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前世より剣戟を  作者: 水無月秋名
第一章 始まりの輪廻
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第十八話 開宴

 マリルが決闘した夜。今日が最後だということで、村人たちが感謝をこめて宴を開いてくれた。広場にたくさんの机をならべて、その上に用意した料理を並べている。

 ご馳走というものはない。どれもこの村の家庭料理というもの。しかし、雰囲気や楽しげな声から、特別感が溢れていた。

 ラルフから報酬は貰っているし、そんな気にする必要はないとイリスは言った。しかし、村人たちは感謝しても、感謝しきれないらしい。無下に扱うこともできず、別れの宴くらいには参加しよう。そんな気持ちで、雰囲気をイリスは味わっている。

 

「い、イルアスちゃーん……」


 マリルがへとへとの姿になって、こっちに来た。そのままイリスに向かって倒れ込む。

 

「……どうしたの?」

「む、村人の皆さんに、け、今朝の試合のことで、も、もみくちゃにされちゃいまして……」

「あー……」


 あの立ち回りを見れば、みんながマリルに寄ってたかるのは分かる。

 少し近くで休めばというと、マリルがゆっくりと首を縦に振った。

 

 拝借した村産のジュースに口をつけて、喧騒遠くに眺める。

 平和だと思うのは、場違いだと思う。しかし、この光景はそう思わせてくれる。

 

「こ、こんな平和がずっと続けばいいんですけどね」

「……そうだね」


 イリスが日本に住んでいたころ、退屈なほど平和であった。そのことが、イリスの人格形成に生きるとはつまらないものというのを与えていた。

 何にも興味を示さず。生きているのかさえ分からない、つまらない生き方である。

 しかし、ここでは“平和は当たり前ではない”。そのことを、この二週間だけで嫌というほど噛みしめた。

 自分はかなり恵まれていたんだなと、息をついた。

 

「おうおうおうおう、主役のお二人さんがそんな端っこにいたら、こっちは宴を開いたかいがないってもんだよ」


 快活そうなラルフの声に、イリスの思考が現実に引き戻される。

 彼は両手に、いくつか皿を重ねていた。

 

「ほら、君たちが子どもたちと一緒に取った、ラビアの肉だ」


 皿の上には、一口ステーキにされた肉があった。たれがかけられており、おいしそうなにおいが鼻腔をくすぐる。

 

「高級肉とは違うが、これはこれで庶民って感じでうまいぞ」


 ありがたく受け取って、マリルと二人でいただこうとする。瞬間、空から魔晄石が一つ落ちてきて、皿を取り落としてしまった。

 見上げると、一羽の伝書鳥が飛び去って行くところだった。

 

「……あれは」

「ど、どうしたんですか?」


 魔晄石を拾い上げる。

 

『間に合いましたか、良かったです』


 聞こえてきたのはマデルの声だった。どうやらこれは、通信用の魔晄石らしい。

 彼女の声は、いつものように淡々としたもの。しかし、どこか焦った色が混じっているのは気のせいではないだろう。

 

「どうした?」

『町が敵の術中にはまりました。人間同士が争っています。なんとか仲間たちと抑えていますが、そちらに行けそうにもありません』

「……は? どうしてそうなった?」


 マデルの見立てでは、敵は準備に一か月はかかるということだった。あの日からまだ二週間も経っていない。

 

『ラビアです。小型魔物に魔力を流して、操ってました。冒険者が討伐に出たんですけど、返り血を浴びたものが次々と――……』

「ラ……ビア?」


 マデルの声は、すでにイリスには届かなかった。危険と感じた瞬間、行動に移していた。

 

「マリル! ラルフ! その肉を食べるな!」


「は、はい?」

「……ん?」


 マリルは丁度肉にフォークを入れようとしていたところだった。ラルフは、口に含もうとしたところだった。思わず二人の手から、皿を取り落とした。

 

 やられた。確かに、人間に直接魔力を流すならそれなりに準備はかかるだろう。しかし、魔物を媒介にしてなら、それほど時間はかからない。

 小型魔物くらいなら、すぐに操れるようになる。【攻撃的屍人】を作ることができるものなら、簡単なことだろう。

 

「どうしたってんだよ?」


 ラルフが不思議そうにイリスを見つめてる。

 イリスは姿勢を整えて、大きく息をはいた。

 

「周りを見て」

「え、え……? こ、これって……」

「……どうやら、のんきなことやってる暇はなかったみたいだな」


 イリスに促されて周りを見た二人は、呆然としている。

 村人たちは全員、こちらを見ていた。その瞳は、紅く輝いている。

 

「もう、操られてる」


 イリスは、剣を抜いた。ドレスの裾を破き、動きやすくする。

 

「操られてるってなんでだ? そんな兆候、まったくもって」

「ラビアだよ」

「……なるほど」


 イリスの返答に納得したのか、ラルフは黙る。

 ラビアは食料として重宝されている魔物である。ここら一帯の人間なら、誰でも口にする。

 魔物を魔力でおかし、その魔物を食べた人間を操る。そんな変わった芸当ができる者など、一人しかいなかった。

 

「サーシャ、いるんだろ! 姿を現せ!」

「あは♪ 銀色ちゃんったら、気が早ーい♪」


 立ち尽くし、こちらを見つめてる村人たちの中に、一人の童女が現れた。かつて、映像で見たことある、女の子だ。

 彼女はいつものように楽しそうな笑みを張り付けて、濁った紅い瞳をこちらに向けている。

 

「狙いは僕だけだろ? だったら、関係ない人を巻き込むような真似はやめろ!」

「無理無理。私、銀色ちゃんよりも、戦闘力全然ないんだもん。真っ向勝負したら負ける負ける」

「だからって、巻き込んで良い理由にはならないはずだ」

「あは♪ 私は、私が楽しければいーの。そ・れ・に、銀色ちゃんに言われる筋合いはないよー? “銀色ちゃんさえ現れなければ、この人たちは不幸にならなくて済んだんだから”」

「そ、そんなの、身勝手すぎ――」


 前に出ようとしたマリルを、イリスは手を握って止めた。振り返る彼女に、イリスは首を横に振る。

 彼女は悔しそうに下唇を噛んで、黙った。

 

「確かに、僕が現れなければ不幸にならなかった。そんな僕が、正義だ悪だというのはおこがましいな」

「あらら? 分かってくれた? じゃぁ、大人しく死んでくれる?」

「それは断る」


 大きく息を吸う。

 

「僕は、僕が正しいと思ったことをする。お前が気にくわないから、お前を倒す。戦う理由はそれだけでいい」

「あは♪」


「わ、私も一緒に戦います」

「ま、オレは頼りにはならないと思うが。この村のことは何でも知ってる」


 左右に並ぶ二人に、心強いと安堵する。

 

「勢いがあることは良いことだけど、いいのかな? この村人たちは“操られているだけだよ”?」


 つまり、【攻撃的屍人】にはなっていない。そう言外に語っていた。

 大方、死人の傀儡人形を作るためには、魔力量も準備期間も足りなかったのだろう。イリスを倒すのに急いだせいか、イリス自身を舐めた結果なのか。

 どっちにしろ助かった。


「それを聞いて安心したよ」

「……んん?」

「お前を倒せば、アランの時みたいにみんな正気に戻るってことだろ?」

「それができればいーね」


 サーシャはいまだに余裕のある笑みを見せる。口の端を釣り上げて、背筋が凍るような表情を作っていた。

 心の底から来る嫌悪感に押し負けられないように、サーシャのことを睨む。

 

「さぁて、お立会いお立会い!」


 サーシャは手を広げて、遊園地にやってきた子どものようにはしゃいでいる。

 

「死の晩餐会の開宴だ!」


 彼女の声に合わせるように、村人たちは大きなうめき声を上げる。

 

「銀色ちゃんの命を、てーおーの名のもとに捧げよ」


 村人たちが一斉に走り出す。

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