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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第五話「少女が戴く花冠」
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夢の終わり 4

 空気にざわつきを覚え、ティアは草原地帯の奥へ急いだ。杖に腰掛けて飛ぶ姿は魔女そのもの。一方で、無計画に向かった工房が、彼女の本来の目的地であることはすぐにわかった。


 その建物を中心に、魔力の波が辺りへと広がっている。それを肌で感じ取ると焦りに焦った。


「ああ、いかん。そいつはいかんぞ、エル!」


 届くとも思えなかったが、声に出さずにはいられない。魔法に関して、彼女の直感はよく当たる――展開されようとしている広域魔法に対して、どうにもよくないイメージが浮かんでしまった。


 ティアが得たイメージは、大地が急速に干からびていくものであった。予想を実現するようにして、建物を中心に魔力の波が異常なまでに高まっていた。


「ちぃっ」


 不安は益々強くなり、派手に舌打ちをしたところで収まることはない。それ程に幼馴染が出そうとした魔法は強力なものだ。


 辺り一帯の魔力を枯渇させようというのは、森司祭(ドルイド)適正のあるジオならでは。自身も常日頃から魔力による恩恵を受ける少女は、魔法が成立する前から頭痛を覚えていた。


(直に、周辺の魔力は枯れ果てる。人間や動物はええが、他の生き物は――)


 もう今からでは間に合わない。それは十分にわかった上で魔女は足掻く。最悪の未来へ辿り着かないようにと祈る他なかった。


「ティアティア、どうして来た? 無理しちゃダメだぞ?」

「何故ここにいる――シャーロット!」


 建物の直上に辿り着いたところで、日頃から溜め込んだ魔力を目一杯に動員してみせる。血圧が上がるなかで、呑気な顔の精霊を目にしてティアの頭の血管が切れた。


 一瞬の痛みとともに視界が暗転した。だがそのことには構わずに、ティアは魔力を叩き込んだ。普段はジオにべったりのシャロがどうして、などと思いもしたが、悠長に構えている暇はなかった。


 丁度ジオの魔法が成立し、緑色光がドーム状に広がり始めたところ。魔女の放った無色透明の光は、緑色を押し潰すようにしてぶつかり、勢いを止める。


「おー、ジオの魔法を抑え込む気か」


 にこやかな表情のまま、でも、と続ける精霊がそこにはいた。


 止まったのは数秒にも満たない。緑色のドームは魔女が放った無色透明の魔力ごと、一帯を呑み込んだ。広がる草原を茶に染め、泥人形(ゴーレム)から活力を奪う。


「止められんか」


 竜巻が人の手で止められぬのと同じく、既に成立してしまった魔法を消してしまうことは不可能に近い。


 飛行に回す魔力を失ったティアは、脆くなった天井を突き破った。高く重なった泥にぶつかり、頭から地面に落ちることだけは避けられた。


 泥まみれになりながら、何とか頭を上げようとする。彼女の関心は結局のところ一つだ。


(どうなった……。エルは? エルは、どうなった……?)


 溜め込んだ力を吐き出し切り、眠気がやってくる。極端な魔力不足から、脳のブレーカーが落ちようとしていた。


 同じく落ちようとする瞼を、せめても片方だけでも開いて幼馴染の姿を追い掛けようとした。


「無理しちゃダメだって、私言ったよー? ジオの魔法には私の力も乗ってる。そのことは知ってるでしょー」


 子どもが子どもの悪戯を咎める――そんな口調であった。人間の理を知るつもりもない精霊が、泥の上で這い上がろうとするティアの横を通り過ぎて行く。


 途中、サクサクと枯れ葉でも踏まれたような音が響いていた。魔力を吸い上げられ、脆くなった家具やらが立てた音だ。


「ティアティア、こっちだよ」

「……」


 ゆっくりと進むシャロを何とか視界に収めようとする。仰向けに倒れていたおかげで、首の動く範囲で追いかけることが出来た。


「はい、ここー。お目当てのジオだよ」

「――っ!?」


 相変わらずお気楽な調子でシャロは続けるが、ティアは息を呑んだ。それでも何事かを溢そうとした喉は、ヒゥっと、声にはならない音を立てた。


 視線で追いかけた果て、緑の全身鎧を着込んだ少年が映っている。見慣れた筈の姿にも関わらず、ティアは胸を掻き毟りたい程の苦しみに襲われた。


「……」

「エル――」


 一度は幼馴染の名を呼んだが、それ以上の言葉が続けられない。緑の少年は、膝立ちの姿勢のまま、何をするでもなく固まっていた。


 彼が抱きかかえるようにした手元には何もない。否、泥まみれになった両の掌が天に向けて彷徨うようにして開かれるのみ。見慣れた顔、その両の瞳が精霊と同じく真紅に染まっていたのは何事か。


「わかるよな?」


 問うようなシャロの言葉であるが、その実は無理矢理に突き付けるものであった。魔女が息を呑む様を見ても尚、続けられる。


「追い込まれたジオが使った魔法な、あれはダメだ。ティアティアも、わかったと思う。人間種のような生物ならまだしも、魔力を糧に生きるものには、な」


 彼女の視線の先には、魔力により成り立っていた泥人形たちの姿があった。あっちもこっちもその全てが崩れている。当然、ジオの妹もただの泥へと還らざるを得ない。


「では、ロジェクト神の子も……」


 言葉を失った少年の代わりか、遅まきながら理解を示したティアは呟く。自身が落ちた先、纏わりつくこの泥もまた、神暦時代から惑い続ける泥人形の慣れの果てなのだと。


「ほら、ロスさんが来るよ」

「何?」


 問い返す頃には、全てが終わっていた。


 息子が失われたことを知った神が怒りの余り、辺り一帯を破壊し尽くす。ハッキリ言って、神の八つ当たりだ。大地が砕けても、怒りは終わらない。


 やがて闘神と呼ばれる神が同族を消し切るまで、地獄絵図が続いた。限りない破壊と再生(スクラップアンドビルド)、砕いた大地を基にして新しい武器を――創造は破壊のために費やされた。


 フルゥエラ大陸から切り離された、この地が砕け散る様を魔女はただ黙って見る他なかった。ティアは当事者になることも出来ず、成り行きを眺めていた。


「これは、余りに酷いじゃないかっ!」


 想い人である少年も消え去った絵面を目にして、叫ぶ以外に出来ることなどなかった。怒りをぶつける相手もいなかったが、達観するにはまだ彼女は青く、咆えることで何とか自我を保っていた。


「そうだね、酷いね。幾つもある在り得る未来。でもこれは、本当に最悪だね」


 シャロの声が響いた時、魔女である少女は再び頭痛を感じた。


 実現可能な未来の一つを観測し終え、意識は分岐点に差し掛かる。




「こっちにいらっしゃい」


 再び目を開いた時、ティアは神暦時代さながらの草原地帯に身を置いていた。


 胡乱な頭のまま、届く声に従って頭から身体を寄せる。今更ながら、少女は精霊に肩を掴まれていたことに気づいた。


「……シャーロット?」


 紅い瞳の精霊を間近に感じ、その名を口にする。呼ばれた方は、いつもと異なり真剣な表情を見せていた。


「ここは、ヌシは――」


 混乱を解消しようと、ティアは疑問を投げかける。しかしシャロは表情を崩すことなく、唇に人差し指を当てるジェスチャーを見せた。


 こうしている間にも魔力の波が、魔法へと昇華せんと空間をざわかめせる。既視感(デジャブ)に見舞われながらでも、無理に止めようとしてはならないとティアは何処となく理解していた。


「そうそう、ジオがここら一体の魔力を吸い上げようとしている。そんなこと、しちゃいけないよね。ティアも見てきたよね」


 まるで自身も未来を見て来たような口振りで、シャロは言う。


「じゃが、魔法がなってしまったら結果は一緒じゃろ!」


 未来を体験するなどバカげているとは思うが、ティアは見たままに口を開いた。こうしている間にも、広域魔法にならんとする魔力の波が彼女の肌を打った。


 先程の再現を前にして、魔女は途方もない想いに暮れる。ジオの魔法は精霊の力すら乗せた大規模なものであれば、彼女には止めようもない。


「そうだね。だから、私はジオに応えることはしないよ」


 魔法に昇華しようとしていたその最高潮、精霊は緑色の光に包まれ――瞳を瞑るだけでその光とともに場を震わせた魔力を散らした。


「ヌシ、何を考えとる?」

「まずは下に降りようか」


 呆然とするティアを抱え、シャロは工房へと降り立った。




「どうした、人間。何故止めた?」


 泥人形の青年、フィルは呟いた。


 高まりを見せた魔力は、魔法へと昇華されることなく散って行く。不可思議な面持ちで緑に色づいた残光を見つめる彼は、先程に比べると随分熱の引いた様子であった。


 怒りや哀しみに振り回され続けた青年は黒色の造形を解き、目の前の人間が話すのを待っていた。


「――わからん」

「わからんって何だ」

「あー、うーん……。魔法を止めた訳じゃない。これはきっとなぁ、あれだ」


 感情が高ぶっていたジオも、いつもに近い顔つきになって話す。それも束の間、眉間に皺が寄っていく。硬い表情は悪さのバレた子どものようだ。


「俺、叱られるんだろうな」


 はぁ、と溜め息を吐いた時、見計らったようにして緑色の光がド派手に天井を突き破った。


「わっはっはー」


 闘神の寵愛を受けた精霊の登場である。


 厭に明るい笑い声がする方へ、勇者も泥人形も顔を向けた。「早く下ろしてくれ」とお姫様だっこされた魔女が嘆いていれば、ジオの方は訳が分からないと途方に暮れる。


 ティアを丁寧に降ろすと、エホンと咳払いが一つされた。


「やー、フィルさん。はじめまして! 私、シャーロット。呼び方はシャロでいいよ」

「はじめましてシャロ……。えーっと、君は何かな?」

「フィルさんと同じ精霊様だよ、えっへん。あ、かしこまらなくてもいいよー」


 真紅の瞳を互いに交差させ、挨拶がすまされた。にぱーっと華やかな笑みと一緒に手が振られている。


 精霊同士惹かれ合うのか、それともシャロの有り様に毒気が抜かれたのか、フィルはやや困惑気味に「ああ、はい」などと応えていた。


「親睦を深めたいところだけど、ちょっと用があるから待っててね」


 にこやかな笑みで空気を緩めると、シャロは弟分へ歩み寄る。別に叱りつける気はなかったが、ジオが余りに情けない顔をしていたので、彼女の方もそれに相応しい表情へと変えた。


「ジオ……、歯を食いしばれ!」


 歩む精霊。右手を振り抜いた後には、パーンと乾いた音が響いた。


「お兄ちゃん!?」

「エルっ――」


 見守っていたジオの身内たちは驚きの声を上げる。一方の頬を張られた少年は戸惑いを浮かべた。


 しかしながら、姉の瞳を見つめ返すと表情をキリリと引き締め直した。その顔が見られた姉は満足そうに頷いた。


「うん。わかったな?」

「……ああ」


 頬を紅くしながら、ジオは言われるがままに首を縦に振る。このまま魔法を使っていたとしたら、その先に待つのは望まぬことの連続であるとようやく気付けた。


 例えば、泥人形の青年への敗北。単純ながら精霊種を前にしては起こり得る現実。


 例えば、予期せぬ形での妹の死。これこそ望むところではない。


 例えば、闘い抜いた先の敗北。神の子を殺せたとして、親が黙っている訳はない。


「頭に血が上っていた。認めたくないが、認めた方がいいとわかったよ」

「そうだね。ジオはそれでいいだろうけど、付き合う側はたまったもんじゃない。いつも言ってるけど、おさらい――ジオは鏖がしたいの? グリオになりたいの? 化け物になっていいの? ジオは一体、どんな勇者になりたいの?」

「わからん……。けど、いつまでもわからんままじゃいかんと思う。そう思った」

「良き哉。ドラゴンプリンスの時よりは進歩したから、今はそれでよし!」


 カラカラと笑いながら精霊は告げる。弟が先送りにしていたこと、偉大な父の背中を追うことで考えを放棄していたことがある。そいつをようやく考えると言ったことに、満足出来る。


 だが今回の道筋を考えるだに、細い糸を無理につないでいる感が拭えない。暁の勇者を倒してしまったこともそうだ。尤も、精霊サリナ・アイリスは人間種に寛容であることをシャロは知っているが……。


「それじゃあ謝ろうね」

「すまなかった、シャロ」

「ちっがーう、このバカチン!」


 ゴン、と穏やかではない音が響き、ティアとマリィは顔を顰めた。緑色に光る拳でジオは頭を強めに叩かれていた。


「痛いぞ、姉ちゃん」

「こんな時ばかりお姉ちゃん呼びする……。甘えるのは普段の何もない時にして欲しいもんだよ。ちょっとばかし、いただけないぞ?」


 頬を膨らませてシャロは不平を漏らした。ズルいなどとは口にもしないが、情に訴えかけてくるのは禁じ手じゃないかと彼女は思う。


 それでも可愛い弟に頼られることは嬉しく、気を抜けば表情が崩れそうにもなる。それに負けぬよう、緊迫感の続く間に説教は再開された。


「謝るのは彼に向けて、だよ」


 相手が間違っていると、精霊は指をビシリと差し示す。


「……僕かい?」

 

 その先にいたのもまた、精霊であった。フィルも唐突な話に疑問符を浮かべている。


「そうだよ。ジオは、彼の名前を知ってるか? 彼が、フィルさんが何で怒っていたか、知ろうとしたか?」

「してないな。ああ、そうだ。うん、そうだよ……。フィルさん、すみませんでした」


 姿勢を正して、ジオは頭を下げた。


 まだ十七歳の少年としては、妹分(マリィ)への仕打ちを思えば殴り合って何が悪い、そんな思いがないでもない。その反面、相手のことを知らずに殴り合う――敵対するものを全て倒すという発想は、目指す勇者像には合わない。


 初対面での荒ぶった印象が強かったが、今のフィルは落ち着いて見えるではないか。その彼は手を振りながら、頭を上げるようにと言っている。


「お姉ちゃん思うんだけど、今回はブレたな。いつもの勇者ジオだったら、こうはなってない」

「そうかもしれん」


 これ以上叱りつける必要もなくなり、シャロは口調を柔らかいものへ戻した。ただし、反省を促したい気持ちもあるので言葉は厳しくもある。


「いつものお兄ちゃんだったら、どうしてたの?」


 黙りこくるジオを前に、マリィが代わりに口を開く。重い空気が辛くもあるが、じっとしていることに飽きてしまったようにも見える。キラキラと目を輝かせて、兄のことを聴きたがっていた。


「いつものエルなら、ヌシの手を引いて逃げとるじゃろうな」


 そりゃもうすたこらさっさよ、とティアが告げれば、シャロも首を何度も振って同意してみせた。


「遠慮ないね、ティアは……。そりゃ間違ってないんだけどさ」


 困ったように頬を掻いて、少年は幼少時のことを振り返る。人付き合いが極端に苦手なティアが村の子どもに絡まれているところを見かければ、ジオはティアを連れて全力でとんずらこくのが常であった。


 偉大なる勇者の子どもとして、ジオは人に手を上げない誓いを立てていた。ケンカも出来ないので、一緒に逃げるくらいしか幼い彼に出来ることはなかった。


「勇者としてでなく、兄として格好つけようとしたんじゃろうな。当たりじゃろ、図星じゃろ?」

「もういいでしょ。そういうのは後にして」


 脇腹をぐりぐりとされて、少年は面倒臭そうな顔を隠しもしない。わかっててやっているのだから、ティアは底意地が悪いと思う。邪悪な笑みがその証拠だ。


「私……、お兄ちゃんは格好悪くてもいいと思うよ。私のために格好つける方が格好悪いと思うの」

「よく出来た妹じゃなぁ」

「流石は私の妹よ!」


 にこやかな台詞を回すマリィを見て、姉たちは唸った。三人の姉妹に挟まれたジオとしては、複雑な心境である。


 仲睦まじいのは結構。一方、女性陣の同調は日毎にどころか、分刻みに強くなっているようにも感じられた。


「何だろう……。すごく不条理を感じる」


 拳では解決出来ない事態に、少年勇者は頭を抱えたくもなる。勇者の出来ることなどたかが知れている、自嘲的に笑う他にその場を諫めるものはなかった。




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