69 休暇の始まり
ミーン、ミンミンミンミー!
ミーン、ミンミンミンミー!
セミの鳴き声を聞きながら「こっちの世界でもセミはいるんだなー」と、呑気なことを考えながら、木々の間を走り抜ける。
フェルディール学院は学院祭が終われば長期休暇に入る。
休暇といえばバカンス。
バカンスでの行き先といえば『海』か『山』で意見が分かれるところだが、個人的に言えば海派だ。
だが、残念ながら今現在居るのは海ではない。
そもそも、大陸中央部に位置するロギナス王国やミスラ王国に海は無い。
そんな訳で現在居るのは海ではなく、木々の生い茂る森、いや綺麗に手入れされているから林か。
そして、ここはロギナスでもミスラでもない。
更に言えば、バカンスにはなりそうも無い。
「居たか?」
「いえ、見かけておりません」
「そうか。この庭園に入ったのは間違いない。必ず探し出せ!」
「「「はい!」」」
指揮官らしき人物の号令に部下達は気合を入れ直し周囲の捜索に戻っていく。
上手く死角になるように隠れていた木の根元で、散っていく追跡者達の位置を確認しながら小休止を取る。
「クソ、連携が良過ぎるんだよ。隙が無えよ」
スキル【索敵】により追跡者の位置は把握出来ているが、その包囲網の隙の無さも理解出来てしまう。
「隙が無いって言うか、行動が読まれてる?」
隙を突いてそこから包囲網を突破すると、そこは行き止まりだったり、更なる包囲網が有ったりする。
敢えて隙を作りその先に罠を張る。こちらの能力や行動パターンを計算した上での布陣だ。
地の利、人の利を生かした見事な包囲網だ。
「スキルもバレてるぽいんだよな」
俺が【索敵】を使用する事を前提にしなければこんな布陣の仕方は意味が無い。
そして、俺のスキルを知っているのはエリザベスとナタリアぐらいだが…。
「クソ、碌な事をしない兄妹だな」
この追走劇は八割方がエリザベスとその兄のせいだ。
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半日前
長期休暇に際し故郷へと帰る多くの学生。
その例に漏れず、ヒロもロギナスへと帰る予定だった。
予定通りに着いたグリフ家からの迎えの馬車にヒロが荷物も積み込むその横で、エリザベスとナタリアも故郷ジグタルへの帰国の準備に追われていた(主にナタリアが)。
一国の王女たるエリザベスは帰国に転移魔法を使用するらしく、国から来た4人の魔法士が地面に転移陣を作成し、今はその転移陣の上に荷物を運び込んでいる。
メリオラとアリシアが地面の転移陣を眺め呆れた様に言う。
「本当に転移魔法で帰るんだ」
「馬車で帰れば良いものを」
馬車であれば7日はかかる旅路を一瞬で終わらせようという贅沢極まりない移動手段だ。
「羨ましいですの?庶民には縁遠いものですものね」
「べ、別に羨ましくなんか無いもん。転移陣なんて見慣れてるんだから」
エリザベスの挑発にメリオラが口を尖らせる。
「いいから早く荷物を運べ。まだ運ぶ物は有るんだぞ」
足の止まったメリオラをアリシアが促す。
「そういえば、貴女達は何をしてますの?」
「決まっている。バカンスの準備だ」
「バカンス?」
アリシアとメリオラは自分達の荷物を当然の如くグリフ家の馬車に積み込んでいく。
「バ、バカンスに行かれるのですか?グリフ家の馬車で?どちらに?」
「さぁな。行き先は私は知らん」
「ボクも知らない。行き先はヒロに聞いて」
「な!?」
勝ち誇ったように言葉を返す2人にエリザベスが絶句する。
そして、暫く何かを考えた後、何かを決意した様にエリザベスの目が据わった。
その事に誰も気が付かなかった事が不幸の始まりだったのかもしれない。
暫くして、転移陣の準備は整い、後は呪文を唱えるだけとなった。
出発するエリザベスとナタリアを見送るべく、ヒロ達は転移陣の直ぐ脇で別れの言葉を交わしていた。
「元気でねエリー。また休み明けに」
「ええ、メリオラもバカンスを楽しんで(貴女達だけで)」
「え?最後なんて」
「アリシアも、あまり無茶しないように」
「それは私に言う言葉では無いな」
「そう?(きっと無茶する筈よ)」
転移陣の内側で「フフフ」と不敵に笑うエリザベスは2人と握手を交わすと、ヒロと向き合った。
「ヒロ様、屋敷の一室を貸して頂いて有難う御座いました。おかげで有意義な日々を送れましたわ」
そう言って微笑むと右手を差し出した。
「楽しんで貰えたなら何より。また休暇明けに会おう」
そう言いヒロはエリザベスの差し出した右手を握り返した。
「休暇明けを待つには及びませんわ」
「え?」
握られた手に更に力が込められる。
「えい♪」
可愛い掛け声とは裏腹な凄まじい力でヒロの体は転移陣の内へと引き込まれた。
「あ!?」
「お前!?」
「【転移】」
事前に話をして有ったのか、ヒロの体が転移陣の内に入った直後、メリオラとアリシアが行動を起こすより早く、転移魔法は発動した。
「それでは、御機嫌よう」
エリザベスが呆然とする2人に優雅に一礼すると同時に転移陣は光の柱となり消えた。
ジグタル連合王国の第一王女エリザベスは、1人の学生を拉致し故郷へと帰省した。
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突然連れてこられたジグタル連合王国の首都グライロック。
王宮の地下の一室に転移した王女一行を出迎えた家臣団は見知らぬ男の存在に怪訝な表情を浮かべていた。
エリザベスから直接「私の大事なお客様です。丁重におもてなしする様に」との指示を受け、不承不承といった感じながら従う家臣達。
エリザベスに「部屋の準備が出来るまでは私の部屋に」と自室に案内された。
そんな簡単に王女が自室に男を招いて良いものなのだろうか?
まぁ、そろそろ聞かなければいけない事を聞こうか。
「お前はいったい何がしたいんだよ?」
「私を除け者にして3人でバカンスなんて許せませんわ」
「はぁ?バカンス?何の話だよ?行き先は俺の実家だぞ」
俺もバカンスに行きたいよ。
「じ、実家!?ま、まさか既に御両親への挨拶をする所まで……」
エリザベスが目を見開き、身を乗り出す。
その後でナタリアが目を丸くし、口に手を当て驚いている。
「待て待て待て。なんでそうなる?俺は単なる里帰りだし、アイツ等も『連れて行く』じゃなくて『付いて来る』だぞ。と言うか、特に話して決めた訳じゃ無いから無断で付いて来るみたいなもんだ」
学院祭の折に祖父には申し入れていた様だが、俺には何の断りも無い。
「それでも学院から離れ、周囲の目が無くなればそこは若い男女、自由になって羽を伸ばしたら、その勢いで……」
「いやいやいや、無いな、無いだろ。俺はむしろフェルディールに居る方が自由に羽を伸ばせるし」
実家に帰れば常に使用人の目が有るし、町に出ても侯爵家の子息への注目度は尋常ではない。
フェルディールなら、どこにでもいる学生に注視している人は少ない。
「確かに。私もグライロックよりフェルディールの方が自由気ままに過ごせましたわ」
王族のエリザベスは俺よりも周囲からの視線が多いのだろう。俺の言った言葉の意味がよく分かる様だ。
「それでしたら暫くはグライロックで羽を伸ばされてはいかがです?バカンスとまではいかなくとも、私の友人として紹介すれば不自由な思いはしない筈ですわ」
「いや、それは…」
意外と名案かもしれない。
俺はエリザベスに拉致されたわけだ、俺の意志では無いという事は実家にも伝わるだろう。
いざとなれば責任は全てエリザベスに丸投げだ。
知り合いの居ないこの国なら、確かに自由に羽を伸ばせるかもしれない。
「そうだな。暫くはお世話になろう。ただ、俺がロギナスの侯爵家の人間だって所はあまり言うなよ」
「何故ですの?」
「あー。確かに他国の貴族を拉致してきたなんて、最悪は外交問題になっちゃうよね」
「そんな『拉致』だなんて人聞きの悪い。友人を自宅に招待しただけですのよ」
「相手の意思を無視して連れて来たら『拉致』だろ」
身分を隠したいのは、それが分かると周りの対応が恭しくなって面倒だからだけどな。
「なら単なるフェルディールの友人という事で話をしておきますわ」
「それはそうとエリー、殿下…じゃない、陛下には何て説明してあるの?」
「…兄上ですわね、それが問題なんですわ」
「も、もしかして、まだ話してないの?」
なんだ?何か問題でも有るのか?
「陛下はちょっと妹想いが強すぎるというか、溺愛してるというか」
俺の不安を察したのか、ナタリアが困り顔で説明してくれた。
ほう、シスコンか。
「妹想いの兄、別に悪い事じゃないだろ?」
俺の姉も似たようなもんだし。
「悪くは有りませんが、薬も過ぎれば毒というか。…強いて言えば、アレはもう『病気をこじらせて末期症状が出始めた重病人』ですわ」
「余命宣告済み。そんなレベルかなー」
「そんなにか!?」
シスコンの末期症状が発症しているなんて、本気でヤバイ人じゃないか。
ん?あれ?そうなると…
「俺この部屋に居たらまずいんじゃないか?」
「見つかったら大問題ですわね。主に貴方が」
そうだよね。まずいよね。『主に』というか、『だけ』だよね。
「帰る!バカンスどころか死地じゃないか」
「大丈夫ですわ。この時間は、まだ執務中でしょうから」
余裕の笑みを浮かべているエリザベスだが、嫌な予感が全然消えていかない。
末期のシスコン患者なんだろ?
約半年間会っていない妹が帰ってきたんだぜ?
仕事なんか放って置いて会いに来るだろ?
「いや、ちょっと避難するよ。その間にちゃんと説明しておいてくれよ」
「そうですか。では夕方にでもまた王宮を訪ねて下さい。ナタリアを案内に連れて行くと良いですわ」
早めに退散しておくのが良さそうだ。
まずはグライロックの町を見て回ろう。
グライロックの特産品は何かな?
冒険者ギルドを覗いてみるのも良いかな。
そんな事を考えながらナタリアと共にエリザベスの部屋を出た。
その時
「貴様!そこで何をしている!!」
突然響いた大声に視線を向けると2人の男性が居た。
見回りの衛兵かとも思ったが、王族の居住区にまでは入ってこないだろう。
衛兵の様な装備もしていない、普通の服のようだ。
「エリザベスの部屋で何をしていた!」
1人の男が声を荒げながら詰め寄ってくる。
(呼び捨てにするって事は、この人がエリザベスの兄なんだろうな)
そんな事を考えている内に、男は俺達の前で仁王立ちになっていた。
「今、そこの部屋から出てきたな?あの部屋が誰の部屋か分かっているな?」
魔力を乗せる事が出来るのなら人が殺せそうな視線だ。
「へ、陛下、ご無沙汰しております。ナタリア・ラスベルです」
(ナイスだ。ナタリア)
俺を射抜いていた視線がナタリアへと移った。
僅かにだが、表情に驚きの色が浮かぶ。
「ナタリアか。妹が世話になった様だ、感謝する」
軽く頭を下げる。
それにナタリアも「いえ、いえ」と頭を下げる。
「それで、貴様は何だ?」
男の鋭い視線が再び俺を射抜く。
「あ、御紹介します。フェルディールで部屋を貸してくれた友人です」
「ヒロです。この度はエリザベス王女に部屋を貸したお礼としてご招待いただきました」
ナタリアの紹介に続き、エリザベスに連れて来られた事を強調して挨拶した。
「そうか、貴様がヒロか。どうするルイス?憎き怨敵だぞ?」
今まで後で静観を決め込んでいた、もう1人の男が口を開いた。
(怨敵?何?恨まれてるの?)
「黙ってろ、ゲルディオ」
背後に居る男、ゲルディオを黙らせた国王ルイスの視線が再び俺を射抜く。
「ヒロ殿、フェルディールでは妹が世話になった様で感謝する。
だが、ソレはソレ、コレはコレだ」
何故か国王陛下はご立腹の様子だ。
「俺の許可なくエリザベスの部屋に入った男は死刑だ」
「ほーお。そんな決まりが有ったのか?」
むちゃくちゃな事を言い出した王に、冷静に指摘を入れるゲルディオ。
「今決めた。俺が王だ。俺がこの国の法だ!文句が有るか?」
ここまで来ると、いっそ清々しいまでの横暴さだ。
「大有りですわ!そもそも、私の部屋に入るのに何故に兄上の許可が要るのですか?」
部屋から出てきたエリザベスが苦言を呈す。
「おお、エリザベス。会いたかったぞ、我が愛しの妹よ」
それまでの厳しかった顔の相好を崩し妹を抱きしめるルイス。
「兄上も御元気そうで安心しました」
「お前も元気そうで。それより、また一段と美しくなったか?もう止めてくれ。これ以上美しくなられたら悪い虫が付かないかと心配で、執務に身が入らなくなってしまう」
「確かに今日は何の仕事もしていないな」
(ゲルディオ、無理やり割り込むな)
既に俺の事など無かったかの様に兄妹の2人だけの世界を作り始めている。
「それより兄上、私の部屋への立ち入りの可否は私が決めます。兄上といえど口出しはさせません」
「いいや、駄目だ。身内以外の男を部屋に入れるなど、何か有ったら如何する?」
エリザベスと目が合った。
ルイスの死角で彼女の左手が「行け、行け」と合図を出している。
どうやら自分に引き付けている間に俺を逃がそうとしている様だ。
(すまんエリザベス。お前の犠牲は無駄にはすまい)
「では、身内になれば問題無いのですね?」
「何だと!?ま、まさか、今回連れて来たのは……許さん。許さんからな!」
一体どんな想像したのか、どんどん顔色が青くなていく。
(やっぱり兄妹だな。考え方が一緒だよ)
どうでも良い事を考えながら、刺激しない様に静かにフェイドアウトを試みる。
「感動の再会の最中に悪いが、逃げられるぞ?」
「何?」
ゲルディオの指摘にエリザベスに固定されていたルイスの視線が再び俺を捕らえる。
「チクんなよ!」
あと少しで曲がり角だったのに。
「貴様どこへ行く!」
隠密行動から全力撤退に切り替えて逃走に掛る。
ナタリアを置いてきたが、そこには問題は無いだろう。完全に俺個人をロックオンしている様だった。
「衛兵、衛兵!侵入者だ。捕縛しろ!」
曲がり角の向こうでルイスが衛兵の召集をしている。
「クソ、何でだ?去年も王宮で衛兵に追われたぞ?」
こうして俺は今年も衛兵に追われる事となった。
舞台はナタリア、エリザベスの故郷
ジグタル連合王国へ。
この国でヒロの英雄への道が…。
感想、ご指摘等ありましたら
宜しくお願いします。




