泥人形が見た夢 4
「奇遇ですなー、ジオ殿」
「言われて見れば、最近よく会うな」
王国上空、赤い竜の背中で呑気な会話が交わされていた。白銀の鎧に身を包んだ女性騎士は、竜人の国エスジレーヌの王子である――初対面の魔女にも手早く紹介がなされたが、何とも言えない表情でティアは二人を眺めていた。
「……急に元気になりおって」
エル少年がにこやかにしていることは喜ばしい。それはそれとして、二人が話す姿を見ると呆れや苛立ちが緩やかにティアの内に湧いてしまう。
王都の関所に降り立った大きな影は、エドワン操る赤竜エディンであった。身構えるこの魔女を他所に、ネギの勇者は陽気に片手を挙げて挨拶などをしていた。
(いや、戦闘にならんのは僥倖ぞ? そらわかるがなぁ)
うーん、と唸っては腕を組む。竜人の王子と言われると、彼女は第一王子アレクセントを思い浮かべてしまう。カンナを足蹴にされたことは忘れない。
「ティア、変な顔してどうした?」
「そいつはヌシに言われとうないて」
呆れの方が勝り、溜め息を吐くティア。「それ、マリィにも言われた」などとジオは続けるも、またエドワンに話しかけられてそちらへと向き直ってしまった。
(……変な顔にもなろうよ)
視線が切られたことをこれ幸いと、見慣れた背中をじっと睨みつけてみせる。竜人に対するイメージはこの際置いて、ティアは嬉しそうに語る竜人の第二王子へ瞳を移す。
「エディンならば、すぐに妹君の居場所へ辿り着く筈だ」
「恩に着る」
ビジュアルに注目すれば、勇者同士のさっぱりとした会話に見えないでもない。ただ、魔女というか女の勘が警鐘を鳴らしている――王子と言うが、声音を聴けばまるで恋する乙女のそれではないか。
「ついつい、ジオ殿との会話に華を咲かせてしまった。不躾な私を許して欲しい」
「うっさいのぅ……、私のことは放って――」
視線に気づき振り返ったエドワン。またしても恋敵が現れたかと、ティアはげんなりした様子を隠すこともなかった。だが、思わず言葉を呑んでしまう。持ち上げられたバイザーから覗く琥珀の瞳、鮮やかな色に暗い感情を忘れていた。
「魔女殿、どうされた?」
「どうもしないさ。エドワン王子と言うたか、エル――ネギの勇者は悪い男ではない。仲良くしてやってくれ」
「勿論だとも。私はジオ殿と友好を深めたいと思っていたところだ。だが、貴女にも興味があるのだよ」
冑が外され、美貌が露わになる。くっきりとした目鼻立ちに涼やかな瞳。プラチナブロンドの髪は頭の後ろでお団子状にまとめられており、凛々しさが窺える。肌は白く、歳の頃はジオよりも少し上か。
上空の冷たい外気に晒されたためか、エドワンは少しばかり表情筋を強張らせた。
「すまないな。私は出生がややこしくて、冑を外す習慣がない。非礼を詫びさせてくれ……、えーと」
「ティアだぞ、エドワン」
「む、そうか。ティア殿――待て待て、それは愛称であろうよ。気軽に呼んでよいものか?」
少しズレたやり取りをする二人。人間、竜人、それぞれの勇者であるが会話の中身は小さな子どもの様で、小さな魔女は溜め息とは異なる息を吐いた。
「フラティラリアというんじゃが、ティアでよい。習慣で言えば私こそ、この変な話し方を変えれんのだ、そう緊張されるな」
「あれ、変なことに自覚あったんだ」
「……エルは少し黙っとれ」
エドワンは俺の友なのに――小さくぼやいてから、素直な少年は魔女へ視線を送ったまま黙ってみせた。
「何じゃ、何ぞおかしいことでも言うたか?」
意図せずとも王族を無視する形になってしまったティアは、やや焦った。眉間に皺の寄る姿は困ったような申し訳なさそうなものであった。
「くふふ――と、失礼。笑ってはいけないのだが、お二人の会話が妙に微笑ましくて……。ところで、貴女はジオ殿の奥方でよかったか?」
「うむ。相違ないぞ」
「おいティア、間髪入れずに嘘を吐くもんじゃないぞ」
黙っていろと言われても、根が真面目な少年は眉間に皺を寄せて口を挟む。先程ティアがした表情によく似ているが、こちらは困惑の色が強く滲んでいた。
ジオの困り顔を見れば、彼女は口の端を吊り上げて笑ってみせる。
「嘘なもんか。押しかけ女房って言葉、ヌシ知らんのか?」
「……それは公の奥さんじゃないでしょ。見てよ、バカなこと言うからエドワンに笑われてるよ」
「いいじゃないか。私にとってはエルがエルらしく振る舞ってくれるのが一番じゃ」
エル少年が子どもの頃の口調に戻ることが嬉しく、ついもう一人を放ってしまう。流石に無礼と思ったティアは、ジオの指差す先へ目を向けた。
「ふふふ、私にはお構いなく。ジオ殿やティア殿がそうして話しているのは、よくはわからないが厭ではない。むしろ好ましい……。何だろうな、気の置けない関係というのか?」
正直羨ましく思うよ――手甲で口元を隠しながら、エドワンは小さく呟いた。
「そうか? 思うようにならんし、もどかしいものなんじゃが。まぁ、幼馴染というのはよいものじゃ」
応えながら、魔女の少女は自身が饒舌であることに気づく。彼女には世界を身内とそれ以外に分けている節があるが、今日ばかりはその垣根が崩れている。
カンナの時もそうであったが、基本的にはエル少年に女性が近づくことを好ましく思わない。
「なぁ、エドワン王子――」
「エドワンでいいですよティア殿」
「それなら、私へも殿なんて堅苦しい呼び方はせんでええわ」
ふむ、と口の中で言葉を転がして少女は竜人の少女を見た。幼馴染が「ティアが珍しく人の目を見ている」などと言えば、無言で睨みつけたが、概ね表情は穏やかだった。
「エドワン、どっかで会うたことないか?」
彼女も自分で珍しいと思う。琥珀色の涼やかな瞳を見て抱いたもの、上手く言葉にならないが、それは懐かしさに似ていた。
「さて、覚えはないな。しかし私は祖国へ戻るまでの間、永らくレジナス王国にはいましたな。ひょっとしたら、その時に出会っているのかもしれない」
「――エドワンも勇者修行していたのか?」
「修行か。単なる放浪でありましたが、そう捉えられなくもないですな……」
応じるようにしてエディンが唸る。老竜人のロンに手を引かれて出会った赤竜、辛い旅であったが、家族や友との旅を勇者修行と捉えるならば、良い思い出であったようでもある。
竜に跨ったまま、何の気はなしにエディンの首を撫でると嬉しそうな声が返った。
「そうだ、あんたとは勇者について語らってみたいと思っていたところだ」
「それはよろしいな。ジオ殿が如何にしてネギの勇者になったか、私も興味がある……」
整った顔を笑みで崩したエドワンであるが、台詞の最後は歯切れが悪い。相棒の唸り声が変わったことを受けて、彼女もまた表情を変えた――冑を被り直せば、竜人種の勇者然とした態度で告げ直す。
「名残り惜しいが、ネギの勇者殿。目的地が見えてきた」
「――――――っ!」
ジオが妹分と出会った神殿へ、一向は赤竜と共に舞い降りようとしている。その最中、エディンは猛々しく咆えた。
「黒塗りの鎧を着た者がいる。数は二名……、心当たりは?」
「ティア、何かわかるか?」
「黒騎士に知り合いなぞおらん。エルも爺も因縁ばかり、薙ぎ払ってもよかろうて」
こちらも魔女らしい表情をして、少女は杖へ魔力を注ぐ。他人をどうこう言えたものではないが、造形の神の領域へ人間が乗り込もうというのは何ともきな臭い。
「あ、おい、荒事は――」
「ティア、露払いはエディンに任せてもらおうか!」
「わははは、いいぞ、やってしまえ!」
バサリ――翼を鳴らして地へ降り立つと共に、溶岩竜と化したエディンはブレスを放った。
木々が燻り、白い煙が立ち込めた。ピンポイントで放たれたものは、森への被害を最小に標的を焼き払うことを目指していた。
「んんっ! ほんとにエルはバカ者じゃな」
煙が絡んだ喉を鳴らし、魔女は幼馴染の姿を捉える。「押しかけ女房ってなら、俺の性格くらいわかっておいてくれ」安堵の息を吐いて、ジオは地面へ降り立った。
ブレスを防いだ緑色光が散り、残光が黒騎士の前で蛍火の如く舞う。背の高い騎士と低い騎士が無言で竜を睨みつけているようだが、ネギの勇者は彼らを庇うようにして竜騎士たちへ対峙してみる。
「まぁ、ジオ殿ならそうするか」
ブレスが不発に終わり、不機嫌そうなエディンの首を撫でつけながらエドワンは笑う。無益な殺生はすべきではないが、王都ならばまだしても、こんな森で彼女が人間種の命を気にかける謂れはない。
首の内側、喉の辺りに触れれば相棒も殺気を納めてくれた。
「はーー、驚きました。竜がこんにちはの代わりにブレスですよ? あんなのありですか? あーし、驚きましたよ」
「静かにしてろ」
黒騎士の方はと言えば、エドワンと同様に冑に頭を覆われているために表情は見えない。だが、焦っている様子だけはジオへ伝わっていた。
「ネギの勇者、ジオグラフィカエルヴァドス殿だな」
「俺のこと、知ってるのか?」
その場にへたり込むチビを置いて、ノッポの方が歩み寄る。剣は構えられることもなく、出された言葉に敵意は認められなかった。
グリデルタの村を訪れた時や、王都で竜人と食事会が行われた時、ジオは黒騎士に良い印象は抱いていない。この悪感情は主に彼らを率いている神父に対して向けられたものであるが、出来ればお近づきにはなりたくない手合いであった。
だが、相手が冑を外して身を正したとなれば、話は別だ。
「イーシアでのことは報告を受けている。個人的には、ゴブリンに結界を張ったあの陰険神父が悪いと思っている」
すまないと、語った隻眼の男――ネギの勇者と変わらぬ年頃の少年は、辛そうな顔をしている。
「いや、あんたが悪いって訳じゃ……。アジードってやつ、偉いさんだろ。あんたが謝ってしまっていいのか? その前に陰険神父って悪口、大丈夫か?」
闘う以外に能がないとは言うものの、ジオも神官の端くれである。幼少の頃に叔父と巡礼に出たことはあるが、神職の縦社会というものは子ども心ながら面倒くさいと感じていた。鎧の意匠を見たところで、目の前の少年騎士が偉いさんには見えない。
「えー、ネギの勇者さん。こちらの少年には世にも奇妙、複雑怪奇な事情がございまして」
いつの間にやら、小さい方の騎士がずずいと身をねじ入れては弁明してみせる。全身鎧に包まれておきながら、軽快な動きであることに、そこそこ腕は立つと呼びかけられた勇者は直観した。
「スティンと言う。暴言は神職にあるまじきと我ながら思うが、あれに関してのものなら問題ない。アジードは俺の父親だ」
「あーーー、スティン様、何してくれてんのって話ですよ! 極秘任務中に身分明かすとか、あーたはバカですな!」
ギャーギャーと冑を被ったままの黒騎士が騒ぐ。一方のスティンは全く意に介した様子もなく、ジオへゆっくりと手を差し出していた。
「おいエル、気をつけよ!」
不測の事態に魔女は警戒を促したが、当の勇者は平然とした様子で相手の手を取った。
「握手くらい構わんだろ。あれこれ考えるのは苦手だし、こっちは急いでいるんだ。これが罠なら、今度こそブレスは止めないし。竜騎士、いいよな?」
どこまで隠せるかはわからないが、敢えてエドワンの名は呼ばずに視線を投げる。目が合った竜人の王子は黙って首肯していた。
尚も小さな騎士が騒ぐが、無視をする形でスティンは口を開く。
「自分も策を弄するのは得意でない。極秘任務と言ったが、内容はこの神殿の調査だ。無限に湧き出る泥人形が人間種の脅威にならないか、または解決方法がないか……。それを調べに来た」
隻眼の少年は、勇者を真っ直ぐに見据えてそう言った。騎士の片割れは「何で全部言っちゃうの? あーた、真性のバカなの?」と一層に暴れている。しかし、反応が全くなかったために、再び地面へ蹲った。
「あんた、親父さんにはあんまり似てないな。これ、言っちゃいけないやつか?」
「別に構わんさ。親父に似ていると言われるとぞっとする」
おどけるように首を竦めるスティンを見ていると、そこに嘘はないようにジオは感じ取る。早くマリィをとも思うところ、それでも人間種の脅威などと聴けば勇者バカは黙ってもいられない。
様子を見守っていた魔女は、帽子の鍔を握って深く被り直す。何故かはわからないが、エディンのブレス以上に盛大な溜め息を吐きたい衝動に駆られてしまっていた。
「なー、ティア」
振り向いた少年勇者。あれもこれもと両手一杯に抱え、立ち往生しているように幼馴染には見えて仕方がない。
「こいつらも連れて行っていいか?」
「……好きにせぇ」
溜め息交じりにティアは呻いた。黒騎士については、ヴァリスナードから警戒するように教え込まれている。
外野にいた竜騎士が「ティアは寛大なんだな」と感心を呟いているが、何と返したものか。
「押しかけ女房の辛いところじゃな」
これも惚れた弱みと、冗談交じりに溢すことが精一杯であった。




