだが」
「はい。キリアン殿」
それはそれとして呼ばれ慣れない。そのうちこの違和感もなくなるといいんだが。
「騎士学校時代のことだ。なぜ君がオレを尊敬してくれているのか、やはり気になる」
オレの問いに、メロディは一瞬で耳まで赤くなった。頬を人差し指でかきながら、こう答える。
「そ、その、お答えしなければなりませんか?」
「ああ。ぜひ頼む。どうせ暇だし」
実際、リーヴァが『客人』を連れてくるまでは動きようがない。焦る気持ちを紛らわせるためにも誰かと話しておきたかった。
「で、では、お恥ずかしながら、お話させていただきますね……」
もじもじするメロディ。身体を抱いたり、頬を赤らめたりする仕草はいかにも女の子らしくて、どうにも変な感じだ。
かわいらしいと思うのと同時に違和感もすごい。顔立ちや体つきは原作のメロヴィくんの時点で中性的だったからそこまで不自然ではないのだが、なんというか、つい先日まで男だと思っていた分のふり幅がやばい。そんな趣味はないのに、なんだか背徳的な気分になるくらいだ。
「騎士学校に入学した時、私はあらゆるものに怯えていました。秘密がばれるかもしれないというのもありましたが、なにより、後ろめたかったのです。自分は嘘をついている、自分はみなを欺いている、そう思うと足がすくんだのです」
気持ちは理解できる。
誰にも言えない秘密を抱えるというのはそういうことだし、オレとてそうだ。
ジークリンデにさえ、オレが転生者であることを明かすつもりはない。不誠実であっても明かすことが何の益ももたらさないのなら口を閉ざし続けるしかない。その重みは秘密を抱えているものにしか理解できないだろう。
「ずっと、下を向いて過ごしていました。誰にも関わらず、誰とも親しくならず、そう思って過ごしていました」
メロディの声には彼女らしからぬ自虐的な響きがある。
いや、違う。これが彼女の心なのだ。原作知識というヴェールに覆われて見えていなかったものだ。
……上司としては大いに反省すべきだな。ちゃんと部下の精神状態を把握できていなかった。
「……でも、これは私に限った話ではありません。大した後ろ盾も持たない爵位の低い、それも辺境の貴族にとって騎士学校はそういう場所ですから。でも、貴方は、貴方だけは違った」
顔を上げるメロディ。彼女は潤んだ瞳でオレをまっすぐ見つめていた。
そのまっすぐさにたじろぎそうになる。けれど、そうしてはいけないとオレの中の何かが足を踏ん張った。恐らくそれは騎士としての意地としか言いようのないものだ。
「貴方は、どんな相手にでも向かっていかれた。ひるむことなく、退くことなく、ただまっすぐに決闘に臨んでおられた。我こそはキリアン・シグヴァルトである、と……!」
そんなつもりはなかったのだが、そうか、傍から見るとあの時のオレはそんなに立派に見えていたのか。
実際のところはただ必死だっただけだ。ジークリンデの騎士になり、彼女の役に立つにはまず強くならねばならなかった。
そして、強くなるにはひたすら戦うしかなく、身分の差だとか相手の後ろ盾なんてものは気にしてる余裕はなかった。それだけの話だ。
もし、その日々が勇敢さの表れのように見えたのならそれは結局、無謀さの反面がそう見えただけの話だ。
でも、だとしたら、オレは――、
「私は、そのお背中に憧れて、妬みました。心の底からあなたのようになりたいと思いながら、そうできないことを逆恨みしたのです。浅はかな女だとお笑いください、私はそんな、どうしようもない女なのです」
「……君が浅はかなら、オレの勇気はただの短慮だよ」
「いいえ、いいえ。違うのです、キリアン殿。私は知っているのです、貴方が毎夜毎夜誰よりも長く修練所に残り盾を振るっておられたのを。肉刺がつぶれて血だらけになった両手をいつでも握り込んでおられたのを」
……そんなところまで見られていたのか。弱みになるからと誰にも知られないようにしていたんだが、やはり、オレは詰めが甘いらしい。
「才の恵まれたものならばわかります。トモエ殿のような力があるのならどんな貴族が相手でも怖くない。だから、向かっていける。でも、貴方は違う。貴方は恐れていないのではなく、恐れない。怖さを知ったうえでそれを踏み越えていかれる」
言いたいことは分かる。
爵位や身分、後ろ盾や政治的立ち位置なんてのはあくまで人間の規定でしかなく、神に選ばれた天才はそんなものは簡単に踏み越えていく。慣習など気にしないし、凡人共の決まり事など蹴散らしてい舞う。
社会や世界を変えるのはそういう規格外のやつらだ。
オレは違う。オレはただ、どうしても我慢ならないことがあってそのためにほかのすべてを後に回しただけだ。
「貴方はただ努力と執念でここに立っておられる。騎士として、戦っておられる。そんな貴方に、私は……私は…………」
そこまで話したところで、メロディはふたたび視線を伏せてしまう。
言葉に詰まっている。何かよほど言いにくいことなのだろう。あるいは、万感の思いがこみ上げていて、声を出せないのだろうか。
かわいらしいことだ。元の顔つきが整っていることもあって、まさしく美少女というしかない可憐さがメロディにはある。
「この手は私の憧れなんです。この手に追いつきたくて、この手をお支えしたくて、私はここに参ったのです」
ふいに、メロディに右手を握られる。
オレからすればただの傷だらけのゴツゴツした不恰好な手だが、彼女にとっては違うらしい。
「この傷一つ一つが、シグヴァルト卿というお人を証明しています。なんて勇ましくて、なんて慕わしい……」
メロディの細い指がオレの傷跡を這う。フェザータッチに脳の後ろがサワサワと泡立った。
彼女の瞳の中に、オレが写っている。その像がなんだか澱みの中にあるように見えて、一瞬、寒気を覚える。
なんだか、やばい。強いていうなら深夜目覚めたら半裸のリーヴァに馬乗りになられていた時に近い。食われるという確信というか、捕食者を前にした非捕食者の感覚を味わっていた。
「この指も、爪も、熱も、全部……なんて、力強くて、逞しい……」
戸惑っている間にメロディの指がオレの指に絡みついてくる。蛇が得物に巻き付いて捕食するように、ゆっくりゆっくり指と指とが密着を強めていた。
メロディの顔に目をやれば、完全に熱に浮かされている。はぁはぁと吐息が荒く、瞳には陽炎のような光があった。
……流石のオレでもメロディがどういう状態かくらいは分かる。
だが、それはこのシチューエーションに浮かされているのと、オレの言葉が効果的すぎただけだ。
いわゆる吊り橋効果だ。
そりゃオレだって男だ。美少女に慕われて嬉しくないわけもないし、きちんと性欲だってある。だからって、そう簡単にすむ話じゃない。
この世界においてもご多分に漏れず、女性の貞操は重たいものだ。オレの方のそれはどうでもよくても、いずれメロディが婿を迎える時には問題になりかねない。それにメロディの婚姻関係が第一皇統派の役に立つことも考えられる。
だが、一時の感情で、有力な臣下と派閥の将来を潰すわけにはいかない。ましてや動物的な三大欲求に負けたとあっては沽券にも関わる。必要もないのに手は出さない。
こういう時は、あれ。一旦冷ますに限る。
「ありがとう。君の想いは、嬉しく思う」
無粋を承知で話題を打ち切り、指を離す。
これでまあ大丈夫だろう。女性はこういう時にムードをぶち壊すやつが嫌いだと誰かが言っていた。
「そんな……! もったいない、もったいないお言葉です……!」
あれ、ちょっと思ってたのと反応が違うな。頬は赤らんでるし、瞳は熱に潤んでるし。
でも一応、手は離れたし、大丈夫だろう、多分。
なんにせよ、メロディくんの想いは理解できた。
彼女がオレをそこまで尊敬してくれているのなら、オレはそれに相応しい騎士としてあり続けるだけだ。本質は違うとしても、せめて、見え方くらいは繕えるものだと、そう信じて。
「ジークリンデ様が帝位に就かれれば、ラインゴッズの家に課せられた罰も恩赦されよう。そうなれば、君も本名を堂々と名乗れる。その日までは、メロヴィ・ラインゴッズとして力を尽くしてくれるな?」
「はい、はい……! もちろんです、キリアン殿……! どうか、このメロディを存分にお使いくださいませ! そして、その日が着たあかつきにはどうか、わたしの名を呼んでくださいませ……!」
オレの言葉に、何度も頷き、オレの再び右手をとるメロディ。
彼女が本来の自分として生きるにはジークリンデが帝位に就くしかない。つまり、忠誠を尽くす理由が一つ増えたわけだ。
この誘導が誠実などとは口が裂けても言えないが、オレが泥をかぶるだけでメロディほど優秀な人材を確保できるならそれに越したことはない。
「……そろそろ夜も更けてきた。君も部屋に戻るといい」
それはそれとしてこれ以上一緒にいると間違いが起きかねないので、物理的な距離は取っておきたい。
ジークリンデのためならいくらでも我慢できるのだが、こう二人きりだと魔が差さないとも限らないからな。
「キリアン殿、できればこのままこの部屋で――」
「――キリアン様」
メロディの言葉を遮るように、扉の向こうから声が聞こえた。
決して大きな声を出していないのに扉の向こうにまではっきりと響くこの発声方法はリーヴァに特有のものだ。
もう帝城から帰還したのか。さすがに速いな。しかも、どうやら『客人』の奪還にも成功したらしい。
「これを」
「は、はい!」
外出用の外套をメロディに投げ渡す。室内で着るには違和感があるが、羽織れば体つきを隠すくらいはできる。
もっとも、リーヴァのことだから気付いてはいそうだから、きちんと口止めはしておかないとな。
「ただいま戻りました」
「うむ。ご苦労だった」
扉を開けると、いつもの仕事着を纏ったリーヴァが膝をついている。
彼女は一瞬だけ部屋の中にいるメロディをにらむが、今は仕事モードなので余計な言葉は発さなかった。
……さすが優秀だな、うちの部下たちは。
「――『お客人』をお連れしました」
リーヴァは扉の影にいる人物に合図を出す。すると、『客人』はおどおどと顔を出した。
「ど、どうも、お客人です……?」
現れたのは、原作主人公である『聖女フレイン』。寝起きなのか、金色の寝癖がぴょこぴょこと揺れていた。
……これでピースは出そろった。あとはきちんとつなぎ合わせるだけだ。




