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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第五話「少女が戴く花冠」
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泥人形が見た夢 5

 暗い神殿内。精霊が床をブチ抜いたおかげで、勇者一行は最下層へと直ちに進むことが出来た。


 エディンを連れたままでも入れるのではないか、遮蔽物のないフロアはそれ程に広い。


「……これも、精霊の為せる業なのか?」


 背負っていた大剣を横合いに構え、スティンは勇者に問うた。眼前では泥人形(ゴーレム)が群れを成している。奇妙な(泥人形自体が奇妙だが)姿でそれらが徐々に近づき寄る。


「き、気持ち悪い! 見てください、仰け反ったままこっち来ますよ!? ああ、見たくない見たくない……」


 勇むスティンに比べると、リリは随分と腰の引けた様子であった。冑の上から手を当てて、吐き気をこらえるような姿勢で兄役の外套を引っ張っている。


 魔女から「精霊が以前に暴れた」とは聞かされていたが、生理的な嫌悪感を覚えてしまう。口から枯れた植物を生やし、崩れたままじわじわとにじり寄る様は何とも言えない――人型でありながら歩行を放棄した姿は、不気味という表現でも足りなかった。一体二体ならまだしも、びしりと並んだ光景は異常と言う他ない。


「あー、うん、シャロがやったのは間違いないな。だけど今の状態は……、別件じゃないかな」


 緊張する黒騎士らの前へ出て、ジオは頬を掻きながら拳を固めた。引き絞り打ち放とうという手前で、彼の脇を黒い影が抜き去って行った。


 一度は横合いに構えられた大剣を肩に担ぎ直し、黒騎士は走る。泥人形らしきものの動きは鈍いく、先手を取るのはそう難しいことではなかった。


「お、おー……」

「まぁまぁ、ここは一つスティン様にお任せあれ」


 賑やかな黒騎士が、手を挙げて勇者の注意を引きつけた。やる気満々であったが、ジオは拳を解いて頭を掻くに留まった。黒騎士は精鋭だと知識はあるが、勇者の己が見ていて良いものかと逡巡してみせる。


「ご安心召されい! スティン様こそ、黒騎士の中の黒騎士――に認められた騎士。お祈りや説教だけでなく、剣の腕も立つのですよ」

「いや、あいつの強さ云々でなくて、俺は勇者だから……」

「ええんじゃないか? ヌシは今、加護のほとんどを使いはたしておるし、節約するにこしたことはないじゃろて」

「む――」


 申し出を断ろうとしたネギの勇者であるが、幼馴染みの説得は尤もなものだった。自身が動く必要があるかどうか、それは少年騎士の動きを見てからでも遅くはない。


「あいあい、見ておいておくれなんし。スティン様は若くして小隊を任せられているのですよ。七光と言う勿れ、本当に親の庇護を受けてる黒騎士は前線には出されないもんですから」


 などと説明がなされる間に、黒騎士の剣は泥人形へ届く距離に達する。


「ふっ!」


 迷うことなく、担いだものが振り降ろされた。


「ほぅ、なるほど」


 かつて対峙した黄金剣士の斬馬剣に比すると小ぶりで力も劣る。だが、剣を扱えないジオでも、スティンの剣は足元の敵にも適格に振るわれているように見えていた。


「うわぁ、人の形しているのに、人じゃないんですね……」


 口元に手を当て、リリは呻いた。可愛らしい声の中に、侮蔑のような色が混じる。


 泥人形は頭から胸元までも裂かれておきながら、未だに緩慢ながら動く素振りをみせる――その途端、スティンは相手を蹴り上げ、宙に浮いたところへフルスウィングした。


 生命力の強そうな泥人形にも見えたが、勢いのままに壁へ激突すれば人型を保てずに泥の染みへと変わった。


「今の俺より、よっぽど勇者らしいなスティンは。今出ても格好つかんな、うん」


腕組みをして、ジオは黒騎士に任せることに決めた。現在の彼の装備品は左手の篭手と鉄靴のみである。指摘されるまでもなく、見た目に勇者らしくないことなどは本人にもよくわかっている。


「格好つけてる自覚はあったんか?」


 底意地悪そうな笑みを口の端に乗せ、ティアは笑う。竜騎士との会話の最中にされた意趣返しとばかりに笑ってみせた。昔から勇者なんてくだらないと言う彼女は、時折こうして毒気を向けることもある。


「自覚ならあるよ」

「うーむ、皮肉に対しても嫌な程に素直じゃなぁ」


 エル少年は特に不貞腐れる様子もなく、むしろティアの方が眉根を寄せていた。


「何に驚かれてるかわからないけど……。好き好んで人を護ろうとするんだから、大体の勇者は格好つけでしょ? これを否定する人もいるだろうけど、俺はそうだと思うし、格好つけたいと思ったら、格好つけるよ」

「うわ、なんと素直――を、通り越して正直すぎんか?」


 眉根を寄せてみたものの、「俺、悪いことしる?」と意地悪へ真っ当に返されれば、ティアに反論はなかった。


 彼女も別に険悪になりたくて言っている訳でなければ、これ以上に追及はしない。ただ、魔女と呼ばれるだけあって、こちらはなかなか素直さが出せないようであった。


「何も悪くないさ。エルがそんな風に言うなんて思いもしなかった……、それだけじゃ。気を悪くさせてすまんな」


“闘うしか能がない”が口癖なこの少年に、人並のナーシズムがあったことが驚きであった。加えて、人は格好つけていると指摘されると大抵の人は怒ってしまう――自惚れがなければ格好つけないし、あったらあったで素直になれないものだ。


 程良く自惚れるという表現が正しいかはわからないが、ティアは勇者になってしまった少年の中に、欲らしきものを見つけて密かに喜んでみせた。


(全くの無欲ってのも扱いづらい。これでようやく、爺にちぃっとでも良い報告が出来そうじゃな)


 大英雄ヴァリスナードが女と酒をこよなく愛するには理由がある――その是非はおいて、そう教えられていたティアは、誰にも気付かせることなく胸を撫で下ろした。ヴァリスナード共々に、ジオの無欲さに危機感を覚えていたと言っていい。


 二代目ネギの勇者がそうであったように、金も女も名誉も要らぬと言う勇者に生き残る道はない。市民に理解されることもなければ、金や女を求める同業者と敵対することは火を見るよりも明らかだ。


 どれ程美しい理想を貫いたとしても、否、貫いてしまえば、それは最早人間種という枠組みからはみ出してしまう。暴れ、犯し、喰らう――魔物の方が余程シンプルではないか。


 魔物よりも強く、魔物よりも行動原理が読めない、そんな生き物を人間社会は許容出来ない。“人間は弱い”英雄の域にまで足を踏み込んだ、ヴァリスナードですらそう言って憚らない。


「ティアー、また変な顔してるぞ?」


 笑ってみせたり、深刻な顔をしてみせたりと、忙しく表情を変える幼馴染みがどうにも心配になってしまう。気真面目なジオなりの冗談であるが、大体にして彼の冗談が通じた試しはない。


「エルと一緒におるから、伝染(ウツ)ってもうたんじゃろなぁ。まぁ、なんじゃ、諦めい」

「うーむ……。わからんが、わかった」


 最終的に、ティアは含み笑いを浮かべた表情に落ち着いていた。にやにやと見つめられると少年は困ってしまう。舌戦は初めから勝ち目がなく、にらめっこでもしてやろうかと考えがもたげたが、それこそティアに本気で怒られてしまうと諦めた。


 考えることが苦手な勇者は、幼馴染みにあれこれ言うことは保留し、反対側から聞こえてくる騒々しい音に耳を傾けた。


「そうれスティン様、そこです! 右、右から――ああ、よし。その調子で、全ての魔物を薙ぎ払えーーっ!」

「あの子は、応援するだけ?」


 絵に描いたような応援をする黒騎士を瞳に収め、ジオは別種の困惑を抱いた。スティンが一人でやりたがっていたのはわかるが、同僚が闘っている間に、こうも露骨に応援に徹することが出来るのだろうか、と。


 ただ、大剣を振り回す黒騎士には近寄り難さもあった。竜巻が如く、振るわれた刃は天井や壁に当たろうとも止まらずに振り抜かれる。


 泥人形をバラバラに砕くのは見事であるが、剣の使えないジオから見ても無茶苦茶な太刀筋だとわかってしまう程だ。これを見て素面で応援出来るのは如何なものか、余計な心配をしてしまう。


「あー、おい、あんた――」

「エル……、魔法詠唱の邪魔はしない。よいな?」


 案外と心配症な勇者は、小柄な騎士へ声をかけようとするも、魔女らしい顔つきに戻ったティアから一つ釘をさされていた。


「詠唱? ああ、そういうことか」


 改めて瞳を凝らせば、ようやく理解が追いつくと共にジオは納得した。騎士にしては小さく見えたが、リリは後衛でこそ輝く。ティア同様、言葉の音韻で魔法を成立させてしまう腕前の持ち主であった。


中位強化(レインフォース)を武器にかけておるか? 属性付与ではなく……、なるほどのぅ、耐久性を上げておるのか」


 主神系の魔法を目にすることは珍しく、魔女は紫の瞳に関心を示していた。先程から考えなしの剣に見えていたが、その実、考える必要もない状況が作り出されていただけだ。


 前衛がストレスなく暴れられる空間を整える、それは直接攻撃につながる魔法の少ないアイリス信仰者において、理想とされる形である。が、実際に理想を実現することは難しい。


 魔法使い一人で百の兵に匹敵すると言われるが、それに見合う実力者は希少である。


(なかなかやりおるのぅ。黒騎士を敵に回すとなると、幾らか厄介なことになるか)


 胸中で呟きつつ、ネギの勇者の勘に助けられたとティアはほくそ笑む。


 仮にアイリス教と対立することになったとしても、貸しを作っておけば交渉に持ち込むことも可能だ。まして極秘任務中の彼らに同行しているのだから、不利になることはない。相手も深くは探られたくないところだろうと、打算を見出しつつ泥人形が壁に押し付けられていく様を見ていた。


「スティン様ー、そろそろ疲れたー」

「これで最後だ。礼を言う」


 残りの一体を壁に叩きつけ、黒騎士は剣をしまった。


 古い神殿の最下層は壁を塗り替える形になった。人の形を保てなくなった泥人形たち。


「どうですか、これが黒騎士。これがスティン様ですよ! 暴れん坊神父、何と恐ろしい」


 おおう、と咽び泣くように感動してみせるリリであるが、初対面のジオやティアからしても、それは大仰に映った。スティンにしてみれば、やれやれと言った様子で首を振る。


「あまりはしゃがないでくれ」

「またまぁ、スティン様は恥ずかしがり屋さんで――何です?」


 このこのぉ、と脇腹を小突いてじゃれ合うものの、違和感を感じ取ったリリは思わず身構えた。ズズズと、何かを引き摺るような音が響くのだ。


「泥人形自体は、シャロが倒し切っていたとして……」


 水気も含んだ這いずる音へ、ジオは拳を握り直した。


 警戒する勇者の視線、その先では壁がゆっくりと動き出いていた。実際は壁ではない。壁に付着した手足すらなくした泥の塊が、鈍くと蠢動して部屋中央へと再び這いずり始めた。


「えー、そんなのありですかっ!?」


 倒した筈の泥が迫り、リリは喚く。叩き潰しても尚動けるものなど、反則でしかないと黒騎士は不平を漏らした。泥人形が打撃や斬撃に強いとは聞いたこともない。


「ティアっ!」

「フォローはする。適当にしやれ」


 腕を引く動作に入る途中、勇者が言葉を投げれば魔女は応える。紫の瞳に迷いはなく、声を聞くだけでシンセの町でしたようにジオは幼馴染を見ることもなく、魔法を撃ち放った。


「我、なぞるは奇跡の残滓――生命拘束(エスバインド)


 呪文と同時、フロアに緑色の光が突き抜ける。埋没していた枯れたネギが、紫の花を咲かせた。その途端、泥が動きをぴたりと止めた。


 精霊には劣るが、生命を吸い上げる魔法が成り立ち、次いで魔力を溜め込んだ花が一斉に赤く輝いた。吐き出された魔力が、外へと漏れ出そうとしている。


「頭を下げろ」


 吸い上げた魔力が臨界を迎える瞬間、別種の魔法が放たれる。爆発寸前であった花たちが、壁方向にかけられた引力に圧されてその場で弾け飛んだ。


 爆発もその場で呑み込まれ、周囲に埃の舞うなか、後にはズズンと重い音が残された。緊張したままの黒騎士を置いて、ジオはすたすたと歩き出す。


「あー、やっぱりスライムか」


 ティアに礼を告げながら、一つを拾ってみせた。泥人形の成れの果てから、粘液状の魔物が吐き出されて消滅していく。


 納得するように頷くジオは、キリカと共に神殿を訪れた時のことを思い出していた。精霊の魔法を受けて、泥人形が動けるのは一体どのようなカラクリがあったのかと思えども、種明かしがされれば興味も急速に失せる。今は妹分への心配が勝る。


「時間が惜しい、奥を目指そう」

「ほうじゃな。黒いのも、任務が大事なら追うてこいよ」


 右手を振って僅かに残った泥を端へ除ける勇者。その後を振り返りもせずに魔女は歩む。


「……スティン様、あれって」

「今は言うな」


 神父として、スティンもリリも魔法は習熟したと自負していた。それは主神の加護による回復や補助の魔法が中心。闘神や邪神に愛された者の魔法に異質さを覚えて警戒を覚えていた。


 無数の泥人形を目にすれば、人間種への脅威にじりじりと胸の奥が焼けるような想いを抱く。


「やはり、扉の向こうかのぅ」

「あれは関係ないのか?」


 戸惑う黒騎士を置いて、二人は次のことを考え始めていた。


 ティアが視線で追うものとは別に、初めて最下層へ降りたジオは橙の特大オブジェへ興味を示した。ランプを極大化させたような橙のオブジェ。嘗てはシャロの頭をぶち込んだものであるが、彼に知る由はない。


「関係ないとは言えんがー、調べようにも取っ掛かりがないぞ」


 神殿を制御するためのパーツであることはわかっている。だが、今ここで操作するかと言われれば、魔女は首を傾げる。造形の神が遺したであろうこのオブジェも、媒介がなければ人間種では触れようもない。


 残念ながら、この場には媒介(シャロ)がなかったため、ティアはぞんざいに手を振って奥へとジオを促した。


「そうか。なら、やっぱりあの扉の向こうなのか」


 これがだめならば次へ。マリィのことが気掛かりなジオは、すぐ様に扉のノブへ手を伸ばす。


 ガチャリ――扉は開かれることなく、無機質な音が立った。苛立った様子で、ジオは二度三度とドアノブを捩じる。


「そう簡単に開くなら、私が以前来た時に開けておるわ」


 呆れたように話す魔女。


 彼女の幼馴染が言うには、この先に彼の妹分がいるとのことだ。以前に精霊と訪れた時も、扉はどのようにしても開かなかった。


「でー、これからどうするんです?」


 後ろから騒がしい黒騎士が近づいて来るに、ティアは面倒さも覚えた。


 エル少年と二人ならば、ゆっくりと打開策も考えられたものであるが、闘神や邪神の加護をこれ以上披露してよいものか……。先のことを考えれば、ここは下手に手の内を見せる必要はない。


「エル、ここは慎重にな……」


 バキっ――大木をへし折るような音が聞こえ、台詞の途中ながら帽子の鍔を握って深く被り直した。


「よし、開いたぞ」


 蹴り放った足を元の位置へ戻し、ジオは真面目腐った様子で言い放った。


 扉の先には薄暗がりの空間が続く。黒騎士を伴って勇者が進むも、魔女は溜め息を吐き、考えなしの幼馴染の頭を叩きたい衝動と闘っていた。




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