脱出、そしてギーグの街へ
眼前はどこまでも広がる星空、後方では小さく遠ざかる大型飛行船ターロス。
「追っ手はこない……か?」
エレナは追跡の手を心配したが、ターロスからはそれらしき機体は見受けられなかった。
「うーん、電気系統をいじったから、しばらくは混乱してるんじゃないかなー。下手したら脱出しているのも気付いてないかも」
ノエルは正面を見据えたまま、誰に言ったわけでもないエレナの問いに答えた。
本当に頼りになるーー。
そんな信頼と安心感のなかで、エレナは一息つき、周りを見渡す。そこは小型飛行船なだけあってかなり狭かった。機械音が船内のなかで反響している。
後部座席左奥に座っていたエレナ。前方の席でノエルが操縦桿を握っている。コンピュータによって飛行状態は管理できるのだが、ノエルは操縦幹での手動飛行が大好きだった。
右前方、副操縦士の席にはヒュドラ。エレナの右隣りにはクロム……見事なまで、席に身体が収まっていない。
そして、エレナの膝の上にガドーー。
「怪我はないか?」
目を大きくして、窓越しの星空を眺めていたガドに、エレナは声を掛けた。
「大丈夫。ありがと……エレナ」
もぞもぞと、エレナの胸に顔を埋めていき、幸せそうな表情をするガド。
「ああー、あたしの特等席がぁー」
ノエルは振り返り、恨めしそうにその光景へと視線を投げる。
「ノエル。お前の方がお姉さんなんだ、我慢しろ。そんなことより、しっかりギーグまで安全な航行を頼むぞ」
ギーグにはエレナの棲み処がある。隠れ家みたいなものだ。
「はーい」
ノエルは、ぶーたれた顔で返事をした。
「エレナ姐さん!」
大きな声が、急に割り込んでくる。駆動音がそれなりに大きいため、みんな自然と声が大きくなるのだが、クロムの声は更にその上をいく。
うるさいと思いつつエレナはクロムをちらりと見た。
「なんだ?」
「何がどうなってるんスか? ちゃんと教えて欲しいっス」
そういえばあとで説明をしてやると、私は言ったけか。面倒臭い。
追っ手がないことを再度確認したあと、エレナは物臭に説明を始めた。
「ノエルとは、妹を見つける為『悪魔の目』を探している時に知り合ったんだ」
「えへへー、エレナと出会って私の人生は変わった。今は凄く幸せ」
嬉しいことを言ってくれるーーと、ノエルの言葉にエレナは少しだけ口許が綻ぶ。
「ヒュドラは客として会員登録してもらった。ノエルはまだ子供だしな」
「ヒュドラ……うーん、どこかで聞いたことがあるんスけどね……」
クロムがヒュドラの顔をまじまじと見ている。
「引退する前は有名だったからな。『戦神』……と言えば分かるだろ?」
「ああ! あの『戦神ヒュドラ』っスか!? 姐さん凄い人と知り合いなんスね! あまり名を聞かなくなったと思ってたっスけど、引退してたんスね……やっぱ、その腕が原因なんスか?」
「ああ、雷獣とやりあってな。このざまだ」
クロムの問いに、ヒュドラは親指でエレナを差しながら笑う。
昔のことをほじくり返されても困るといった様子で、エレナはガドを抱いたまま無視していた。
「エレナ姐さん、『戦神』とやりあったんスか!? 引退ってことは姐さんが勝ったってことっスよねっ!?」
「昔の話だ」ヒュドラの失くなった腕に、エレナは視線を落とす。「やり過ぎたとは思っている。だが、手加減出来る相手じゃあないからな。こっちが殺されていた」
「ハッハッハッ! 悪いと思うことはないぞ雷獣! 真剣勝負での結果だ。俺だってお前を殺すつもりだった。だから、気にするな」豪快に笑う。そして真面目な口調になりヒュドラは続けた。「その結果、一線は退いたがお前というよき友を得た」
「ふっ。酒飲み仲間じゃあないのか?」
照れ隠しに鼻で笑ったあと、エレナは冗談で返した。
「違いない。帰ったら酒でも奢ってくれるんだろうな?」
「ああ、もちろんだ。好きなだけ飲ませてやるさ」
「なんで殺しあいなんてしたんスか?」
会話に入ってくるクロム。空気の読めなささは、健在だった。
「ごめんねー、……私のせいなんだー」
かろうじで聞き取れる声で呟いたノエル。力なく操縦幹を握り、正面を向いたまま。先程までの明るさは、見る影もない。
決してこの子だけが悪かった訳じゃないーーと、ノエルのことを慮り、エレナは話を戻した。
「今回みたいな事態になった場合に備えて、一般客を装って潜入してもらってた訳だ。私が騒ぎを起こせば、真っ先に脱出するルートを確保してもらうためにな。私自身飛行船で乗り込んで競売に参加してもよかったんだが、私が問題を起こせば真っ先に飛行船をおさえられるからな」
「そういうことだったんスね。それなのに自分は姐さんに勝手についてきたり、船内を物色してあわよくば金目の物を頂戴しようとしたり……下手したら姐さんの足を引っ張ってたかも知んないスよね」
まったくだ。反省しろ。
苛立ちそうになったエレナは、ガドの髪を撫でて気分を落ち着ける。
「妹を落札出来なかった時のためにな……まあ、いままで見つからなかった妹が、偶然売りに出されている可能性は低いだろうがな」
大きく振り返ってきたノエルが、エレナに口を開く、
「さっきから思ってたんだけど、その子……妹さん? 私より年上じゃなかったっけ?」
髪を撫でられているガドを、再度恨めしげに視線をそそぎながら、エレナへ訊いてきた。
「いや、違う。助けたくなったから助けた」
どうしてだろうか。
妹と重ねてしまったという部分もあった。エレナは後悔など微塵も感じさせなく、優しくガドを包み込んだ。
「エレナぁ……」抱きしめられて、ガドは思わず幸せを口から滲ませる。
「ふーん。エレナは誰にでも優しいんだね」
ノエルは口を尖らして、そっぽを向いて操縦へと戻る。
ん? ノエルは何で機嫌悪いんだ? エレナは不思議そうだ。
「エレナ姐さんは罪な女っスね……」
「違いない」
クロムとヒュドラがため息まじりに言う。
「?」
意味が分からない。エレナは周りの空気に少しだけ戸惑った。
そんな風な話をしている内に、ギーグの街がエレナの視界へと入ってきた。
「早いな」
追っ手を気にして巡航速度を上回っているとはいえ、実際のギーグへの到着予定より、ずいぶんと早かった。
「えへへー、ばっちり違法改造しといたのです! 違法改造ですよ! にゃー!」
得意げに胸を張るノエル。
「ん? しばらく会ってない内に胸がでかくなったな」
エレナは、ツンとあがったノエルの胸を眺めて言った。
最後に会った時は八〇もなかったが、どうみても八五はある。これも改造なのか?
「にゃー! エレナが揉んでくれたからかなー」
私が違法改造したらしい。エレナは得心がいった顔だ。
「はいっ!? 姐さん何やってるんスかっ!?」
今日一番の驚きっぷりのクロム。もっと驚くことが今日はたくさんあったろうに……。
エレナはさもありなんといった顔で、
「ただのおふざけだろ? 女子にはよくあることだ」
と、しれっと答えた。
「そう……なんスか?」
ヒュドラを見て返事を待つクロム。
「俺は知らん」
ヒュドラは、無愛想に答える。
黙って会話を聞いているガド。
エレナは、手のひらで軽くガドの胸に触った。
ふふっ。こいつは、まだぺったんぺったんだな。
「?」
不思議そうにエレナを見上げたガド。純粋無垢な目。
私は何をやってるんだ。
「そうだ。ノエル……それにヒュドラ。お前達に話さなくちゃならないことがある」
「なーに?」
「どうした改まって」
二人の視線がエレナに集まる。
「なんスか?」
クロムも。
おまえは呼んでいない。呼んでいなかったよな?
気持ちを切り替えるために、軽く咳払いをしてから、エレナは続ける。
「もうすぐギーグだ。詳しくは私の隠れ家に着いてから話す……」
そう……『悪魔の目』。
連中達は決して諦めないだろう。
きっと、この二人を巻き込んでしまった。
話さなくちゃならないだろうと、エレナは腹を括った。
恩ある、お頭にも火の粉は飛ぶ……。
それでも……
それでも私はガドを守ると決めた。
絶対に――何があろうと……な。
第一章 ガド 完




