48 燃える王宮 その3
「奴は魔族だ」
俺の発言に玉座の間に緊張が走る。
「おや?中々勘の良い者がいる様だな」
表情の無い、まるで面のような顔で魔族が言う。
「そんな気持ち悪い腕をした人間はいないだろ」
血まみれの円錐状の腕を指して言う。
「ん?そうか、人間は身体の形状変化すら出来ない下等種族だったな」
そう言うと腕を円錐状から、五指を供えた人のそれと同じものに変えた。
「ロギナス王国、国王ベリルだな?突然で申し訳ないが、死んでいただこう。いや、この宮殿にいる全員に死んでもらうか」
能面の様な表情の無い顔で、ただの決定事項を伝えるように言葉を発した魔族の男は、両手の五指を尖らせ伸ばす。
ドシュッ!
ザシュッ!
ドス!
喉を、額を、胸を次々と貫き死を振り撒く。
瞬く間に30人近くが犠牲となった。
「やめろ!」
ベレッタを抜き引き金を引く。
魔力の弾丸は容易く肩を食い破った。
腕が千切れ落ちるのと同時にその指も動きを止めた。
落ちた腕も無表情に見つめ拾い上げると。
「中々面白い術を使う。だが、それがどうかしたか?」
腕と肩を合わせると即座に傷口は繋がった。
いや、最初から傷口など無かった。
腕からも、肩からも僅かでも血が流れる事は無かった。
「どれ、儂が相手をしよう」
祖父が動く気配がする。
だが
「相手は魔族です。何をするか分かりませんので、お祖父様は陛下の側に。殿下もお祖父様の側を離れぬように」
ベレッタを仕舞い、腰の剣を抜く。
大量生産品の頼りない剣だが、コイツの相手をするなら十分だろう。
魔族に向かい駆け出す。
俺に向かって伸びる指を斬り払い、逸らし、躱す。
逆の手が動く前に、強引に踏み込み胴を薙ぐ。
返す刀で脳天から唐竹割りに斬り落とす。
(手応えが軽い。やはりコイツはきっとアレだな)
両断され動かなくなった魔族に、生き残った兵士達から歓声が上がる。
だが、剣を降ろす事無く油断無く構える俺に徐々に場が静まる。
「油断をしないか。もしや気付いたか?」
両断した筈の魔族が上半身を起こす。
「ああ、お前が粒子群生体じゃないかとは予想していたよ」
『粒子群生体』魔族の中でも希少種とされる特異種だ。変り種の魔族としてエアルに教わっていたからこそ気づく事が出来た。
体を何億何千万の砂粒並みの粒子を集め構成するこの魔族は、剣を武器に戦う者にとっては天敵と言える。
なぜなら、斬っても斬ってもキリが無い。
『不死性がとても強い面倒な相手』そうエアルも評していた。
「ほう、知っていたか。なら勝てない事も理解出来ている筈だが?」
音も無く立ち上がった魔族は無駄な事だと嘲笑う。
「やってみなければ分からないさ」
(何をすれば良いかは分かっているさ)
殆ど手応えの残らない斬撃を繰り返す。
この魔族は戦闘能力自体は大した事は無い。
己の不死性に頼りきった戦い方。
(その慢心が命取りだ)
戦闘は俺の一撃離脱を基本に続く。魔族の攻撃を弾き、逸らし、躱し、斬り込んで離れる。
(どこだ?どこに在る?)
それを探し延々と繰り返す。
「何なのよアイツ。あんなのどうやって倒すのよ?」
どれだけ斬っても全く効果の無い魔族を相手に戦う弟の姿にユリアーナは気が気では無かった。
「よく見ておけユリア。あれが魔族。あれが粒子群生体じゃ」
戦い続ける孫から視線を外さずエルスリードが説明する。
「粒子群生体?」
「そう、無数の細かい粒子で体を構成しておる魔族じゃ。中には魔力を粒子に変え体を構成する者もおる。基本的には剣による攻撃は殆ど効かん。魔法にも強い耐性を持っておるので、相応の大魔法で無ければ効果は無い」
エルスリードの説明にユリアーナの表情が曇る。
「じゃあ、剣で戦ってるあの子に勝ち目は無いんじゃ?」
「そんな事は無い。ヒロは気付いておるよ、出来るかは別問題じゃがな」
エルスリードは孫の成長を楽しそうに見守っていた。
要は魔獣戦と同じだ。どれだけ再生しようがそれを司る核が必ず在る。
その核を捉えることさえ出来れば必ず勝てる。
問題はその核の大きさが魔獣のそれに比べて極端に小さい事だ。
何度目かの攻防で核の存在は感じ取れた。
魔族が体を動かす時に一際強く魔力を発する部位が有った。
その場所を重点的に狙うが極小の核を捉えきれない。
「ふ~、厄介な奴だ」
斬撃で体か裂け、再び合体し再生するたびに体内の粒子の位置が変わる。当然ながら核の位置も変わる。
核の破壊失敗⇒核の位置を探る攻防⇒核への攻撃。この攻防を延々と繰り返す。
「そろそろ諦めてはどうだ?無駄なのは理解しただろう?」
無感動に言い放つ魔族に。
「そうだな、そろそろお前の相手も飽きたしな」
決着の時を決意する。
剣に可能な限りの魔力を込める。
魔力過多に剣身の崩壊が始まる。
眼前に迫った五本の尖指を躱し踏み込む、迎撃に迫る1本の槍と化した左腕を僅かに身を捻り躱そうとした瞬間、槍の先端が別れた。
避けきれずに頬と肩に痛みが走る。
痛みを無視して剣を魔族の核を目掛けて突き入れる。
(たとえ僅かに外れても)
剣にダメ押しの魔力を叩き込む。
許容量の限界を超えた剣身が粉々に砕ける。
行き場を失った魔力が魔族の体を喰らい暴れる。
左脇腹に大穴を開けた魔族は、相変わらずの無表情で見下ろしてくると呟いた。
「それで?」
背後から迫る尖指を転がるように回避する。
見る間に脇腹の穴がふさがっていく。
(くそ、失敗したか。どうする、こうなりゃ使うかアレを)
アイテムボックスの中のパイソンと専用の特殊弾を思い描き取り出だそうとした時。
「良うやった。お前の勝ちじゃ!」
玉座の間に祖父の声が響いた。
「は?誰の勝ちだと?貴様の目は飾りか?節穴か?」
「節穴なのは貴様の方じゃろ。見ろ、指の先から崩れてきておるぞ?」
祖父の言葉の通り魔族は指先からボロボロと崩れていった。
「何故だ?何故崩れる?何故制御が出来ない?」
この期に及んでも魔族の表情に焦りや苛立ちの感情は表れなかった。
「群生する粒子を制御する核が在る事を知らんのか?己を知らねば負けるは道理よな」
祖父の言葉には未熟者との嘲りが含まれていた。
「くっ、だが貴様の命は貰う!」
魔族は半身を槍と変え祖父を、いやその背の陛下を狙う。
「ふん、滅っせい!」
祖父が愛剣を一閃させると、圧縮した魔力がまるで光の奔流の如く魔族を体ごと飲み込んだ。
魔族がきれいに消滅したことを確認する。
「お前達も覚えておくと良い。群生体の魔族は線や点による攻撃は効かん。核を的確に破壊するか、面による圧殺攻撃で消し去るか。有効なのはこれ位じゃろう」
こともなげに言ってのける祖父の言は恐らく経験談なのだろう。
一体どれ程の経験値が有るのか
「まったく恐ろしい爺さんだよな」
呟いた俺は落ちていた剣を拾い最後の仕事にかかる。
「しかし、ボロボロだな?」
玉座の間の惨状に陛下の溜息がもれる。
「特にあの大穴が問題だな」
指差した先には、先程祖父が魔力弾で開けた大穴が有る。
「はい、アレもコレも全ての責は愚かな反逆者に有りますな。締め上げて修繕費を出させましょう」
陛下から目を逸らせた祖父が額の汗を拭いつつ答える。
「だが、首謀者に繋がる者があれではな」
視線の先には物言わぬ死体となった、ロッシュとルドルフ。
「察しは付きますが、確たる証拠が無いですからな」
祖父の視線もまたロッシュとルドルフに向けられている。
「何か知っていそうな者ならここに居ますよ?」
生き残った襲撃者の中の一人の首筋に剣を当てる。
「あの魔族の召喚士だろ?」
「な、何の事ですか?」
(まぁ、とぼけるだろうな)
「よく生き残れたね?周りは皆死んでるよ?」
あの魔族の攻撃は、まるでこの男だけを避けるように振るわれた様に見えた。
周囲の状況を確認し自分だけが生き残っているという状況が異常である事を理解したのか、男は諦めた様に両手を上げた。
外の制圧を終えた騎士達が玉座の間に駆けつけた。
彼らに召喚士を預け、陛下達の下へと行く。
「陛下たちは今回のクーデターを知っていたのですね?」
兄の疑問はもっともだろう。
「知っていた訳ではないが、不満を持った貴族達が集まっている事は分かっていたので、軍事演習で騎士団と軍を王都から離せば襲撃に踏み切るだろうと予想していた」
つまり、いつ貴族側がクーデターに踏み切るか分からないのなら、襲撃しやすい日を作ってそこで襲撃させようという事だ。
首謀者は大方の目星が付いてはいるが、確たる証拠となる物が無いらしく証言待ちの様だ。
そんな話や外の状況の報告を聞いていると、背後に魔力の高まりを感じた。
魔力の高まりを目で追えば、そこに居たのは召喚士だった。
「その男を止めろ!」
祖父の声に周囲の騎士が反応するが指示の内容が理解出来ていない。
「召喚士だ召喚をさせるな」
陛下の指示に騎士たちが男を取り押さえようと動く。
男は懐から何かの紙を取り出し床に広げた。
準備は最終段階か。
「殺しても良い、止めろ!」
陛下からの更なる指示に騎士は剣を抜く。
振り抜かれた剣が男の体を弾き飛ばす。
男の血が床に飛び散り、床の上の紙にも降りかかる。
血の付いた紙が発光する。
召喚の準備は既に終わっており、紙に描かれた魔方陣に血印押す事で発動する所だったようだ。
皮肉にも召喚を止めさせようと振るった剣が、召喚を完成させる結果を招いた。
発光が強まり直視できないほどの光の爆発が起きる。
光が収まった時そこに居たのは外見10歳前後の少女だった。
「フム、契約が未完ね?どなたが契約者かしら?」
少女は周囲を見渡し契約の完了を促す。
「望みは何かな?相応の対価を貰えばどんな願いも叶えてあげよう」
一目見た瞬間、その相手が危険な事この上ないのを感じた。
かつて見た魔獣でさえこれほどの危険を感じ無かった。
「あれ?契約者居ないんじゃない?」
魔力の波動を感じ取り周囲に自分を呼んだものが居ない事に気付いたようだ。
「ああ、召喚者ならそこに」
俺が指差した先に倒れ伏した召喚士を見ると、側に歩み寄りしゃがみこんで召喚士を覗き込み突っつく。
「あーあ、死んでる。折角暇つぶしに来たのに、これじゃあ時間切れで強制送還になるね」
少女は残念そうに呟くと、立ち上がりクルリっと振り返り。
「しょうがない。ここに居るだけで我慢するか。面白そうなのも結構居るし♪」
ニコっと笑うと、その体から信じられないほどの魔力が溢れた。
俺は反射的にベレッタを取り出すと最大威力で放った。
放たれた魔力の弾丸は少女に届く事無くその目の前で食い止められた。
「いきなりとはご挨拶ね。しかも、多重障壁を六層まで突破するとは、しかも無詠唱?」
驚きの声を上げる少女だが、それは脅威への警戒ではなく、予想外に楽しめそうな相手への期待の声だった。
驚愕に目を見張るのは俺の方だった。
ベレッタの最大威力は、風の上位精霊ですら『ドラゴンを多重障壁ごと打ち抜ける』と感嘆の声を上げさせたのだが、目の前の少女には届く事すらなかった。
「良いな、なかなかに面白い。もっと面白いのは有るかな?」
俺へと向くと挑発するように問いかける。
「上等だよ。極上の一撃をお見舞いしてやるよ」
「そうか。それは楽しみだ♪」
ベレッタを仕舞い、パイソンを出す。同時に取り出した1つの弾丸に魔力を込める。
ベレッタとパイソンの問題点は銃自体の強度の問題でこれ以上出力を上げられない事だ。
それを克服する為に思いついたのが、発射時に魔力を開放せずに着弾時に魔力を開放するという方法だった。
構成魔法で世界の理に干渉し、存在する筈の無い『許容魔力量の限界の無い』弾丸を生み出した。
俺の魔力のほぼ全てを注ぎ込んだ弾丸をパイソンに込める。
「待たせたか?こっちの準備は出来たぜ」
「ん?もう良いのか?では、参れ」
期待に満ちた目は、新しい玩具を見る子供と同じだった。
「無限の弾丸」
「歪曲障壁」
パイソンから弾丸が飛び出すのと、少女の前に不可視の壁が現れるのは同時だった。
障壁に衝突し、ひしゃげた弾丸から更なる光の奔流が放たれる。
一条の光は障壁を貫き虚空の彼方へと飛び去った。
そして、少女は錐揉みしながら宙を舞うと、床へと叩きつけられる。
暫く身動ぎ1つしなかった少女は、突然上体を起こすと、自分の左肩から先が無い事に気付き辺りを見回す。
床に落ちていた左腕を見つけると、再び自分の左肩を触り無い事を再確認する。
立ち上がると、俺を見詰め満面の笑顔を浮かべる。
来るか?そう思ったときには既に目の前に居た。
「なっ!?」
反応する間もなく、残っていた右腕が俺の手を握る。
「凄いな!凄いぞ!歪曲障壁に十五層の多重障壁を抜けて妾の体を傷つけるとは」
握った腕をブンブンと振り回し興奮気味にまくし立てる。
「どうやったのだ?アレはどうやるのだ?圧縮した魔力の様だったが、どうやってあそこまで圧縮した?というか、あれほどの魔力をどこから持ってきた?それか?その装身具に秘密があるのか?」
目をキラキラと輝かせた少女はパイソンを覗き込んだり、俺の周りを飛び回りあれやこれやと質問をする。
しかし、暫くすると顔をしかめ不機嫌に呟いた。
「もう時間か。仕方が無い」
フワリと宙を舞うと召喚の魔法陣の書かれた紙の上の降り立つ。
「単なる時間つぶしのつもりが、中々良い時間となった。妾はデミトリア。デミトリア・ロンティヌ・アレサンディア。お前は?」
俺を指差し聞いてくる。
「ヒロ。ヒロ・ラウンド・グリフだ」
「ふむ、ヒロか。気に入った、その名覚えておこう。では、いずれまた。ああ、そう言え」
何かを言いかけデミトリアは消えた。
「ハァ~~~」
深い溜息と共に力が抜けその場に座り込む。
「何だよあれ?あんな化け物どうしろってんだよ」
『いずれまた』だと?冗談じゃないぜ。
そんなことを思いながら、俺は大量の魔力消費の反動の疲労感と虚脱感に意識を手放した。
△ △ △ △ △ △ △ △
「フフフ♪いやいや、予想外に楽しめた」
魔族領へと戻ったデミトリアは鼻歌混じりに歩いていた。
「随分と上機嫌のようですが、どこに行かれていたのですかな?」
柱の影より声を掛けるのは、デミトリアの教育係として十年来傍らに居続ける老魔族モルドだった。
「ん?モルドか。ちと人間領にな」
「ほう、人間領。召喚ですかな」
「うむ、妾を呼んでいた訳ではなかったが、暇潰しにはなりそうだったので応えてみたら、思いの外楽しめた」
無邪気に笑うデミトリアを本当の孫のように可愛がるモルドは、その左腕に気付くと顔色を変えた。
「デミトリア様!その左腕は?」
「ん?ああ、忘れてた」
狼狽するモルドを尻目に、デミトリアは瞬時に左腕を再生させる。
「お遊びが過ぎますぞ。戯れに多重障壁を消されたのでしょう?」
「馬鹿を言うな。妾の多重障壁は生まれ持っての物よ。消そうと思って消せる物では無い」
説教モードに入った教育係にデミトリアは慌てて弁明をする。
「では障壁を抜け、その上で腕を落とす程の相手だったと?」
「うむ、さらに歪曲障壁を重ね掛けしたが抜かれたな。咄嗟に身を翻さねば、どうなっていた事か。貫通力が有り過ぎて逆に被害が小さかったな。あれは親父殿の絶対護身結界も抜くだろうな」
事も無げに言うデミトリアにモルドは眩暈を感じた。
「一体どなたと戦われたのですか?教皇エリーゼですか?神仙セルジュですか?」
勿論コレは冗談だ。人類史上に名を残すであろう人物相手では、流石にデミトリアも今はまだ腕1本では済まないだろう。
「いや、ヒロ・ラウンド・グリフという者だ。知っているか?」
その名を口にした時のデミトリアの艶やかな表情に、親代わりを自負するモルドは殺意を抱きつつその名を胸に刻んだ。
「いえ、存じ上げません」
「そうか。奴は凄まじいぞ。いずれは、教皇ナンチャラや仙神ナンタラを凌ぐぞ。フフ、アレは良い」
熱病に浮かされた様に熱い吐息を漏らすデミトリアはモルドの冷え切った視線に気付かなかった。
もし、この時デミトリアがモルドの視線に気付いていれば「アレには手を出すな。妾の獲物だ」と釘を刺しただろう。
そうならなかった事がヒロの運命を大きく変えた。
「ヒロ・ラウンド・グリフ。貴様が何者かは知らんが、必ず消し炭としてくれる!必ずだ!!」
この日、『最優先抹殺対象危険人物』として、1人の人間の名前が魔族領三大勢力の1つの全軍に流された。
△ △ △ △ △ △ △ △
「ハックション!なんだろう、凄っげ~寒気がする」
王宮の一室で寒気に震える彼の悪寒はきっと気のせいでは無いのだろう。
意外と弱かったボス戦の後は
現状勝利不可能な
イベントボス戦にしてみました
感想、ご指摘等ありましたら
宜しくお願いします




