10.お店
「ここがお店です」
ジオが指した先。
町の中。大社造り、つまりいかにも古風な神社っぽいの屋根の木造。高床式で、階段を数歩上がった所に入り口がある。
こじんまりとした佇まいで、表には、商の字と、赤く勾玉を染め抜いた日除け暖簾がかかっていた。
店の裏は蔀戸の突き出し窓が開いているが、店内は暗くて見えない。
『間違いなく日本文化オンリーなんだけど滲み出るコレジャナイ感』
『明治の和洋折衷でも無ければ外国人の勘違い日本でもないし……なに……これは……何……?』
『初期のお絵描きAIに時代区分考えずに和風建築食わせた後に出力させた絵の様な 謎 の 不 安 感』
『全部載せはアカンって機能美術の最初の最初で習うでしょ!?』
『これだけズレてると外国製のゲームかと思うじゃん? 大丈夫、純国産だよ』
と、町の建築は特に反響が大きい。
純和風(?)VRMMOベータテストである。
「混雑防止に四人一組までしか入れません」
ダンジョンの入り口と、同じ仕様らしい。
現在人数もぴったり、サラリーマンとスケボー少年とエルフと大正袴の一行である。
中には耳の生えた金髪の巫女服の店員が居た。
店員NPCは頭を下げると、笑顔で尋ねてきた。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
ジオがお品書きを求めている間に、ケイは店内を見回した。
窓も灯りも無いのに暗くないのは仕様である。
木のカウンターと、それを貫くように部屋の真ん中に大黒柱の様な一本の柱。薬味箪笥の様に壁に作りつけられた大量の引き出し。そのカウンターに居る店員さんである。
「……お狐さん?」
「店員さんは井氷鹿か吉野首じゃないかって説がある」
「いひか?」
「吉野首のご先祖は、古事記に出てくる井氷鹿っていう尻尾の生えた神様だとされているんだ。
文献では尻尾以外に言及はないけど、耳も生えてるな」
「へえー」
店員さんの耳がたまにぴこぴこ動き、尻尾が一定の間隔でふわさふわさしている。
ケイがお品書き、という名の巻物に指を滑らせる。
大きさは広げたB5ノートぐらいだが、使用感はほぼタブレット。指を走らせると文字が移動していく。スクロールする巻物である。
「このゲームのお金ってどんなの?」
「ふつーの古典的ゲームと同じ。アイテム売ったりして手に入るよ。単位は石ってだけ。
石とはいってもお米とほとんど関係は無い。プリペイドカード代わりの板が俺らの間でお米券って呼ばれてるぐらい」
「素材に石ころがあるからそっちかと思った……」
プリペイドカードの板は素材入れのカバンの中に入ってるよと言われて腰のカバンを探ってみると、五円玉みたいな模様の金色の板が出てきた。
大量にダブった木の枝とかを中心に売買の練習をする。
木の枝、何に使えるのかは分からないがものすごい安かった。
「回復薬は高いですね」
要が巻物型タブレットのお品書きを見ながら唸った。
「申し訳ございません、入荷が滞っておりまして」
店員の応答に反応したのはジオである。
「という事は、回復薬が売られれば値段は下がるんですか?」
「そういう事になります。ですがこの町には薬屋さんの設備がまだないので、当面は難しいかと」
店員NPCの反応から察するに、将来的に薬屋ができる予定らしい、が、薬師と何が違うのか、どういう設備なのか。
店員に聞いても詳しくは分からないとの事なので、恐らくゲーム運営が設計を詰めている段階である。
「このゲームの物価が供給量で変化するシステムだって今日初めて知った……」
ジオが呟いている所に、お品書きを見ていた縁がやってきた。
「よく分からない商品があるんですが……」
ケイも見せてもらった。
蛇の比礼
蜘蛛の比礼
蛙の比礼
「蛇の……何?」
「へびのひれ、くものひれ、かえるのひれ」
「ひれ……??」
ジオに読んでもらっても分からない。日本人の読めない日本語である。
「これが例の特定の八十禍避けのアイテム。
比礼ってのはこう……乙姫様とか天女とかが肩の上でひらひらさせてるイメージのやつ。ポセイドンとか風神雷神のもそうかな?
それの重力に逆らってない感じのやつ。すごい長いストールとか、肩にかけてるだけのマフラーとか考えてもらうと分かりやすいかも」
「邪魔じゃね?」
「装備はできるが基本非表示だぞ。腰の固定アイテム一枠分」
一方、縁は話を聞いてアイテムにピンと来た様である。
「あ、比礼ってもしかして須佐之男命の?」
「他ならぬ縁さんの神様のエピソードですね」
「俺その話知らないんだけど」
身内ネタで盛り上がられると困る。
「蛇とか百足とかがいる部屋に閉じ込められて、近付かれたら比礼を三回振ると避けられるっていうエピソードがあるんだよ。このアイテムは自動で避けてくれるけど」
閉じ込められるって何?? とケイが聞こうとしたところで要がやってきた。
「お店で鑑定ができるらしいんですけど、何かありましたっけ?」
「え?!」
ジオが反応している所を見ると、あまり知られていない機能だったらしい。話が切り替わる。
「あ! 鑑定ならこれ、やってみてほしいです!」
縁が出してきたのは、先ほど猪の禍津日神を倒した時に出た赤い勾玉である。
早速、店員NPCに見せてみる。
「これは……武器ですね」
「武器?!」
投石だろうか? と、全員が困惑した。
「神々のお力が宿っています。使えば一度だけ、お力を借りる事が出来るでしょう。
詳しく鑑定するとなると、少々お代がかかってしまいますが……」
「あうー……お金あまりないです……」
退店時、店員は縁に優しく微笑んだ。
「武器のお力、崩彦神ならわかるかもしれませんよ」
店員にそう言われ、四人は顔を見合わせた。
「崩彦神って何?」
お店を出たところで早速ケイが聞いた。
「何でも知っているとされるカカシの姿をしてるとされる神様だ。
あそこで紹介されたところを見ると、スキルが鑑定なのかもね」
「何でカカシ?」
「一説によればボロボロになるまでそこに立ってるから物知りって話。
大国主命が小さい神様を拾って、その身元を探したことがあるんだ。その名前を唯一知ってた神様って話がある」
「へー」
「さて、現状これぐらいしかゲーム内で紹介するとこないんだけど、どうする?
ベータプレイヤーのチャット部屋でも覗いてく?」
「そんなのあんの?」
「アルファテスト時の連絡用チャット部屋を引き続き使ってる感じだな。
本番前には閉じると思うけど、テストプレイヤーは原則出入り自由だよ」
縁が困惑した。
「ええと……不具合とか気付いた事はそこに行って報告した方がいいんでしょうか?」
「いえ、わざわざ報告しなくてもいいと思います。今も開発陣はプレイヤーの様子を見てますし、異常値などが検出されたら確認してると思いますよ」
「え? あ、そうか。ベータテストだもんな。見てるか」
一瞬まごつくケイである。
「……その辺は招待チケットに書いてあったよな?」
「あ、うん。あんま気にしてなかった」
不具合検出の為のベータテストなので、ゲーム中のあなたの挙動を見張りますという宣言がある規約は多い。
「ベータテストではよくある事かと」
「僕、その前提で居ました」
縁と要はこなれたベータプレイヤーであるらしい。
「運営への連絡窓口も別にあるので、困ったらそっちにメールすればいいと思います。
まぁ、ひとまず行ってみますか。チャット形式なので人が居ればこっちの方が対応が速い事もあります」