夜、忍び寄る者
「ハァッ、ハァッ――」
息急き切りながら、王国の兵士であるウェイカーは表情を悲愴なものに染める。リザリィの店でご機嫌にしていた頃の彼とは、別人のよう。
装備はヴァリスナード派、その下級兵士に配備される鈍い銀色の甲冑であった。サイズが少しばかり合わなかったか、カチャカチャとした音を響かせた。身長は低くはないが、背中が丸められていればどうしても頼りなく映る。
「ハァッ!? 何だ、何なんだよ!」
息以外にも疑問が零れた。走っても走っても、纏わり付く感覚が離れない。そもそも辺り一帯、人の気配もない。何もなくとも、何処まで逃げても感覚だけが付きまとう。一体、何処へ逃げればよいのか。
そもそもで言えば、今日は町の様子がおかしかった。巡回任務クソくらえとする彼を、いつもであれば生真面目な上官が叱り飛ばしに来るのがお決まり――その筈が青い鎧の女騎士の姿は愚か、その他の同僚も見られなかった。
「ウプっ、と、クソがっ!」
走れば酔いが回り、喉元へとせり上がってくるものに足を止めたくもなる。だが嘔吐感を上回る背筋に伝う寒さに、脳は走れと命令し続けた。
「ウ――」
不意に、ウェイカーは足を止めた。それは困ったことに、吐き気によるものではない。黒い手が彼の口元を覆うようにして押さえつけているのだ。
(何だよ、本当に……)
自由に出来る瞳をぐるりと回し、事態の把握を試みるが、アルコールに毒される頭ではごくごく簡単な処理もままならない。
(やっぱり、酔ってるんだ。エールの飲み過ぎだ、こんな、こんな……)
己を拘束する者は、生き物ではない。彼の直感は正しいが、そんなことは認める訳にはいかない。二足歩行をして腕も頭もある――人間との共通点は見受けられるものの、黒ずくめのこの者を生命とは認めたくない。冷静に把握したいというのに、頭がその存在を認めることを拒否している。
ウェイカーが大英雄の秘蔵っ子というのは、あながち間違いではない。手癖と素行の悪さから、まだお目通りがかなっていないだけである。期待の新人であるこの兵は、かけられたものに違わぬ働きを見せる。捕まれると同時に、黒ずくめの脇腹を短剣で突いていた。
手並みは鮮やか。真面目な正規兵程、彼の手中で踊らされる――流石に同僚を殺すことはしないが。今は後ろの奴へ刃はずぶりと沈んでみせる。
(嘘だって言ってくれよ……)
だからこそ、脳は警告音を煩いくらいに鳴らし続ける。人は刃で刺されれば死ぬ。それは彼がこれまで学んできた中で、唯一絶対と言えるものであった。誰にも覆せるものではない。
では、回避も防御も執らず、刃を受けながらも平然とウェイカーを拘束するこの黒ずくめは一体何者なのか。刺した感触は、これまで味わってきたものとさして変わらないというのに――――
「不思議」
細い声が横手から兵に届いた。それは少年とも少女とも取れる声だった。
己以外に人が居たと兵は安堵を浮かべるも、直ちにそれが間違いであると表情を強張らせた。他に人が居る訳がない。ある筈がない。現れた者はこの異常を起こした側だと、掃き溜めで生き抜いてきた勘が引き続き警鐘を鳴らす。
「酔っぱらっているから? ううん、酩酊状態にある者にも認識阻害はかかっていた」
「ヘゥ――」
押さえられたまま、ウェイカーは悲鳴を上げる。宵闇から現れた者は、やはり黒ずくめ。ただし、後ろの何かよりも体格は随分と小さい。肩を竦める姿は、強者のそれではない。
にも関わらず、この白い鳥の仮面をつけた生き物が怖くてならなかった。
「ウェイカー、北部から来たゴロツキ上がり。駆け引きや一対一の戦闘が得意、逃走は何よりも得意。生存能力の高さから、将来は密偵候補――この辺りはどうでもいい」
ぶつぶつと仮面の者は呟く。指先は空を切るが、なぞるような動きは文章を丁寧に追いかける仕草のようでもあった。ここに透明な書籍があると言われれば、その様も納得出来る。
「ああ、なるほど」
仮面の者――カーラの指がある点でピタりと止まる。
おかしいと思っていた。この一体には認識阻害を張っている。英雄級ならば耐性や抵抗力もあって然り、それがどうしてゴロツキ程度がと思っていた。結局のところ、何と言うこともなかった。
「神に祈りを捧げて眠る時間……こう錯覚させておけば、民の大抵は部屋に篭って出てこない。例外があるとは、勉強になった。そうか、貴方は、アイリス神を否定する者だね?」
細い声が揺らされながら届けられた。大いにビブラートのかかるそれは、憤慨とも喜悦とも取れる何とも気味の悪いものだ。
「――――っ」
子どものような声に、ウェイカーは身震いした。否、届けられた声は生理的に受け付けられず、ガタガタと震え上がってはありったけの力で身を捩った。それでも後ろの黒ずくめは石で出来ているかの如く、ビクともしない。短剣を何度も刺すが、肉を裂く音がするだけでまるで効果はない。
「うんうん、納得。いい実験になった。いい手土産も出来た」
納得と言いながら、カーラは緩慢に肩を竦める。理解は不思議を殺す、眼前の事物からはすっかりと興味が失せてしまった。つまらない、そのような子ども染みた仕草を黒騎士はとっていた。
「じゃぁ、行こうか」
顎をしゃくると、黒ずくめが兵を抱えたまま歩き出す。兵士が目一杯の抵抗を示すが、それを焦らすようにゆったりとした足取りで進む。
(何処へ連れてかれるんだ?)
半ば諦めにも似た想いと、この先に何をされるのかわからないことへの不安。その言い知れぬ恐怖が不良騎士の心を満たした。
彼の問いに答える者はいないが、そもそもで言えば答える必要もない。この国で、アイリス神を否定する者の行くべき所は一つだ。
暗い路地の中へ男は引き摺り込まれ、町は何事もなく静寂へと戻った。
「スペランツァーーっ!!」
叫ぶ大英雄。それだけで何が変わる訳でもないことは、彼も承知している。
感情に揺り動かされる一方で、酷く冷めた戦士としての彼がいる。この間も五感は半ば自動的に働き、状況の把握が進められていた。
『落ち着けヴァリス。こういう時こそ、お前の口癖の出番だろうに』
今は亡き勇者の声が聞こえれば、ヴァリスナードは不敵に笑う。
「こういう時こそ、よく見ろ。そして笑え――だな」
幻聴には違いない。それでも英雄然とした顔が出来れば、助けとなるものは実物であれ何であれ構いはしない。
二代目ネギの勇者は、大英雄と呼ばれる彼から見ても規格外の生き物であった。危機に陥る度に“笑え”とヴァリスナードが冗談を飛ばせば、生真面目な勇者は真に笑ってみせた。そして笑みを浮かべたまま状況を打破して行く姿は、控え目に言っても、人間とは認め難い。
今もあの男の言動を理解出来ているかと問われれば、疑問だとしか彼には答えようがない。だが、道中で見て聴いたあの男の言動は、こうして再現できる。実のところ、あの勇者に対する理解は不要である。手に出来る名声を全て投げ棄て、一心不乱に闘い続ける人間など、理解出来ては堪らない。
(言動がわからずとも、為そうとしたものの形はわかる)
捧げるものは理解ではなく、信頼だ。友ならば、この凡人にもこのような助言をしてくれる筈だと、ヴァリスナードは平静に振る舞うことに努めた。
「……静かだな」
叫びを止めた老英雄は、改めて辺りを見回す。町は夜であることを差っ引いても静か過ぎた。直前にジュラスが怒声を張っていたにも関わらず、人っ子一人見受けられない。
(こんな時ばかりは、己の加護が恨めしくもあるな)
何らかの異常事態であるとはわかるが、それが何かはわからない。加護のおかげで、ヴァリスナードは非常に高い異常耐性を有している。何かがあったとしても、彼は素面のまま踏み倒してしまうのであるから、単独では異常に気づくことが遅れてしまうのだ。
試みに石を投げてみると、建物の隙間から路地へと動く際にごく僅かではあるが、空中で動きを止めた。神官ではない英雄には、その中身はわからない。だが異物を排除すべく結界が、それも区域丸ごとを包む大規模なものが張られていると推察する。
(黒騎士の連中の仕業か)
英雄は目を閉じて思惑に耽る。一時的であれども、此方を世界から切り離す奇跡が存在する。これら結界と呼ばれる奇跡は、アイリスの神官に与えられた加護だ。その機序はわからずとも、小悪党の神父が――又はその配下が何かをしていることは想像に難くない。
「あのアジードが王都にいる以上は単独で行った方がいいか……ふん、全く以て笑えんぞ」
口にしたものとは裏腹に、英雄は豪快に笑った。この時点で、自身の配下は結界の影響下にあり、出会うことはないし、危害が及ぶこともない。アジードの性格からしても、態々ヴァリスナードの兵と諍いを起こすとは思えない。
(ヤツらに危害がないとわかれば、それだけで楽になる)
大英雄は多くのしがらみに縛られている。王国、その主要人物に愛すべき民たち――二本の腕では到底抱えきれない程の量だ。だが、今はそれらを考えずとも良い。今この時ばかりはスペランツァのことだけを考えていれば良いとわかれば、もう十分だ。
後は、町中で黒騎士と出会った場合にどうするかである――宿に戻ってカツラを被ったところで、瞼まで達した傷は隠しきれない。陰険神父の配下は些細な事柄も見逃さないし、全裸で佇むヴァリスナードは即座に縄をかけられても文句が言えない。
どうすれば、と僅かな時間の間に悩む老人へ声がかけられた。
「お前、ちょくちょく裸になってるな。露出狂ではなく、何だ? ストリートキッズ?」
「ストリーキングだ、シャーロット。残念ながら、露出も走り出す趣味も、儂にはない」
「そう、そんな名前だった。でもお前、女に結構追い回されて走ってたじゃないか。あれか、包丁を後ろに構えられると足が速くなるってやつか。修行か? それにしても、何回刺された?」
「……何故、貴様がここにいる」
自然と精霊が話しかけてきたために、ついつい受け答えをしてしまっていたことが悔やまれた。この状況でも「人の話には応えるもんだぞ?」などと、とぼけた顔をするシャーロットの存在には、どうしても頭を抱えたくなる。
「色々言いたいことはあるが、今はポンコツ精霊の手も借りたい状況か……」
「そうそう、ヴァリ助が困っているだろうと思って、来てやったぞ」
嘘か誠か、しれっと精霊は言葉を添える。歩く魔力炉とでも呼ぶべきシャーロットの紅い瞳には、結界が視認されていたとしてもなんら不思議ではない。
「待て、何をしている?」
「動くな! 流石に大英雄が全裸でいては、困るだろう」
その話はご尤もだ。何処からか持ってこられた布が巻きつけられれば、頭頂部から瞼までを繋ぐ傷を晒す事は回避出来る。だが、疑問は残った――どうして顔だけを隠されているのだろうか。
「聞け、ヴァリ助。これは頭巾というものらしい。キンジョーのオッサンが言うにはだ、隠密作戦の時に効果を発揮する概念武装だそうな。謹んで受けるがよいぞ!」
「嘘つけっ、貴様は絶対にこの状況を楽しんでいる!」
周囲に人の気配がないと知れれば、安い茶番劇に怒鳴りもする。いつの間にか、シャーロットまでも頭巾なる覆面をしているとすれば、尚更だ――器用にも目を避けて身体的特徴が隠されているのだが、精霊に至っては紅い瞳が隠せぬ以上はただのお遊びかと思われた。
相変わらず出鱈目な生き物を前に、ヴァリスナードは再度怒鳴り散らしそうになった――それも、手元に投げられた長柄の物を見て止まる。どこからどう見ても洗濯物を掛ける竿であったが、無手であった彼にはこれ程頼もしい物もない。
「ほれ、布と一緒に失敬してきた。とっとと行くぞ」
浮かび上がるシャーロットは頭巾スタイルのままであったが、瞳は真剣そのものであった。
「あっちだ。そこに馬カラーの髪した半裸の姉ちゃんが走っている」
「……本当に貴様とは相性が合わん。だが、礼は言わせてもらう」
槍のように竿を振るい、ヴァリスナードは駆ける。ふざけた精霊であるが、勇者・英雄を導く際だけは真剣であることを、共に旅をした男はよく理解していた。
「来ないでっ!」
胸元で合わせたシーツの端を掴み、スペランツァは駆ける。薄手の生地ではあっても、足元で絡むので走り辛さがあった。
身の危険を覚えれば、こんなものは放り出してもよいのだが――どうしても出来ない。彼女が捕まれば、ヴァリスナードの名誉に傷がつくとしてもだ。
自分の女の肌が他人に晒されたと知ればどうなるか。あれで子どもっぽいところのある老英雄だ。色んなものをかなぐり捨てて暴れられては、スペランツァとしても不本意である。
「案外しぶといわ」
角に折れた途端、冷静な言葉を女は溢す。屋根の上に登れば、か弱い女を演じる必要もなかった。角も翼もないが、人間種を越えた身体能力と爪があれば民家を駆け上がることも造作ない。
眼下では、三名の黒衣の騎士が顔を見合わせている。あちらこちらへと指を差し合い、散り散りに駆け出した。
「ふぅ……」
地面へ下り、息を吐く。
宿の窓を出た途端、その場に厭な客を彼女は見つけてしまった。思わず駆け出せば、今度は黒騎士に出くわして職務質問へ――まともに答える訳にはいかず、走り出して現在に至る。
(結構走って来ちゃったか)
宿の方を見ながら、心配するヴァリスナードの顔を思い浮かべた。大英雄と呼ばれる癖に、女絡みだとだらしなくなる。だが、彼が持つ哀しみと優しさに、スペランツァは救われていた。
「貴様、何処に隠れていた!」
さて、そろそろ戻ろうかと言う頃合いに、聞きたくもない声が耳へと届く。振り返らずともわかる、黒騎士のものだ。
「隠れるも何も――あら?」
億劫ではあったが、自身は悪いことをしていないと振り返る。だが、予想に反して、傍には誰も居なかった。通りを挟んで向かい側、建物の間に黒衣の騎士が並んでいた。
彼女からは背中側しか見えず、当然、その奥にいる誰かに向けて騎士は叫んでいた。
「あ、チャンスだ」
誰が捕まえられるのか、同じような年若い女性であれば不憫だとは思う。だが、自分が捕まっては心配するどころの騒ぎではない。スペランツァはそろりと通りへ足を出し、宿へ戻ろうとした。
「おい、待て!」
強い言葉が出る。誰ともわからないが、上手く逃げ出せたらしい。
(このまま私も……)
逃げ出そう、そのように心内で呟いてみせるも、足が止まった。言葉以外に不審な音が混ざっている。耳の良い女は、正体もわからぬ内から身の危険を覚えた。これが何か、わからずに背を向けてはいけない。
「待て、待てと言っている!」
不自然であった。声を上げる騎士たち、逃げる相手に向ける言葉であるのに、その音は悲痛に揺れていた。複数人居た筈も、声を出せているのは唯の一人であった。
「待て、やめ――」
声が減り、不審な音が随分と拾い易いものへなった。ブンという音、竜が爪を振り下ろした――かどうかはわからぬが、その後言葉は止まった。
静かな路地にタパパと水飛沫が打ちつけられる音がする。
「……何?」
間違いなく、向こう側ではよろしくないことが起こっている。顔を顰め、奥を覗き込もうとするスペランツァの足元へ、何かが転がり来る。
それは歪な球体であり、半回転の度に金属部分と肉の部分を見え隠れさせながら近づいて来る。真円ではないので、リズム悪く転がり来る――見なければいいとわかっていたが、確認のために女は視線を落とした。
「ひっ――」
ゴロリと最後の回転をして、肉の部分が上を向く。冑を被った人間の頭らしきものであった。らしきと彼女が思ったのも、スペランツァは生き物がこれ程嘆きに顔を歪めたところを見たことがなかったからだ。
呑み込み切れなかった悲鳴が厭に響く。それに誘われるようにして、黒騎士の首を飛ばした者が建物の隙間から這い出した。
「貴方が、これを?」
掠れた声は更に引き絞られて出された。
現れた人物は、店で兵を止めてくれた旅人によく似ている。ほぼほぼ同じであったが、細部がスペランツァの記憶とは異なった。
手にした長柄の物――矛に分類されるそれは刃の先端に丸みを帯びており、血液を滴らしている。更には無精髭を蓄えた顔も赤い飛沫を浴びていた。
「この姿を見ても平然としている……そうか、お前もか」
人間を三人も殺しておきながら、男は淡々とした様子で語る。それもその筈、彼にしてみればそれらは同胞でも何でもない。殺傷というよりも、害虫が我が身に迫ったから払った。その結果、相手は死んでしまった、その程度のものだ。
息を呑みながら、混血種の女は男を見据えた。悲惨な場面に出会いながらも、どこか冷静に先程覚えた懐かしさの正体を理解する――男の茶系が差した黄色の瞳、頬に浮かぶ鱗、それらは父の姿に近似していた。
目の前の人物が竜人であることに間違いはないが、その額に角は認められなかった。尚のこと、己と近い生き物であると悟る。
「竜人……いいえ、混血――」
「俺は竜人だっ!!」
黄色い瞳に赤を差し込ませ、男は怒鳴った。目を血走らせながらするその様、驚くべきは沸点の低さか、怒りの程度か。たった一言で、静かだった者が忽然と動へ転じる。その様は恐怖を覚える。
「ヴァリス……」
有無を言わせぬように矛を喉元へと突き付けられて、女は胸元のネックレスを握り締める。それは、単なる気休めであった。今となっては、ヴァリスナードを呼ぶ気もない。辿り着く頃には己が躯を晒すとことになる――あの老人が哀しみにくれる様は見たくもなかった。
(出来れば、私のような者でも生きられる世界にして欲しい)
誰にも告げたことのない願望を胸に、女は瞳を閉じた。観念したと言ってもいい。ただ、胸の奥までは見せない英雄がまた哀しむかと思えば、それが心残りであった。
小娘一人の死で、世界の終わりのような表情をされたのでは、たまったものではない。親のような人であったが、愛してしまった。それがたまたま大英雄だった。なら、その英雄の傍らに立つ者として、潔さだけは持っていたかった。
一大決心の元、キツく目を瞑ったものの、なかなかその時は訪れなかった。些細な事で激昂してみせた眼前の生き物が見逃すことなどあろう筈もないのに……訝しがったスペランツァは片目だけを開いた。
「何、この光は?」
思わず、口を突いていた。眼前に広がるは、柔らかな緑色光。確かに突き入れられていた凶刃をも防ぐ魔力の光に、スペランツァは少女のように瞳を輝かせた。
語られぬ勇者が、確かに居た――幼き頃、何度も聞かされたその奇跡の再現を、彼女は今目にしている。
緑の光は闘神の恩恵を受けたもの。喉元まで迫った矛を止めるものは、彼の大英雄の親友にして、この世界を護った力であった。その導き手たる精霊は、紅い瞳が持てる力を発揮して壁を作る。
全てはルファイド神の勇者が望むことを為すべく。今はこの場に現れた大英雄の、勇者の盟友の望みを叶えるためにシャロは補助に徹する。
「……助けられてばかりね」
目を瞬かせながら、女は不器用な英雄に護られていることを改めて実感した。
贅沢を言うべきでもないとはよくよく理解している。助けられてありがたい――だが、どうして全裸なのだろうか? もう少し格好良く救って欲しいと思ってしまう。この文句が出ることにも目を瞑って欲しい、何せ、今は英雄譚に謳われる姫様の心境なのだから。
「貴様、竜人らしいが……何をしようとしている?」
言うが早いか、ヴァリスナードは手にした竿で相手の矛を打ち払う。格好はともかく、その瞳は真剣そのもの。
「混血は殺す。それが、俺の役目だ」
「そうか……」
バックステップをして、距離を取る男を一瞥し、大英雄はゆっくりと息を吸い込む。
「誰の女に手を出したか、その身を以って知れ!」
吐き出された声は余りに大きい。怒りを隠すことなく、傷だらけの英雄は眼前の男を一括していた。その在り様もまた、吟遊詩人が謳うには相応しい。
スペランツァは駆け付けた老英雄へ熱い眼差しを注いだ――あくまでも在り様に対してであり、顔だけ隠した全裸のおじいちゃんだと思えば、その熱も若干冷えてしまうのだが。




