76.対黄泉津大神戦 お茶休憩と傾向と対策
コケコッコーと鳴きながらゼンマイのネジがくるくるしている丸っこい鶏の置物。
かわいい置物とは裏腹に。その現場では風と雷が吹き荒れる激闘が繰り広げられていた。
VRMMOクローズドベータ版。ボスエリアである。
黄泉津大神戦。
エリア中央に巨大な女神の彫像のような姿。
その周りにたなびく黒雲が時折、雷を纏う。八色雷公である。
【伊邪那岐命 祓戸大神】
【黄泉津大神 道敷大神】
骸骨型の八十禍が塵のように消え去っていく。
同時に鉄人の周りに黒い炎が広がった。攻撃に対するボスの反撃技である。
「あーまためんどくさい……」
祓戸大神。恐らくアンデッド系に覿面の効果を発揮するが、何せ相手はHPが多い。掴まれるタイミングによっては相手を削り切るまでに即死させられる。
骸骨に掴まれることを覚悟した鉄人だが、骸骨たちは出てくるなり逃げようとする。逃げる方向を見て鉄人が察した。
「……からくり長鳴鶏か」
八岐大蛇の例がある。ボスをアイテム等で止められないか検証中であった。
しかし芳しくない。剛腕にものを言わせてボスに葡萄、竹、桃を爆撃してみたチームも居たが、やはり駄目だったようである。
「他、何か試したい事ある?」
紫苑がソライロに尋ねた。
「俺も道敷大神使ってみていいですか? そういえばボスエリアで使った事なかったなって」
ソライロが他の二人に尋ねた。
道敷大神。プレイヤーが使うとボスエリアへの直通通路が発生するスキルであるが、ボスエリアで使ったらどうなるのか。
「今回も負け試合みたいだから色々やっていいんじゃないかな?」
影助がステータス画面の時間を確認しながら苦笑する。
「バグったらどうしよう」
紫苑が小さく震えた。以前、練習部屋で運営の想定していないスキルを使用をしてバグった経験がある。
「案外バグでクリアできるかもしれないぞ」
鉄人が気楽そうに声をかけてくる。やけくそといえるかもしれない。未だにボス攻略の糸口が見つからないのである。
ソライロが拍手を打つ。
「『掛けまくも畏き 見守り給う神々に 恐しこみ恐しこみ白まおす』」
【伊邪那美命 道敷大神】
「うわ何これ!?」
驚いて声を上げたのは鉄人である。
バグらなかった。運営はボスエリアでスキルを使用するのは想定していた様である。
鉄人が驚いたのは足元を通るそれである。
「炎? の道?」
「……ボスの方向を指してる……のか?」
使うとボスエリアへの直通通路が発生するスキルであるが、ボスエリアで使ったら赤黒い炎が道のように伸びて行ってボスの位置を示してくれる。反撃が飛んでこない所を見ると、攻撃スキルではないらしい。
「見つかりづらいボスとか、姿を隠すボスには有効なんじゃないか?」
影助の想定にソライロはなるほどと頷く。
「まぁ今回のボスには使えませんね。そろそろタイムアップですか?」
「そうだね」
影助が言う間に、絶望的な数のスキルが表示された。
八色雷公の総攻撃である。
「あ、おかえり。何か収穫あった?」
通りすがりのケイが挨拶してきた。
四人は広場に寝っ転がっている。全滅である。
なぜ皆が律儀に全滅するかというと、ボスの最後の極大攻撃を潜り抜ける方法が発見されていないからである。
このボス戦、相変わらず勝利条件が判明していないのである。
起き上がった鉄人が不本意そうに言った。
「ダメだ」
ソライロも起き上がる。
「からくり長鳴鶏が八十禍に効くってことが分かったぐらいですかね」
からくり長鳴鶏。八十禍避けアイテムである。
ボスに攻撃を加えると反撃として使ってくる道敷大神。そこから出てくる即死攻撃と耐久力を持つ骸骨型八十禍。普段からなかなか厄介な敵である。
一応の収穫であるが、ボス討伐の糸口は見えない。
見かねたケイが声をかける。
「あー……俺達シアタールームで作戦会議してるんだけど、来る?
食糧に新しいフレーバーが追加されたとかで、久しぶりに大勢集まってるし」
忘れられがちだが、ダンジョン内は空腹度が存在する。普段はなんてことないが、どこに現れるか分からないボスを探すために長時間ダンジョンをうろつく場合は必要になってくる。
食糧の新フレーバー。饅頭。
こしあん、白あん、チョコ、カスタード、チーズ。
お茶と一緒に置いてある会議室、もといシアタールームである。
「粒あんが無いだと……」
「食感の再現が難しいんだって。こしあん白あんもスムージーみたいな食感になってるし」
「VR業界はどうしてこんな重大な穴を放っておいたんだ」
「実質甘い粘土なんだからもうシンプルに三色団子とかでいいのに……」
VRでの食感再現、あまり真剣に研究されていなかったジャンルで運営は前途多難である。
「とりあえずおさらい」
ジオが切り出した。
一応ボスへの対策会議でもある。
「必ずエリア全体に回避不能の連続高威力攻撃の大雷がきて死ぬ。
放っておけばおよそ一定時間後、戦闘開始から5分後以降。この誤差の条件は不明。ランダムと考えられてる。
そうでなくても特定の条件で大雷が来る。例えば大雷を先に撃破した場合とか、あとは―……」
ジオは借りたレコードを再生する。瞬が大雷を除く八色雷公を撃破した回である。
時間を確認した。
「この回の場合は3分12秒で使って来たから、他の八色雷公を全滅させるのも大雷の発動条件っぽい。
エリア全体に届く逃げ場のない連続攻撃。一度発動すると還矢などで大雷を撃破しても止まらない。HP勾玉を割って耐えても第二波で落とされる」
HP勾玉は最近検証されたチビ勾玉である。
効果は最大HPの上昇だが、着けてる人のHPが0になると破損し、上昇分だけHPを回復してくれる。
ちなみに効果は一回、複数着けてもHPが0になると同時に割れるので無意味である。
ボス戦のレコードでは全体にあらゆる種類の雷が降り注ぐと同時に、中央からまるで波紋が広がるかのように雷撃が走る。それが何連続も続く。文字通りの波状攻撃である。回避は不可能。
ゲーム中のレコードは映像だけでなく数字も見れる。味方のダメージ量なら分かるようになっている。
「レコードで見れる範囲だけでもダメージは一人当たりおよそ総計十万越え。とても耐え切る事を想定してるとは思えない」
じゅうまんか……と、まんじゅうを見つめながら貫名が呟いたが、スルーである。
「貫名さんは何かいいアイテム無いの? 避雷針とかさ」
「鍛冶親父にも作れないもんはいっぱいあるんだなこれが」
ちょっと捻って地震雷火事親父と掛けているが、スルーである。
「それを踏まえてこれを見てほしいんだ。これは結構前。俺とケイで行ってみた時。
この回ではメンバーを少なくして、攻撃するよりも粘るだけ粘って情報をとることに専念したんだ」
レコードのケイ達はひたすら八十禍を倒して逃げ回る事に専念している。
そのお陰でボスの各スキルが場所をターゲットにしているのか、プレイヤーをターゲットにしているのかが判別できた。避け方に直結する情報が手に入った回である。
今回のボスは通称デウスエクスマキナ型と呼ばれる、特定条件に厳密に反応する行動パターンをとると想定されている。
「それでこの戦闘の終了時の大雷がこれ」
頭上を埋め尽くすような雷光が走る。
先ほどの鉄人達と同じく八色雷公の八つのスキルが表示されている。
「やられたけど、でもこれだけスキル表示があっても大雷が来たのは一回。
何か攻撃回数を減らす条件があるんじゃないだろうか」
鉄人が首をひねる。
「ランダム要素じゃないか? 若雷とかはダメージがかなり不安定だろ?」
ジオが一撃で死んだり半分以下のダメージで済んだりしたやつである。
「いくつかのレコードを確認して思ったんだが、若雷、最大HPから当たった人数均等割り%ダメージなんじゃないかな?
つまり一人が食らえば100%ダメージで死ぬけど、二人で食らうと50%ずつ食らって生存する感じ」
「……言われてみれば……」
言いながら鉄人が自分の参加していた過去のレコードを確認する。
「じゃあそうなると、大雷が減る条件は何だろう? 人数か? 合計レベルか? HPMPなんかの総計ってとこか?」
皆が黙り込んだその時、鷹が周りに尋ねた。
「誰か、こんな感じで八色雷公を一体も倒さずに大雷受けたレコード持ってます?
できれば視界のいい天照スキル持ちさんが参加してるのがいいんですけど」
「ええ……あったっけ?」
みんな一斉に自分のレコードを確認したり記憶を辿ったりし始めた。特に名指しされた紫苑は、組む事が多い影助と相談しながら過去のレコードを確認している。
「あ、俺らがさっき長鳴鶏検証したやつがまんまそれだわ」
鉄人が軽く手を上げた。