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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第五話「少女が戴く花冠」
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泥人形が見た夢 2

 走るネギの勇者の背中を、魔女は複雑な表情で追っていた。紫色の瞳を凝らしても少年は加護を纏っている様子は窺えない。


(童の頃から、エルの背中ばっか見とったな)


 悠長なことを言っている場合ではないが、不意に懐かしさが込み上げる。幼き頃の名残りから、現在も人の目を見ることは苦手なまま。おどおどする彼女が里の子どもたちにいじめられる度、エル少年は怒って走り出していた。


 幼少時を思い出してもティアの表情は晴れない。杖に腰かけて飛ぶ彼女は、ジオが如何にスピードを上げようとも、その横へ並ぶことなど容易い筈だ。それが出来ずにいるのは、一体何に躊躇しているのか――それは本人も自覚出来ずにいる。


 よく怒るが根は優しい幼馴染、その顔は見慣れているのに、ネギの勇者となったジオ(・・)は時折ティアの知らない表情をするようになった。


(エルは勇者になって変わった? それとも、私の知らない大人の男になった?)


 あれこれと考え追走している内に、今のジオがどんな顔をしていたかもわからなくなってきてしまう。ヴァリスナード邸からはそれなりの距離を稼いだ今も、彼女は踏ん切りがつかずに背中ばかりを眺めている。


 レジナス王国が誇る、暁の勇者ガッシュとの私闘により鎧のほとんどは剥がれ落ちている。ネギの勇者というよりはどこにでもいる少年のような後ろ姿だと、ティアは思った。


 ただ、ジオがどれ程勇者に成りたがっていたか、それもよく知っている。大戦を終結させながら、謳われることのなかった先代ネギの勇者。父の名誉のために、自分の名前すら捨ててしまった少年のことは、自分が一番よく知っているとティアは自負している。


(知っているだけじゃったか……、何とも情けない話じゃ)


 幼き頃の彼を思えば、勇者同士の争いは割って入ってでも止めるべきだった。暁の勇者という存在と対立してしまえば、ネギの勇者に今後はない。ジオが大英雄ヴァリスナードの秘蔵っ子と言えども、相手はアイリス神がただ一人選んだ勇者なのだ。


 すっかり癖になった溜息を吐きながら、渋い表情でティアは背中を見つめる。心配なのは、ネギの勇者に名誉が与えられないことではない。間接的にだが、主神に逆らった彼がどうなるのか、先行きは非常に不安となる。


(エルが勝ちはしたが、正しいのはウィゴッドじゃった。マリィを疑う方が勇者として(・・・・・)正しい。ただ――)


 妹がいなくなったのだ。他の何を置いても家族を守ろうとする姿は、人としてジオの方が正しいと、そのように魔女は思う。


 勇者なんてくだらない、これは幼少の頃からティアが繰り返し訴えていた言葉だ。その度にジオはむすっとした表情でだんまりになったが、再び問う時が来ているのかもしれない――否、身内ではなく世間に問われる時が来たのだと彼女は思い至った。


 三代目ネギの勇者が掲げる理想の勇者像、それと兄としての立場がぶつかりあっている。勇者として生きるために、少年の父は家族の傍には居られなかった。マリィを優先するジオはきっと――


「おぶっ!」


 考え耽る魔女から、不格好な声が漏れた。


 前を走っていたジオが止まったので、追う側は当然その背中へ突っ込むことになる。鼻の頭に受けた衝撃から涙目にもなるが、そんなことはティアにとっては瑣末事だ。まだ心の準備が出来ていないというのに、目の前の少年がゆっくりだが振り返ってくるのだ。


(ああ、治癒魔法で傷は塞いでやったが、動きの何と緩慢な……、違う違う。心の準備が出来とらん!)


 一瞬ばかり心配が勝ったが、ティアは鼻を押さえて俯き加減になることで抵抗を示した。不安そうに視線を伏せる姿に魔女らしさはなく、見た目通りに幼い少女として映る。


「何やってんだ? ……うわぁ、痛そうだな」

「はぁ?」


 他人事のように出された言葉を耳にして、ティアは渋面を切った。疲労の影はあるものの、ジオはいつもの間抜け面で心配そうに覗き込んでいる。人の気も知らない素振りに、ティアはこめかみに青筋まで立てた。


 彼女にしてみれば、心配しているのはこっちじゃ、というところ。鎧が剥がれ、ところどころに赤色が目立つが、どうやら目の前の少年の表情ははいつもと変わりはない様子だ。


 俯く幼馴染へ「どうした、大丈夫か?」などと上の方から言葉がかけられるも、返答の前にティアは肩を震わせた。


「痛そうだなぁ、じゃないわっ! 急に止まるなと言うに!」

「お、ぉぉ、すまん」


 火がついたように怒る少女の姿に、ジオは腑に落ちない感を持ちながらも謝ってみせる。エルが怒っていたり、この世の終わりのような顔をしていたらどうしよう――彼女がこのように悩んでいたことなどは知らないのだから、当然と言えば当然だった。


「まぁよい。ヌシが破裂しとらんのなら、それでよい」

「破裂? ごめんティア、話が見えないんだけど」


 破裂は勿論比喩であるが、幼馴染の少女が真に心配していたのは、ジオが自身を見失い壊れてしまうことであった。振り向いた彼にその気配はない。むしろティアの態度に混乱したか、口調が昔のものになっていた。


 和やかな雰囲気を感じ取れば、珍しく微笑んでティアは顔を上げた。幼き頃の姿とは異なるが、そこには彼女のよく知る少年がいる。


「それでよいと言ったろう。第一声が私への心配だとか、エルは本当にどうしようもない程エルじゃな」

「……益々わからん。俺は闘うしか能がないんだ、もう少し噛み砕いて教えてくれまいか」

「ちっ、勇者ジオに戻りよったか」


 視線を横に切って、舌打ち一つ。顔は見慣れてきたが、どうにもこの勇者口調というものがティアは気に入らない。先程まで顔を窺うことも躊躇していたが、見たら見たで他が気になる。「人間とは欲深い生き物だ」ティアが小さく呟くも、目の前の少年は眉間に皺を作るだけに留まった。


「それで、なんじゃ。急に身なりでも気になり始めたか?」

「あー……、そんなんじゃなくてだな」


 血が乾いて黒い染みを作ったシャツに緑の鉄靴、チグハグな格好だ。立ち止れば自ずと王都民の奇異の視線に晒される。幸いにして朝も早く、人通りは少ない。だが、それだけに今の二人は悪目立ちをしてしまう。


「歯切れの悪い返事じゃな。待て、服なら篭手に入っておるんじゃから、そんなんで困った顔はせんか」


 むむむ、と唸るティア。見た目は幼女だが、つい世話焼きの幼馴染みの顔にもなる。ジオの微妙な表情から、困っているが口にし難いのだと察する程度には見知った仲だ。


「言い難いんじゃろうが、早うせい。ウィゴッド殴り倒してまで為したいことがあったんじゃろ?」

「よし、わかった。通行証がない、貸してくれ!」

「何かと思ったら、それくらいお安い御用……。と言いたいが、ヌシこれで何度目じゃ?」


 溜息を重ね、ティアは外套の中に手を差し入れる。関所を前に急に立ち止まったかと思えばこれである。


「俺とティアの仲じゃないか、頼む」

「エルなぁ、別に構わんが、ここでそう言うのはズルいぞ。私はヌシの頼みには弱い。だがな、黙って私が着いて来なんだら、どうしておったんじゃ?」

「ティアが来なかったら? ……どうしてたんだろ」

「昔はもうちぃっと賢い男じゃったろうよ、ヌシは」


 大仰に拝んでいたジオを、ティアはジト目で睨みながらゆっくりと追い詰める。今更ながら腹立ちすら覚える。神官の家系に生まれたこの少年勇者は読み書きや歴史は一通り教え込まれているが、抜けているというか鈍いところがあった。


「そういやお前、暁の勇者の傍にいててやらんでよかったのか?」


 鈍い少年は何に思い当たったか、ふとこのように尋ねていた。奇怪な問いに、ティアは首を僅かに傾ける。


「私が?」

「おう」

「ウィゴッドの傍に?」

「ああ」

「どうしてじゃ?」

「あん?」


 会話の噛み合わないなか、二人して首を傾げること数秒。沈黙を先に破ったのはジオだった。


「ガッシュが言ってたぞ……。ティアは、その、俺のところに戻らないって」

「一月以上帰れなかったのは、私も不本意じゃよ? 遺跡やら何やらの調査をしておったんじゃから、帰れんて」


 この少年が何を言いたいのかが、イマイチわからない。それでも、心配されていたのかと思ったティアは機嫌を持ち直す。


「それにしても、王国一番の勇者を殴り倒すだとか、大丈夫か? ヌシは親父殿の名声を認めさせるために勇者になったんじゃろ?」

「む、それはそうだけども。だけど、何だろうな……、あそこで殴り合っちまったのは、俺の不徳の致す所だ。だがな――」


 難しい顔をするジオであるが、眉間を親指で揉み解しながら言葉を続ける。


「だが、死んだ親父に怒鳴られても退くことは出来ない。親父は、勇者になりたかったんじゃない。大切な人を護りたくて、勇者になったんだ」


 真っ直ぐに見つめる姿に悔いはない。目を合わせることを苦手とするティアも思わず真向から視線を見つめ返してしまった。幼き頃の彼にとって、父とは輝かしい英雄であった。二代目ネギの勇者が認められることよりも、勇者が為そうとしたことを考え巡らせる程度の成長が見られたことが、この少女にとっては喜ばしいことであった。


「そうか、ヌシがそう言うならもういい。後のことは妹を拾ってから考えようぞ」

「だな。未来のことは、未来の俺が何とかするさ」

「……何とも楽観的な物言いじゃな」


 言葉の上では限りなく頼りない。しかし、さっぱりとした少年らしい笑顔が見れて魔女も納得していた。口論を望んだ訳でもなく、これ以上は蛇足かと袖の下から通行証を取り出してティアは歩む。


 魔女の不機嫌さも直ったかというところ。その後ろ姿に向けて、ジオは頭を掻きながら投げかける。低い声に変わりはないが、揺れているのは少年らしい。


「んで、本当にガッシュ(・・・・)の元に戻らなくていいんだな?」

「エルー、そいつはちぃっとくどいぞ」


 笑えない冗談に、ティアは首だけで振り返って訝しがる。が、そこには思った以上に神剣な顔があった。


「くどくてもいい。俺は闘う以外に能がないから、きちんと確認しておきたい。お前が、無理して俺について来てないか、そいつが俺は……」

「ん?」


 心配なんだ――絞り出されたのは、素直な言葉であった。今更何を、それが少女にとっても素直な言葉であるが、今はもっと別のものが胸の底から湧き上がって来る。


「ふはっはははは、なーにを言っておるかのぅ。私が好きでやってるんじゃから、無理くらいはしようもんじゃ……。じゃが、まー、エルを不安にさせたようじゃな」

「笑いごとじゃないんだけど」


 豪快に笑う魔女へ、ぼそぼそと勇者は溢す。本人の意識しない内に再び言葉遣いが戻っているのは、本音の現れだと受け取っても許されるだろう。


「何をそんなに不安になることが――ん、待て、そうか。そうかそうか」


 少女は一層に笑みを増す。直接的な言ではなくとも、自身が暁の勇者に心奪われたのではないか、そのようなことを不安に思っているのだ。温泉に誘えども手を出してこなかった男の姿を思えば、自然と頬が綻んでしまう。


「どこにも行かんとは言えんな、私は魔女じゃし。じゃがな、そう心配するでない。必ずヌシの元へ戻るからの、良い子で待っとれ」

「何それ」


 わはははは、と上機嫌に魔女は笑う。嫉妬は醜い感情とばかり思っていた彼女であったが、案外と悪いものではなかった。むしろ、訝しい顔をしているジオを見ているとずっと愉快さが勝つ。


「兄ちゃんらさ……」

「お?」


 ご満悦のティアだったが、予期せぬ声に頭を上げた。鈍色の鎧に包まれた男が、億劫そうな顔をして彼女らを見ている。続く声は、間違いなく面倒だと告げていた。


「痴話げんかなら、他所でやってくれないか? 朝っぱら、いや、まだ朝でもねぇよ」


 関所を守る兵はげんなりとした様子を隠すこともない。目元は冑で窺えないが、無精ひげの浮かぶ顔、その肌にはハリがありまだまだ若く見える。兄妹に映らなくもない二人だが、会話を聴いていればこの小さな魔女の方が少年を手玉に取っていることはわかるのだ。


 兵士にしてみれば、夜通しの勤務が終わろうとするところ。キャッキャウフフと言わずともはしゃぐ男女の姿を見せられるのは本当に勘弁願いたいところであった。それも止まっているようだが男の方は血まみれだ。交代前に厄介事は避けたいと、二重に兵の頭は悩まされていた。


「ああ、邪魔したのぅ。通行証出してとっとと行くわ――エル、この先は人も減るがええ加減に着替えておけよ」


 上機嫌のまま、ティアは門番へ詫びを入れて歩き出す。口元をもごもごと動かしていたジオも、素直に緑色の篭手から代えのシャツを引き抜いているので、これ以上は言うことはない。


「ふ、ふふふ――そうそう、エルは素直が一番じゃ。じゃがなぁ」


 手続きを済ませ、後はマリィが向かう遺跡へ足を向けるだけ。淡々と済ませるだけでよかったが、上機嫌の魔女はうっかりと口を滑らせてしまう。


「逼迫しとるというのに、こんな間抜けなことを……、これでは急に魔物が出ても対処出来んぞ?」

「やめろティア、言葉には魂が篭るんだ。安易に口にしたらいかん」

「それこそ何を言っておるか。ここは天下のレジナス王国、その王都じゃぞ? 魔物がどうやってここに来ようものか」


 彼女なりの冗談であったが、生真面目にツッこまれて片眉を下げてしまう。着替え途中のジオが反論するものだから、ついついティアは押さえを忘れていた。


「こんなところに来れるなんて、それこそ魔人種くらいのもんじゃ。今やそやつらはおらぬのじゃから、竜か? 竜が出るとか、バカげておるじゃろうよ」


 帽子を目深にかぶり、指を立てて力説までする始末だ。饒舌になった魔女は、門兵が慌てて転がした槍の音に反応が遅れた。


「う、うわあぁぁ!!」


 素っ頓狂な声を上げ、兵は腰を地面へと落としてしまう。


「ん、何ぞ?」

「だから言ったろ、言葉には魂がだなぁ……」


 怯える兵士の視線は、門よりも高いところへ向いている。対照的に落ち着き払った姿勢で、ジオは右の拳を硬く握り締めた。日は登り切ってもいなかったが、巨大な影に光が遮られた。


「人の所為にするんじゃない。親父殿も言ってたろう?」


 大きな魔物が上から迫るなかでも、気分が高揚し切ったティアは勝気なまま。マリィを連れ戻すことには気が乗らずとも、幼馴染みのために何とかしてやりたいと魔力が十分過ぎる程に満ち溢れている。


「親父のことを言うのはなしだろうよ……」


 さっさと妹を連れ帰りたい。そうは思う少年勇者だったが、理想とする勇者の言葉を出されては仕方ない。観念をして降り立とうとする大型の魔物を視界に収めるべく、渋々ながら首を上げた。




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