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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第五話「少女が戴く花冠」
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泥人形が見た夢 3

 朝日が既に顔を出して空は白み始めていたが、背の高い木々に覆われた森の中は依然として暗かった。レティアと王都トトリの間に位置するこの森は、神が棲まうとも言い伝えられており、王国民がおいそれと足を踏み入れることはない。


 朝なのか夜のか、時間の区別もつかない不気味な空間だ。神は冗談にしても、実際にゴブリンよりも遥かに厄介な魔物が出ることは大人になるまでに教え込まれる。


 誰しもが訪れることを躊躇する筈――であったが、そんなことなど知ったことではないとばかりに、黙々と足を運ぶ少女がいた。少女とは言ったが、手にされた球体の光は眩く、顔色が窺い知れない。橙色の光に顔は隠され、実年齢も外からでは判別はつかない。


 小さな女の子が歩むには物騒過ぎる森だ。さぞおっかなびっくりしているのかと思えば、真っ直ぐと歩む姿に怯えを見て取ることは出来なかった。両の手で抱えられた橙のオーブに、少女は手を引かれるようにして森の奥へと導かれて行く。


「お、お嬢チャン」

「……?」


 たどたどしい言葉に、少しばかり少女は歩みを緩めた。


 何事もなく過ぎ去ってもよかったかもしれないが、少女は出された音に違和感を覚えた。不慣れな人語を発したものは、大きな体躯を持った生き物であった。暗い黄緑色の肌、身体の大きさに比して小さな頭と大き過ぎる瞳を有したものは、一目見て魔物とわかる。


 一つきりしかない目のために、顔は人間の造形から大きく逸脱した印象を受ける。その魔物は単眼の巨人(サイクロプス)と呼ばれる魔物であった。現在のレジナス王国ではなかなかお目にかかれないが、英雄譚では人食いの鬼としてよく知られている。


「こんなところに一人で来るだなンテ」


 大木をへし折って作った棍棒を振りかぶり、この魔物は目の前のごちそうへと迫った。


 そう、久方ぶりのごちそうだ。人食いは彼らの日常であった。先の大戦で人類に敗北した魔物たちにとっては、今や滅多にお目にかかれない代物だ。人間、それも幼き子どもの肉など永らく口にしていない。


「用がないなら、行くね?」

「こ、こら、待つんダ」


 淡白ながら応答はあったものの、少女はすぐに歩みを再開した。人間を目指して造られた泥人形(ゴーレム)は、人間らしい振る舞いを求められている――急いでいても無視という選択肢はなかった。


「待て、待てと言ウ!」

「急いでいるの」


 無視はしないが、相手にもしない。用があれば挨拶くらいはするのが人間らしいと、少女は知っている。また今度――人間という生き物はそう言ってその場をしのぐものであるが、彼女の兄は約束を守ってくれる。それを思い出せば、尚のこと少女は急がねばと思った。


 魔物を振り切らんと踏み出したが、大木が目の前に落ちてきたため、足は止まる。


「用があるなら、早く、短く」


 顔も見えず、無機質な少女であったが、ここに来て声には苛立ちが窺えた。急いでいると伝えてこの仕打ち。更には大きな目をした魔物が、妙に近い距離にまで顔を寄せてくることが不快であった。


「わかった、早く済ませるヨ」


 棍棒を持ち上げつつ、単眼の巨人は大口を開けた。この少女の頭程度は容易に納め切ることが可能だ。覗く歯は人間如きは一噛みで終わらせることが出来る――少女を口腔内へ運び込もうと、歓喜を胸に抱いたまま魔物は動きを止めた。


「……何の用だったのかしら?」


 少女は疑問を呟き、首を傾げる。


 広げられた大口、粘液が滴っていたそれは先程までは不快なものだった。だが、いつの間にかカチカチの銅へと変わってしまえば、心に響くようなことは何もない。


 話しかけてきたと思ったら、突然銅像になる。何とも不思議な話だ。単眼の巨人とはそういう種族だったかしらと首を捻るが、生憎と魔物に対する細かな知識はなかった。


「そうだ、お兄ちゃんっ」


 声の質は淡々としたものに変わりはないが、幾分か慌てたような色が含まれていた。少女の姿をしたものは、再び足早に森の奥を目指す。


 早く兄の元へ戻らないといけない。あの兄は一生懸命になると回りが見えなくなるし、自身のことすらかまけることを忘れてしまう。


 一心不乱に人間を造ろうとする兄。御伽噺に謳われる泥人形の元へ、橙色の瞳をした少女は向かう。動きに合わせ、もう一人の兄が撫でてくれた灰色の髪が揺れていた。




 泥人形の少女が兄を追い、目的地へ到着してしばらく。二つの黒い影が森の中にある古代遺跡の前にあった。こちらも兄妹の体を保つ二人であるが、今は本来の任務を達成すべく、その身は黒い甲冑を纏っている。


「この辺はでかい魔物が結構出ますから、お気をつけあそばせー」

「了解した」


 黒騎士の標準装備を着込んだ二人が、軽くやり取りをしながら森を進む。


 装備に不備はないが、一つ不思議な点があった。魔物も闊歩する森へたった二人で歩んでいることだ。


 先程二人が目にした単眼の巨人の銅像、あれが本物ならば相手取るに騎士二人では足りない。僧侶職としての魔法を幾らか習得している黒騎士だが、あの大きさの魔物相手となれば前衛と後衛にもう一人ずつは欲しいところだ。


「王都と主要都市の間に、こんな森があったとはな」


 任務に明け暮れる少年騎士は、己の無知を改めて噛み締めた。


 黒騎士は主な仕事が人間相手のものだ。魔物はギルド勇者の管轄と決まっているが、一切合財を任せてしまっていいものか……。何も知らなかった故に、世間の柵に囚われないスティンは素直な疑問を口にする。


「この森は危険に思う。勇者は魔物を放ったらかしているのか?」

「んー、答え難い質問でございますな」


 リリは唸る。天を仰ぎながら考え事をしているようだが、器用にも歩みが緩むことはなかった。首の位置を元に戻すとき、カチャリと鎧が音を立てる。


「森が危険かどうかで言いますと、微妙ってところです。ゴブリンとは比較にならない魔物もいますのでー、ええとですね、こいつらが森の外へ出てきたところを待ち構えて狩る方が危険は少ないんですよ」


 森の位置は王都とレティアの間。大きなギルドを有する二大都市にすれば、態々ハチの巣をつつくようなことをする必要もない。


「それに、ここは神が棲まう地と言い伝えられておりますれば……。人の手は入れない方がいいです。労多くして益なし、スライムに棍棒ってやつですよ」

「そういうもんか。……人間種ってのは無力だな」


 冗談交じりの返しを前に、スティンは首を折って落胆を示していた。この世全ての魔物を根絶する――などと嘯くつもりもないが、脅威を前に手を拱いているのもどこか違う気がしてしまう。


「ほんとに生真面目。だから師も貴方を認めるのでしょうがー……、まぁ、今は任務の最中でありますれば、それは些末事。えぇ、そこに捉われていては話が進みませぬよ?」


 惚けた表情と声であるが、物言いはなかなかに厳しい。二人が人の手も届かぬ地へ赴いたのは、極秘の任務が与えられたからだ。


 この道中、魔物を見つけてはやり過ごし、怪しい洞窟を見つけては覗き込んだりしながら任務を全うしようとしている最中である。


「お? あぁ! アニサマー、ここですよ、ここ。絶対間違いないです!」

「……その台詞もいい加減、聞き飽きてきた。次からは主神に誓った後で口を開くんだな」


 喧しい声と静かな声が森に響く。同じ黒い鎧を纏ってはいるが、随分と対照的な二人だ。鎧に大した違いは見られないが、サイズは一目で異なる。チビとノッポの二人は、眼前に広がった不自然に壊れた土壁を覗くために首を持ち上げた。


 バカ明るい声と生真面目な声のやり取りは続く。


「仮にも神父が人の言葉を疑っちゃうのって、どうかなー。そんな風に、あーしは思いますけど?」


 冑に包まれていれば表情は窺えない。お手上げのジェスチャーを取る際に、またも鎧がカチャリと音を立てる。


 拗ねたような言葉であっても声色は明るいまま。見るまでもなく、冑の下にはいたずらっ子がするような笑みを浮かべていると、スティンは直感していた。


「生憎と、信仰の対象はアイリス神でな。俺が信じるのは人ではなく、神だ」

「うわぁ……、本気で言っちゃうんだ、この人。冗談にこの返しは、流石のあーしもびっくり」


 アニサマ、友達いないでしょ? などと失礼な言葉が投げられる。これもリリなりに考えがあってのことらしいと、生真面目な黒騎士は思い込むことにした。考えなしに喋っている節もあるが、一々相手にするには面倒過ぎた。


(このリリも黒騎士の一員。ただ煩いだけの奴ではない筈だ。あのガレック神父の弟子、何か考えがある――あってくれ!)


 いっそ祈るような心境で少年騎士は、土壁へと近づく。


 後ろからは「無視ですかー? 可愛い妹を無視ですかー?」などと聞こえてくるが、最早ツッコむことすら放棄すると決めた。これまでのコミュニケーションの成果か、声の調子からリリの様子はまだまだ放っておいても平気だと感じ取れた。


「地面が隆起する……。稀にあるらしいが、平地で、まして木々が根を張る森の中でこのようなことが?」


 自然に出来た土の塊とは思えない。しげしげと見つめていれば、上方には人型の魔物が全力でぶつかったような穴が空いているのが認められた。


「これ、物は古いですけど、穴は最近出来たものっぽいですよ?」


 警戒レベルを上げます? などと、兄役へ向け、リリは似合わぬ神妙な声で告げた。


「無限に湧き出る泥人形だとか眉唾もんだと思ってましたが、まー、こんなの見たら仕方ないすね。人間の何とちっぽけなことですか」


 英雄譚は単なる御伽噺ではない。事実を基に人間種が教訓を得るための物語である。そう頭で理解すれども、人間の力を遥かに上回るものを見上げれば、無力さが一挙に騎士へと襲い来る。


 同僚の落胆を知れば、生真面目な神父は嘆息もそこそこに話題を切り替えにかかった。


「神殿の調査は、既に暁の勇者が終えていると聞かされている。今更な疑問だが、改めて我々が調査に、それも黒騎士の長が態々命じるのは何故なのだろうかね」

「あっはっは――流石、流石よスティン様!」

「……何だ、また俺は無知を晒したか?」


 バンバンと背中を張られ、少年騎士は冑の下で眉を顰めた。


「いえいえ、こんなものは無知には含まれません。いいですか?」


 一呼吸を置いて、リリは敬虔な神父である少年へ説明を始める。その姿は彼が知るいつものリリ然としており、スティンはバレないように胸を撫で下ろしては話を待った。


「暁の勇者は、ガッシュはアイリス教の勇者ですが、大英雄ヴァリスナードの後継とでも呼ぶべき人物です。黒騎士へ虚偽の報告はあり得ませんが、全てを包み隠さず報告している訳ではないでしょう」


 真っ正直に受け取るのはバカ野郎ですね、などと可愛らしい声音で物騒な話は続けられる。リリが口を尖らせるのにはそれなりの訳があった。


 レジナス王国が誇る兵士は王都の区分けと同じく、三分される。王を護る近衛騎士、国教を守る黒騎士、その他治安を維持するための兵士たち。その分け方も貴族、僧籍、それ以外と実にシンプルである。


 王のため、国教のため、国のため――身分の違いから役割の違いが生まれているが、所属と言えばもっとシンプルだ。王はアイリス教の枢機卿であり、全ての兵力を掌握することが可能となる。兵力の全ては王に、そのように言いたいところであるが、実際はもう少し複雑になっている。


「兵士は王都を離れる程に、王からの影響を失う……。地方では領主が兵に賃金払っていますし、魔物討伐が必要な時は勇者ギルドが活躍します。地方に行けば行く程、王の声は届きにくくなりますな。これは常識としてご存知でしょう」

「そのくらいは、な。任務で地方を回ることが多いから知っているつもりだ。ああ、そうか。言われてみれば、勇者ってのは厄介だな」


 職務に忠実な少年は、日ごろから任務に疑問を持ったこともない様子。今初めて気づいたという顔をする彼だからこそ、リリはその純真さに笑みを見せる。


「そうです。ヴァリスナード様が創設した勇者ギルド、単なる魔物対策や自治レベルなら問題ないでしょう。付け焼刃では精鋭たる黒騎士には敵いませんし、ギルド所属は結局のところ、国へ所属しているようなものですし」


 ギルド勇者の中には二つ名を持ち、吟遊詩人に謳われる者も確かにいる。だが今リリ言ったとおり、それそのものは大した問題にはならない。


「黒騎士が黒鎧の大英雄と対立するのは、勇者制度に大いなる欺瞞があるからです。ギルドのお陰で誰でもお手軽に勇者になれる……、よく考えられた制度ですね。暁の勇者もギルドに所属している筈だ、このような勘違いが平然となされる訳です」

「むぅ……」


 何ともきな臭い話だと、スティンは腕組みをして唸った。勇者が地方自治における王国への影響力を削ぐ、それは理解した。しかし、リリが言うようなミスリードを誘うようなものがあるのだろうか――単純な疑問が少年勇者の中に浮かび上がる。


「暁の勇者はギルドに所属せず、ヴァリスナードから直接依頼を受けているのです。これのなんと危険なことか。アイリス神に唯一認められた存在でありながら、ですよ? 働けば働く程に、王国の威厳は下がるのです。何なら、フリーランスの勇者を他にも生みかねない。彼の勇者が我々側だなんて、とてもじゃないけど言えたもんじゃないですよ! 我らが長は、常に拮抗状態を作るために動かれている!」


 捲し立てた後、片手を突き付けては一拍の間を背の低い黒騎士は取った。冑の下からはスコースコー、と呼吸音が響いている。


「と、まぁ、あーしは興奮してみましたが、スティン様は迷うこと勿れ。こう考えることも出来るし、この考えを否定することも出来るのですから」


 一部熱が篭ったが、相手を説き伏せようとしたものではなかった。リリは“こういった考えもあり得る”と、世間知らずの少年へ示してみせた。


「成る程、今の話には憶測も入り混じっているか。確かに俺の無知さには繋がらんか」

「そうですとも。スティン様は目で見て、直接耳で聞いたことで判断なされませぃ。差し当たっては、暁の勇者が話したことを丸呑みするのではなく――」

「無限に湧く泥人形、その制御方法が秘匿されてはいないか、我々は調査に来た訳か」

「あいあい、そのとおり。正解した兄様には、先陣切って突っ込む権利を差し上げましょう」

「それは御免被る」


 これまでと変わらず、少年騎士は生真面目に返す。それでも親愛の情が湧いてきたか、冑の下で笑みを浮かべてしまう。


「兄様、笑っているでしょう?」


 ふふ、と端から見ても上機嫌な様子で妹分は肘を脇腹へとぶつけてくる。途端、スティンに叩かれて小さな身体は背にした木へぶつかっていた。


「痛っ! 兄様、照れ隠しにしては流石に――」


 リリは多少腹を立てていたが、それは引き抜かれた剣の音を前に呑み込まれた。


「先程の権利、早速使わせてもらおうか」


 バサリという独特な翼の音、竜が降り立つに合わせてスティンは大剣を構えてみせた。




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