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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第三.五話「傷だらけの大英雄」
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傷、また一つ

 日頃、男は己の身分を“旅芸人”と名乗ることにしていた。


 それは旅先で見かけた男の姿に端を発する。これまで彼は旅の武芸者と告げたのだが、行く先々で鎧に身を包んだ兵に尋問を受けることに辟易としていた。


「何だ、旅芸人か」


 いつもならば固い表情を向ける衛兵たちも、随分とにこやかに迎えてくれる。ついつい目立つ長柄のものは、ただの人が持てば凶器。それが旅芸人であれば生活の糧として黙認されることは不思議ではあった。


(……感謝を)


 だがこの発想に行き着いたことで、彼の旅は幾分も楽になった。呪うばかりであった神へも素直に感謝を捧げられるものであった。


 何せ旅芸人であれば、刃物を持っていても怪しまれることはなかった。使命感の強い者から尋問を受けたところで、彼が本来名乗っていた武を披露すればいいだけのこと。大木すらも真っ二つにしてみせれば、これは“武の芸”として受け入れられた。


 楽になったところで、何も変わるところはない。矛を振るうばかりの人生であった。その何もない人生に、転機が訪れたのはいつであったか。鎖に縛られ、跪かされた時がそうであったと彼は記憶している。


「ジェクタスと言ったか……何、竜人は闘う種族だ。純血であっても闘わない不抜けは竜人ではない。貴様は多少、見込みがありそうだ」


 眉の薄い大柄な金髪の男――竜人の第一王子の言葉を忘れることはない。ジェクタスはそれまでただの旅人であった。否、生まれ育った故郷を、人里を追われれば旅をする外なかった。彼は何者でもなかったのだ。


 最後に物は試しと、母親の故郷であるエスジレーヌを目指した。或いはそこでならば受け入れられるのではないか、そんな淡い期待があった。当時成人したばかりの男は、黄色い瞳に希望の色を混ぜていられる程度には若かった。


 竜人に所縁があれども、彼は角なしであった。差異は排斥を促し、ジェクタスの行く先を方向付けた。祖国でありながら、眼前には武器を構えた者たち。それでも、男は口角を持ち上げた――竜人らしく、闘って死のうと。結果、幾人かの蜥蜴人と竜人を斬り裂き斬り伏せ、男は力を示した。


「見たか、ジェクタス。身体能力では人間に勝る竜人も、死を恐れればこうも斬り込まれる。貴様の死を厭わぬ凶刃、私に存分に見せつけて欲しい」


 彼を縛る鎖は、王族の手によって断ち切られていた。同胞を斬られた竜人たちが目を白黒とさせるも、より強き竜人の一喝によりこれもまた断ち切られる。


 在り様や目的はおいて、誰かにこのような言葉をかけられたことは一度もなかった。以来、熱心に武を磨き、熱心に披露する。この磨かれていく力こそが、竜人である証左だと信じて止まない。


「御意に、御意に! 私の矛は力なき竜人、逃げ狂う竜人を斬り裂き、殿下の元に首の山を気づいてみせましょう」


 初めて得た主の望みは、闘わぬ竜人の抹消。その内には、人間との混血も含まれている。「闘いを否定する者、国を捨てた者、弱き者が竜人の衰退を招いた」と第一王子が唱えれば、何者かに成りたかった男は懸命に矛を振るった。


 狩りをする際、混血の者には随分と非難された。同じ境遇などと言われれば、ジェクタスは瞳に赤を示して激昂してみせた。闘わぬ混血が存在するから、己は竜人になることが出来ないのだと、咆えに咆えた。


 鬱々とした感情の堆積物、それがジェクタスの中身だ。外面は鱗で固く閉ざされているため、中身を覗くことは至難の業だ。


 アレクセントに目を付けられたとなれば、それなりに彼も奇異の視線に晒された。角なしと揶揄するならば、すればいい――いつか全ての混血を刈り取ることが出来れば、彼は唯一の何者かになれる。そのように信じて疑わない。




「シっ!」


 これまでの人生がそうであったように、竜人と人間の混血種であるジェクタスは矛を振るう。今も黒騎士の首をすっぱりと撥ねてみせた業を披露するが、相手は未だに健在。妙な格好の人間かと思ったが、なかなかにやる。


 眼前の人間は、妙であった。裸な上、顔のみを布で覆って隠している。甚だ不可解であるが、恰幅のよいその身体は鍛え抜かれた筋肉の上に脂肪がまとわれているものと、闘い続ける彼は落とし込んでいた――顔が見えないためわからないが、年齢は四十過ぎと思われる。


(なかなかに……違う。何とも強い生き物だ)


 混血狩りが彼にとって手段と目的であれば、矛を振るうことは唯一の趣味だ。強者を前に、まだまだ趣味に没頭出来ると、男は狂喜した。武人の真似事をしている間だけは、何も考えずに、何にも引き摺られずにいられる。


「ふん……」


 狂気の武芸者に対するは頭巾に頭を包む大英雄。どこにでもある物干し竿を手に、攻めの腹を突いて猛攻を凌いでみせた。猛り狂う矛を丁寧に裁く姿は、老人の優位性を如実に語っている。


「ほほぉ。やるなぁ、あの竜っぽいの」


 同じく、顔を布で覆った少女が唸った。紅い瞳を持つ精霊は、降り立った時こそ緑色の壁で刃を阻んだものの、今はこうして傍観を決め込んでいた。


 腕組みされた肌は雪を思わせる程白かった。身につけられた衣服は、ルファイドと同じく異国の装い。法衣と呼ばれるものに近いが、大胆にも袖を肩口からバッサリと切り取られたアレンジが為されている。


 いつもの白いローブは女に被せ、世間話を始めようかというところ。英雄の成り行きを見守るというよりは、彼に代わってスペランツァを案じるといった様相が取られていた。


「あのっ――」


 眼前で交わされる剣戟を前にして、スペランツァは横の生き物に口を挟む。


 繰り広げられるものは磨き抜かれた演武のようで、素人の彼女にはとてもではないが手出しが出来そうにもない。口を挟むべくもなく、只々見守るべきであるが、隣の人物が何者であるかが知れない状況では頭を悩まされた。


 英雄がまたしても知らない女を、それもまだあどけない声色をした子を連れて来たとも思えば、目元が引き攣ることを止められない。こんな成人前の女の子に何てことを――そのように勘ぐってしまうことも、全てはヴァリスナードの日頃の行いが悪い所為であるが。


「何だ? えーっと、馬色の髪の乙女よ」

「……馬?」

「んん?」


 少女ら双方に疑問符が飛び交った。シャロとしては、いつものように精霊然とした表情をしていたのかもしれない。だが悲しいかな、今の彼女は顔をすっぽりと頭巾に包まれた隠密スタイルである。如何に緑色の奇跡を見せつけようが、不審者然としている。


「おお、そうか。待たれぃ、馬色の人よ」


 スペランツァの訝しむ視線を認め、精霊はようやく頭巾を取り払った。長い髪は毛糸の玉のようにまとめられており、月明かりを受けては優しい緑色を携えていた。


「わぁ――」


 思わず、酒場の看板娘は童女のような声を上げてしまった。目つきもそれに伴い、自然と緩む。


 緑色の髪と紅い瞳はこの小さな少女のようなものが、人間の理からは外れた存在であることを示す。しかもそれは悪いものではなく、もっと何か別の、神にも近い厳かさすら感じさせられた。


「私は精霊、シャーロット。ヴァリ助とは、古い馴染みだ。人間よ、精霊様に平伏してもいいがー……今は戦闘中だから、やめておいてくれたまえ」

「はぁ……」


 えっへんと胸を張る、何とも珍妙な生き物。それに対しては、生返事で応じることが精一杯だった。“喋ったら台無し”とは、ネギの勇者が親子揃って口にするところであるが、スペランツァはシャロの見た目と中身のギャップの酷さについていけないでいる。


「いよーし、よいぞよいぞ、人間よ!」


 生返事であれども、同意のようなものが出されれば、精霊はガッツポーズを作ってみせた。


 シャロの役割は、勇者を導くことである。


 それは彼女が精霊となる時に、ルファイド神との間で交わされた約束だった。本来のものとは異なるが、こうしてヴァリスナードが英雄であろうとするのであれば、人を護ろうと足掻くのであれば、それはこの精霊が働くには十分な理由となる。


 他の神が既に加護を与えている英雄であるが、ルファイド神は文字通り、人並以上(・・・・)の思い入れを主神アイリスへ向けている。やはり、精霊が助ける理由としては十分だ。


「うーむ、ヴァリ助め。少し迷ってるな」

「どういうこと?」


 いつもはお気楽な表情を浮かべるシャロであるが、攻め手に欠ける老人を見て、瞳を曇らせた。スペランツァも追って疑問を投げかけるも、首を傾ける精霊は不機嫌そうにも見えた。


 武器の性能差、それは勿論ある。単なる木の棒である竿と、先に鋼を備えた矛では耐久性にも、獲物の用途にも格段の違いが生まれる。


(遊んでいる――訳ではないな。ヴァリ助、只の人の身でグリオの真似事をするか?)


 本来であれば、圧倒できる筈だ。その程度の力をヴァリスナードは有している。


 攻めあぐねいていても、腐っても先の大戦を収めた大英雄には、そのような凡庸な悩みは伴わない。今も竜人らしき生き物が大振りしたところ、重心を竿の先端で押さえては動きを封じていた。


「おじさま……」


 幾度か攻防を目にしている内に、武芸をこんと知らぬスペランツァにも、英雄の迷いを見出し始めていた。数こそ少なかれど、ヴァリスナードが槍を手にした姿を確かに見たことがある――今現在の彼は、以前に比べると精彩を欠いているように思えてならない。


「ま、悩んでいても仕方ない。見守るぞ、馬色の髪の乙女よ」

「……馬?」


 腕組みをしたシャロはそれから応えることはない。何が気に入ったか、スペランツァへの呼び方が決まったようだ。目の前の攻防に決着がつかないことと同様、スペランツァはその呼び名にも納得がなされることはないかと思われた。


「――チィっ!」


 苛立ちとともに、矛がぞんざいに薙ぎ払われる。技も何もあったものではない。ここまで付き合ってくれた相手と距離を開け、ジェクタスは不快さを露わにした。


「貴様、手を抜いているか!」


 吠えるかの如く吐き出された言葉は、一度は狂喜した男の嘆きそのものだ。眼前の人物は中年もいいとろこであるが、侮ることは出来ない。むしろ、彼を優に越える武を備えておりながら、その技は矛に合わせるのみに留められている――馬鹿にされているとしか思えない。


「手を抜いてはな……そのつもりはないが、結果は同じか」


 獲物を地面に突き立て、ヴァリスナードはゆっくりと答えた。今一つ迷いがあったことは確か。これでは失礼というものかもしれないと、老人は手を止め、口を開く。相手は彼を老年とは思っていないのかもしれないが、対峙した当人としてはやはり若者とは言葉を交わしたくもなる。


「ところで、何だ。少し喋ろうか」

「……何?」


 この言葉に、己を竜人と称する者は怪訝な表情を浮かべた。二人は武人として、既に語り合っていた筈だ。言葉は無粋に過ぎないと、顔は顰められている。


「おーい、ヴァリ助。やめておけ」


 察した精霊は呆れた言葉を出すも、当の英雄に聞く耳はなかった。届いた忠告も無視して、ヴァリスナードは眼前の男へ問う。


「貴様は、何だ? その身は武人、であるのか?」

「その通りだ。日頃は旅芸人と名乗っているが、俺の本質はそのようなものだ」


 無手の老人を前にして気が削がれたか、呆けたように男は応じてみせる。


「名は? 何故、人を、其方の同胞を斬る?」

「ジェクタス。何故と尋ねられても困る、俺の前に人が立ちはだかったからとしか言えん。同胞……とは思わないが、混血に関しては斬らねばならないから、としか言いようがない」


 意外にも素直にジェクタスは問いに応えていた。端ではシャロが珍しくこめかみを抑え、渋い表情を浮かべていたが、それは二人には届かない。


「そうか。ジェクタスは武人であったか。殺すために矛を振るうは、己の意志とは異なることだろう。ならば、話は早い」


 これからヴァリスナードが出す言葉を予測して、勇者を導く精霊は渋面を切っていた。


「貴様、レジーム王の矛になる気はないか? 矛を振るう、そこに意味を持せてやってよいだろう」

「な――」

「ヴァリ助のバカチン!」


 黒騎士の首を飛ばした相手へ、英雄はこともあろうに勧誘をしてみせる。言葉を失くした混血の武人と同様、シャロも瞳を大きく開いて異議を唱えた。自分の女に矛を向けられて、何を言っているんだと。正に理解不能であった。


「人間からの勧誘が珍しかったか? 儂はな、人間は勿論のこと、竜人と事を荒立てる気はない。お前が首を縦に振るならば、それなりの処遇を用意する手立てもある」


 瞳は真っ直ぐに、矛を振るった男へと向けられた。


 友好的な竜人は守りたい、夢のような想いを実現すべく、ヴァリスナードは口にする。かつての友を心に描いた英雄は、同族殺しも厭わないジェクタスと対話を試みていた。


 どのような経緯で人を斬ったか、同胞を斬ったか、それは聴かねば理解は出来ない。問答無用で殺して終わらせるのであれば、大英雄などという名はご大層過ぎる。


「呪われたこの身に、かような提案……感謝する」


 ジェクタスは武人として、一個人として扱われたことに感謝を捧げた。その返礼として次の動きを執る。深く沈めた姿勢から、更に首を垂れる。


「ヴァリ助は、愚かだな」

「え?」


 やれやれといった様子で、シャロは首を振る。横ではスペランツァが疑問を露わにしていたが、一瞬後、裂けんがばかりに瞳が動いた。


 少し前ならばよかっただろう。だが、眼前の者は既に主を得ていた。


「嬉しいが、その提案は在り得ない」


 男は姿勢と共に、手にした矛を跳ね上げた。男が信頼を置く獲物は、最短距離で無手の相手を突き貫いた。ヴァリスナードは咄嗟に左の腕で守ろうとしていたが、肉を裂いて先端は胸にまで到達する。


 派手さこそはないが、赤が散る。雫が地面に小さな花を咲かせると同時に、今度は英雄が首を垂れた。重くしなだれ、後には沈黙が残った。


「い……いやぁあぁぁ!!」


 崩れかかるヴァリスナードの姿を目に、スペランツァは金切り声を上げた。顔に添えられた手は、強く自身の頬に食い込み、絶望の表情を彩っていた。つい数秒前まで、健在であった英雄がこのようになるとは、闘いを知らぬ彼女には想像もし得なかった。


「ばーかばーか! 斬りたくないなら、問答無用に殴り倒しておけばよかったんだ。グリオの真似なんかして、大英雄の名が聞いて呆れるぞ!」


 流石のシャロも、憤慨しきり。優しさは美徳だが、それで討ち取られれば何となるか? 実際のところは、何ともならない。ただ死ぬだけだ。彼女の可愛い弟ならばいざ知らず、永く生きた老人にもこのような小言を吐かねばならぬことが、精霊には度し難く思われた。


 ヴァリスナードから一方的に嫌われているとはいえだ。前代も今代も二代に渡ってネギの勇者が慕う、そんな男が倒れられればどうしたら良いというのか。


「俺は竜人に、闘うものになる! お前らのように立ち向かう人間を倒し、半人半竜どもを斬り裂き続ける。俺こそが次代を担う存在だと知らしめるのだ。弱き竜人――母のような生き物を、俺は認めぬ!」


 角もなき竜人のようなもの、だがしかし開かれた口元に覗く牙は人間のものでもない。ジェクタスは己が存在意義を闘いの中に見出せば、何者かにならんと逸る。


「愚か、本当に愚かだ」


 冷めた声と共に精霊は首を振る。このような結末など、考えるまでもなかったのだ。竜人と人間の共存、その願望はわからないでもないが、時と場合は考えるべきではないか。


 少なくとも、愛する女を悲しませてまで行うべきものとは思えない。


「確かに愚かだな! 命を張って守ったつもりかもしれないが、お前らも武の礎になるのだから!」


 興奮気味に、男は叫んだ。先程撥ねた首と同様に、この老人の胴も切り離してやろうと手に力を込めた。突き刺さる矛の先へと力が込められた。


「――何故だ、何故斬り裂けぬっ」

「そう、愚か。断てると思ったか?」


 赤い瞳を狭め、シャロは武人を名乗る男を睨んだ。


 死に値すべき傷であるのならば、勝算がないのであれば、この精霊は疾うにその傷を癒している。彼女が傍観を決めたのは、武芸者と英雄の間には埋められぬ力量の差が確かに認められていたからだ。


 ジェクタスは中年程度と見積もっていたが、ヴァリスナードは六十を越えた武人である。先の大戦を収め老年まで生きた男の力は、ある点で三代目ネギの勇者を上回る。


「何故……」


 鱗ある人物は不可思議に言葉を繰り返した。


 刺さった刃は、肉を確かに裂いた。だがそれは腕を貫いたのみであり、刃の先端は心臓に届くこともなかった。


 大英雄に、侮りなどはない。


「残念でならない」

「――!?」


 一度は黙した男が、言葉通りに苦い表情をしてみせた。死人が蘇れば、ジェクタスも矛を引き、続けざまに飛び退いて様子を伺う他ない。


「流石に、勧誘の最中で斬られるとは思わなんだ。だが、貴様のその呆気に取られた表情、それで帳消しにしとこうか」


 腕は貫かれることを赦したが、その刃が命を絶つまでには至らない。裂かれた腕、その傷口にヴァリスナードは指を当てて呟く。次には、肉を押し広げて眼前の者へ、死には至らなかったカラクリを披露していた。


「それは――」


 武芸者を名乗る男は呟きを途切る。目の前には貫き拓かれた肉の下、骨と思しきものが覗く。だがそれは骨として知られる白ではなく、大英雄の鎧と同じく黒色を示していた。


「そうよ、大英雄ヴァリスナード様は敵が多くてな。寝込みを襲われることも、女の刺客を差し向けられることも日常茶飯事よ。それで得た苦肉の策が、これさね」


 然しもの英雄も、首を撥ねられれば死ぬる。ともあれば、全身の骨格を鋼で覆うことを試みていた……真実とは異なるが、ヴァリスナードはこの方便を用いる。


 何故騙るかは別として、結果は今が示した通りだ。並みの武器では大英雄の命には届かない。ポンコツ精霊の手を借りながら、このような奇跡を得たことは、癪ではあったが文句も言うべきではなかった。


「治癒の魔法をかけつつ、身体を斬り拓いて施術する――そのようなバカげた発想をする者など、まぁいないから、知らないでも仕方ないぞ」


 ふふっ、と英雄は口元に笑みを浮かべる。


 骨を覆う金属の出処が、ネギの勇者の鎧からであることなどは誰も知るところではない。これこそ、ヴァリスナードは誰にも語ることをしない。これが歴史に語られぬ勇者との信頼――否、友情の証であるのだから。


「では、行こうかの。竜人崩れ、そのようには評したくないが、礼も知らぬ貴様も交渉は試みた。我が盟友との義理も果たした、その上で言おう……早々に王都から去ってもらいたい」


 アイリスの徒は、首を鳴らして眼前の生き物を見据えた。人にも竜人にも迷いなく危害を加えるのであれば、レジナス王国の英雄としては黙っていることは赦されない。


「ぐ、う、あああ!!」


 男は吠えた。刃を通さぬ身体を持った人間に、か弱き人間の眼光に恐怖を覚えては只管に矛を振るっていた。


「貴様、武人を名乗っていたのではないか?」


 この老人も、日頃は余り覚えない訝しさを抱いた。


 燻るような感情を得て、ヴァリスナードは唸る。放たれた斬撃は気も篭らないもので、金属を断つには至らない。この程度、英雄は素手で十分に受け止めることが可能であった。


「俺は、俺……竜人だ! 闘う種族は人間になど、負けない……負ける筈がないんだ!」


 震える声、涙をも浮かべながらジェクタスは矛へ懸命に力を込めた。それでも眼前の、人間の勇者には届かなぬどころか、刃は震えさせることも出来ぬ。


 己の矮小さを知り、混血の男はついには大粒の涙を流した。それでも獲物を落とさぬことは、決心を迫った。どのような窮地にあったとしても、矛を手放すことは出来ないと再認する。どのようになろうとも、矛を振るうしか彼にはないのだ。


 これまでに幾度も竜人であろうと足掻いた。竜人であるのならば闘わねばならない――半ば強制的とも呼ばしめる想いに、ジェクタスは真に祈った。


「頼む、俺に、俺に力を……他は何も要らぬ。人間を、俺を蔑む者をも押さえつけられるだけの力を!!」


 嘘偽りなき、祈りであった。


 であれば、全ての竜人へ加護を与える神は、この憐れな生き物にも望む力を注ぐ。何を言うこともなく、アギト・エギレアは存分に力を示した。遅まきながらも、力を望んだ者に加護を現してみせた。


「ちぃ、面倒な」


 ヴァリスナードは毒づきながら、眼前の生き物の変容を見送った。


 琥珀色の光の後に現れた生き物へは驚きを隠せない。肥大化する身体、新たに得た翼、手にする矛も持ち手の変化に伴い禍々しさを増す――見た目を変え、ジェクタスは進化を遂げた。


 この大きなものを何と表せばよいのか。


「――――っ!」


 その咆哮は、魔物と呼ぶに相応しい。だが全容が明らかになっても、彼が何であるかは判然としない。


 翼を有していることから、竜と呼べば早い。だが、膨れた上半身、その手には器用にも人の様を残して矛を握り締めている。人間らしさを離すことが出来なかったか、竜らしさを見せつつも、人を思わせるような作りであった。


 言うなれば、竜と人の融合をした者――他には名づけようがない何者かが降り立つ。その異形は、地に足をつければ咆哮と共にブレスを吐いた。


「ぐ、ぬ――」

「おじさまっ!」


 奔流する炎の中に、ヴァリスナードは埋もれる。赤色に包まれる人物へと、スペランツァは叫ぶが、返事は戻ってもこない。


「ふひ、ふはは、あひははははは! 見たか、これが、これこそが竜人の力よ!」


 竜のような人のような姿をしたものは、腹の底から笑う。力とはこれ程までに素晴らしいものであったのかと、初めて使った進化の加護に酔いしれる。これまでに得られなかった爽快さがそこにあった。


「……憐れ」


 笑うか、泣くか――二分を迫られる状況にあって、紅い瞳の精霊のみが冷めた声を出していた。


「あん?」


 奢れる者は、不機嫌そうに唸る。だがそれでも、シャロの佇まいは揺るがない。両掌を合わせ、瞳を瞑るは、ルファイド神へと祈りを注ぐ作法であった。


「何だそれは! 何処を、何処を見ている……お前、お前ら、俺を見ろ! 俺は俺は――」


 半人半竜が叫べども、既に事態は決していた。人であれば疾うに逃げ出し、竜であれば次なる一手を編み出すところだ。どちらにもつけない男は、何者かになりたいがために言葉を尽くす。


 だが、それは敵対する者への注意を逸らしたことに他ならない。


「貴様が人を名乗るのであれば、技に頼るべきであった。竜人を名乗るのであれば、力に頼るべきであった」

「――っ!?」


 急ごしらえで竜となったものは、上空を見上げる。事態の変化に備え、口元からは炎により燻る外気が黒煙となって生じる。人間でも竜人でもなく、急造の魔物らしく炎に頼り切る。


 だが、既に遅い。炎が逆巻けども、刃はその者の足元まで叩きつけられていた。


「その、姿、は……」


 かろうじて、視界に収めた者へと言葉を届ける。遅れて理解はやって来た。


 全身を二つに裂かれることで、男はようやく敗北を認めた。二つに裂かれながらも、心に濁ったものはない。


 力の限りに暴れ、それを上回る者が居た。ただそれだけのことだ。力こそ全てと唱える生き物は、より大きな力を前に、不平ばかりを垂れた口を閉ざした。




 炎に包まれたヴァリスナードは、上空へと飛び出していた。逃げるためではない。


 竜のような空を翔ける者には、人間が宙を舞うことが盲点であると、歴戦の英雄は心得ている。


「一撃の元に、終わらせる」


 その呟きは、英雄なりの慈悲であった。


 竜人は身体能力、保有魔力共に人間を上回る。だが、魔物との大戦で生き残ったのは、繁栄を続けるのは人間だ。


 種族として数を多くする人間種は脆弱であれども、多様性を得た。その中に、ヴァリスナードのような存在が生まれている。


「ゆくぞっ」


 手にするは、長柄のもの。骨格を覆う金属は、二代目ネギの勇者のシンボルである鎧が大元だ。大戦の最中、毀れた欠片がそれである。


 全身を黒色の鎧に包んだ英雄は、大いに武器を振り下ろす。


「やれ、ヴァリ助! やってしまえ!」


 勇者を導く精霊は、上空へと声を張る。そこに、懐かしき奇跡があった。


 生長鎧(アムド・グラス)と呼ばれる神造鎧の欠片から、ヴァリスナードは骨格の外側をそれで覆ってみせた。これが、自称凡人たる者が大英雄へとのし上がった由縁である。


 武器などなくとも、その身には可変する金属が同質化されていた。


「劣化した奇跡であるが、ルファイドの精霊に捧げよう」


 手にしたものは、単なる竿である。だが、今や滲みだした黒色の金属が纏ったそれは、敵対する者の矛を優に越す長大な槍へと姿を変えている。


 その身は吐き出されたものに炙られながらも、敵の炎も爪も寄せ付けぬ黒色の鎧に包まれていた。次いで、彼の愛馬がいつしか参上せしめる。元より大柄な体躯に主と同じく金属が纏われれば、吟遊詩人が謳う大英雄がそこに現れた。


「シャーロット。今この時は、貴様と意見が合ったことも受け入れよう」


 跳躍は頂点に達し、黒鎧の者は下降を始める。


 咎深き鎧(アムド・ブラム)と名付けられたこの一品は、姉妹である生長鎧が如く、ヴァリスナードの意志に応じて変化する概念武装である。彼が日頃身に纏っている鎧も、この能力の派生物であった。


 暴竜というよき敵を前にして、全身鎧へと変貌を遂げては真価を発揮する。それはまるで、ネギの勇者が見せる緑色鬼(グリーン・オーガ)が如き様相であった。


 鮮やかな色こそ失われたものの、黒色の全身鎧は大英雄に相応しい。頭部は豹を模り、肉食らしく眼前の敵を容赦なく捕食すべしと睨み据える。


「つぇあぁぁあっ!」


 竜から放たれる炎を浴びるその身は、未だ上空にあった。だが、距離などは関係がない。手にした槍は、穂先の黒色を何処までも伸長させていく。


「おじ、さま……」


 精霊に倣い、見上げたスペランツァは息を呑む。全身鎧に包まれたヴァリスナードが健在であったことへの安堵はある。今はそれ以上に驚きが溢れていた。


 いつだってそうだ。いつだって、大英雄と呼ばれる男は飄々と彼女の予想を超える。


「終わったな」


 紅い瞳を瞼で隠し、シャロが呟いた。


 手にされた黒色のものが振り下ろされる頃には、竜に匹敵する長さを得ていた。劣化しながら生長する槍を前にすれば、何処にも逃げ場などはない。


 かくして、黒い槍は地面を叩く。竜となった男、その者が持つ矛諸共に断ち切ってみせた。


「その、姿、は……それは、強靭な、人が持つ、祈りの、果てか?」


 言葉を途切らせながら、ジェクタスは問うた。刀身は黒くもあるが、眩いものである。


 己こそが成りたかった武の果てを見れば、余計なこととわかりつつも口を開かずにはいられない。今は、黄色の瞳に知性が宿されていた。


「いや? それ程大層なものでもない。脆弱な人間が短き生の道中で行う、単なる足掻きよ」


 槍を振り切ったままで、視線は動かされることもない。何処も見ることはないが、ヴァリスナードは真摯に応えた。揺れる竜が笑みを浮かべたように感じたのは、大英雄の傲慢さによるものか。


 肩口から両断された竜が崩れて行く気配を感じつつ、馬上で黒い豹はやるせない表情を浮かべる。だが、弱き人間の表情は冑に覆われて窺い知れない。ただ、英雄然とした者が佇んでいた。


「ハラハラはしたが、十分英雄らしかったな」

「やめろ……悩める者を救えずして、何が英雄か」


 勝ったにも関わらず、ヴァリスナードは苦々しく言葉を吐くに留める。


 こんな時ばかりは、ポンコツ精霊の耳に障る言葉も、ありがたく思える。彼は、友の願いを未だ叶えられずにいる。それでも、この身は人間種を護る英雄であるのだと自覚させてもらえた。


 今この手で滅ぼしたものは、竜人になりたがった半端ものであった。このような者こそを、友は救いたがっていたというのに……


(混血云々ではないのだ。立ち位置が半端と、誰もあの男に教えてやれなかったことこそが、悲劇なのではないか)


 奥歯を噛みしめて、老人は馬上で震える。


 矛の技術に徹していたならば、或いは初めから進化の加護を扱っていたならば……敵対したものは、武に対して半端であったとしか言いようがない。


 半ば高い身体能力のおかげで、これまでの敵に苦労し得なかったのだと思えば、何とも言えない想いに駆られる。


「ヴァリス!」


 悩める英雄の元へ、栗色の髪を翻してスペランツァが駆け寄る姿が見える。


 嘆きはあった。それでも、それでもだ。


 己へと走りよる者がいるならば、悩みも断ち切らねばならぬ。王国の大英雄とは呼ばれているが、誰を殺して誰を生かすか、その裁量が人よりも多く与えられているに過ぎない。


(人の間で生きる……この娘ならば、心配はないか)


 全ては己の意志で選択する必要がある――人の身の限界を知った上で、為せることを為す他ないと、ヴァリスナードは軽く頭を振っていつもの表情を作った。闘いが終わり、鎧は解かれる。


「んあぁ、怖い想いをさせたな」

「ちょ、ちょっと、やめてよっ!」


 英雄が手にしたものは、彼にとっては身に纏う鎧よりも眩いものだ。もう十分にスペランツァは大人であったが、今日は子ども扱いをすると決める。


 わしわしと頭を撫でれば、痛いと声が上がった。だがそんな抗議も知ったことではない。


 今この時ばかりは親の心境であった。この愛おしい娘を子ども扱いして、誰に文句を言われようものか。幾つになろうが、子ども扱い出来るのは、親の特権だ。


 恐らくは、子どもらしい子ども時代を得られなかったジェクタスへと、ヴァリスナードは祈りを捧ぐ。竜人が竜人らしく闘える世界をと願うのと同様、人が人らしく暮らせる世界を大英雄は想って止まないのだから。




 空が白む頃、スペランツァを送り届けた老英雄は、屋敷へと帰還する。


 愛馬の上で頭をうつらうつらと揺らすのは、夜を跨いだ――その他にも理由があった。全身鎧を形作る程に魔力を消費した彼は、明らかに疲労していた。歳月が、彼から英雄らしさを奪いつつあった。


「ん……ああ、眠っていたか」


 ふと、頭を上げる。ゴチっという鈍い音に意識が戻された。


 目の前には、大の字になって寝そべる少年。横には緑色の金属塊が転がっている。また無茶な鍛え方をと思わないでもないが、祈りのように繰り返されてきたものを前に、老人は真剣な眼差しを向けた。


(こやつもまた、闘うことでしか存在価値を見出せない男であるか)


 つい先程、そのような生き物の末路を見た後である。子どもらしく過ごすことの出来なかった者は、どんな大人になるのであろうか。


 他者が傷つくくらいならば、己を犠牲にすることを厭わない――ジオグラフィカエルヴァドスがそんな生き方をする少年であれば、ヴァリスナードの胸には一抹の不安が残る。しかし、汗を滴らせながら懸命に鍛える彼の姿は、嘗ての友の姿を二重(ダブ)らせた。


『ヴァリス、後は頼んだ』


 出会った頃、その男が吐く言葉の全てが嫌悪の対象であった。だが、時を経ればどうであるか。


「精が出るな、ネギ坊主」

「んあ、じっちゃんか?」


 少年は太陽光に顔を顰めるも、黒色の瞳を真っ直ぐにヴァリスナードへと向けた。当然であるが、大英雄の鎧とは異なり眼には光が浮かぶ。


 いつものように、老人からは軽口のように言葉は出されたが、果たして平静を保てていたかどうか。それは、残念ながら老英雄にはわからない。ただ、歳を喰ったと自覚しては、少年に説教臭い言葉を堪えることも出来なかった。


「左様。鍛えることは、人間にのみ許された所業だ。原点を忘れることなく、鍛え続けろ――」


 友がそうであったように、この少年にも強くあって欲しいと願って止まない。我が子のように傍で守り続けたいと願うが、王国を護る役目が邪魔をしてくれる。出来ることは、精々言葉をかける程度が関の山。


「さもなくば、儂のように人の間で翻弄されてしまうことだろう」


 何処まで伝わるかはわからない。正対した少年からの返事は、大いに戸惑いが表されたものであった。しかし、若き勇者には敢えて答えを出すこともなく、大英雄は馬に進むよう促した。


(この男が行く先が、世界に平和をもたらす……それは、お前の描いたものに近い筈だ。そうだな?)


 黒鎧を解き、裸一貫で英雄は帰還した。ネギの勇者が見抜けなかったように、その心の内は、誰にも知られることはない。


 黒鎧の大英雄は、静かに明日の大事に備えた。




王都で起こった竜人の事件からしばらく。

悲劇から立ち直ったジオは、ついに旅に出る。


オッサンが王国北部で活動をしていると聞けば、じっとしてもいられない。

かくして、リハビリついでに幼馴染みを伴った珍道中が幕を開ける。


目の前には温泉。疲れを癒すにはもってこい。

旅先でハメを外す勇者の前に、深刻な顔をするリバーハインドが現れては、事態は急変してみせる。

謳われぬ勇者は、地味な活躍にこそ、真価を発揮する。


次回、第四話「ネギを讃えよ、吟遊詩人」に続く。

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