表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
前世より剣戟を  作者: 水無月秋名
第一章 始まりの輪廻
20/24

第十九話 一矢に賭ける

 聞こえてくる雄叫びは、心の底を震わせて来る。家々は次々と村人たちの手で焼き払われていく。

 

 アランの時とは違い、相手は村のことなどどうなっても良いと思っている。つまり、相手は手段を択ばないということだし、こちらはこの前のような作戦は通用しないというもの。

 

――せめて、サーシャに近づく方法があれば。


 隠れている家の陰から、イリスは顔を覗かせる。

 広場の真ん中に彼女は陣取っていた。晩餐用に出された机に、行儀悪く座っている。彼女の周りには、数人の村人たちが守るように徘徊していた。

 彼らに見つかれば、あっという間に囲まれてしまうだろう。そうなれば、どうなるか火を見るよりも明らかである。だったら村を放っぽりだして逃げればいい。その選択肢も頭の中でよぎったが、すぐに否定した。

 

 村人たちを放ったらかしで、逃げられるわけがない。

 町だって彼女の術中にはまっているのだ。逃げたところで、イリス・フォーゲルには行くべき場所がない。

 だったらここで彼女を討つしかなかった。

 

「ほらほら銀色ちゃん! 逃げてばっかりじゃつまらないよぉ!」


 彼女の楽しそうな声が響く。実に逆なでするのがうまい声色だ。

 

「い、イリスちゃん……。ど、どうします?」


 横にいるマリルが、小声で訊ねてくる。

 

「どうにもこうにも……」

「で、ですよね……。だ、だったら私が囮になって……!」

「だめだ!」


 彼女の提案に思わず声を上げてしまった。口をつぐんで、村人たちの動向に目を配る。

 幸い気づかれていないようで、胸をなでおろした。

 

「役に立ちたいのは分かる。でも、犠牲になれって言ってるわけじゃない」

「で、でも……」

「イリスにとって、マリルは大切なパートナーってことだろ。そういう心を組んでやるのも、役に立つってことじゃないか?」


 ラルフの一言によって、マリルはうつむいてしまった。

 

「んで? 何か策はあるのか?」

「……困ったことにない」

「だろうな」


 ラルフが諦めるように肩を竦める。

 

「とりあえず、ここにいたらいつ見つかるか分からんぞ?」

「……分かってる」

「ま、オレについてこい。広場の死角を回りながら隙を伺おう」


 ここは土地勘の強いラルフについて行くしか、道はないだろう。マリルの手を握り、彼の後ろをこっそりと移動する。

 しかし、隠密に行動するということは、そう簡単にはいかなかった。

 

「助けてー!」

「いや、みんななんでこんなことになってるの!?」

「こっちくんな!!」


 響いてきたのは子どもたちの声。農具を持っている村人たちに、追いかけられている。放っておけば殺されるのも時間の問題だ。

 明らかに罠だと、心の中が警鐘を鳴らしていた。

 しかし、気がついた時には足が動いていた。

 

「……おい!」


 ラルフが手を握って止めようとする。そんな彼の手を、振り払った。

 

「……クソ」


 悪態を吐きながらも、ラルフは一緒に来てくれた。もちろんマリルも後についてくる。

 

 一人の子どもに向かってクワが振り下ろされようとしている。防ぐように、イリスが剣で弾いた。続けて後方から迫った二人目を、ラルフが頬を殴って撃退する。

 殴られた村民は、体を半回転させてから、数メートル吹っ飛んだ。

 

「ひっさびさに人を殴ったけど、いってぇわこれ」


 ラルフは手を数回振ってから、次に来る村人と取っ組み合っていた。

 

「だ、大丈夫?」


 マリルが子どもたちを庇うように抱いていた。

 子どもたちの目は、涙で濡れていた。怖かったのか、震えている。そんな彼らを気遣うのはマリルに任せて、迫る村人たちを一人一人相手取る。

 なるべく傷をつけないように気をつけながら、一人一人と相対していく。しかし、村人たちは痛覚が通っていないかのように立ち上がり、再び襲ってきていた。

 アランのときと魔力量も違えば、魔法の質も違う。完全に一人一人の肉体が、強化されている。このままではじり貧なのは必至。

 

 振り下ろされた鎌を剣ではじき返し、後方によろけたところに顎を蹴り上げる。村人は上体を後方にそらしていた。そのまま後方に倒れるかと思いきや、無理やり姿勢を戻してくる。とても人間のなせるわざではないことは確かだ。

 その気持ち悪い動きに負けまいと、腕を掴んで背負い投げの要領で投げ飛ばした。数人の村人たちを巻き込み、転倒させる。

 

 奥の方からまだまだ迫ってきているのが見える。このままではやられてしまう。とにかく安全な場所にと、振り返った。

 

「い、イリスちゃん……こ、これ」


 マリルが手渡しのは、子どもたちからもらった荒削りの弓だった。抵抗するために、咄嗟に武器となるものを持ってきたらしい。

 貰って、イリスは口の端を釣り上げる。

 

――そういえば、僕の運ステータスは測定不可能だったね。


 彼女から弓を受け取って、告げる。

 

「マリル、ラルフ! 数秒でいいから、時間を稼いでくれないか!?」


「……わ、分かった!」


 ラルフは、新たに一人を殴り飛ばして、ガッツポーズを見せた。

 さてと、矢を一本子どもから受け取る。

 

――舐め腐った態度を取ったらどうなるか、身をもってお仕置きしてやる。




「あれ? あれれ? 銀色ちゃんはどうしちゃったのかな? 逃げちゃったのかな?」


 机の上に座り、足をぶらつかせるサーシャは面白げに口を開く。

 

「ぼーこくの騎士が、なんだかんだ言ってた人が、ピンチになったら逃げるって、そりゃさいてーだ。さいてーだよね?」


 正面から殴り込みをかけてきたマリルとラルフに向かって言う。

 

 彼女たちは襲い掛かる村人たちを対処しながら、サーシャと相対していた。一方のサーシャは余裕を崩さない。

 彼女を守るように、村人たちが蹂躙してくる。ある程度までは近づけるが、彼女に一撃を入れるのは無理な話だった。

 

 一人の村人の攻撃をかいくぐったマリルが、サーシャを睨みつける。

 

「た、例えイリスちゃんが逃げたとしても、わ、私は最低だとは思いません!」

「ふーん、仲が良いこと♪ 君たちは銀色ちゃんが逃げるまでの時間稼ぎってところ? 結局無駄なことなのに」

「な、なんて言ってもらっても構いません!」

「その威勢、つまんなーい! つまんないからー、さっさと殺しちゃおう」


 童女とは思えないほどのドスの効いた声に、マリルがビクリと体を震わせる。それでもと、マリルは一歩も引かない。

 

「や、やれるものなら……!」

「……殺すよ」


 その言葉と同時に、風の切る音が響いた。

 

 

 

 運はこちらに向いているようだ。

 もし、村人一人一人と視覚を共有していたら終わっていただろう。

 もし、子どもたちがラビアの肉を食べていたら終わっていただろう。

 もし、弓を持ってこなければ終わっていただろう。

 もし、マリルとラルフがいなければおわっていただろう。

 もし、もし、もし、もし……。

 

 いくつものもしが重なって、イリスはここにいる。

 

 サーシャの目は、マリルとラルフに向かっている。村人たちの気もそちらに向かっている。近くにいる子どもたちが、心配そうにこちらを見上げていた。

 大丈夫だと、笑顔で迎える。

 

 今は素早く片をつける。いつまた村人たちに、気づかれるとも限らない。

 

 息を整えて、矢をつがえる。腕を引き、弦を引き絞る。耳元に、弦が張り詰める音が鳴る。

 目標までは目測で二十は空いている。荒削りの弓で狙うには、難しすぎる距離である。しかし、イリスは当たるという自信があった。

 

 たった一本に賭けて、弦から指を放した。

 

 

          ◆

 

 

 風の切る音がした。そう感知した瞬間には、サーシャの視界が暗転していた。

 何があったと理解する前に、右目から痛みが広がっていく。

 

 じんわりじんわりと、奥底から熱い何かがこみあげてくる。

 

「……ぁ」


 小さい声が自分の口から漏れた。矢が刺さったと気づいたのは、数秒後のことだった。

 

 サーシャには己が傷をつけられない自信があった。例え、相手の前に姿をさらしたとしても、負けないという自負があった。

 だからこそ敵を一般人の手でグチャグチャにするところは、目の前で行おうとしていた。自分が楽しむためだけに。

 

 それが仇となったのは、今の彼女は考えられない。

 

「い、たい……」


 じくじくじくじくじくじく。右目から痛みが溢れてくる。

 

「いたいいたい……!」


 頭が、体が、痛みで言うことを聞かない。

 

「いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい!」


 魔力が自分の中から溢れているのが分かる。しかし、止められない。制御するための“与えられた瞳”に、傷をつけられてしまったのだから。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁああああああああ――!」


 頭を抱えて暴れる彼女から、魔力が飛び散った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ