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馳せる空に、死体は浮かぶ  作者: 式ノ二嬢
エピローグ
28/29

天城霧における代償

 校舎屋上にて、私は待ち人と会う。

 彼は私の姿を確認すると、立ち入り禁止の筈だと笑っていた。互に拘束を破りし仲なのだから、そんな些細なことはすぐに忘れてくれという。

 それもそうだ。

 半分にわかれた晴天は、栞を挟んだハンドブック片手に答える。


 栞は如何やら手作りの様で、何かしらの押し花が施された力作だ。様々な花を贈ったが、どうやら彼の気分はそういう気分らしい。

 クローバー片手に、約束を続ける。


 私は今日も死なず、私は言葉を待っている。


 数gの質量を持つ魂が、存在するのなら。

 私が生きる事に、意味はなくなる。


「何も無いし、ある訳がない」


 言葉の答えは、実に簡素だった。

 様々な雑音が支配する地上とは違い、屋上の一角はとてもシンプルに風だけが靡いていた。カーテンの様に曇り空が青空を覆い、例年の暑さを遮る。

 暑い暑いと茹だれることも無いし、冬の寒さに身を縮める事も無い。精神体で生きていけるのなら、いっそアンドロイドにでもなろうかと私は笑う。


「君は幽霊を肯定すると思ったよ」

「味のある設定やSFの話なら否定はしないよ。でも、君の場合確かめそうだろ?」


 否定はしない。

 天城霧は、そういう人間だからだ。


「まあ、興味が無いというのは嘘になるかな?」

「興味本位で殺されたら、僕の立場が無いよ」

「先生でも親でもないのに?」

「幼馴染が殺されるんだ。僕が討たなきゃ誰が討つんだ?君の敵なんて」


 ああ、そしたら君は嫌いになるのだろうか?

 私を殺した私を恨んでくれるか。憐れんでくれるか。

 ___君の心に傷はつくのか?


 君は私を、憶えてくれるだろうか?



「__私が私を殺すんだ。敵なんていないだろ?」

「__いっそ無理心中でもするか?」


 毒を食べて二人で。

 咀嚼し、飲み込み。そして同じ血を作って死のう。

 その言葉は少し甘美だったけど、わたしの趣味に付き合わせる訳にもいかない。私の殺意は私の恋に向かわない。私の殺意は私だけに向けられるべきだ。


「__演目は楽しかったよ。演劇なんて久しぶりだった。私は、何時も君に救われていると実感するには」

 続く言葉に、しかしを載せる。

 だが、私の自殺を止める作品ではなさそうだ。


 身を焦がす程の炎への欲求は、私を殺す私の衝動はこの程度で鎮火しない。私に出来る事は、私を殺す方法を選択する事だけだ。


「これからだ。アクアリウムの証明は、まだ終わっていない」


 諦めきれない絞った言葉とは違う。

 其処には、確かな熱がある。


 私の好きな人は、私の死を諦められないようだった。


「”晴天”の最後の作品は終わってない。こんな程度で終わらせるか」

「君は舞台に居ないじゃないか__」

「ああ。作家は舞台に上がれない__けど」


 だから。

 渡部わたべ井辻いつじとしてなら。


 晴天は、その溢れる感性で”私”を救うだろう。

 それを私は、身をもって知っている。


 屋上を去り、私は本番控える舞台上へと脚を進める。

 夏の日差しを久々に浴びた様な、何処か









 私という味の無い水に、清々しい青を与えてくれた人が居た。

 アクアリウム。色取り取りの色彩が舞い、空っぽの水槽を証明のように色輝かせる。

 その水槽に、私は確かに惹かれていた。

 それを構成する大部分の青に目を奪われたのも事実だ。私はその光景を見て、幼心から其処で死にたいと思っていた。深く深く引かれたステージは、私の心臓を放さなかったからだ。

 それを何故というのに、深い理由はない。


 今でこそ言葉を並べてそれなりの言い訳が成り立つが、その時抱いた私の殺意は、私自身に対して純情で純粋な好奇心に似ていた。


 第三公演。

 趣味の延長線上に存在する私は、少しだけ大きくなる鼓動を呼吸で止める。

 人前で他人を演じるのは、私の得意分野だ。何せ、この数年間私は他人に自分を隠していたから。いや、隠したというよりは乏しい私が伝えきれなかっただけだ。


 壇上へと自分を固定し、私は”主人公”となる。


 不埒な言動を多用する私は、その外面以上に内面を持たない。

 思い付いたことを実行してみたら、それが他人から見れば奇怪な事だった。

 私は、私の興味本位を実行する能力だけは持ち合わせていた。


 それは感情を失った現在の話でもあり、君と見たアクアリウムの姿でもある。


 __私は脆く、中身が無い。




 私が失ったのは、喜怒哀楽だ。

 天城霧は、恋心を失ってはいない。

 感情が乏しい私の、唯一の起点を失ってはいない。


 私が自殺という興味本位を実行しなかったのは、渡部わたべ井辻いつじを愛しているからだろう。


 私は今も、空白を抱きながら生きている。

 私の青は諦めきれず、演目は変わらない。


 希薄化された1がゼロだとしても。

 私の喜怒哀楽が、ゼロになろうと。

 今まで培われた君との時間は、この培われた思いだけは0にならない。


 例え、君の思いを削り落とされても。


「私は、君に恋をするのだ」


 私は、もう一度好きになろう。


 覚えているだけで煌びやかな世界は、乏しい私の唯一の場所で。

 隣にいるそれだけで、私は今を生きているのだ。


 騒がしい雑談は消え、証明の消失と共に静寂を取り戻した。






 カーテンが上がる。


 演目は、”アクアリウムの残照”


 私の、”光”と。

 私の、”物語”。

青春という傷跡は、一生ではない

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