ヴルトゥル城へ
迎えの者の指示に従い、アマリアは黒塗りの馬車に乗ると、ヴァルクとマリウスを残してヴルトゥル城へ向かって駆け出した。
「……さて、ワシらはワシらでやることがあるな」
「ここで別れようマリウス爺。俺にもやることがある」
「おまえさん、ヴルトゥル城へ行こうなどと考えるなよ。アマリアは一人で城の主が持つ『始祖の血統書』を手に入れるつもりじゃ。ワシらの出番はない」
「分かっているさ。手出しはしないよ」
そう言うと、ヴァルクはマリウスに背を向けてその場から立ち去った。
「やれやれ、あの頑固者めが。ワシの言うことなんぞハナから聞いちゃおらんわい」
マリウスは不服そうに顔を顰めると、フッと溜息を吐いた後に、しばらく深紅の夜空に浮かぶブラッドムーンを眺めていた。
一方、黒塗りの馬車に乗るアマリアは、荒い道なのか車輪がガリガリと音を立てるため、その衝撃が馬車全体にも伝わり、アマリアの体が何度も右へ左へと揺さぶられる。
時には箱内の壁に衝突し、その運転の荒さに思わず御者台(運転席)の男に苦言を呈した。
「あ、あの……道が荒いのなら、もう少し速度を抑えてもよろしいのでは? 落ち着いて座ることもできません」
「後少しだけ我慢してくだせえ。ここから速度を上げないと、飛び立つことができやせんので」
「飛び立つって……?」
すると次の瞬間、フワッとした感覚の後に騒々しい音がなくなり、アマリアは箱内の窓から外を見ると、馬車は羽が生えたように空を飛んでいた。
「なるほど……飛び立たないとヴルトゥル城には行けないのね」
「お怪我はありやせんか? もしそうだと、あっしが伯爵様に怒られますんで」
「ええ大丈夫。運転が荒かったから、ちょっと驚いただけです」
「そいつは良かった」
御者台の男は手綱をピシャリと打ち、機嫌が良かったのかしばらく鼻歌交じりで運転を続ける。
アマリアは窓から下の様子を見ると、森の全体が満月の光で赤く染まっており、そこに鳥や動物といった生命の営みがまったく感じられない。
(ここまで侵食されているとは……思ったよりも事態は深刻ね。早急になんとかしないと、いずれ近隣の村人たちにも毒が回ってしまう)
強い呪いを生むのは邪悪なヴァンパイアの証拠である。
アマリアは身を引き締め、これから対峙する相手に挑まんとする覚悟を決めた。
――そして四半刻ほどが過ぎると。
馬車が音を立てて止まり、車輪が地面の感触を確かめるように石畳の擦れた音を拾った。
「……着きやした」
運転していたフードの男が扉を開け、アマリアが降りやすくなるように、折り畳み式のステップ(階段)を設置する。
「どうもありがとう」
「いえいえ、こっちも運転が荒くて申し訳ありやせんでした。ここからは侍女のオレスティナが案内いたしますんで」
すると、城の入り口からこちらへ向かって歩いて来る女性の姿が見えた。
貴族に仕えている侍女らしく、その動きには品格の高さがうかがえ、生前はそれなりの場で雇われていたに違いないと一目で分かる。
「……アマリア・ドゥミトレスク様、お迎えに上がりました。私はヴルトゥル城の主、リチャード・ダヴィデスク伯爵に仕える侍女、オレスティナと申します」
「ヴルトゥル城へのご招待、感謝いたします」
「どうぞこちらへ。この運転手に代わり、ここからは私が城を案内いたします」
オレスティナは丁寧にお辞儀をした後、自分に付いて来るよう城に向かって歩き出した。




