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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第五話「少女が戴く花冠」
75/202

緑と橙 1

 夕刻を過ぎた頃、魔女と合流したネギの勇者一行はレティアへと戻った。


 ジオが出遭った橙色の瞳をした少女――神殿で見つかったことからも、造形の神が関わっていると考える方が妥当。ヴァリスナードへ報告すべきであるが、キリカを一度家に帰す必要があるとの判断だ。


「一旦帰るけど、またあたしを冒険に連れてくんだぞ!」

「んあー、考えておこう。気をつけて帰るんだぞー」


 何度か振り返る赤髪の少女を、ジオは手を振りながら見送った。なるべく笑顔でと思うものの、複雑な状況に彼の表情はやや引き攣ったものとなっていた。


「で、この灰色の髪した子は私たちの家(・・・・・)に連れて帰るんじゃな?」

「カナン亭はお前の宿では……わかったから、そう睨んでくれるなよ――ああ、お嬢ちゃんへ怒ってる訳ではないんだ」


 右へ左へ、彼を囲む少女へジオは首を振った。左には勇者の外套内に匿われた女の子、右には腕組みをして不満を口にするティアがいる。


 彼にしてみれば、幼馴染に迷惑をかけるので申し訳なく思う。その一方で、困っている女の子がいるのだし、助言してくれるって言ったじゃないか、などと口にはしないが心の奥で噛み締めてもいた。


 再会した暁の勇者はレティアに入るなり、人々に取り囲まれているためにここからでは助けを求めることも出来ない。


「取り敢えず、エルが困っているだろうから戻った。でもな、記憶喪失の子を保護したとは聞いとらん」

「……ごめんなさい」


 怯えるように声を出す少女を前に、ティアも「今のはこの勇者バカに怒っただけじゃからなー」と何とか笑顔を取り繕っていた。


「ティア、こうしててもなんだから、まずはカナン亭へ行こう。カラシの人は、どうしようか?」

「わかった。私が声かけておくから、先に戻っとれ」


 ぷいと顔を背け、魔女は人混みを割りながら暁の勇者の元へと消えて行った。憮然とした態度にはジオにも思うところはあったが、キリカの時と同様に黙って見送った。


「怒ってる?」

「怒ってないよ……む、怒っているように見えるのだろうか?」

「怒っているかどうか、今、私が聞いてる」


 外套に包れたまま、その端を握って女の子は首を傾げた。セミロングの髪は首と一緒に傾き、顔の半分を隠してしまう――橙色の瞳はレティアでは目立つため、髪で隠れる分には歓迎するところである。


 それでもネギの勇者から見ると、年端もいかない少女に気を遣わせている構図となっていた。


「すまない。自分では怒っている自覚がないんだ……何だろうな、俺は闘うしか能のない男でな」

「……何それ、変なのっ」

「変って――ああ、いや、何でもない」


 生真面目にも、聞こえてきた音そのままに反応をするところであった。思わず視線を下げたところで、ジオはにこやかな表情を自然と浮かべられた。


 花が咲くような、そんな可憐な笑みを灰色の髪の下で少女は浮かべている。余りに屈託なく笑われれば、少年としては変でも何でもいいかとすら思うに至った。


「ジオ、これからどうしたらいい?」


 背丈を比べれば、ティアやキリカとさして変わらぬ少女だ。だが告げられた言葉は、彼女らよりも年齢が上なのではないかと思わせる程にしっかりとしていた。


 幼子に見えるからと侮ること勿れ。彼女もまた小さな淑女として扱うべく、ジオは一つ咳払いをしてから口を開く。


「取り敢えず、一緒に宿まで来てもらえるかな? 名前や記憶、今後のこともあるけど、まずは服を何とかしよう」


 ボロを纏ったままにはしておけないと、少年は少女と連れ立ってカナン亭まで戻ろうと声を掛けた。


「聞いてる、キミ?」

「うん、聞いてるよ」


 ジオが背中をそっと押すが、うんともすんともいわない。声こそ返ってくるものの、少女はある一点を見つめたままで動く気配がなかった。


 その瞳は、貴族への献上物を載せた馬車を追っている。「あー、確かに珍しいかもしれないな」少年も同意をしながら、同じく大通りを走るものを見届けた。


 流石レティアというべきか、腹の足しにならないものを満載にして荷馬車が駆けていった。


「あれ、好きか?」

「好き……なのかな。よくわからないけど、いいと思った」


 外套の中ので女の子がぼそりと答える。もう馬車は通り過ぎたというのに、何とも名残惜しそうではないか。今浮かべている表情は背丈に見合う程に幼くもある。


「好きでいいと思う。俺も、あれは好きだ――因みに何色がよかった?」

「オレンジ色、かな。それがどうしたの、ジオ」


 そうか、と少年は呟きながら吟味してみせる。淑女として扱うのならば、一つ解決しておくべきことがあった。


「いやね、いつまでも“お嬢ちゃん”と呼ぶ訳にはいかないからさ。こういうのはどうかな?」


 何とも色鮮やかな花束たちを見送った後、少年はそのオレンジのものの名で、彼女を呼んだ。






「おかえりなさい、ジオさん。相変わらずネギ臭いですねー……あ、すみません。お客さんを連れて来てくれたんですね」

「ん、ああ、そうなんだ。カナン亭の客というか、俺の客だね」


 出会い頭に暴言を吐かれ、ジオはいつものようにポーカーフェイスで対応していた。この宿屋の看板娘であるアビーは、人好きのする笑顔の持ち主であるが思ったことをすぐに口にする。根は悪い人物でないとわかっていれば、さらりと躱すのがネギの勇者だ。


 たまに出される毒気も、ソバカスの目立つ柔らかな顔を見ていると何故だか許せてしまう。そういった魅力が彼女にはあった。


「いーえ、カナン亭に滞在するなら立派なお客さんです。ジオさんのいい人と同様に、きちんと接客させていただきます。宿代は勉強させてもらうとして、食事代とかはいただきますから!」


 商魂たくましい看板娘は、さらりとお得意様へ催促してみせた。賛否の分かれる物言いであったかもしれないが、白黒はっきりしてくれた方がわかりやすいジオとしては、彼女くらい明け透けな方がありがたくもある。


 いい人という表現が何を指すか、それはよくわからなかったので、少年は無視のような形で客だという少女を前へ出す。


「アビーさん、お世話になる。えと、こっちの子はね――」

「マリィと言います。よろしくお願いします」


 ぺこりと、灰色の頭を下げて少女――マリィはあいさつした。


「ご丁寧にありがとうございます。私はアビー、このカナン亭で困ったことがあったら何でも言ってください」


 後で父や母にも紹介しますね、と告げて、看板娘は宿の奥へ戻る。身を翻した時に、大雑把にまとめられた黒髪が揺れていた。


「マリィ、どうかしたか?」

「あの人、黒髪だった。町の人は、みんな黒いの?」


 自身の髪を摘まみながら、マリィはやはり黒い髪をしたジオへと問い掛ける。


「みんな、ではないな。黒も珍しくはないが、茶の方が余程多い。あとは貴族の金髪とかかな。帝国の方にいけば赤髪も見かけるらしいけど」

「そうなんだ……私は、何で髪も目もこんな色なんだろ。ジオみたいに黒い方がよかった」


 ふにふにと髪をいじり、そのような言が漏らされる。


 他の人と一緒の方が安心することもあるが、灰色の彼女はどちらかといえば己を拾ってくれた少年と一緒がいいと言っているようにも聞こえた。


「いいんじゃないか? ティアだって――ああ、さっきの黒ずくめのチビっ子な。あのティアだって、髪は藍色で目は紫なんだ。気にするなとは言わんが、俺はマリィの灰色の髪と橙の目は、綺麗だと思う」

「ほんと? ジオはそう思うの?」


 見た目に違わないキラキラとした瞳を向けられ、ジオは黙って首肯した。


「俺は嘘は言わない。瞳に関しては、何らかの神を信奉した証だ。主神の加護を棄ててまで、祈りを届けたんだ。常に色が変わっているっていうのは、余程強い信仰があったんだと思う。記憶が失われていたとしてもなくらない程に、ね」


 さぁ、こっちだよ。言葉と一緒に手を出して、少年はマリィを二階の安宿へと導いた。


 階段を登り、一番奥の部屋へと辿り着く。木の扉を開けば、旅人である彼が定住しつつある空間が広がる。


「すまん、散らかっているが場所はすぐに確保するよ。取り敢えずはー、寝床か。ベッドは三つある。一番奥は俺、一番手前はティア……そうだな、間のところを使ってもらおうか」


 すり鉢や書物、入り口周辺には物が散乱している。持ち物の少ないジオには考えられない分量であるが、魔女は何かと物が必要であるらしいと割り切っていた。


「ジオと一緒のところで寝ては、ダメ?」

「ダメです! 見た目にはキリカと変わらないくらいだけど、何だ。記憶がなくて年齢もわからないかもしれんが、もしマリィがティアより年上とかだったら、俺は立ち直れなくなる」

「……?」


 眉間に皺を寄せる少年へ向けて、少女は首を傾げてみせる。


 ジオとしても、こんな反応をする彼女へ危惧することもないのかもしれない。だが、再会してから不機嫌な魔女の顔を思い浮かべると、安易に女の子と一緒に眠るという選択は取れない。


「一緒に寝るってのは、ともかくダメだ」

「私はいいけど?」

「俺がよくないんだよ……四六時中くっついてくるキリカも、それはしてないんだ。後、ティアのやつが機嫌悪くなると、ほんと、困る」


 二人の少女が怒る姿を想像すると、ジオは唸ってしまう。マリィくらいならばと、決意を緩めそうにはなるが、一人を許した後に皆が皆続いてしまう気がして、頭を振って打ち消した。


「ジオは、何をしている人なの?」


 そんな言葉が唐突に出された。己を拾った人物には、関心を寄せるものだろう。


 彼のベッドで寝ることは諦めたようだが、いつの間にか自然とそこへ腰かけている――そうなるとジオもそれ以上は言うこともなく、隣へ座ることにした。


「俺か。一応勇者なのだがー……世間でいうところのギルド勇者とはちょっと違うからなぁ」

「ギルド勇者?」

「すまんすまん、記憶がなかったらわからないよな」


 こめかみを掻きながら、ネギの勇者は纏う鎧を解いて左手の篭手に戻した。気を張らずに喋ろうという、彼なりの気遣いでもあった。


「何から話そうか」


 話は苦手ながら、勇者の仕組みについて説明を始める。


 この世界は二十年近く前まで、魔物が蔓延る大きな戦乱に見舞われていたこと。その戦乱を収めた大英雄がいたこと。黒鎧の彼が、人々を護るために魔物と闘う人たちを集め、勇者ギルドを作ったこと――ヴァリスナードを知るネギの勇者からとつとつと語られた。


「ジオはギルドに所属していないの?」


 黙って聞いていたマリィは、話の切れ目で再び疑問を投げかけていた。少女から見ても町で見かけた鎧の男たちと、この少年は何処かが違うように思えた。


 目覚めた途端、自分が何者かもわからない状況だった。それにも関わらずレティアまでついてきたのは、このジオという素朴な少年を信じてのことだ。


「俺はー……うーん。そうか、ギルドの方を補足しよう」


 手をポンと合わせながら、言葉が続けられる。


 勇者ギルドは、凡そ成人前後でその門が叩かれる。力自慢を管理しつつ、無謀にも魔物に挑んで命を散らさぬよう闘い方を教えることがギルドの設立目的だ。


「俺はね、親父が勇者だったんだ。だから、ギルドがスタートじゃないんだな」

「そうなんだ。あ、もう一つ聞いていい?」


 いいよ、と考えもなしに呟くと、途端にジオは言葉を失った。


「どうして、勇者をしているの?」

「……どうしてって」


 下から少女に覗き込まれる。言葉をすぐに出せないのは、嘘や雑な言葉で誤魔化すようなことをしたくなかったからだ。


「魔物と闘うって、危険なんでしょう? ギルドにいたらお金ももらえるけど、ジオはそうじゃない。どうして?」

「上手く言えないだけどな、逃げられないから――なんだけど、わかる?」

「わからない」


 きょとん顔でマリィは見つめている。


 初めは父を追いかけてであった。オッサンの優しさに触れた部分もある。ジオは碌に人と触れ合うこともなかったが、魔物を退けた後に人々が見せる表情は何とも言えない。


 他の勇者との闘いや弟子、つい最近では友と呼べる男との出会いもあった。勇者稼業を続けることは、勇者を志した頃とは異なったものを少年の心に沁み込ませ続けるが――


「ジオさーん、何かお父さんが気合入れてご飯作ったので、食べますー?」


 階下からアビーの明るい声が届けられた。


「マリィ、お腹は空いた?」

「ううん、そんなに。それより、ジオのお話が聴きた――」


 ぐぅ、と音が響く。少女は言葉を途切らせ、そのまま固まった。


「んあー、何か急に腹が減って来てしまった。マリィも付き合ってくれ」

「……ジオが食べたいなら、仕方ないですね」

「そういうことだ。ここの料理は、驚く程に旨い」


 その前に、とジオは左の篭手に右の手を突っ込み、白い布を取り出して少女の腕に乗せてやる。


「質問ばかりでごめんなさい。これは?」


 訝しがりながら、布を広げると裾の広がった衣服であることがわかる。服を手渡されたところでそれをどうしたらよいか、彼女は首を捻る。


「そんなに上等なもんでもないけど、プレゼントだ。マリィにはその地味な服より、こっちのが似合う気がするからな」


 鼻の頭を指で擦りながら、ジオは照れくさそうにしている。端から見ていると微笑ましい光景ではあるが、何故この勇者が女物の衣服を持っているかは全くの謎だ。


 理由はともかく、少女はもらった服を胸元へ引き寄せ、抱きしめるようにしていた。顔が隠れているのは、どんな顔をしたらいいか迷ったからか。


「ありがとう。大事にするね」


 顔は伏せたままだが、出された声は可憐なもので少年の鼓膜をこそばゆく打っていた。


「気にしないでいいさ。それでな、俺は先に降りるから着替えたら――」

「すぐに着替えるね!」


 声の後にバサっと音がする。着ていた服が床に投げ捨てられたからであるが、ジオはむち打ちになることも厭わずに勢いよく首を扉へ向けた。


 視界の端に白い肌が残像のように映った気がしたが、コツコツと拳を額に当てて打ち払う。


「先に降りるから、着替えたら降りてくれりゃ――ゴホン、降りてくれたらいい。ここの料理は、驚く程に旨い」

「それさっき聞いた。ジオ、様子が変だよ?」


 十分に自覚をしている少年は、片手を振りながらそそくさと部屋を出た。扉を閉めさえすれば、少女の着替える衣擦れの音などを聞かずに済む。


 キリカと背丈が変わらぬ少女であろうが、比べるとマリィの方が余程大人のように見えるではないか。そんな彼女の着替えを見ていては勇者失格ではないかと思う。


 ついでに、何故勇者をしているか――問答が打ち切られて内心ホっとしてもいた。マリィの橙色をした瞳を見ていると、吸い込まれるようにあれこれ話しそうになってしまう。


「これは、逃げなのかな」


 旅の中で成長と迷い、その両方を得てきた少年は頭を掻きながら食堂へと向かった。




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