第15話 イケメンに不可能はない
いわゆる乙女ゲーであるところの『帝国物語』には複数のイケメンが攻略対象として登場する。
例えばあのアホこと第二皇子バルドもその一人だし、他には帝都随一の魔法研究者とか失われた皇族の血統だとかいろいろな美男子たちを戦力としてスカウトし、恋愛対象として攻略できるのだ。
今オレたちの目の前にいる『メロヴィ』もまたそんな攻略対象の一人。
能力値も優秀で5項目すべての能力値が70の大台を超えている。しかも、各兵科や内政への適正も軒並み優秀で軍団内でどんなポジションにおいても一定以上の活躍をしてくれる。ああ、ここの人材が足りないなという時には彼を配置しておくだけで当座ところは心配せずにすむわけだ。
その万能さ、お役立ちっぷりからついたあだ名は『メロえもん』、もしくは『過労王子』。後者に関しては場合によって最大兼任数である三つの役職を兼任させられるという事態が多発したがために付けられたあだ名だ。実際、制作側もそこら辺を把握していたのか、作中でもいくどとなく休みがほしいと嘆いていた。
かわいそう。かわいそうだが、便利なのだから仕方がない。
そんな過労王子が、本来なら主人公である聖女が直接スカウトしなければならないはずの攻略対象キャラがなぜか我が赫奕剣騎士団に加わりたいとやってきている。事情はどうあれ、これを逃す手はない……!
「――名乗られよ」
なんとはなしにこれまでの候補者とは違うと直感したのか、ゴーント卿の声がいささか真剣みをおびる。
トモエの方もこれまでになく興味が出たようで、じろじろとメロヴィ、いや、前世通りに親しみを込めて『メロヴィくん』と呼ぼう、を観察していた。
「ラインゴッズ男爵家が一子、メロヴィ・ラインゴッズであります! よろしくお引き回しのほどを!」
これまでの候補者にはなかった堂々とした名乗りだ。この嫌味のない好青年っぷりこそメロヴィくんの魅力だな。
そこらへんにも感じるものがあったのか、トモエも佇まいを正した。
一方、真面目に候補者の品定めをしている2人と違い、彼の原作通りな部分とそうでない部分を比較している。
やはり原作の立ち絵の印象よりも少し細くて、小柄だ。声は元から中性的だったのでほとんど変化はないが、ちょっとだけ高いか。
だが、まあ、むくつけき巨漢のソールが黒髪美少女のトモエに置き換わっていたことに比べれば、このくらいは許容範囲だ。
ともかく彼があの過労王子であることは間違いない。本当なら即合格判定を出して、明日にも兵站管理と財政と武具の仕入れを任せたいところだが、一応試験をして体裁を整えておくのは大事だ。
まあ、なんといってもメロヴィくんだ。オレが口を挟む必要もなくその有能さを証明してくれるだろう。
「――なるほど。君はかなり優秀なようだ」
10分後、メロヴィくんの試験はオレの予想通りに無事終わった。
「メロヴィ・ラインゴッズ卿。合格だ。ぜひ君を赫奕剣騎士団に迎えたい」
結果は文句なしの合格。ゴーント卿もトモエも彼を間違いなく有能だと太鼓判を押してくれたので、オレの仕事は最後の最後に合格を告げることくらいだった。
なにせ加減してたとはいえトモエの一撃を回避して、難解で知られる政軍五書の内容を要約、暗唱してみせたんだ。他の騎士団の採用試験でも一発合格だったろう。
しかも、メロヴィくん、文官と武官を兼任したいと自分から言い出してくれた。なんでも伝統ある赫奕剣騎士団で騎士として経験を積みたいらしい。原作通りの真面目さで結構なことだ。
いやぁ、思わぬ拾い物だった。メロヴィくんを採用できたというだけで今回の公募をやった甲斐があったというものだ。
「は、はい! 身に余る栄誉、恐縮であります!」
「ラインゴッズ卿、いや、メロヴィくん。メロヴィくんと呼んでもいいかな?」
席を立ち、メロヴィくんに歩み寄る。緊張している面持ちの彼の肩に手を置いて、できる限り人のよい笑みを浮かべた
原作からしてメロヴィくんは真面目な性格の努力家だ。人間関係にも誠実さを求めるので、攻略する際の会話の選択肢も真面目なものを選ぶことで好感度が上昇していた。
なので、本来のオレ、つまり、原作でのキリアン・シグヴァルトだと彼に好かれる要素が何一つとしてない。
逆に言えば、原作とは全く違う『誠実な騎士』として接していれば好感度は稼げる。せっかくの人材をオレのせいで離反させるわけにはいかない。
なに、オレも貴族だ。外面をよくする程度のことはそう難しくない。
「は、はい、シグヴァルト卿! ぜ、ぜひ! じ、実は、騎士学校では何度もお姿を拝見しておりました! そのときから、そ、その、貴方に憧れていて……! そ、それで……!」
「そ、そうか。それは、うれしいな?」
しかし、オレが演技に入るより先にずいっとメロヴィくんが間合いを詰めてくる。美男美女が基本なこの世界でも稀なレベルのイケメンが急接近してきて、咄嗟に反応できない。
というか、一応、なぜメロヴィくんがここに来たのかの謎は解けた、のか……?
確かに原作でもこの世界でもオレとメロヴィくんは騎士学校での先輩後輩だ。それでオレの姿を見ていたというのは分かる。
問題はオレに憧れての部分だが、深くは考えないようにしよう。どうせ、例の『凶戦士』がらみだろうしな……、
なんにせよ、今はメロヴィくんのオレへの好感度が高いという実が大事だ。できればこれを維持しておきたい。
「と、ともかく、兵舎に君の部屋を用意させる。明日からしばらくはオレも騎士団の方に顔を出すから、まずはオレの側で仕事に慣れてほしい」
「え!? シグヴァルト卿のお側に置いていただけるのですか!? そ、そんな、身に余る光栄です! 粉骨砕身働かせていただきます!」
お、おお、かなりやる気だ。
原作『帝国物語』では能力値と同じくらい大事なのが、武将の『士気』。つまりはやる気だ。それが何の鼓舞もせずにマックスになってくれているなら、オレの手間も省けるというもんだ。
いわば能力もあってやる気もある新卒のようなもの。おまけに原作通りなら教育もほとんど必要のない即戦力でもある。まさしく理想の人材、もはや優秀すぎて矛盾している。床上手な処女みたいな幻の生物と言ってもいい。
あれだな。もう後の応募者とかどうでもいいんじゃないか? どうせろくな奴いないし。
だが、一応来てくれている相手への礼儀もあるし、あと10人やるだけやっちまうか。
そうしてオレとゴーント卿、トモエの3人は残る10人のうち9人の試験を日が暮れかかるころには終えた。
当然めぼしい人物はいなかった。まあ、それで構わない。100人集めて、メロヴィ一人見つかったんなら御の字だ。
と、思っていたのだが、実はもう1人掘り出し物がいた。
100番目の候補者としてやってきた女性。眼鏡をかけて言葉少ない彼女は、なんと『帝国図書館』の元司書だと名乗った。
名を『ローレル・ヴィットール』。長い髪で顔を隠しているうえにほとんどしゃべらない彼女を最初は冷やかしかと思い落そうとしたのだが、帝国図書館の名を聞いては留めざるをえなかった。
帝国図書館といえばこの『統一帝国』最大の蔵書を誇る大書庫だ。そこには通常の書物はもちろんのこと稀覯本や有名な詩や物語の原本、あるいは『魔導書』でさえも収蔵されている。
この帝国図書館の司書の採用基準は後宮の女官のそれよりもさらに厳しく、採用者は5年に1人でるかでないか。少なくとも文官としての能力が並外れていないと採用はありえない。
……通常、帝国図書館の司書が職を離れるときは死ぬときだけだ。なので最初は偽物を疑ったんだが、ローレルの持っている帝国図書館の印章は間違いなく本物だったので、即採用した。
できれば経理関係を任せたいが、最初はメロヴィと一緒に慣らして能力を確かめてからだな。何か問題があるとしても、帝国図書館の出身者というだけで囲っておく価値はあるというものだ。
だが、2度あることは3度ある。この日はもう一つサプライズがあった。
採用試験を終えてジークリンデの離宮の傍にある官舎への帰り道でのことだ。日はすっかり暮れており、いい加減腹が減っていた。
この時間に官舎に帰っても食堂は閉まっている。貴族としてはあまり褒められたことじゃないが、街の方まで下りて酒場で一杯ひっかけるか、そんなことを考えていつもとは違う道をオレは進んでいた。
通りかかったのは帝都中央部にある噴水広場。夜も深まり、人気のなくなった観光名所の噴水の傍に彼女は立っていた。
金色の髪をした美少女。原作主人公である『聖女フレイン』が水瓶を抱えた3人の女神の前で涙を流していた。
…………泣いてる? あの人間型の戦車みたいな頑丈女が? なんで……?




