49 燃える王宮 後日談
俺が背中を駆け抜ける悪寒に目を覚ましたのは、既に日が高く昇った頃だった。
魔力の使い過ぎか、体が重く節々に違和感も感じる。
腕や肩を回し、体を動かしていると、
「お、やっと起きたな」
声の方に目をやればドアから覗き込んでいるメリオラがいた。
「ノックはどうした?またバートンに躾け直してもらうか?」
「それは止めて!」
俺の冗談を全力で拒否してくる。
あのメリオラが泣言を言うなんて一体どんな教育をしたのだろうか、後学の為に聞いておくか?
メリオラは部屋の中に入って来ると寝台の脇の椅子に腰掛けると
「体の調子は?もう大丈夫?」
らしくないセリフを吐いた。
無言でメリオラの額に手を当てる。
「ふむ、熱はないな。何か変なものでも食べたのか?」
「なっ!?失礼な!ボクだって友達の心配ぐらいはするよ!丸1日以上起きなかったんだし」
顔を真っ赤にして言い返してくる。
「そりゃ失敬。って丸1日?俺はそんなに寝てたのか?」
「そうだよ。王宮の襲撃があったのは、一昨日って言うか、昨日の未明?」
何で疑問形なんだよ。
「じゃあ、あの後はどうなった?」
俺が倒れた後の事をメリオラに聞いた。
国王側は、襲撃を予想して(というか誘発させて)王宮の周りに密かに騎士団、守備兵、信用できる貴族の私兵を約三千ほど配置していたらしく、襲撃者達の鎮圧は難しくなかった様だ。
問題は首謀者が捕まっていない事。
今回のクーデターの実行部隊の指揮者が若手の貴族との情報から、裏で操る黒幕の存在が危惧されていたが、その存在を突き止めるには至らなかった。
王宮の守備兵の配置換えをした者、治安維持局の鎮圧部隊の派遣を渋った者、静観を決め込んだ議会議員などを芋づる式に捕らえたが、真の黒幕と呼べる者は居なかった。
今は事後処理についての会議が開かれ、襲撃者の処遇、関連している者の調査、王宮の修繕について等が話し合われているらしい。
ちなみに魔族の件は伏せられているらしく、メリオラ達にも口外するなと念押しされているらしい。
「そっか、まぁ最悪の事態は避けられた訳だ」
「まぁね」
「ん?どうした?」
メリオラにはいつもの明るさが無い。
「ボクね、今回役に立ってないよね?」
「ん?ああ、そういうことか。しょうがないだろ、流石に素手で甲冑相手に打撃戦は無理だろ?」
愛用の装備を持って無かったメリオラは素手で甲冑を殴る戦いを強いられた、途中で剣を拾えたアリシア達とは立場的に不利なのは仕方が無い。
「でも、ユリアーナさんは素手で何人も倒してたんだよ?」
「姉様はそういう訓練をしてるからだろ。剣が折れても相手の騎士を制圧しなきゃならない時も来るからな」
祖父の教えで主装備以外でも戦える様に訓練している。
「格闘術と組手甲冑術は別物だよ。獣や魔物相手が多い冒険者には不要じゃないか?」
「でも、覚えておいて損は無いよね?どこに行きば教われるかな?」
「本気で教わりたいなら、お祖父様に頼んでみると良い、そっちも達人だからな」
「うん、分かった」
小さくガッツポーズで意気込むメリオラを見ていると
「悔しいんだ、何も出来ないのは」
そうボソっと呟いた。
「なら、強くなるしかないな。地獄の朝錬に出て来るか?」
「えー、アリシアやヴァルが死に掛けてるってやつでしょ?」
「大丈夫だ。まだ誰も死んでないから」
そう祖父の稽古は地獄のようだと評判だが、限界の見極めが上手いのか死人どころか重傷者すら出た事が無い。
「よし!じゃあ、明日から特訓だ。強くなってボクが皆を守ってあげるよ」
「そいつは有難いね。是非ともこれ以上手間を掛けさせないでもらいたいよ」
俺の皮肉にブーと頬を膨らませたメリオラと笑い合う。
「それとお願いが有るんだけど?」
「お願い?」
真面目なメリオラの顔付きに嫌な予感がする。
「王宮内の探検がしたいから付いて来て」
「ハァ?探検って、お前は子供か?」
「だって、王宮だよ?二度とは入れないかもしれないじゃん。『一生に一度のチャンスを逃すな』冒険者の基本だよ?」
『冒険者の』ていうより子供の発想だろ、それは。
△ △ △ △ △ △ △ △
「では之にて閉会とする。皆ご苦労であった」
国王ベリルの閉会の言葉に議場内の皆が席を立ち退室していく。
「遅ればせながら、此度の一件、陛下の御心痛お察しいたします」
退室していく人の中を数人の貴族がベリルの下を訪れ声を掛ける。
「ん?ベルナール侯か。うむ、候もご苦労じゃった。して、用件は?」
無駄話をする気は無いと先を促す。
「今回の一件での王宮の修繕や被害者の遺族への補償などで、我がベルナール侯爵家は協力を惜しむつもりは御座いません。何なりとお申し付けください」
恭しく頭を下げ協力する姿勢を強調してみせる。
「心遣い感謝しよう」
「その上で陛下に具申したき事が御座います。今回の一件と同じ様に不満を抱えた貴族は他にも居るやも知れません」
「ふむ、それは候自身の事か?」
ベリルとベルナールの間で静かな火花が散る。
「まさか、とんでもない。王家に忠誠を誓う私に不満など微塵も御座いません」
「で、あろうな。候の忠誠を疑ってはおらんよ」
「有難いお言葉です。しかしながら、全ての貴族がそうかと言えば、嘆かわしい事では御座いますが、否と申し上げねばなりません。事実、暴挙に走った者が居ります」
狐と狸の化かし合いの如く、本音を吐く事無く会話は続いていく。
「問題は此度の一件が何を思い暴挙に至ったのかは分かりませぬが、多くの貴族は愛国心に溢れております。その愛国心故に、時に暴走するのやも知れません。ならば、彼らが何を思い、何を望んでいるのかをご理解頂ければ、皆心安らかに責務に専念出来るのではないかと、愚考いたしまして具申させて頂きました」
つまりは「俺達の要求を呑まねば、第二、第三のクーデターを起こす」と脅迫している様だ。
「うむ、候の意見は心に留めておこう。いずれ折を見てその件相談させてもらおう」
話はここまでだとベリルは踵を返し部屋を後にする。
その姿に恭しく頭を下げるベルナール。彼が何を思うのかは誰にも分からない。
「まったく白々しい」
自らの執務室に向かい廊下を歩くベリルは忌々しげに呟いた。
「少しは影を潜めるかと思いましたが、逆に堂々と意見してきましたね。あの厚顔さは逆に尊敬しますね」
ヨハン宰相の意見に、ベリルも苦笑いを浮かべながらも同意せざるを得ない。
「自分までは手が届かないという確信が有るのだろうな」
「確かに、証人となりそうな者が殆ど消されてしましたからな」
ヨハンの言葉通り、昨日から今日にかけて幾人もの貴族や官僚が『クーデターに関わった責任を自らの命で取る』といった内容の遺書を残し死んでいた。
「今回はただの布石か、失敗を念頭に置いていたか、どちらにせよ本命では無かろう」
執務室に着きそのドアを開け中に入っていく。
中には既に数人が待っていた。
「待たせたな」
「やはり、今回は早い段階で見限られていたか」
「はい、ベルナール候の一派を始め多くの貴族が第一報の段階で鎮圧行動に賛同していました」
「やはりエルが王都に来ていたのが大きかったか」
一同の視線がエルスリードに集まる。
「儂のせいですか?」
「それはそうでしょう、グリフ候が居れば千の兵ではまるで足りませんから」
驚きの声を上げるエルスリードにエリック王太子が苦笑いで答えた。
「ただの偶然ではあったが、それが深読みさせる結果となったな」
「反応を見て関係者を探るつもりでしたからね」
「それは申し訳ない。何も知らなかったもので」
項垂れるエルスリードをその息子が擁護する。
「ですが、このタイミングで父上が王都にいらっしゃったのは結果としては幸運でした。父上達がベイグラートに居たのならあの魔族は対処し切れなかったでしょう」
「確かに、アレは騎士団でも隊長格でもなければ相手は出来まい」
「申し訳ありません。召喚士の存在を見落としていた情報局の責任です」
「いや、それは仕方あるまい。連中が上手く隠していたと言うべきだ。こちらも万全のつもりでいたが、過小評価が過ぎた」
情報局を預かるロイが神妙に頭を下げるが、ベリルは情報局の不手際とは考えていなかった。
「これからは情報戦が大きな鍵となる。情報局は我が国の中核として活躍してもらう。期待しておる。ところで何か新しい情報はあるか?」
「はい、幾つか有ります。ではまず・・・」
最近集まってきた情報の幾つかを説明していく。
「最後に国外の話ですが、ジグタルで跡目争いの内乱が起こりそうです」
「ジグタル?たしかリハーリス王が病に臥せっていたな」
「はい、大分悪いようです」
「ですが、あの国は男子にしか継承権が無く、男子も1名のみの筈では?」
「最近になって御落胤が見つかったようです。これまで男子が他に居なかったので次期の王位については誰も口にしなかったのですが、ここにきて御落胤が見つかり、しかも年齢的にはこちらが長子となりますので」
「次期王位は『当然ながら長男が』と言えば、その落胤になるわけだ」
「はい、それを考えてか、少なからぬ貴族がそちらに付いている様です」
「愚かな連中が居るのはどこも同じか」
ジグタルは近年軍備増強に努めるグリトラ帝国の隣国。今この時に内乱など起きれば、腹を空かせた猛獣に背を見せる事になる。
「グリトラやジグタルの動向に注視せねばな」
周囲の忠臣達の顔を見回し指示を出す。
大陸に動乱の時が近づいている事を、此処に居る者はまだ誰も知らない。
立ち入り禁止の区画に入ったメリオラが衛兵に追われ、総勢100人以上が参加する大捕物が行われている事も、まだ誰も知らなかった。
「だから、何でお前は宝物殿に入ろうとするんだよ!?馬鹿なのか?馬鹿なんだろ?」
「しょうがないじゃん!『立ち入り禁止』て書いて有ったら入りたくなるのが人情でしょ?」
クーデターが起きてまだ1日。殺気立った衛兵に追われ、必死に逃げる2人の情報が王に届けられたのは、それから暫くしてだった。
ヒロの誤算は王が
「逃げ切れたら何か褒美をやろう。逆に逃がしたら衛兵は減給じゃな」
とこの追走劇を楽しみ始めたことだろう。
王女の手助けを受け、裏道・隠し通路と【探索】を駆使したヒロ達が玉座の間に辿り着いたのは、日が傾いた夕刻だった。
「見事!何か褒美を取らそう」そう喝采を挙げる王に、笑顔でサムズアップしたメリオラをしばき倒したのは、また別の話。
ほとんど出番の無かったメリオラのターンです
次話から舞台はまた学院に
最初はとりあえず、お引越しです
感想、ご指摘等ありましたら
宜しくお願いします




