74 変わっていくもの
「良かったんですか頭?」
「あぁ?何がだ?」
「人間の軍を通すなんて…」
「じゃあ、なにか。テメェは、俺に酒の席の約束を破れ、てのか?」
「いや、そうは言いませんが…」
「なら黙ってろや」
大峡谷の地下坑道のドワーフ達の頭領、ガルガンは不機嫌そうな声を出すと、去り行く人間の一団を黙って見送った。
「確かに人間も馬鹿には出来ねぇな」
ガルガンは昨日の事を思い返すと独り呟いた。
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「先ずは1杯やろうぜ。難しい話はそれからで良いだろ?」
ヒロは目の前に酒樽を置き、挑戦的な笑みを浮かべていた。
「おい、若けぇの。酒を奢ってくれんのは嬉しいんだが、1つじゃ足んねーんじゃねぇか?」
「おう、そうだ。その樽じゃあ5人分にもならんな」
「ここに居る儂等だけで3樽は要るじゃろうよ」
ガルガンの言葉に他のドワーフも続く。
「それなら心配無い。まだ有るからな」
ドン!ドン!ドン!ドン!
目の前に更に4樽が置かれた。
「アンタ達が4樽飲んでも、ちゃんと1樽残るな。ナタリア用に1樽は要るからな」
「えぇ!?私?」
突然ヒロに呼ばれたナタリアが驚きの声を上げる。
「おいおい、何の冗談だ?その小娘が1樽飲み切る?笑えねぇな。儂等の中でも1人で1樽飲み切る奴はそうは居ねぇぞ」
仲間の言葉に広間に集まったドワーフ達が「違いねぇ」と笑う。
「へ~、意外と下戸ばかりなんだな。フェルディールに何人か居るぜ?」
明らかに挑発と分かる言葉だが、それを聞き流すのはドワーフの矜持が許さなかった。
「上等だ。バローズとドルバスを呼んで来い!ゴッサム、お前も参加だ!こっちは俺を含めた4人。そっちは、その嬢ちゃんだな。5人で5樽、最初に1樽飲み切った奴の勝ちで良いな?」
ガルガンが望み得る最強の布陣を揃えた。自分が負けるとすれば、と考えて選んだ3人だ。
それに対して、ヒロは少し困ったような顔で頬を掻いている。
「あ~、いや、前言撤回」
「んだと!?今更、んなこと認めるかよ!」
「まぁ、聞けよ。普通の酒なら1樽は問題無いだろうけど、流石にコイツは無理だ」
そう言って手元の樽を叩く。
「はぁ?どういう事だ?」
「飲んでみたら分かるさ」
そう言うと天板を割り中の液体をすくい上げガルガンに渡す。
渡された杯の中の琥珀色の液体を一息に口の中に流し込む。
「ゴホッ!ゴホーッ!ゴホゴホッ!」
瞬間、喉の焼けるような熱さと酒精の強さにむせ返る。
「お前、コイツは火酒か?いや、火酒にしちゃぁ…」
喉を焼く感触はかつて一度だけ飲んだ火酒を思い出させた。
「火酒じゃないが、秘伝の製法で酒精を上げた特製の酒だ。どうだ?1樽飲めそうか?」
自慢げに胸を張り聞いてくる。
「いや、こりゃー無理だろ。流石に俺もコレを1樽は……」
言いかけてガルガンは気付いた。この樽の中身が全てコレなのだと。そして同じ樽があと4つ有るのだと。
かつて買った火酒は、10杯分程度の小ぶりな酒瓶だったが、それでも金貨15枚もした。
酒の価値が酒精の高さで決まるわけではないが、コレが火酒に比べてそれほど劣る物とは思わない。
目の前に無造作に置かれた酒樽1つの値段を想像し身震いがした。
「お、おい。本当にコレ全部飲んでいいのか?」
「ん?ああ。その為に持ってきたんだからな」
事も無げに言うヒロにガルガンは目を見開いた。
「ク、ククク、ガーハッハハ!こいつは豪気だ。気に入ったぜ若けぇの!」
ガルガンはうつむき肩を震わせていたが、堪え切れなくなったのか豪快に笑い声を上げた。
バシバシと肩を叩いてくるガルガンにヒロは怪訝な目を向ける。
何故突然上機嫌になったのかが皆目見当がつかなかった。
ヒロは特殊な秘伝の製法で作られる火酒の存在を知ってはいた。だが、その値段までは知らなかった。
ガルガンはその酒が市販の物を蒸留しただけで原価で金貨10枚にもならない事を知らなかった。
ちょっと珍しい酒を譲ったつもりのヒロと、金貨にして数百枚以上の酒を貰った気分のガルガン。
その感覚の違いがガルガンにヒロがとてつもない大物なのだ思わせた。
「こんな格別の酒を数人で独占しちまうのは勿体ねぇ。皆にも振舞ってやりてぇんだが、構わなねぇか?」
「ああ、皆で飲もうぜ」
「よっしゃー!テメェ等、今日は酒盛りだ!!」
「「「ガッテンだー!! 」」」
こうして始まった酒盛りは人間、ドワーフ関係なく盛大に盛り上がっていった。
隠し持っていた秘蔵の酒を出し合い飲み比べる者。
蒸留酒に喉を焼かれ、のたうつ者。
音程外れの歌を高らかに歌う者。
太く硬い指で繊細に楽器を操り曲を奏でる者。
妙な踊りを始める者。
皆が騒いでいるかと思いきや、広間の片隅で静かに独りで飲む者。
中には、アリシアのエクスグリアや自分達の鍛えた武具を眺めながら飲んでいる者も居る。
それぞれが、それぞれの楽しみ方で酒を飲み交わす。
「おい、若けぇの!オメェ飲んでんるかー?」
既に赤ら顔で呂律の怪しいガルガン。
「ああ、あんた等ほどガバガバ飲んじゃいないけどな」
例によって全く酔ってはいないが、それなりに飲んではいるヒロ。
「俺はなー、酒作りに関しては人間を尊敬しても良いんじゃねぇかと思ってんだー。俺達ドワーフにゃあ、こんな旨ぇ酒は作れねぇ。そんだきゃあ感謝してんだ」
そう言うと掌中の杯の中身を飲み干した。
今飲んでいるのは城から持ってきた酒、当然最高級品と言える一品だ。
「こんで後は、俺等と同じに酒が飲めればなぁ」
「人間にだって、ドワーフに負けてない奴も居るぜ?」
視線の先には既に何人かのドワーフを沈めたナタリアが居る。
「あれが『底なし』ナタリアか。冗談かと思ってたんだがなー」
「知ってたのか?」
「オウよ、『ミスラのフェルディールの町にドワーフすら飲み潰す娘っ子が居る』て話は聞いてるぜ。この目で見るまでは信じて無かったがな。あの野郎がマジで負けやがったのか」
そう言うと立ち上がりナタリアの前まで歩いていく。
「フェルディールの『底なし』ナタリアだな?」
「えぇ?違いまひゅよ。ひょっと強いらけで『底なし』なんかりゃ無いれすよ」
ナタリアは既に呂律が回っていない。しかし、ここから潰れるまでが果てしなく長い。
相手を確認したガルガンは、周囲のドワーフ達に向けて声を上げる。
「この嬢ちゃんは、フェルディールつう町じゃあドワーフを差し置いて1番の酒呑みだそうだ。それを許したとあってはドワーフの沽券に関わる。そうだな、テメェ等!」
「「「ヘイ、ガッテンだ!!」」」
「ドワーフの面子の為にも、1番の称号は取り戻さなきゃならん。そうだな、テメェ等!」
「「「ヘイ、ガッテンだ!!」」」
ナタリアの前にドスンと座ったガルガン。
そしてそこに更に数名のドワーフが加わる。
「俺に勝てたら、お前ぇ等の願いを叶えてやる」
突然のガルガンの宣言に、まだ思考能力の残っていたヒロとゲルディオが目を光らせる。
「そりゃあ良い。だが、後になって『あれは酒の席の冗談だ』とかじゃ困るぜ?」
「馬鹿野郎!酒の席で笑えねぇ冗談なんか言うか。この髭に賭けて約束してやんよ」
「いや、『髭に賭けて』て言われてもな」
ドワーフが一生かけて伸ばす髭。それを賭けてというのは人生を賭けてと同意だが、それを知らないヒロには、どれ程の事なのかは分からなかった。
だが言質は取った。後はナタリアが勝つだけで、目標達成となる。
「ナタリア」
「ひゃい!」
「あの髭面がぶっ倒れるまで飲んで良いぞ。リミッター解除だ」
「どれも髭面れすよ?」
「左から3番目のむさ苦しい髭面だ。アイツをロックオンしろ」
「む、あのモジャモジャれすね?」
「そうだ、今日は遠慮しないで飲んで良いぞ」
「えー、れもあと、1樽ひょっと位しか飲めれない気がします」
そんなナタリアとヒロのやり取りを、周りのドワーフたちが引きつった笑顔で固まる。
その胸中は「まだ1樽も飲めんのかよ!?」といったところか。
普段なら「強がりを」と笑うところだが、既に多数のドワーフを沈めた少女に誰も笑えそうに無かった。
そして、ナタリア・ラスベルの名前は大峡谷のドワーフにとって忘れられない物となった。
ある者には飲み負けたという屈辱と共に、ある者にはあれ程までに飲めるのかという憧れと共に、そして大部分の者には「底が見えない」という恐怖と共に刻まれた。
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「しかし、凄い娘っ子でしたなぁ?」
不機嫌になったガルガンに気を使い、お供のゴッサムは話題を変えた。
「あぁ?そうだな。弟も、あの嬢ちゃんには、やられっぱなしらしいからな」
「頭の弟と言いますと、確か…。あの『樽空け』のエルドラでしたっけ?」
「おう、出来の悪い弟で鍛冶の腕はからっきしだったが、酒飲みとしては俺以上だったからな。『人間の娘に飲み負けた』なんて手紙が来たんで冗談だとばかり思ってたんだがな」
つい先日も届いた手紙を思い出し、その内容に嘘が無かった事を実感した。
あんな人間も居ると知った今となっては、自由と刺激を求めて出て行った弟が羨ましくも思えた。
世界は広い。まだ見ぬ酒が在り、自分の想像とは違う生き物が居る。
狭い地下坑道に閉じ篭もっているの勿体無いのかもしれない。
「たまには、あの馬鹿の顔でも見に行ってやるかな」
10年以上見ていない弟の顔を思い出しながら、土産はどの酒が良いか思案する。
「ふん。そんじゃまぁ、その前にやる事やっちまうかー」
土産は何でも良かろう。どのみち道すがら自分で飲んでしまうだろうと考えるのを止める。
「ゴッサム、主だった組頭を集めろ」
「へい、ガッテンだ。それで、何をするんですかい?」
「あ?今後についての話だ。んなこたぁ良いからとっとと行けぃ!」
自分の怒鳴り声にドタドタと走り出した若いドワーフを見送る。
時代は変わる。自分が進んで外に出ようと思うようになった様に、大峡谷のドワーフも変わるべき時が来たのかもしれない。
そんな事を感じながら、大峡谷のドワーフ頭領ガルガン・グラハムは、あの石頭共をどう説得すべきか考えながら地下へと歩いて行った。
地下坑道の主(頭領)のガルガンは、冒険者ギルドのフェルディール支部長のエルドラ・グラハムの兄です。
この世界のドワーフの偉さの基準は
・戦士としての腕っぷし
・職人としての腕前
・酒飲みとしての強さ
あと付け足すならば髭の豪華さ、とかです。
ガルガンは地下坑道の最強の戦士で最高の職人で1番の酒飲み。
そして最もモジャモジャです。
石頭揃いのドワーフの話し合いは最終的には、取っ組み合いからの腕尽くか飲み比べで決します。
ガルガンが押し切るであろう事は、ほぼ確定です。
感想、ご指摘等ありましたら
宜しくお願いします 。




