96.対須佐之男命戦 後半
VRMMOクローズドベータ版。ボス戦。
想定されていたボスの極大攻撃である。対策が功を奏して初見突破できるのか、できなければ全滅もありうる。
「赤裸裸さん! あれ!」
白い大山羊を駆る赤裸裸。小春の声と同時に、少し遠方のそれを見て取る。
「炎の壁……あれを突破できれば恐らく安全ですが……!」
地面に線を引くように、見る間に伸びていく炎の壁があった。
「炎の根元、罠の表示あるけど大丈夫?! 地雷だったりしない?!」
「その可能性は捨てきれませんが、ジオさんのレコードなどで見た木を生やすスキルも罠表示でした。
還矢などの反射スキルでボスが倒されないように、高威力攻撃を罠判定にしているんじゃないかと思います」
一方、別方向を走る翡翠、鉄人達も炎の壁を目前にしていた。
「壁が閉じる……!」
「左右の火の壁が繋がったら発動って事か……! 間に合うか……?!」
そして脱出ではなく防御を試みるグループ。
ジオがボスの攻撃軌道を見ている。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす!』」
秀吾と楓がスキルの用意をする。
二人は直前にほとんどMPを使い切ってしまっている。ぎりぎりまでMPを回復する算段である。
「来た!」
ジオの合図とともにスキルを使う。
【事代主神 青柴垣】
【神産巣日神 神産巣日】
防御スキルに掛かるMPダメージをその場に居る全員に配分する。準備は完了。
青柴垣は防壁でダメージを防ぐ代わりにMPを消耗する。これで今居る全員のMPが尽きない限り耐えられる、はずである。
ほぼ同時に縁のそばに居るネズミの直毘神がチィチィと声を上げた。
「うわっ!」
声だけ残して縁が消える。
同時に防御スキルの外一面が火炎に包まれた。
ここまでは想定内。
「MP回復! 早い内に!」
サラが回復薬を配り始めた。薬師が使用した薬は回復力が上がる。
「でも俺まだ90%……」
「いいから!」
断りかけたケイだが、回復薬を飲んでも見る間に減っていくMPに焦る。
「私のスキル、HPMPが一定以下になると一気に回復量落ちるから油断できないんだよ。
薬師一人だから薬の配布間に合わなくなるかもしれないし」
「おいおい……回復かさ増ししてこれかよ……」
かなり早い段階での回復薬の使用とサラの回復力増強スキル。それを合わせても回復が追い付かず、見る見る内に全員消耗していく。
このゲームの仕様では回復薬は自動回復を補強するという形である。回復には一定の時間がかかり、重ね掛けできない。
消耗が回復量を上回れば減っていく。
「鷹!?」
数秒後、瞬が慌てた声を上げた。
最初に力尽きたのはジョブの特性でMPが低かった鷹である。
サラが鷹に回復薬を使うが、焼け石に水。MPバーが動かない。
「ごめん、MP0になったら一旦見捨てる」
「これは仕方ありませんね。トリアージというやつです」
鷹はへたり込んだまま気にしないというように手を振った。
「何秒続くんだこれ……」
「精々十秒ぐらいと想定してたんだが……確殺攻撃なら60秒かかる可能性ある」
ジオがサラから渡された二本目の回復薬を飲んで答えた。
「何で? あ……」
HPが0になって60秒経つと町に送還される。
次に倒れ始めたのが徒士である。
最初に、直前までスキルを使っていた要が膝を着いた。
忍者のジオもMPを消耗していた都合で既に辛そうになっている。
「あー……この方法で耐えようとすると前衛が居なくなるか……」
瞬が膝をつきながら言った。
「HP残ってればパッシブスキルは動くと思うんでその辺転がしといて」
影助が頽れながら言った。
続いて忍者と式神使いが立っていられなくなる。術師と薬師も明確に行動制限が出て来て辛い様子である。
しかしそれよりも恐ろしい事態が迫っている。
「まずい……要さんのスキルが切れると……」
要のMPが消耗しきった瞬間、全員の消耗が加速する。サラの回復力増強スキルを周囲にかけて増幅していたのが無くなったのである。
「楓さん……」
最初にMPを消耗していた分、肝心の楓も他の術師より先に限界を迎えつつある。
サラが寄り添っているが、消耗はほとんど変わらない。
「多分……あと数秒……」
ほとんど全員動けない、ここで防御スキルが消えたらHPも飲み込まれる。
「わわっ!」
唐突に縁が現れた。同時に周囲を覆っていた炎が掻き消える。
MPを犠牲に全員無傷で耐え切ったのである。しかし安心するのはまだ早い。
倒れ伏しているメンバーを、低空を飛行するボスが見ていた。
「ボスのHPMPも残り少ない……」
しかし今体当たりでもされれば壊滅である。
ボスが身震いした。
【須佐之男命 繁吹】
「げ!」
空中に現れる多数の罠表示。
ボスの罠ばら撒きスキル。地面に触れた瞬間に木が生えてくるものである。
「赤裸裸さん達、助かってても到着遅れるぞコレ……!」
ボスの突進を押し留められるジョブが居ない。
さすがにボスもダメージが嵩んで行動制限が掛かっているのか、いつもよりゆっくりと、しかし相応の速さで向かってくる。
ノーダメージだった縁が動いた。
「『掛けまくも畏き 分御霊に 恐しこみ恐しこみ白まおす!』」
【 雨叢雲剣 】
極太の雷が落ちたかのように雷の柱が一本、空を貫いた。
八岐大蛇戦の勾玉。縁から立ち上る雷である。
周囲の空気を圧し払い。ボスの設置スキルの毛が吹き飛ばされ、縁達からは遠巻きに木を生やす。
「あわわわわ」
どうなっているのか分からず縁が慌てる。
実際、まばゆい電撃がいくつも周囲を走り、本人視点では何が起こっているのか分かりづらい。
ぶっつけ本番。どんな効果かも誰も知らないのである。無理もない。
しかしそうしている内にも縁のMPが消耗していっている。
「振り下ろせ!!」
スキルの特性を推定した瞬が叫んだ。
それに応じるように縁が両手剣を扱うかのように掲げ、振り下ろす。
「躱された!?」
「いや掠った!」
ボスの全身に電撃が走っている。感電の状態異常エフェクトである。
ほぼ同時に縁のMPが尽き、自動的に電撃が消えた。
【少名毘古那神 国造】
スキル表示があった。鉄人と翡翠は生存している様である。
【少名毘古那神 国造】
「連発? まさか新手か?!」
そうでないのはすぐに分かった。
【少名毘古那神 国造】
「皆ー!!」
防御勢の居る場所すぐ左手に大岩が盛り上がり、そこから焦げ茶色の馬が跳んだ。
翡翠が鹿毛坊の足元の地面を押し上げ、それを踏み台にして木の根をかわし、最短距離を進んできたのである。
鉄人達がケイ達とボスの間に着地する。
「翡翠さん!」
「了解!」
サラと手分けしてメンバーのMPの回復に当たる。
鉄人が迫ってくるボスに対峙した。
「赤裸裸さん居ないと厳しいな……」
ボスの攻撃を弾くのは高レベルの鷹と瞬でも二人掛かりであった。
【 稲妻 】
「え?!」
見慣れないスキルに全員に緊張が走る。
しかしその正体はすぐに分かった。
上空のボスに雷が一閃、直撃したのである。
「ぅぁあああああああああ!」
小春の悲鳴とともに降って来たのが赤裸裸達であった。巨大な白山羊が着地する。
「稲妻の勾玉使ったら豪登と小春さんも一緒に移動するとは思わなくて……」
メンゴです。と、赤裸裸は小春に謝った。
当の小春は豪登から降りて一目散にみんなの所に逃げていた。
稲妻。上空を高速移動する、宇迦之御霊神の勾玉である。