いざ、王都へ 5
時刻は昼を迎え、商業区の大通りはいつものように多くの人が行き来する。こうして賑わい活気ある王都も、すぐ傍には人外の住む森や竜人の領地である中立地帯を抱えているのが現実だ。魔物との大戦以後、国内初、且つ現在でも最大級の勇者ギルドが設立して今日に至る。
国には兵士が数だけで言えば十分に抱えられている。しかしその多くは国内事情から温存されることが常。歴史あるレジナス王国は亡国の危機に何度も立たされてきた。再興を繰り返すも、今や四大国の一国でしかなく、慎重過ぎる程慎重に兵力は溜め込まれていった。
王都の民も大戦を知る者は平和な内に富を求め、知らぬ者はそれこそ戦とは無縁の暮らしを求める。彼らの間で王都外への魔物討伐などは話題に上ることはなく、その役目は専らギルド所属の職業勇者たちへ宛がわれた。民のためにと掲げられた理想を纏って、職業勇者は自身の望みを叶えるためにトトリへと集まった。
大戦終結以後ともなれば、ギルド所属の勇者たちは採掘や人探しに類する雑多な用で金銭を稼ぎ、それをまた町へとばらまく。人が金を呼び、金が人を呼んだ果て、地方の村では到底見られないような専門店がずらりと並ぶ商業区が出来上がった。博愛の神であるアイリスを信仰する王の元、寛容な都市づくりが行われた結果がこれである。
民を想えども国内外の様子を気にして兵を動かせない王が、黒鎧の大英雄の提案で勇者ギルド設立を許可してからもう二十年ばかり経つ。今ではギルドに面する大通りには宿や居酒屋がずらりと居並び、大戦の跡が見当たらない程に活気づいている。
その平和な王都へ、王都民でも勇者でもない者が訪れた。無論、彼は先程のような事情を常識として知っている。だが、実際のトトリは想像以上に雑多なものに見えていた。
(どこへ行っても人が多いな)
大通りから小脇へ折れ、旅装束姿の少年は声に出すことは抑えて心内でぼやく。少年というのは、単に年齢の話だ。背丈は並みの成人より頭一つは高く、天を仰ぎ見る様はくたびれた流れ者にしか見えない。
首を動かしたことでフードの隙間からは鋭い瞳が覗く。誰にも見られてはいないだろうが、縦に傷の走った左眼を少年は手で覆ってみせた。変装に工夫を凝らしたところで、この身の丈は随分と目立つ。その上、隻眼を見せて歩くなどは自らの名前を宣伝して歩くようなものだ。
「人が多過ぎて、却って目立たんのか? 誰も余所者の俺などには構わんようだな」
先程までは行き交う人をやり過ごすことに必死になってみたが、呟き通り誰も彼も己のことに懸命であった。博愛とは程遠い――敬虔なアイリス信奉者ばかりではないとは聴かされていたが、どうにもぞっとしない。
「あっはっは、スティン様よ。ここは天下の王都、その商業区ですから。カルデレナの常識は通じませんことですの」
「……悪いが、俺には何が面白いのかわからん」
横から響く無暗に明るい笑い声へ、黒騎士である少年の内面は見た目以上にくたびれていく。
目立つからと鎧を置いてきたことが惜しまれた。歳不相応に精悍な顔立ちをしているスティンは、気を抜くとすぐに怖い表情とやらになってしまう。片目の傷も手伝ってともかく子どもには好かれない。これはアイリスの神官にあるまじきことだと、本人は日頃から気にしてもいた。
「スティン様……」
渋い表情をした騎士を前に、同僚であるリリは神妙な顔をして呟いた。
何かと噂が尽きない隻眼騎士であるが、中身は敬虔なアイリス教の神父だ。その向こうに彼の父、熱狂的なアイリス信奉者を幻視すれば何かを言いたくなってしまう。年齢はスティンよりも随分と幼い顔つきで、首を傾げた際に束ねられた黒髪が揺れる――見た目だけでいえば少女のそれ。とはいえ、彼はとっくに成人を迎えている。
「どうしかしたか?」
「あー、そのですね。王都といえども商業区の人たちは――」
アイリス信仰を商売に考える輩ばかりなのだと、考えを正したくもあった。だが出会って間もなくとも、リリにはこの少年が見た目以上に純粋な生き物らしいと理解しつつある。
師であるガレックが珍しく認めた黒騎士だからこそ、無粋な言葉は避けたかった。
「――見てないようで、案外こちらを見ているですよ。顔を顰めると御父上にそっくりの迫力が出るのですから、お気をつけあそばして。お顔が似てないと評判だったので、あーしは驚きと面白みで一杯ですが」
「俺がお上りさんだってことはよくわかった……だが、父の話はよしてくれ。評判を聞いているなら、大体わかるだろう」
煩わしさが勝り、淡白どころか酷薄にスティンは投げ捨てるように返した。小隊の部下であれば、こうした素振りを見せると察してくれるところ。しかしリリには通じないし、そもそも部下ではなく同じ任務にあたる同僚だ。
風貌も声も美しい少女のようであり、尚且つ妙な語り口調とテンションにはどう接すればいいかをスティンは計り損ねてしまう。
「あいあい、了解であります。スティ――兄様が評判通りの人なのかどうか、もう大体は把握できたのであります。あーしのお師匠が言ってたとおり、黒騎士よりも黒騎士らしい方でしょう?」
「俺に聞かれてもな……いや、わかった。それでいい、もう面倒だ」
「おや、何かあーしが粗相でも? ああ、待たれよ、待たれよアニサマーーーっ!」
煩い声を背に受けながら、スティンは会話を打ち切って大衆食堂の扉を押していた。任務と割り切ってはいるが、偉大なる騎士ガレックに褒められることは慣れない。更に兄と呼ばれるとどうにも背中がムズムズとしてしまう。
ギルドはまだ先にあるが、商業区の様子を見るにつれて黒騎士の仕事を手伝わせるに足る人物がいるようには思えない。任務は迅速に果たすべきであるが、げんなりとしてきた隻眼騎士は腹ごしらえから始めることにした。
「いらっしゃんせー、お二人っすね。奥へとどうぞ、さあ、ずずいと奥へどうぞっす」
「兄様、ここは最近評判のお店、迷わず入るとはお目が高い! やー、流石」
「……邪魔をする」
前後から明るい声に挟まれつつ、騎士は促されたとおりに奥の席へと陣取る。昼食にはまだ早かったか、店内は客が一人だけで静かなものだ。そもそも、リリが言う評判とやらが正しいのかすら判別もつかない。
「ご注文が決まれば、また呼んでくださいっす。今、仕込みの時間なんでちょーっとばっかりお時間いただくかもしれませんっすけど」
二人分の水を置けば、店員の女性は三つ編みにして纏められた茶髪を揺らして奥へと駆けて行った。厨房の方へと向かう際、藍色の髪をした幼子へと申し訳なさそうに一瞥していた様が何やら印象に残る。
「兄様兄様、人がいないと思ったら準備中だったらしいです。流石は鬼畜黒騎士、店の都合なんて知りもしねぇぜ! てやつですか?」
「ん、ああ。そうだな」
「いやスティン様、まるで聴いていなじゃないですかいね。何処を――ああ、あちらを?」
聴いているような聴いていないような、適当に相槌を打つもリリには視線の先を追われてしまう。人気の居酒屋とあり、既に食欲を誘う香りが店には漂っていたが、厨房方面となると尚それは濃くなって空腹の胃を刺激した。
喧しい同僚を黙らせようと札も見ずに店へと入ったが、存外に当たりだったと思う。店員には迷惑をかけることになるが、また人通りの多い外へと出ることの億劫さが勝った。
「ちょっと兄様ー、あの方は愛嬌のある女性ですが、看板娘でなくてシェフの奥方でございますよ。嗚呼、稀代の黒騎士スティン様も初めての失恋でしょうか……安心召されませぃ、初恋は実らぬが世の常でございます」
「少し黙ってろ」
「えー……あーし、喋らないと死んでしまう、そんな生き物っすよ兄様」
ブーブーと文句を垂れるリリへは、軽く毒を吐くに留める。黒騎士を束ねるアジート司教の命を受けて彼らはここにいる。とっとと勇者ギルドを訪ねて用を終えるつもりであったが、任務ばかりに明け暮れるスティンは他愛ない会話を苦手としている。慣れぬ人混みと煩い妹分を前に、早くも心が折れる思いに駆られていた。
腹が減ったから――建前はそんなところ。世間に疎い彼も、部下から王都の評判店くらいは聞いている。父である司教から言い渡された指令とともに、急遽パーティーを組むことになったリリとはどうしたものか悩まされる。
最低限のやり取りは出来ねばならぬと、食を共にすることはいずれにせよ決めていた。尤も、少女のような出で立ちをした騎士とは何を話せばよいか、それは未だにわからずにいたが。
「おい、そんなに動き回っていいのか?」
「平気っすよー、むしろじっとしてる方が身体に悪いっすから。主に腰が痛い」
スティンは他人へと関心を示すことは少ない。だが、この時ばかりは店員と客のやり取りに注意をやっていた。腹が目立つようでもないが、どうやら妊婦らしい。新しい命が宿っていると知ると、騎士よりも神父としての顔つきになってしまう。
「さーて、何を食べますかね、兄様」
「そうだな……」
メニューを広げながら、隻眼の黒騎士は入り口付近で繰り広げられる客と店員のやり取りを漫然と眺めた。
「久々っすね。何かあったっすか?」
カンナは怪訝そうに振り返る。手渡された花を遅まきながら飾りつつ、視線は目つきの悪い幼女へと向けられていた。この友人はただの幼子ではなく、魔女と呼ぶべき人種だ。久々の再会なのだが、様子を窺おうにも彼女と視線が合うことは相変わらずなかった。
王都にお立ち寄りの際にはいつでもいらしてください――そのように手紙を送ったが、こんなに早く訪ねて来るとは思いも寄らなかった。準備中とは言え、朝のノルマは早々に達成出来ていた。そのために仕込みは早く済んでおり、急な来客にも対応出来る。
準備中の札を出していても入店されるのはよくあることで、店内には旅人らしい男女をもう一組通すことになっていた。周囲を窺うことは忘れず、花を飾りつけながら料理人の女は魔女を見る。
新しく構えた店が繁盛することは嬉しいが、久々に会う友人くらいゆっくり迎えたい。眼前の魔女に以前のような覇気が感じられなければ、尚のことであった。
「カンナが元気そうで何よりじゃ。旦那さんと構えた店の方はどうじゃ?」
「関門はあっても、富裕層は観光に来るもんすから。アイリスの樹は勿論、聖地カルデレナ巡りと客足は――店のことは手紙にも書いたっすよ。露骨に話を逸らしたっすね?」
師匠であるモータリアに倣い、この料理人も無暗に愛嬌を振りまく方ではない。それを鑑みても、お客には見せない訝しがる表情を浮かべてみせた。百合の花を携えて来た魔女は、どうにもぼんやりした様子に見えた。
幼い顔つきの割に気だるそうにしているのはいつもどおり。異なる点があるとすれば、トレードマークのとんがり帽子はなく、旅装束のポンチョを着込んでいることか。それすらも今は店内の椅子に掛けられており、村娘らしい装いをしている彼女は一層幼くカンナには映った。どこにでもいる少女のような姿に、少々の違和感を覚えてしまう。
「爺の頼みで神殿を調べていたんじゃがな……」
「ヴァリスナード様から、依頼っすか?」
ぽつりと話し始めた友の正面の椅子を引き、カンナは座る。
料理コンテストの一件から、この料理人もまた大英雄に気に入られてしまった。
懇意にしているというのもおこがましいが、今では随分と身近に感じているし、彼女の店にも時折足を運んで来たりもする。ただ、その時のヴァリスナードは若い女性を連れたお忍びであったりするので、スケベな金持ち爺さんだという印象をカンナは持っていた。
確かに大英雄と呼ぶに相応しい豪快な人物だ。ただ、女にだらしない姿しか見ていない身では、ギルド創設者としてのヴァリスナードには未だに馴染みがなかった。ましてギルドに所属しない魔女への依頼となると、推し量れる物差しすら見当たらない。
「うーん、一介の料理人にはよくわからんっすね。あの人、ただのスケベジジィじゃないんすか?」
唸るカンナ。ティアにつられるようにして、ついつい眉根を寄せてしまう。一般市民としては大英雄の依頼よりも、友達が危険な目に合うことの方が心配だ。
「余り心配するもんでもない。女の尻ばかり追いかけているように見えて、爺には人を見る目がある。結局ロジェクト神が現れてややこしかったがの、私やウィゴ――ガッシュなら何があっても大丈夫と判断したんじゃろな」
「神!? え、それにガッシュって、暁の勇者っすか?」
「なんじゃ、大仰な反応してからに。ヌシもアギト神には会うておるし、大英雄の爺とも自然に喋っておろうが」
当たり前のように魔女は語るが、カンナは一介の料理人でしかない。育ちの良し悪しに関わらず、世間に目を向ける暇があるならば腕を磨いている。
神や吟遊詩人も謳う勇者など、スケールが違い過ぎてまるでお伽噺のように思えてならなかった。それ程世事に疎いカンナであっても、暁の勇者くらいは知っている。ギルドに所属せず、単身で多くの魔を斬り裂いた英雄は主神から強い加護を受けていると聞く。そんな勇者までも出てくるとなれば、かなりの大事を聴かされているのだと実感がようやく湧いてきた。
「こっちがさらっと話しとるんじゃから、深く考えんでくれ」
カンナが深刻な表情になっているのを受けて、ティアは溜め息混じりに諌めようとする。大英雄も暁の勇者も、実際に会ってみれば英雄譚以上にぶっ飛んだ人間だとわかったのだが、とてもさらりといなせたものではない。ティアの立ち位置だから出来るだけの話ではないかと、寄った眉根にますます皺が刻まれた。
(こりゃあ、ガッシュに熱烈に口説かれているなぞ、相談出来たもんではないか)
一緒に温泉に入っても関係性がハッキリしないまま、ティアは幼馴染の少年としばらく顔を合わすことすら出来ていない。
ガッシュも幼い頃から知るところだ。悪い人ではないと知りつつも、断り続けて尚萎えることなくアタックしてくることには、悪い気がしなくとも辟易としつつあった。誰からも称えられる英雄であるが、女は全部英雄に惚れると思っている節も見えてくれば、少女には性質の悪いものに映ってしまう。
「話の腰が折れたな。どこまで話したか……そうじゃ。神殿でロジェクト神を退けたところまではよかったんじゃがな」
「退け――」
「続けてよいかの?」
疑問を吐き出しそうになったが、一々反応していては話は進まない。カンナは手で口を押さえたまま、首を大きく上下へ振って応えた。三つ編みが一緒に揺れるが、それは以前に比べると随分と短いものになっている。
「私としてはな、その時点で解決したと思ったんじゃ。ロジェクト神が泥人形を探しておる、そんな話ならエルが連れて来た少女を引き渡して終わりと思っとった」
ふぅ、と溜め息を吐きながら魔女は語った。灰色頭に橙の瞳をした神が現れた時点で、同じ色をした少女が回収されて終わり。大英雄の依頼は程なくして終わりを迎える――そのような算段をティアは立てていた。
実際のところ、造形の神はマリィという少女のことなどまるで知った風ではなく、辛くも予想は覆されてしまった。ぽんこつ精霊のおかげで、途中神殿で足止めを喰らっていたことに今更ながら腹が立つ。冷静に考えて一月と十三日もまたジオの顔が見れなかったことが、単純に不快であった。
「神と同じ髪と瞳の色で、神殿にいた女の子。その上記憶喪失ときた……保護するのは構わんが、腹立つのは私らの家に入れたことよな」
機嫌が悪くなることを自覚しながら、ティアは友人に愚痴をぶちまける。精霊に頼んで様子を教えてもらえば、仲良く毎日暮らしているではないか。
「こっちは神殿に潜ってる間、泥人形の相手やらウィゴッドの相手やらで神経すり減らしておったというに。のぅカンナ、あいつは一体何考えとるんじゃ?」
「えっと、誰がっすか?」
「エルじゃろうが! あんのボンクラ、私が、私がどんな想いでこれまでおったか!」
小さな拳をテーブルへと叩きつけ、魔女は悪態を吐いた。少しばかりならいいかと気を抜き過ぎており、これが想像以上に大きな音であった。
他の客から視線が寄せられたことに気づき、小さく謝罪の言葉を出した。
「あー……まぁ、なんすかね。ボクも似たようなことあったっすよ」
ティアの振る舞いには片手を振って、気にしていない意を示す。むしろ、わかると語りながら厨房の方へ向けられた視線には、相似形の怒りが込められていた。
「うちの旦那、元同僚の宮廷料理人を呼んだんすけどね。開店祝いと称したドンチャン騒ぎになったっすよ……新婚だったのに。ヤツらまとめて仕事抜けられないから、何日にも渡って順番にウチに来るんすよ? 旦那は騒ぐの嫌いって言うのに、断らないんすよ……新婚だったのに」
「何と言おうかのぅ、ヌシも苦労しておるな」
つられてティアも視線を厨房へ投げるが、ノッポの料理人は他には目も暮れずに黙々と食材に向き合っていた。
「いやー、あれで結構格好いいんすよ。無愛想な人のように見えて、少年のような心の持ち主で――て、いやっすよ! 何を言わせるんですか、恥ずかしい!」
「痛いわ、叩くでない! ……まぁ、幸せそうでよかったわ」
背中を張られながらも、少女は母になる友を鬱陶しがることはなかった。それにしてもとティアは思う。仮にも恋敵候補になろうとしていた少女が、何故あの無愛想な料理人を伴侶に選んだのか? それは全くの謎であった。
「ところでちょっといいっすか?」
それこそ唐突にカンナは口にしていた。
「ティアさんは、ジオさんのどこが好きなんですか?」
「う、うむ? うーん……何と、言おうかの」
投げられたものにどう答えたものか。腕組みをして唸っていれば、準備中の店の扉が再び開かれた。
「いらっしゃんせー! て、あら、ジオさんじゃないですか」
「何っ!?」
丁度入り口を背にする形であったティアは、可動域の限界に挑む勢いで首を回して扉を見た。何故あの不愛想な料理人を云々は取り消さねばならないと、同時に思う。
「あー、やっぱりティアもカンナさんも居たな」
変わらず間の抜けた顔で、少年勇者は二人へ視線を向けた。久し振りだからとカンナへ長く目が向くが、ティアからすれば他の女ばかり見るのは面白くもないことだ。
不快感を覚えながら、同時に頬が緩むことも魔女は自覚する。エルという少年の姿を見るだけで、どうしてこのような想いを抱くのか。直前の問いかけの答えに思い至り、口の中で確かめるようにして呟いた。
「匂い、なんじゃろうな」
家族として育った幼馴染みの少年であるが、顔を見るだけでどこか座り心地の悪さを忘れられる。
彼の雰囲気が感じられるだけで、少女らしい表情へと戻ってしまう。自覚はしつつも、他人に話してやるのはどうにも憚られる。半ば無意識に出された声だったが、小さなものであったためにカンナからの返答もない。
「ティア、どうした?」
「いやいや、何でもない。一月と十三日ぶりじゃ、息災か?」
「俺は元気だが……お前、一々数えてんのか?」
相変わらずエル少年は間の抜けた顔をしているが、ティアは満足そうに口元を綻ばせていた。




