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馳せる空に、死体は浮かぶ  作者: 式ノ二嬢
エピローグ
27/29

開演前の動向

生きているだけで強運だった。

 晩夏。

 夏が終わりそうに無い。


 雨水を吐き出した空が、実に心地よい体で天気予報を伝えた。雨のち晴れというには雲の欠片さえない快晴が、私の頭上を熱く照らしていた。

 暑さに耐性を持たない私は、その永遠と照らされる熱線に文句を言いながらも、三十度という猛暑の表示のない今頃に多少のありがたみを感じつつ、こうして校舎へと向かう。


 気の合うクラスメイトとすれ違いながら、私は誰も居ない部室へと足を運んだ。

 造花のアベリアを自信の机に飾って、私は先輩が愛用する席に手を置く。


 __私の先輩は、自殺をしない。

 自殺の最中である私とは違い、きっと強い人間なのだろう。



 強運である私は、失いながらも生きている。

 私は今日もそれを自覚しつつ、何時も通りの私へと戻った。










 文化祭は、生徒会長の一言を皮切りに始まった。

 メイン体育館では、様々な仮装に身を包んだ人々で溢れかえる。


 証明と爆音が、彼らを盛り上げていく。







 休む為の夏休みに、どうにも休ませる気概が無いイベントだ。

 伝う汗を拭いながら、接客業に遅しむ同学生を写した。


 その中には、私の新しい友人である浅井夏樹あさいなつきの姿も見える。こちらに気付いた彼女は私の姿を見ると話しを中断し、聲をかける。

 撮影中と夏服に通された表示通り、文化祭の記録係である私は、彼女らの勇士を撮影しなければならない。

 私は迷うことなく、カメラを向ける。

 お化け屋敷の仮装に身を包む友人と、何処か気さくな同学生とのツーショットをデジタルに焼いて刻み、私は小さく手を振った。

 仮装に乗じた彼女らの姿を収め、私は次なる人物画を求め意気揚々とその場を去る。

 世間話の他に咲かせる話を抱かない私は、クラスメイトや友人としての雑談を程々に仕事へと邁進する。

 その中でとある劇場の話を小耳に挟み、どうやら話題になる程盛況だという事が分かった。


 文化祭にて、写真部の任務は校内行事の記録を含む。

 故にカメラを趣味としている私は、私の仕事であるという自覚を程々に私の趣味を満喫している。


 溢れんばかりの人々は、各展示スペースを占拠する勢いで教室や廊下を埋め尽くしていた。その様子を撮影するのにも一苦労だ。


 苦労というのは、実に絶える事は無い。


 客足の途絶えない校内は、様々な人々で賑わいを見せている。それにかかわる人々も、大なり小なりその感情に笑顔を浮かべている。


 愛用のカメラにその風景を写し続けると、校内放送が今日の終わりを告げる。まどを見れば日が沈む気配は無いが、時刻はそれなりに過ぎているようだ。


 



 一日が終わる。




 六時を告げる鐘が鳴る。

 客人が訪れる事が無い理科準備室では、一足先に寛ぐ人影が見えた。


「ご苦労様です、井辻先輩。聞きましたよ?大盛況だったらしいですね」


 エアコンのお陰で肌寒い程に気温を保たれた理科準備室では、文学系男子の筆頭である渡部わたべ井辻いつじ先輩が、何やら作業を行っているようで。私はソレを覗くと顔を近づける。

 先輩の手のひらで未遂には終わるが、どうやら何かしらの文を書いているようだ。

 

 文化祭が終わった今でも、晴天としての活動は続いている。

 真面目とは程遠い先輩ではあるが、その一端である事は想像に難くない。


「苦労の甲斐があったという奴だな。ま、ぼちぼちといった所だよ」


 演劇部の公演は、一日目に一回、二日目に二回予定されていた。一日目を終えた今、クラスメイトの雑談において様々な催しの中でも話題として尽きそうになさそうだった。

 クラスメイト達の話によれば、それほどまでに完成された劇だという事だ。生憎、文化祭の記録係として存在していた私には縁のない公演だったが。

 それと同じくして開催されたイベントに、私は手足を動かしていたために現場を目撃したわけではない。しかし、興奮気味に話す彼女達を見て興味があるのも事実だ。


「ご謙遜は体に障りますよ?聞きました、天城先輩の活躍もあり、第二幕が待ち望まれていると。私友人の話ですが、以前の演劇よりも凝った演出を成されたとか」

「僕の考えではないがね」


 演出にも関わっているらしい先輩は、そう言ってはぐらかす。


「僕がこうして、先輩の代わりに暇を潰された甲斐があったという訳です」

「お前の其れは趣味だろう?趣味人は暇がないと聞いているが?」


 趣味人は暇がない。

 趣味に没頭し、それ以外の時間が無い。


 私としては、そこに井辻先輩も含まれる。


「ええ、暇がありませんよ。なので、その素晴らしい演劇を焼き刻む事が出来ませんでした。明日は二回公演をするようですが……そうですね」


 明日の予定は既に構築済みだが、私は考える振りと多少の間をおいて答えた。


「では、午後に訪れます。明日も張り切ってください。先輩」

「役者じゃない舞台作家が、出張ってもしょうがないだろ?」

「そう言えばそうですね。なら、先輩が刻んだ演目に目を凝らす事にしましょう」


 彼の作品が、楽しみであるという紛れも無い本心を付け加え。


「僕は楽しみにしてますよ? 先輩」

「楽しみにしているのは、多分君だけだ」

「自虐的な作家は浅はかである事を知るべきです、先輩は。いい加減に肯定すべきだ」


 言葉に、続きは無かった。

 先輩は自分自身の能力に対して。自分自身に対して浅はかだ。


「どれだけ認めれば分かるんですか? 先輩は自信も背丈も小さいですね」

「……背丈は余計だよ。後輩君」


 わたしよりも少しばかり大きな先輩は、苦笑いで答える。

 余計なお世話だ。__そう溢した。


「とりあえず、今日の成果はどうだったんだ」

「何のです?」


「後輩君の成果だ。趣味人として満喫できたという事は、いろんな人間を撮れたんだろう?」


 __ああ、確かに。

 今日はいろいろな人を撮った。同学生の家族や各学年での出しもの、近所の人々が振舞う昼時の簡潔なレストランで、楽しむ学生諸君。様々な人間が、様々な場所で織りなす青春を切り取った。

 沢山の人々を撮った。

 それ等は全て同じ人間ではなかったし、多くの笑顔を咲かせていた。

 私以上に、人生を楽しんでいるようだった。


「__ええ。たくさんの人を撮りました」

「いい加減。他人を撮れるようになったか?」


 ____昔は、他人を写す事を苦手としていた。

 正確に言えば、親しい間柄以外の撮影が苦痛だった。


 カメラを撮るという行為は、私にとって理解と同様だったからだ。

 知らない人間を理解できない様に、知らない人間を写すことが出来なかった。


 フィルムを通じて見える光景さえにも、私は人見知りだったという事だ。

 そして先輩のニュアンスは、多少のお返しを含めた心配である事を知っている。


「ええ。__先輩には言いませんでしたか?僕は人物画を撮るのが好きなんです。たとえ苦手だったとしても、今では立派な趣味の一つですよ」

「悪趣味が増えたようだね」

「いい趣味ですよ。少なくとも、証明写真はきれいに映れます」


 それが自分の趣味の最大の利点だと、私は嘘を織り交ぜた。


「自分の不幸に反吐が出るよ」

「先輩の不幸なんて、井の中どころかバケツみたいなものですよ」


 毒を貯めるのには釣り合いが取れなさそうだ。


「__いえ、言い換えるなら水槽に満たないですかね?好きでしょう?アクアリウム」

「多少容量が増えた程度か。……僕としては、あんまり縁起は良くないね」


 天城先輩というトラブルに巻き込まれたからだろうか?

 まあ、それを踏まえても。


「先輩。この世界は先輩よりも不幸な人間は溢れる程いるし、僕よりも幸せな人間で満ちていると思いますが__」


 私は、先輩の幸福を知っており。

 私は、自分の不幸を知っている。


 その意味を含めた皮肉に自嘲をふりかけ今尚尚続いている私の言葉は__。


「先輩の価値観でマシだと言うにも、時間はまだまだ足りません」


 八分の二に満たない私は、同じく満たない先輩にそう説いた。

 自分でも説くほど偉い人間だとは思わないが。まあ、わからずやの先輩を理解させるには言葉が必要だとも理解している。それを理解させるのに”誰か”は必要ない。

 

「__それを言うならお互い様だ」


 ヤレヤレといった様子で席を立つ先輩。

 私はその背中を応用にカバンを持ち、追随しながら更なる雑談に花を咲かせる。アレがどうとかこれがどうとか。明日には忘れてしまう話題の中に、私が求めている物は確かにあるのだろう。


 この日常が手放せないのは事実で。

 後輩である現実に、物足りなさはあるけれど。


 それでも、今が悪くないことは確かで。

 自分の不幸を飲み込み、私らしく続ける理由には十分だ。


 例え天城霧を、今でも忘れない大切な人間だとしても。



 自分の不甲斐なさに、怒りと少しの焦りを込めて。

 気のいい後輩を続けながら、今にも溢れる気持ちを吐き出す事は無い。


 私は、もう暫くこの関係を続けるのだろう。




 ____冗談だと今日も笑う”私”は、貴方の傍に居たいだけなのだ。
















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