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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第三話「ネギと炎の料理人」
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お口直しをご所望か?【幕間】

 空っ風が平原を駆け抜ける。幾分も砂を含んだそれは、この国では最早当たり前。


 レジナス王国より東、平原ばかりが目立つこの中立地帯を南へ抜ければ、そこには山岳地帯が広がっている。この地へと近づく程に風は強くなるが、住まう種族にとっては、やはり当たり前のこと――この程度で音を上げるようであれば、少数民族である彼らは疾うに隣国に併合、或いは根絶やしにされていたことだろう。


 岩肌、茶系統のものばかりが目立つが、自然との調和を崩さない程度に斬り拓かれたそこには国があった。エスジレーヌという名をした、山々に囲まれた国を一騎で駆ける若者がいた。


「ただいま戻りました」


 相棒から降り立ち、早々に若者は首を垂れる。白銀の鎧を纏ったこの人物は、身を屈めても大きな存在感を示していた。この部屋には高貴な者たちが集っているが、その誰もがこの白銀へ敬意を払っていることから、この国において特別な存在であることが知れる。騎士然とした若者は、国における英雄であった。


「――ご苦労」


 部屋の中では一段高くなった位置より、重臣へと一言が返された。身を沈めるは何とも大きな椅子であった。威厳に満ちた態度でここに座る人物は、頭に金の冠を戴いている。つまりこの者はエスジレーヌの王であり、座するものは玉座であった。


 王はマントや冠といった装飾こそ施されているが、その他に身につけられたものに儀礼的なものは見て取ることは出来ない。今でこそ王座に身を預けているが、ガウンとズボンは身体にフィットしたものであり、動きやすさを重視した代物であるとわかる。


 拳の上に乗せられた顎、そこには髪と同じく白い髭が蓄えられていた。年齢は十分に老年と言ってよい頃合い、だが衣服の上からでもその身が締っていることが窺える。何より皺が折り重なる目元、その瞳はこの国にある岩山と同じく固くも雄大な、それでいて何処か寂しげなものであった。その琥珀色の瞳は、王にして神の加護を得た証左だ。


「面を上げよ」

「はっ――」


 王は白銀の騎士へと発する。それに対して、即座にこの騎士――エドワンは応えた。顔の全てを覆う冑を纏っているが、開けられた二つの穴から覗く琥珀色の瞳は、王と同様。ただ違いを述べるとすれば、その瞳は非常に澄んでいた。一国の王へ愚直なまでに真っ直ぐな瞳を向けてみせる。


 一騎士であるこの者が如何に王へと忠誠を誓っているか、それは周囲にいる高官たちが注ぐ視線からもよく理解が出来た。


「エドワン、状況はどうか?」

「変わりありません。周辺を飛んで(・・・)みましたが、穏やかであります」


 視線は逸らさず、エドワンと呼ばれた若者は応えた。率直に応えすぎているこの姿は、他国からすれば奇異に映ったかもしれない。もっと言えば、城が文字通り山の中にあることを差っ引いても、王の間へと直接に竜を乗り上げることは、一騎士に許される範囲を越えている。


「そうか。いつもすまないな」


 王は片眉を上げて、騎士へ労いの言葉をかけた。枯れたこの王の応えからすれば、竜を乗り付けたことは非礼でも何でもない。むしろ、少数の民の中でも竜騎兵という存在は、尚希少であった。


「なぁエドワン、ここには重臣しからおらぬ。お前が素顔を晒したところで――」

「なりませぬ」


 あろうことか、王の言葉をこの竜騎兵は遮った。冑を被ったままでの謁見、どう考えても無礼でしかない。が、これもまた無礼ではなかった。


「王……いえ、甘えに乗じて、敢えて父上と呼ばせてください。冑は、やはり取れません……私の顔は、貴方様に似すぎている」

「お前は、お前という奴は。アレクセントにそこまでの気を払うか? 我からすれば、お前が長兄であったのならば――」

「おやめください。臣下を疑う訳ではありませんが、何処で誰が魔法を張っているか……お戯れで済む筈の会話も、聞く者が聞けば、王の地位を揺るがしかねません」


 再び言葉を遮ったエドワンは、それよりも、と別の話題、本題へと話を逸らす。


「ここ数日、私に警戒を命じられたこと、それは西の人間種(・・・)に関わることだったのでは? 命じられるままに行うべきですが、どうしてもそのような事を想像してしまいます」

「やはりエドワンこそが――否、これ以上は言うまい。今お前が言うたとおりだ。人間が我々竜人と会合を開きたいと申し入れて来た」


 語りの始めこそ、王の瞳は大きく見開かれた。だが、第二王子でありながら、竜騎兵に徹しようとする息子を見て、枯れた竜の王は寄越された使者のことについて語る。


「また、使者が来たのですね。例の金色の髪をした女性騎士ですか?」

「そのとおり」


 うむ、と鷹揚に頷く。人間種との交渉などはこれまで、まるで考えることはなかった。


 レジナス王国、人間種が住まうその地を巡り、これまでに大きな争いがあった。寿命の短い彼らからすれば随分と前のことであろうが、竜人の王にすれば最近のことのように思い出された。


 魔物が人間種へ仕掛けた、大きな争いがあった。それは竜人にとっても他人事では済まされなかった。結果を言えば、魔物側が沈静化されて終わりであったが、民の数が他よりも圧倒的に少ない竜人種からすれば、この結果をどのように受け止めたものか――その折に、大戦を終結へ導いた黒色鎧を纏う男、その従者から申し出を再三に渡って受けていた。


 王は、先程現れた青い鎧を纏った人間を迎え入れ、一つの決断を下したところであった。


「エギレア神からの託宣も受けた。我は、レジナス王国へ向かう」


 語られた言葉は、ハッキリとしたものだ。王の決断に抗う必要はなく、エドワンは一言「御意に」と応えた。


「それでは、供回りは私とヘディクス卿のご会派――竜は三でよろしいでしょうか?」


 竜騎士であるエドワンは、王の身辺を護ることを中心に武官、文官に対して意見する立場にある。人間種の国へ竜を率いることは示威行為に思えるため、余り勧めたくないところだが、エスジレーヌ国の未来を思えば多少は力を見せねばならないところだ。


「いや、竜は置いていく」

「御意……と申したいところですが――」

「そして、エドワン。お前はトトリへは連れていかない」


 今度は王が竜騎士の言葉を遮った。護るべき対象から同行を拒否されたことへ、この者は少なからず動揺してしまう。が、それも一瞬のことであった。


「アレクセント王子、ですね?」

「そうだ。お前にはレジナス王国との国境に陣取ってもらうぞ。竜は五でよい」


 語気を強めた子へ、王は淡々と語る。


「父上、私は――」

「もう下がってよいぞ」


 頬杖をついた姿勢で、王は言葉を放った。それは瞳と同様に枯れ切った、寂しげな音であった。まだ年若い竜人の王子は、冑の下にある琥珀色の目を揺らす。様々な想いがこの時に駆け巡るも、最後には「御意に」と応えて竜へと跨っていった。


 赤い肌の竜、この国でも一、二を争う力を持った個体だ。力強く飛び出したそれを見送りながら、王は瞳を静かに閉じた。


「王、恐れながら申し上げますが、エドワン様は竜人種の未来をお考えになってのことと思います」

「……そうだな。我もそのように思う」


 瞑った目はそのまま、皺を一層深く刻んで王は応えた。


(エギレア神が仰られたとおり、ただの会食で済めばそれでいい)


 レジナス王国の若手料理人、その最高峰が振る舞う料理を食すことで、竜人は繁栄を約束されるだろう――久しく見なかった信奉する神の言葉を思い浮かべ、枯れた竜人は国の未来を案じていた。




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