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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第五話「少女が戴く花冠」
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赤い勇者と小冒険 2

 街道を白馬が行く。


 レティアとトトリをつなぐこの道は、レジナス王国の生命線であり、人の往来を幾度も経た末にしっかりと踏み固められていた。


「リア――」

「遠慮させてもらう」


 杖にまたがる魔女は、併走する白馬の騎士からの申し出をきっぱりと断った。「まだ何も言っていないのだが」零れる声音は、心底残念そうだ。だが情に負けて折れる訳にはいかない。


「天下の往来を暁の勇者と行く。ただでさえ目立つんじゃ、絶対に私はその馬には乗らんぞ」

「目立つ目立たないだと、空を飛んでる時点でかなり目立っているが?」


 ティアは冷静な説明に努めはしたが、言葉にはやや険がある。そんなものがぶつけられても、疑うことのない眼差しをガッシュは疑問と共に投げかけていた――どうすれば通じるのかと、魔女の気は重くなり溜め息が自然と漏れた。


「あのなぁ、二人で馬に乗ったらどうなる?」

「楽になる。それと、リアと一緒で私は嬉しい。こっちに来てはくれないか」

「えぇい、このバカ勇者が! その嬉しさがいかんと言うとる。ヌシな、私の外見が実年齢以下だってことわかっとるのか? 馬に二人乗りしてじゃ、幼子を抱えて喜ぶ暁の勇者が人に見られたら大事じゃ。ハッキリ言って変態じゃ!」


 くわっと紫の瞳を見開き、ティアは一気に捲し立てた。それに対しても「別にいいじゃないか」と返答があれば、少女は少しばかり遠いところを見つめてしまう。


 魔法を探究する上で、言語は非常に大切であった。彼女なりに懸命に学んだものの、実際、他人に伝えることがどれ程困難であるか――闘うしか能がない、そのように胸を張る少年を笑ってもいられない。


「ウィゴッド、ヌシは暁の勇者なんじゃからな。もうちぃっと世間体を考えよ……」

「考えてはいる。だがな、私――僕を勇者とわかっていながら特別扱いしないのは、リアだけなんだよ。キミの前では、僕はただのウィゴッドで居られる」

「あー……うーん。そうか、そうなんか」


 直球の口説き文句を青年は投げて寄越す。正面から受けてしまったティアは、それ以上の言葉は出せない。結局、もごもごと口を動かすに留まる。


 正直なところ、顔もよく立派な勇者であるガッシュに口説かれて悪い気はしない。神に愛された生き物は魔力に各神特有の色を得る――暁の勇者であれば澄んだ水色を有している。


 涼やかな青は、見る者へと包み込まれるような安心感を抱かせる。ただ、緑色の勇者を想えば裏切りのように感じられ、鳩尾の辺りがキリキリと痛んだ。


「辛そうだね。やはり馬に乗ってはどうか?」


 再び真っ直ぐ視線を飛ばしてこられるものだから、魔女は天を見上げた。最早お手上げだ。


「勘弁してくれ。細かくは言いたくないが、それなりの理由があって乗りたくないんじゃ」

「そうか、乗りたくなかったのか! わかった、無理強いはしない」


 あっさりと引き下がる青年を見ると、今度は彼に対する罪悪感のようなものが首をもたげる。世間体はあくまでも方便で、他人に触られたくないとは言えず、ティアは頭痛をも覚えた。


(ジュラスが言うとおり、このバカ勇者はどこかしらエルに似とる。じゃが、何か違う……のは、育て親の違いか?)


 ネギとカラシ、そのどちらも己が大いなる力を持った勇者だと自覚がある。共に何代か続く勇者であれば程々の傲慢さを持ち、結構な無鉄砲、且つ女好きだ――とここまでであれば、両者は世間で言う勇者像に合致するだけ。しかしながら、二人の微妙な差異が魔女にはひっかかる。


 初々しいエル少年に比べ、ガッシュは女慣れした感があった。よくもまぁこんなに自信たっぷりに女を口説けるもんだ、そのようにティアが思いはすれど、ヴァリスナードの元で育てばこうにもなることには納得出来る。高い魔力や顔立ちも相まって、村だろうが都だろうが老若男女問わずに大人気ときている。


 一般人であれば、当然ガッシュに心が傾く筈だ。それでも魔女が不器用なジオに惹かれるのは何故か。顔を比べると確実に暁の勇者の方に軍配は上がる。更に再会したジオからは、エル少年らしさが幾分か擦り減り勇者然としている。その彼に、幼年期と変わらぬ愛おしさを覚えるのは何故か。


「リア、どうした?」

「……いや、私はつくづく捻くれ者なんじゃなぁ、と思ってのぅ」


 へへ、魔女らしくもない自嘲めいた笑いが漏れた。理由は幾つもある。ただ、その一つが“他人の顔に余り興味がない”であることに気づけば、こんな笑い方にもなる。


 ガッシュが美形なのは理解しているが、そもそも人と視線を合わせない彼女にとって見た目はあまり関係がない。炎の料理人辺りであれば「男に求めるのは、もっと別の何かっす!」などと同意、力説してくれそうでもあったが。


(待て待て。そう言いながら、あやつが捕まえた男は割と美形じゃないか)


 先日の便りに「結婚しました」の一文が添えられていた。旦那と王都に店を構えているのでお近くまで起こしの際は――などと後の楽しみを一つ思い出す。


 数少ない友達を想って、くふふと笑ってみせるも少々歪な笑みになってしまう――エル少年には悪いが、恋敵が一人脱落したのだから嗤わせてくれというものだ。


『ティア、聞こえるか?』

「のわあぁぁっ!?」


 魔女めいた嗤いを浮かべていたところ、低い声が彼女へ届く。丁度夢想に耽っていた人物からの呼びかけには、盛大な驚きを以て返答してしまう。


「リア、どうした! 敵かっ!」

『ティア、敵か! 無事かっ!』

「……揃って似た反応、ありがとうよ」


 跳ね上がった心臓を落ち着けるよう、ティアは胸元に手を当ててみせる。鼓動が周囲へ届く訳でもないが、キョロキョロと視線を彷徨わせる様は何と評するか。


 姿勢はともかくとして、魔女らしさを取り繕いながら冷静な判断を――耳と頭、同時に声を届けられては何とも受け答えし難い。


「ちっと連絡が入った。構わず進め」


 ガッシュの返事を待つことなく、魔女は高度を上げる。視線が追いかけてくることはわかったが、もうそこは思い切って無視してしまうことにした。


『急に呼びかけてすまん』

「構わんて。エルがこういった魔法が使えるとは知らなんだから、驚いただけじゃ」

『最近覚えたんだ。集中力を結構使うが、便利だ……先日、温泉で使ったような気もするが?』


 音声のみのやり取りであるが、黒髪の少年が嬉しそうに笑う姿が少女の目に浮かぶ。ぶっきらぼうな彼を想えば、口元には先程とは違う種類の笑みが浮かんでしまう。誰にも見られない上空へ飛び出したのは正解だったと、少女は密やかに首肯した。


「んで、何じゃ? 態々魔女を頼りにしてきたんじゃ、急ぎの用じゃろ?」

『ティアは話が早くて助かる。今な、神殿に居るんだ。魔物はそれ程いないが、女の子を拾った。ああ、キリカも一緒だ。キリカは拾ってない」

「……エル、私へ精神攻撃をするのはやめとくれ」


 何を言っているか、よくわからない。文脈も何もあったものではなく、彼をこんな風に育てたお気楽精霊をやや恨む。


「キリカと外へ出てたら、神殿を見つけた。神殿の中で女の子を拾ってしまったので、私に助けて欲しいってことじゃな?」

『そう、それだ!』


 しかしながら、悲しいかな何となく伝えたいだろうことは理解出来てしまう。ここまで労力を払わねばならないのかと、効率の悪さにティアは頭を抱えた。


『ティアは王都で忙しいだろうから、助言だけでも頼む。因みに、位置取りはこんな感じだ』

「こんな感じって――ああ、なるほど」


 何を言い出すのかと思えば、音声と共に魔力で精製された仮想地図が魔女の脳内で展開された。ご丁寧にジオの現在地が緑の点で地図上に表示されている。


 刻印(マーク)の魔法はここまで便利であったかと、邪神系列の魔法を習得したティアは舌を巻いた。


「エル、そこで待っておれ。丁度そこへ私らも向かっておる故な」

『私ら? 他に誰かいるのか?』

「……何じゃ、珍しく細かいことを尋ねてきおるのぅ。一緒にいるのはウィゴッド、暁の勇者はヌシも知っておろう?」

『む、カラシの勇者か。うーん、彼には世話になったしな。わかった』


 歯切れの悪い返事が終わると、そのまま連絡も途絶えてしまった。


「エルのやつ、なーにを荒れておるんじゃろうか」


 杖に跨ったまま、器用にも腕組みをするティア。再会した幼馴染の少年は、すっかり声が低くなってしまっていたが、それでもここまで低いものではなかっただろうにと首を捻った。


 高度を徐々に下げると金髪の美丈夫が嬉しそうに彼女へ手を振っている。


「にこやか過ぎるのも、それはそれで困りものじゃな」


 杖を握り、魔力を少しばかり多めに込める。何故不機嫌かはわからぬが、少しは急いでやろうというものだ。




「ジオ、どうしよう……」

「うむ。まずは落ち着くことだ」


 師弟がこのようなやり取りをしたのは、魔女と連絡を取る少し前のことであった。


 何かを覆い隠すようにして出来た土の塊、その壁を突き破った先には光が薄ぼんやりと灯っている。


「光はあるが、暗いぞ?」


 言葉はいつもの通り。しかして年相応らしく、師の外套を掴んでは暗がりへの不安をキリカは口にしていた。それには、四の五の言わずに少年勇者は微笑む。


 少しばかり得意げであったのは、少女の心許なさを照らす準備があったからだ。


「お? おぉ!」


 人差し指を口元に当てる師を見れば、キリカは感嘆の言葉を漏らす。緑色の篭手の一部が液状化したかと思えば、ずるりと何かが零れ落ちる。


「さぁ、行こうか」


 俺から離れないように――師は黒いながら輝く瞳と同様に照らすランプを掲げ、洞窟へと足を踏み入れた。


「神殿って言ってたけど、地下迷宮と違いはあるのか?」


 灯りを得て、心持ちが明るくなった少女は疑問を投げかける。冒険初心者である赤風の勇者には疑問がいっぱいだ。


「んー、何だろうな。特に違いはないんだが、強いて言うなら神の影響下、管理下にあるか否かの違いかなぁ」


 ぶっきらぼうな言葉かけが常であるジオも、少しばかり丁寧に喋っていた。己を慕う少女がいたからか、または少女の赤髪がランプに照らされる様に何かを覚えたか。日頃は闘うしか能がないと溢す勇者も、何かを伝えようとしてみせる。


 手元足元は照らされたものの、暗闇以上の物寂しさがあれば口が滑る。


「なぁキリカ、神に遭ったことはあるか?」

「んや、あたしはまだだ。それがどうしたんだ?」


 そうか、と言葉を出しながらジオは外套を引かれたまま洞窟を進む。口の中で二三言を飲み下しながら語る様が見られるが、いつもよりも言葉を尽くそうとしている様が映る。


 ジオグラフィカエルヴァドスは、十二の頃に神と出会った。勇者になるという望みが先立っており、当然勇者は人を救うものという意識が強かった。酷く憧れた勇者であり続けるため、今日までひた走ってきたが、時折疑問を抱いてしまうことも事実。


 何せ彼は、勇者になるために自分の名前を棄ててしまっていた。今では当然のように“ジオ”と呼ばれているが、グリオを名乗らなくなったきっかけは……闘うしか能がないと思い込む少年は、首を振って目の前のキリカにだけ今は心を注ぐと決める。


「きっと、成人する前後でウィッツ神に出遭うことになる。その時までに、己の望みが何であるかをよく理解しておくようにな」

「うん……いや、はい!」


 この問答が何であったか、まだ十歳の少女にはよくわからなかった。しかし、師が神妙な顔をしているので、心配をかけないよう妙にハキハキと応えてみせる。


 今はまだ師と肩を並べられる程度の力を欲しているに留まる。望みと言われれば大層であるが、ジオとどうすれば一緒に居られるのかを少女は懸命に考えた。


 単なるお出かけかと思えば、小冒険にまで広がりを見せる。今日は魔女も手足の長い男もいないとあれば、この二人きりの時間は少女であり勇者であるキリカにとって特別な意味が次々と湧き出していた。


 消化不良を起こす寸前の彼女を見越したか、神殿の天井から何かが滲み出す。


「魔物だ!」


 不意に、赤髪の少女は声を漏らしていた。


 眼前には瑞々しい魔物が姿を現す――平野であればお目にかかることもないこの生物は、スライムである。


 体組織をほぼ水分で構成されるこの生き物は、打撃系ダメージへの抵抗力が強く、駆け出しの勇者に涙を流させる存在でもあった。父から譲られた鉄靴しか武器のないキリカは、つい怯えるような態度を取ってしまった。


「慌てる必要はない。俺たち勇者は、魔物に対抗する力が幾重にも与えられている。例えば――だ」


 あくまでも日常会話の延長線上で、三代目ネギの勇者はゆったりと拳を突き出す。いつもの全身鎧に包まれた右の拳から無色透明の魔力が吐き出されれば、透明の魔物はすぐさま四散してしまう。


「俺たちは神から大きな力を与えられているのだから、鍛えればこのくらいは出来る」

「……ジオ?」


 きょとん顔を浮かべるキリカであるが、しばらくして思い直す。彼女自身、気づきが遅れたが魔物を前にするのはこれが初めてであった。


「いいか? 魔法とは絶大なものだ。だが、同時に扱いが難しい。俺のように不器用であっても、魔力をそのまま放出する術を身に付ければだな、見ての通りだ」

「ぉぉ!」


 続け様にジオは魔力を放出する。何の工夫もそこにはない――殴る蹴るのように、単純な作業の一環として魔力が放たれてスライムは次々と霧散した。


「感心しているが、キリカもその内に出来るようになってもらうからな? さっき俺を地面に縫い付けた蹴りはよかった。あれが出来るなら、すぐに実現するさ」

「そんなもんか? あたしは魔力なんか上手く使える自信がないぞ」


 唸る少女であるが、それをさておいて師は灯りを片手に進み続ける。数体の魔物を薙ぎ払いながら進むと、その先には橙の光を漏らす大元へと辿り着いた。


「ジオ、どうしよう?」

「うむ。まずは落ち着くことだ」


 そして時は回想前に巻き戻る。勇者師弟の前には、地面にへたり込む人影が確認されていた。珍しい灰色の髪をしている――見様によってはくたびれた、長い年月を経て褪せた色のようにも見える。


 姿は少女そのものであるが、纏っている衣服は麻袋を頭から被せたような、そんな前時代的な装いをしているだけに、何かと心配が勝つ。セミロングの髪は、彼女が頭が揺れると一緒に傾いていた。


 スライムのような魔物が蔓延るこの場で、人が居ることにジオとキリカの二人は顔を見合わせる。


「ん……」


 件の人物が身じろぎをしていた。寝ぼけているような吐息が出され、存命であるとわかればジオは安堵してみせる。こういった洞窟内では、踏み込んだ人間は大抵屍へと変えられる。


 見れば見る程不思議な存在であった。背丈はキリカと変わらないのであれば、年の方もそう離れているようには見えない。小さな少女が洞窟――神殿らしきもので眠っているとなると、少年勇者に捨て置くこ選択肢はない。


「もしもーし」


 罠であるなどは想定もせず、不用意にも少女へずずいと近づく。頬をぺちぺちと叩きながら声をかけていた。


「――ん?」


 先程までと変わらぬ声を上げていたが、少しすると眠りこける人物は薄目を開いた。途端、眼前に知らぬ少年が居ることには、パニックも予想された――が、瞳は開けども未だ薄ぼんやりといった様子である。


「ジオ、この子……」

「ああ、そうだな。いいかわからんが、連れて帰ろう」

「……?」


 二人のやり取りを、その少女は首を傾げながら聞いていた。意識の覚醒に伴ってか、この者からうっすらと漏れていた橙の光が消えてしまう。


 無垢な瞳を向ける彼女を見れば、何かと気にかかるところもある。あまり問答している場合でもないが、ここを離れる前に軽く状況の把握はしておかねばならないところだろう。


「俺は、ジオだ。本当の名前は長いから、そう呼んでくれ。お嬢ちゃん、名前は?」

「……ジ、オ?」


 威圧しないよう、姿勢を屈めたことが功を奏したか。灰色の頭の少女は確認するように勇者の名前を呼んだ。


「そうそう、それが俺の名前だ。キミは、どうしてこんなところにいるんだい?」

「う、ん……」


 少年勇者から出た言葉は柔らかなものであった。だが少女は戸惑った様子のまま、瞳を揺らす。


 首までも左右に振ってみせる。それはまるで、この場を初めて見るような様は周囲の人間にも所在なさ気な感が伝わるようでもあった。


「わからない」

「そう、か」


 神妙な面持ちで、ジオは眼前の少女を見つめる。戸惑いながら開かれた瞳は、橙。何らかの神より加護を得ていると理解出来るが、それが何であるかは勇者にもわからなかった。


「名前は?」

「……わからない」


 橙の瞳をしたその子は、段々と表情を曇らせていく。恐らくは年の近いキリカも、苦いものでも食わされたような表情で彼女へと近づいていった。


「記憶がないのか。なぁ、何処まで覚えているんだ?」


 神殿らしき場所で出会った人。真っ直ぐに見つめながら声をかけるが、やはり少女はわからないと答える。ただ、曖昧な記憶ながら出された言葉に、ジオは背筋が凍る想いを得た。


「大きな音を聞いた。それで、何かが崩れた気がする」


 燃ゆる瞳とは対照的に、淡白に言葉は語られた。


「そう、か。不幸な事故に遭ったのかもしれないな」

「おいおい、ジオ。この子はさっきの激突で――」


 途中まで言葉は紡がれたものの、キリカは口を緑の手甲で押さえられて呑み込んだ。自由になる視線だけで、師へと抗議の意を示す。


 ここで逃げるようなら、弟子を辞めようかとも思う程だ。歳の変わらぬであろう彼女が、ジオとの追いかけっこの果てに記憶を失ったのであれば、それなりの責任を取らねばならないとも思う。


「ごめんな。さっき、俺がここの外壁へ力一杯ぶつかったんだ」

「うん?」


 少女は明るい瞳を緑色をした勇者へと向けた。


「よくは俺もわからん。けど、その所為で君の記憶が失われていたなら、全力で償いたい……取り敢えず、俺と一緒に外へ出てくれるか?」


 表情こそにこやかであるが、彼の額には脂汗が滲んでいる。弟子に言われるまでもなく、勇者が市井を傷つけることなど、あってはならない。そして、償いの言葉は誰かに促されてからではなく、自ら出すべきだ――優しい中年には、そのように育てられている。


「わかった。一緒に外へ出る」


 やや無機質ながらも、その少女は答えて立ち上がった。


「うん、あたしの師匠が女の子を放っておくような非道でなくてよかった。でもな、これからどうするんだ?」

「むぅ……どうしようか」


 俺は闘う以外に能がないからな――いつもの決まり文句を吐きながら、ジオは少しの間逡巡してみせた。


 連れ帰るくらいは問題がない。問題があるとすれば、何処へ彼女を連れ帰るかというものだ。それに家のあるキリカはともかく、小さな女の子の面倒を見るための準備もわからない。


「ティア、聞こえるか?」


 キリカがじと目で見つめるも、それには敢えて無視を決め込み、少年は幼馴染の魔女へと助けを求めた。




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