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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第五話「少女が戴く花冠」
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夢の終わり 2

「うっわ、眩しっ! やっと外に出たと思ったら眩すぎぃ……。ん? 屋外、何で?」


 見た物そのままに、リリは口にしてしまう。目の上に翳した手に、丁度スティンのゲンコツが納まっていた。「何すんですか、スティン様よ」何故自分が殴られるのかがわからないと、続けて不満気な声を漏らす。


 二人は黒色の鎧にすっぽりと包まれているため、表情は見えないが、所作に性格がにじみ出てしまう。


「神の地に足を踏み入れてるんだ、何があっても不思議じゃない。妙な緊張をしないのはいいことだが、気は抜き過ぎないでくれ」


 むしろ少しは引き締めてくれ、と黒騎士の少年は冑の下で渋面を思わず切ってしまう。苦言を呈しても同僚の調子は変わらないため、密かに溜め息を吐いてもいた。


「しかしなんだ。ここが神殿の最奥、なのか?」

「あーーっ!」


 問いかけるスティンを横に、リリは奇声を上げて走り行く。先には白い蝶が飛んでいる――珍しいと言えば珍しいが、その様は戦力外通知ものだ。


「勇者殿や魔女殿はまだか。となると闇雲には動かない方がよかろうな」


 先を歩いていた勇者の姿がないことが不可解さに拍車をかける。意図的に分断を受けたのではないか、慎重な少年騎士はゆっくりと後方へ振り返った。


 ゆったりと雲が流れる青空の下、一面続く草原にぽっかりと黒い穴が空いていた。四角く空間を切り取るそれは、成人が悠々とくぐり抜けられる程度。


(扉、と捉える方がよいか)


 魔法的措置を受けた扉。空間をねじ曲げるものを扉と称してよいか、納得できるかは置いて、そのようなものだと一旦理解しておく。


 驚きを通り越して不気味さを覚えたが、スティンはアイリス教の騎士だ。それと同時に敬虔な神父でもある。神が途方もない存在であることは知っているつもりであったが、こうして目にすると己が――否、人間種が神の前では無力であることを痛感させられる。


「造形の神が人間へ与える影響は第七位。人間へではなく、泥人形(ゴーレム)や自然そのものに加護が振り分けられているのだろうか」


 時間潰しも兼ねているが、アイリス教の神父として眼前の奇跡には興味が尽きない。妹を探すジオとは異なり、彼は神殿の調査そのものが目的だ。心的にも時間的にも十分ゆとりがある。


「この風景に比べると、あの穴は随分と異質に過ぎる」


 神殿からの出口であった穴を覗き込むスティン。下手に近づいて元の神殿に戻されるのも本意ではない。ただ、背の高い彼が右往左往する姿は騎士らしぬコミカルなものに見える。


 これでも彼は慎重に観察しているつもりだ。リリの方があの調子なので、軽率には動けない。やや不格好であったが、警戒し続けたことで不意に起こった魔力のうねり、波にも素早く対処出来た。


「魔法かっ!?」


 暗がりから紫の光が放射状に走る様を捉え、咄嗟に防御姿勢へ移る。魔力量は決して高いものではなく、鎧で十分に防ぐことは可能――結界を張るまでもないが、念のために腕で顔を庇ってみせた。


 光は黒騎士へ届くと同時に霧散する。魔法へと昇華されることもなかた魔力は、波だけを起こして消えた。


「害が出ないようにしたつもりじゃが、驚かせてしもうたか」

「魔女殿か?」


 顔を覆ってみたものの、眩い光に視界はぼんやりとしたものに変わっていた。対応の遅れた己を叱責しつつ、スティンは眼前の人物へ問うた。


 声はフラティラリアという少女のものに間違いないが、どこか違和感を覚える。これまでのものとは違う。上の方から聞こえてきた気がするし、実際、薄ぼやけてだが、肌に白い紋様を浮かべた成人女性のように映る。


「魔女殿じゃよ。何か変なもんでも見たか?」

「あ、いえ……。変と言いましょうか、美しい女性が見えた気がしまして」


 幾らか瞬きを繰り返す内に、目もはっきりと見えるようになったスティン。眼前にはやはり幼子のような魔女の姿があった。


「ヌシには私が美しくは見えない、そう言いたいんか? ケンカ売っておるのか?」

「いえいえ、そうではなくってもっと別の人に映ったのですよ。魔女殿はまだまだ幼いのに、大人の魅力がおありですとも」


 黒騎士である彼は、貴族相手でもなければ謝る必要性もない。一方でアイリス神の博愛を説く神父でもあるため、多少の弁解はしてみせた。魔女の肌には紋様が浮かんでいるため、あながち見間違いでもなかったと思うところ。


 早口に褒めてみたが、ティアは同年代の女児と比較して落ち着きがある。眼つきが鋭すぎると思うが、それは言わないでおいた。


「幾つじゃ?」

「は?」


 年齢不相応の迫力を持って、魔女は「ヌシの年齢は?」と続けていた。何故幼女に睨まれるのかがわからず、スティンは冑の下で怪訝な表情を浮かべる。


「えぇと……、十六です。直に十七ですが、それが何か……」

「左様か。エルより一つ年下じゃな」


 歳を気にされていることに、益々不可解さが募る。スティンとしては、ジオと年齢が近いことに妙な親近感を覚えたくらいだ。ただ、その後に続く言葉には少々面を喰らった。


「なら私より二つ年下ということになるのぅ……。次、童女扱いしたら呪いをかけるから、(ユメ)忘れるでないぞ」

「魔女殿は成人してらした――」

「黒騎士の坊主(ボン)よ、私が成人してたら変か? 今、失礼な顔しとるんじゃないか? ん? 言った先からそれなら、遠慮なく呪おうぞ?」

「こう見えても、アイリス神に仕える神父です。人を見た目で判断することなどありません」


 紫の瞳が怪しく輝き出したことを受け、スティンは即座に謝った。「誤解を与えてすみませんでした」と殊勝な態度を見せるが、心の底では冑があって助かったとアイリス神へ祈りすらした。


『スティン様、スティン様よ……』


 突然、彼を呼ぶ声が頭に直接響き渡る。誰かと話している最中に返事をするのは気が引けるが、今は渡りに船であった。


 交信系魔法は珍しく、応答すると独り言にしか見えない。ただし、訝しい顔をしている女性が魔女であれば、魔法に対しても広い知識を持っている筈。スティンは手を軽く上げる合図をして、ティアへ背中を向けた。


「どうした、リリ」

『今、周りに人は居ませんか? 受け答えをして、あー、あの黒騎士とーとー頭が……。なんて残念なことにはなりませんか?』

「魔女殿と一緒だが、それは要らぬ心配だ。彼女なら、俺の独り言を気にする前に魔力の波を感知しているだろうよ」


 ぶつぶつと答えてみるも、背後には不審な気配はない。むしろリリとの会話が終わるのを待っている節さえ感じられた。


 態々魔法を使って連絡してきたのだから、早めに対応した方がいい。それはそれとして、虚空に向かって語りかけるのは落ち着かず、何とはなしに冑へ指を添えてスティンは話していた。


『よろしいですな! スティン様が変人扱いされては事です。代わりにあーしが変人を引き受けておきますので、ご安心召されぃ!』

「君の変人さは素なんだろう……。ちょっと待て、これは魔女殿を待たせてまでする会話なのか?」


 いつものペースに巻き込まれていると自覚するが、それを口実に魔女の追及から逃げおおせたことも事実。


 程よく付き合ったところで相棒へ話すように促してみせる。リリの声は上機嫌であるため、泥人形の手掛かりでも掴んだのかもしれない。


『スティン様、とっても綺麗な石を拾いましたよ! 後で自慢して差し上げます!』

「……わかった。早く戻って来い」


 同僚の奇行を窘めることは諦めたか、間を置いても怒ることはなく少年騎士は会話を打ち切った。


「離れたところでも会話の出来る魔法かの?」

「その通りです。珍しいでしょう、黒騎士でもリリにしか使えないものなのですよ」


 お行儀よく待っていた魔女が投げかけていた。やはり未知の魔法が気になるのかと、スティンは多少の受け答えをするつもりで、応えながら身体を向けた。


「そうか。そうなのか……」


 返された呟きには、未知の魔法に向ける好奇心などはなかった。考え込むような姿が気にはなったが、スティンにはリリの帰還が優先される。


「ところで勇者殿はどちらに?」


 任務の邪魔はしないと聴いているが、無暗に探られたくもなければ話題の転換を図る。それは上手くいったようで、顔を上げたティアの表情には変化があった。


「どっかに消えてしもうた」

「消えた?」

「そうじゃな。暗がりの中を一緒に歩いておったが、ある瞬間から消えおったわ。探そうと周囲へ魔力を放ってみても見当たらん」

「先程の魔力放出はそれでしたか」


 険しい顔をして話す姿を見て、スティンは紫の光が放たれた経緯について理解した。同心円状へ放たれた魔力の波は、障害物へぶつかることで揺らめきを起こす――時を経ずして、このような捜索方法を取る魔女へ脅威を覚えてもいた。


(勇者に魔女……。味方にすれば心強いが、彼らはアイリス教徒ではないのだな)


 ジオグラフィカエルバドスは、見たところ人間種を護る勇者として申し分はない。それは、黒騎士としてアイリスへ信仰を捧げる者としての直感だが、信じられると彼は思う。一方、紫の瞳は邪神ランギス信仰の証であれば、この共闘は今回ばかりと割り切った方がいいものだとわかってしまった。


「スティン様ーっ!」


 遠くから手を振る小柄な騎士の姿があった。


「魔女殿、この件が終わった後は……」

「あー、何ぞ言いたそうだが、ええんじゃないか? 私らはたまたま今回一緒に移動しているだけじゃし。ヴァリス爺には世話になったと伝えておこうぞ」


 言い終わる前に、ティアの言葉が差し挟まれる。小さな体であるが、大股で歩き始められてはもう続けることも出来ない。


 信仰の違い以前に、黒騎士とヴァリスナード派では立ち位置がそもそも異なる。彼女が語った通り、何かを言おうとも上滑りをするようにしか思えなかった。ただ、無益に争うことはしたくないと少年騎士は想っていた。


「……まぁ、あくまでも私の考えじゃ。エルなら、別のことを言うかもしれん」


 足を止め振り返ったティアは、魔女らしからぬ柔らかな笑みを浮かべてみせた。そんな顔を見せられると、スティンとしても仏頂面を続ける訳にもいかない。


「スティン様ー、お待たせでしたっ! あなたの、あなたのリリが帰ってきました!」

「ちょっと黙っていてくれないか」


 えー、と文句を垂れる同僚を横目に、冑の下で少年の口元はそっと綻んでいた。野暮ったい装備に違いないが、今自分がどんな顔をしているか知らずに、知られずに済む。黒騎士であることの柵を一時忘れ、スティンは主神へ祈りを捧げた。




 神暦時代のままに長閑さを保つ草原地帯。幾つか建物があるが、人の姿はない。その代わりにあくせくと働く泥人形たちの姿が目立つ。


 てくてくと、スウィータとしての記憶を取り戻した少女は歩く。戯れに手を振れば、泥人形は作業の手を止めて律儀に手を振り返した。皆、兄妹のような存在である。


 この日、外から一番初めにこの地へ足を踏みしめた少女は野を駆けた。


「ふ、ふふふ」


 思わず笑みが零れる。兄が心配でたまらないが、懐かしさに満たされたスウィータの足取りは段々と速くなった。


 小麦は既に終わっているが、秋になればジャガイモの収穫が待っている。スカートを翻しながら、泥人形の少女は畑の間を縫うようにして駆ける。


「みんな変わってない。うん、変わってない!」


 田畑を耕すもの、新しい仲間を作り出すもの、小脇で休んでいるもの。それらは全てスウィータの記憶に符合する。マリィとして過ごす最中にもあったモヤモヤとした想いが、妙なくらい晴れていく。


 走る。


 先生とやらが造った十二の神の偶像が順に流れて行く。


 走る。


 湖を越えた。これまで外に出ることは少なかったが、この先に我が家があることはわかる。


 走りを緩めた。


 見慣れぬ扉があったが、この先には兄が待っている。


 足を止めた。


 優しい兄の姿が、そこにはある筈だ――


「……誰?」


 ただいまと言う筈だった。灰色の髪、橙色の瞳をした少女は我が目を疑った。


「まだ残っていたのか」


 いつもであれば、スウィータは工房のど真ん中にある椅子へ座っている筈。そこが彼女の指定席の筈であった。


「いつまで僕を苦しめるんだ!」

「ひっ――」


 少女は大きな声に、思わず耳を塞いで蹲ってしまった。声の主は灰色の頭に橙の瞳をした青年である。人間らしい姿形をしているが、彼は紛れもない泥人形だ。


 懐かしさを抱いて扉を開いたが、優しい筈の兄は苦悩に顔を歪めていた。


「お兄ちゃん?」


 思わず疑問の言葉が衝いて出た。いつまで経っても、ただいまとは言えない。何故なら、目の前の泥人形は彼女を迎え入れる気配がないからだ。


「お前は、壊したんだ! 先生の作品を僕が台無しにしてしまったんだ、この出来損ないめ!」


 瞳の橙を充血により赤く変え、青年は激情のままに叫ぶ。


 少女にはまるで理解が出来なかった。


「僕が、僕の気が触れでもしたか? 否、そんな感情は人間のものだ。造られた僕にはないものだし、だからいつまで経っても人間が造れやしない……」


 一転して泥人形の青年は酷く落ち込みを見せた。兄らしきものの感情の振れ幅に面食いつつ、釣られて少女の視線は彼を追いかけて下方へ向かった。


 いつもスウィータが座っていた椅子。その周辺には細い手足や胴体が幾つも転がっているではないか。


「これ……、何?」


 何と言っているが、既に理由はわかっていた。散らかるものは人間になれなかった人形の残骸たち――感情では否定するが、頭は妙に冴えていく。これらは、スウィータを目指して作られた失敗作たちであると。


 実感を覚える頃には、泥人形の少女は肌を蒼白に変えていた。肌触りも匂いもあった。記憶は確かに己がスウィータであると囁いている。


「辞めろ、もう辞めてくれよ……。幾ら作っても無理だったんだ。なのにどうして俺にその姿を見せる!」


 瞳を朱に染めて、青年は嘆いた。果たして人間でない物も涙は流すのか。眦から毀れた赤が頬を伝って床を打つ――出来損ないの姉妹へ雫がかかったが、壊れた泥人形に反応はない。


「私、スウィータ……。お兄ちゃんが造ってくれた」


 記憶がすっきりしたようで、その実混濁したまま。少女は優しい兄を求めて、確認するようにして言葉を紡いだ。


「そんな訳あるかよ、出来損ないが。泥人形に人間は造れはしない、スウィータは先生が造った、ただの一体さ。一体だけだし、あそこに居るだろうが!」


 流れるような台詞に反して、青年は頭を掻き毟りながら指を差す。顔は少女へ向けたまま――ではなく、造ろうとして出来なかった泥人形たちの残骸の散る椅子を指している。


 とても視線を向けられたものではない。


「何で、どうして?」


 少女は頭が真っ白になった。兄と思ったものが指し示す先、記憶では自分が座っていたところ。そこには美しい人間の形をした少女が鎮座していた。


「これが、先生が造って、僕が余計にも色を足してしまったスウィータだ……。嗚呼、憎くて可愛くて仕方のない、僕の妹よ」


 膝を折って青年は咽び泣く。全ては己がしでかしたことと、責め続ける。


 頭ではわかっている。だが、泥人形ながら造形の神の手によって生まれた彼には心があった。人間にはなれない。人間を造ることは出来ない。


 神暦から王歴へと変わっても、変わらずに青年は陶芸家の目指した形を追い求めていた。とてもとても永い年月であった。自分で作った出来損ないは数知れず、壊した泥人形も数知れず。


 愛しさが何周も廻り、憎悪という感情すら擦り減った。最早何と称してよいかわからぬ感情に振り回されながらも、先生が造った少女像だけは壊すことが出来なかった。


「嘘、私……、私、スウィータ」


 呆然と泥人形の少女は呟く。


 生き写しとも思われた少女像であったが、何ということはなく彼女の方が似せて作られた存在と気づいた。


 気づいたとしても、どうすることも出来ない。伏して嘆く兄の優しさは、物言わぬ彫像に向けられたものであるのだから。


「……おぉ、ぉぉ」


 朱色を溢しながら、ギクシャクとした動きで青年は身体を起こした。その瞳にはまるで覚えがない。紛れ込んできた記憶の中で兄はいつでも優しい顔をしてくれていた。


「そうか、だからか」


 ぼそりと、泥人形の青年は溢した。


 膝元から順番に立ち上がっていく、人間とは真逆の挙動だ。その心もまた、人間がするものとは逆に動き出す。


「壊し切れてなかった。僕の失敗作が、残っていた」


 直立姿勢が整って首が真横に傾けられた。今や真紅の瞳を滾らせつつ、人型は一歩、また一歩と訪れた少女へと進んだ。


「お兄ちゃん――」

「違う、僕の妹はあそこに居るスウィータだけだ」


 人間とはことなる挙動、膝下から動き始めて身体が引き摺られるようにしてついていく。その様は人の手を離れた操り人形が如きもので、人間らしい感情を持った少女にはこの上なく恐ろしいものに映った。


「やめて、いや、嫌!」


 己が何者なのかはわからない。記憶はやはり混濁したままだった。身を硬くする泥人形の少女、だが心は幼子のそれと変わりはしない。


「助けて、助けて……」


 迫り来る人外を前にして、同様に人外の筈の少女は叫んだ。綯い交ぜになった記憶のなか、頼りになる人の記憶を手繰り寄せ、在らん限りの声を張った。


「助けて、お兄ちゃんっ!!」


 何が何だかわからない。脅威を前に目を閉じれば、轟音が鳴り響いていた。この音さえも自分が聞いたものかすら不確かだ。


 だが、硬いものを撃つ音はつい最近聞いた気がしていた。自分を妹と可愛がってくれた人は、拳を振るった時にこういった派手な音を立てていた。


「……お兄ちゃん」


 目を開ければ、そこには黒髪の少年の背中があった。振り抜いた右の拳がゆっくりと引き戻され、少女へと向かう。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん、ああ、お兄ちゃん……」


 篭手に包まれたまま頭を撫でられるから痛かった。文句を言ったら、それからは段々と優しく撫でてくれるようになった。


「おう、兄ちゃんだぞ――じゃない、勝手にいなくなりやがって、俺は怒ってるんだからな!」


 優しく撫でていた右手が離れ、そこには緑色の金属が覆われていく。続いて背中、腰元へと緑色は広がり、全身鎧が現れた。少女のよく知る勇者が、兄がそこに居た。


「説教は後だ。目の前の狂暴そうな奴をぶっ飛ばしてしまいたいんだが、あれはマリィの関係者か?」


 振り向いた顔、その瞳は黒色。つい最近知ったばかりの筈が、何度も見てきたようなその顔。妹分はしっかりと顔を上げて、兄へ言った。


「関係者かもしれないから、手加減してね!」


 お兄ちゃんは闘うしか能がないとか言うから心配だ。すっかりとマリィ(・・・)らしい表情に戻った少女は、そう返した。


「出来るだけ気をつけるよ」


 身体を向けることはせず、ジオは右手を振って応える。


 壁まで殴り飛ばしてみたものの、勇者の前に居るのは泥人形――それも造形の神が心血を注いだ特別製。


「この子は連れて帰る――て言って聞く状態じゃないわな」


 砕けた壁を纏い、青年は身体を一回りは大きく作り変えてみせる。


「人間、人間か? 人間だ!」


 その名の通り、人の形をした泥の塊へと化す青年。何やら口走っているが、その場にいる者には理解しようもない。


「ぶっ壊すのは、何か違うから殴りながら考え――ダメだ。ともかく殴ってから考えよう」


 興味の対象がマリィから外れたことは本望だ。だが、姉とよく似た真紅の瞳を前にして、ジオは迷わず頭を緑色の金属で覆った。


 始めから緑色鬼(グリーンオーガ)にならねば負ける。暁の勇者と私闘を経ていた彼は、人外、それも精霊級の力を持つ泥人形へ向けて拳を固めた。


「――――っ!」


 泥の塊は、さながら竜人のような形へと成り、咆えた。


「溶岩竜とも殴り合って勝ってるんだ。こちとら、闘神の加護を得た勇者だ!」


 行くぞ、とジオも咆え返す。オークを遥かに超える巨体と勇者の拳がぶつかり合い、決戦はここに幕を開けた。




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