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4 幸せになりたい ~たとえ地獄に堕ちることになっても~

 この世には、神も悪魔もいないから、あたしの望みを叶えるには、あたしが動くしかない。

 その結果、たとえ地獄に堕ちることになっても。あたしは後悔しない。



 義姉さんが妊娠した後、あたしは、父さんと母さんが留守で兄貴がどうしても外せない仕事の飲み会に行く日を狙って家に泊まりに行った。

 体調の悪い義姉さんにご飯を作りに行ってあげるという名目で。

 元々義姉さんとは部活の先輩後輩で仲が良かったし、あたしが結びの神だしで、割としょっちゅう泊まりがけで遊びに行っていたから、今更不思議がられることはない。

 前々からずっとチャンスを狙っていたのに、なかなかものにできなかっただけなんだけど。

 ようやくチャンスが来た。

 義姉さんは眠くて仕方ない時期で、母さん達がいない気安さもあって、ご飯を食べてお風呂に入った後、さっさと寝てしまった。

 そして、兄貴が帰ってきて。

 「おかえり。結構飲んできたね。ほら、さっさとお風呂入っちゃって」


 さあ、正念場だ。

 風呂上がりの兄貴に、お茶を勧めて。

 このお茶には、少し前のクラス会で、佐竹があたしに盛ろうとした睡眠薬が入ってる。

 佐竹亮太。小学校の頃から、あたしにいじわるし続けていた嫌な奴。クラス会で久々に会って、二次会であたしに薬を盛ろうとしたから、全部取り上げてやった。

 しばらくストーカーっぽいことされたけど、後で役に立つかもしれないと思って警察には届けていない。まさかこんなに役に立ってくれるなんて思ってもみなかったけど。

 取り上げた薬は、ネットで調べたら違法なものじゃなかったし、副作用とかない感じだったから、量を加減して自分で試してみた。小一時間眠らせるなら、ちょっとだけお茶に溶かせばいける。味も、そう不自然じゃない。

 その薬を、兄貴に飲ませた。


 ソファーの上で眠ってしまった兄貴を下だけ脱がせて、ソファーの上にタオルを敷いて。

 あたしの初めては、ベッドじゃなくてこのソファーの上になる。でも、ここは、あたしがファーストキスを兄貴にあげた場所だ。

 あたしはスカートのまま下着だけ脱いで、そして、誰にも知られないまま兄貴に処女を捧げた。ロマンチックさの欠片もない初体験。でも、あたしにとっては一生の宝物だ。

 あとは、後始末をして、しばらくして目を覚ました兄貴を寝室に連れて行って。

 多少のだるさは、酒のせいってことでごまかせる。

 まさか(あたし)がこんなことをしているなんて、思い付きもしないだろう。



 根拠はないけど、確信はあった。

 虚仮の一念、岩をも通す。人生を賭けた戦いに、あたしは勝った。

 あたしは、そのたった一度で妊娠した。

 女性医師の経営する産婦人科に通い、母子手帳ももらった。大丈夫。ちゃんとお腹の中(ここ)に赤ちゃんがいる。

 今はまだ早い。父さんに知られたら、絶対堕ろせって言われる。

 堕ろせなくなるまでは、気付かれちゃいけない。

 一緒に住んでいないって、こういうとき便利だ。



 佐竹亮太が死んだ。交通事故。雨の日にバイクで走って、滑って自爆したらしい。

 予想外の幸運、と言ったら、やっぱり地獄に堕ちるかな。

 もう少し。もう少しで舞台が整う。




 妊娠6か月。もう堕ろせない。

 舞台は整った。




 「妊娠した!?」

 報告しに行った家では、予想どおりの展開になった。

 お腹の子の父親が誰か言えないんじゃ、そりゃあ怒るよね。

 いくらでも怒ってくれていい。どうせ、もう堕ろせないんだから。あたしの逃げ切り勝ちだ。

 そして、ここで佐竹の事故が役に立つ。適当に匂わせておけば、母さんが勘違いしてくれるだろう。



 市役所(職場)の人事係には、結婚予定だったのが相手に先立たれた、認知は求めないで1人で育てる、と説明して、無事産休も育休も取れた。あたしは詐欺師になれるかもしれない。

 産まれた子には、「亮」とつけた。もちろん兄貴の名前から取ったけど、佐竹の名前からだと思われたっぽくて、誰も何も言わなかった。

 義姉さんから「辛いね」と慰められたから、「この子がいるから大丈夫」って答えておいた。

 ごめんね。せっかく心配してくれてるのに笑顔で裏切って。

 でも、仕方ないの。あたしが幸せになるためには、こうするしかないんだから。

 裏切るのはこれっきり。あとは、仲のいい義妹でいるから。



 亮が3歳になった。

 兄貴の娘の真実ちゃんと亮とは、半年違いで同じ学年だし、義姉さんが2人目を妊娠している間、真実ちゃんの面倒を見がてらしょっちゅう遊びに行っていたから、幼なじみでもある。

 今のところは姉弟のように仲がいい。


 「おかあさん、ぼくね、大きくなったら、まみちゃんとけっこんするの。やくそくしたんだよ」


 「へえ、亮は真実ちゃんが好きなんだ?」


 「うん! まみちゃんも、ぼくのことすきだって」


 「そう、よかったね。じゃあ、真実ちゃんを幸せにしてあげようね」


 「うん♪」


 微笑ましい、子供の初恋。

 その気持ちがずっと続くのか、どこかで忘れてしまうのか、今はわからない。

 でも、どちらでも構わない。亮が決めることだ。

 もし、将来、亮が真実ちゃんと結婚することになっても、戸籍上は従姉弟だから問題ない。

 あたしは反対しないし、事情も話さない。秘密は墓まで持って行く。

 地獄に堕ちるのは、あたしだけでいい。


 愛する人の子を産み、育ててる。今、あたしは幸せだ。これからもずっと。

 これにて「桜井香奈の禁断の恋」シリーズ完結です。

 シリーズ1作目の「兄貴への恋」は、アンリさま主催の「恋に焦がれる夏」という企画に参加するために書いたものでした。

 「恋に焦がれる」から、“禁断の恋”を連想し、兄への想いに身を焦がす妹の物語を書いたのです。

 その後、兄の恋人となった真理の物語も加え「桜井亮介と2人の少女」というシリーズ名にしておりましたが、実はどの作品にも必ず香奈が登場しており、鷹羽の中では、香奈の物語でした。


 元々、「兄貴への恋」を書いた時点で、香奈が最終的にこうなることは決まっていました。

 鷹羽の中で、香奈の気持ちはそれほど一途で強いものでしたから。

 香奈のしたことは倫理的・法的には問題がありますが、道ならぬ恋に落ちた1人の女性として想いを貫くにはそれしかないと思い詰めた結果でもあります。

 決して褒められたことではありませんが、鷹羽としては、いわゆる不倫関係よりも周囲に迷惑を掛けないやり方だとも思います。

 この先、香奈が(主観的に)幸せであり続けられるのか、秘密を守れるのか、亮は真実と本当に結婚するのかなど、先々に問題はあるでしょうが、きっと香奈は幸せであり続けるのだろうと鷹羽は信じています。

 香奈にとっては、これ以上望めないハッピーエンドである、と言い張りたいと思います。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 強い。この強い信念こそが、彼女だけの幸せなのでしょう。 計算、機略、偶然の知人の死すらそれに組み込むという、自分の愛のためただひたすらにそれを実行するとは狂気に似た愛ですね。 [気になる点…
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