29 ハイエルフ
自ら切り落とした左腕を掲げるヒロに、思考が止まる。
その姿に議場内の全ての者が息を飲む。
「何をしている!」
お前は何をしているんだ?
私の声に我に返った仲間達が動き出す。
「何してんだ、お前!」
「早く治療を、治療術を」
「あっ、これ、これ外して、早く」
トン
背後の音に目を向けると、中央の席から飛び降りたのかハイエルフがそこに居た
こちらに向かって歩き出した。
行かせるか。
ヒロを背に庇いその眼前に立つ。
「退け、小娘」
ハイエルフが短く告げてくる。
「断る」
退く気は無い。その意思を前面に出す。
「アリシア、良いから下がってくれ」
ヒロが退いてくれと言うが。
「断る!」
今はお前の言葉に従う気は無い。
「余計な問答に時間を掛ければ、手遅れになるぞ?」
「なっ!?」
ハイエルフの指摘に意思が揺らぐ。
私を押し退けハイエルフがヒロの前に立つ。
「貰おうか」
ハイエルフがヒロに向け手を伸ばす。
「ああ」
ヒロが自ら持っていた左腕をハイエルフに渡す。
「さて、貰った以上これは私の物だな?」
ふざけるな、絶対に
「私の物なのだから、煮ようが焼こうが、私の自由だな?」
絶対に、何があろうと
「なら、お前の腕に付けておこう。腕も出せ」
その腕は取り戻す。ん?
なんだと?
>サイド ヒロ
「貰おうか」
彼女がが俺に向け手を伸ばす。
その手に二の腕半ばから切り落とした左腕を渡す。
「さて、貰った以上これは私の物だな?
私の物なのだから、煮ようが焼こうが、私の自由だな?
なら、お前の腕に付けておこう」
直してくれるんだな、やっぱり。
「腕を出せ」
言われるままに腕を出すと、切り落とした腕の位置を合わせ治療術をかけてくれる。
「まったく無茶をして、私が居なかったらどうする気だったのよ?」
俺にしか聞こえない声量でアーシェが呟いた。
「ゴメン、きっとアーシェがどうにかしてくれると思ったから」
俺も彼女にしか聞こえない程度の声で答えた。
> サイド アルシェイラス
このタイミングで集落を訪れたのは偶然だった。
大陸見聞の旅の最中に立ち寄っていたミスラ王国で風の精霊から「フェルディールにやたらと精霊に好かれている人間がいる」という噂を聞いた。
ロギナス王国の『神霊の森』で出会った少年を思い出す。
多くの精霊に囲まれ、楽しそうに駈け回る快活な子だった。
精霊達にあまりに好かれ様に勝手だが『精霊の御子』と名づけた。
本名を知ったのはしばらく後になってからだった。
「今頃どうしてるかなヒロは?」
なんとなく呟いた名前に精霊から思いもよらぬ反応が返ってきた。
「あれ?何、あの人間と知り合いだったの?」
私のフェルディール行きが決まった
いずれロギナスに会いに行こうと思っていたのだが、近くにいると分かり我慢できなくなった。
フェルディール近くのエルフの集落に行き、その後フェルディールに行こう。
どうやって驚かせてやろうか、そんなことを考えているうちに集落に辿り着いた。
集落に着くとそこでは今「同胞の木を傷つけた人間」の裁判の最中だという。
なんと無礼な奴だ、エルフに喧嘩を売る気か?
どんな奴か見てやろうと議場に入ろうとして、思い直す。
私が行けばハイエルフに気を使い長老は、私に判決を委ねるだろう。
余所者が口出しするのは多少気が引ける。
外から様子を見るだけにしておこう。
そう思い議場の内部の様子を伺うと議論は白熱しているのか声が外まで漏れていた。
『俺はエルフは公平で平等な誇り高き種族だと聞いていた。違っていたようだな?』
ほう、この男が犯人か?
ん?彼は、まさか。
そこにいたのは、我が愛しき『精霊の御子』だった。
驚かすつもりが逆に驚かされる結果になるとはな。
『この裁判はなんだ?
最初から判決が決まっている。これは公平か?
相手の意見は一切聞かない。これが平等か?
相手の意見を封殺して、結論ありきの裁判を行うこれが誇り高きエルフか?
失望させるな賢き森の民』
何だ不当逮捕か?
まずいなこのままでは彼がエルフを嫌ってしまう。
それは避けなければならないな。
私は考えを改め、ハイエルフの強権で彼を無罪にする事に決めた。
まずはどうやって割って入るかだな。
チャンスはすぐだった。
『黙れ人間!言わせておけば図に乗りおって
それ程に強制労働が嫌なら、極刑にしてくれるわ』
それは困るな。
「ずいぶんと乱暴な話だな?」
彼は私を覚えているだろうか?
もし、忘れているようなら『お仕置き』だな。
「で?これは何の騒ぎだ?」
・
・
・
・
「まったく無茶をして、私が居なかったらどうする気だったのよ?」
彼にしか聞こえないように聞く。
「ゴメン、きっとアーシェスがどうにかしてくれると思ったから」
どうやら彼は私のことを頼りにしてくれたようだ。
ならば、その信頼には応えねばな。
それに、彼の言う『重要な案件』とやらも気になる。
まずは、話をそこに持っていこう。
私が個人的な感情から彼に肩入れしていると思われないように、初対面の演技は継続だな。
「勘違いするなよ人間。私達とお前達とでは物の価値が違う。
貴様の腕と同胞の木の枝とが同価値だ、などと思い上がるな」
そうだ君の腕の方が遥かに価値が有るのだから。
「だが、今の動きを見た限りでも、貴様が並みの戦士ではない事は分かる。
その貴様が片腕を捨ててまで成さんとする『重要な案件』とやらには興味がある。
よって、この一件は、この私、アルシェイラス・アルフォレスが一時預かる」
預かっているうちに有耶無耶にしてしまおう。
「異論は有るか?」
エルフ達がハイエルフの意見に異論を持つ筈は無い。
「無いな?ならばこの一件は然る後に再度審議する事とする」
『重要な案件』の話を聞こうかと思ったのだが、「軽々と話せる内容ではない」との事から場所を議場から長老の家へと移した。
「さて、そろそろ話して貰おうか?」
話を促す長老に、彼が口を開く。
「迷いの森の最深部の『封印の祠』の封印を解こうとしている者がいる」
「なっ!?」
「馬鹿な!」
予想外にも程があるぞ。
あの祠に封じられているのは、名を残す事すら禁じられた魔獣だ。
それを解き放つだと?正気の沙汰ではない。
「証拠は?何の証拠も無しに信じられる話ではない」
その通りだ、事があまりにも大きすぎる。
「証拠というものは無いが、祠を見に行ってもらえば分かる筈だ
二重の結界が解除されている」
「馬鹿を言うな、貴様らの言が何の証拠になる」
「そうだ、貴様らの証言がが真実であると言う証拠は?」
長老たちは彼等の話を信じていない様だ。
いや、信じたく無いのだろう。
御伽噺に聞いた魔獣の復活などと言う話は。
「まあ、待て。嘘だと断ずる証拠も無い」
彼がそんな嘘を吐くとは思えん。
「ですが!そもそも、誰がそんな事をする?何故?何の為?」
「そうです。そんな事をしても何の利も無い。ただ破壊と荒廃を生み出すだけだ」
「それが目的だとすれば?」
それまで黙っていた人間、いやハーフエルフか?が長老達の疑問に答えた。
「どういう事だ?」
「事の発端は、森に出来たオークの集落でした。
ご存知でしたか?」
「ああ、知っておった。
オーク如きが守りの森を抜けられる筈も無い。
だから放っておいたがな」
「彼らにはその調査をお願いしました。
そこで彼らは、壊滅した集落とそこから立ち去る3人組を見たそうです」
「その中の一人が、褐色の肌に白い髪だったように見えた」
「ん?」
褐色の肌に白い髪?
「ダークエルフか!?」
合点がいった。それならば、話は分かる。
破壊と混沌を求め堕ちた者たち、奴等なら魔獣を解き放つ。
その先にあるのが、破滅なら奴等にとっては願ったり、だろう。
「ならば、悠長に構えているわけにはいかんな」
エルフより生まれし心の闇に囚われ堕ちた者。
奴らが裏に居るのなら、必ず厄災の芽となるだろう。
破滅の危機、その間際、今この場所に居合わせた事。
それは大いなる精霊の導きなのだろう。
「やれるものならやってみろ」




