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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第二話「名声なくとも、勇者」
27/202

ネギの勇者だ、覚えとけ! 5

 その女には、好きな男がいた。今にして思えば、心から愛していたと言える。愛しているという一言が伝えられなかったことは、現在でも彼女の心にしこりのようなものを残していた。


 どうして言葉が伝えられなかったのか、ここ最近になってようやくわかった気がしていた。人に愛されているという実感がなかったため、当時抱いた想いが何であったか、それがわからなかったのだろうと、彼女は思う。


 勇者ギルドの受付になって三年程が経過した頃、その男に愛の告白をされた時、ただただ戸惑うことしか出来なかったことをよく覚えている。


「答えは、まだいいですよ。ただ僕は本気だってことを伝えたかったんです」


 無言でいる彼女に向けて、勇者に成り立ての青年はそのように応えては笑っていた。仕事には慣れてきたが、このような時に何と受け答えしたらよいか、それは生憎とわからなかった。


 だが、少年と見紛う程に屈託ないその笑顔は、見ていて好ましいものだった。


 同世代で、こんな顔をする人物は――否、殺伐とするギルドの中にはいなかった。勇者ギルドは何らかの加護を受けた腕自慢が、成人になると共にその門戸を叩くのが通例だ。


「僕の前職ですか? 農家ですけど……ちょっと、笑わないでくださいよ」


 近所を一緒に散歩していたある時、何故この青年が勇者を志したのか気になり、問うてみた。別に農家を馬鹿にしている訳ではなかった。二十歳を越えてから、わざわざ勇者になろうという彼は、変わり者に違いない。


 それなりの規模で活動している商人の家に生まれておきながら、ギルドの受付嬢をしている自分は人のことをどうこう言える立場にもなかったのだが。


 それでも何度か出会っている内に、その青年の誠実さに惹かれていたのは確かだ。だからこそ、今にして思う――どうして、私も愛している、その一言が伝えられなかったのだろうかと。


 見栄えのする顔を、平民でありながら輝かしい髪をしていることを、彼女はこれまで自慢に思っていた。ひけらかすことはなかったが、他人が羨むこの見た目を憂う日など来る筈がないだろうに。


「レティアの華と釣り合いが取れるよう、頑張ってきますね」


 それが男の最後の言葉だった。


 出会いから数年が経ち、ゴブリン程度は難なく討伐出来る程度の力を彼はつけていた。にも関わらず、身の丈よりもワンランク上の魔物討伐に出て、帰らぬ人となってしまった。


 人に愛された実感に乏しかったため、上手く他人に微笑むことが出来なかった。このことは、永らく彼女を苦しめた。人を救いたいという想いは立派だが、それで自分の命が失われてしまっては意味がないのではないかと思う。


 これは言い訳か。八方美人に作り笑いをしていたから、誠実な青年を不幸にしたのだと結論づけていた。仕事は食うためにしていたという割り切りがよくなかった。


『見た目は綺麗だが、ありゃダメだ。まるで氷像だよ』


 誰かがそう呟いた。大勢に聞こえるように言っていたのだから、彼女の耳にも入って当然だ。それでも名物受付嬢は大したリアクションを取ることもなかった。


 親しくしていた男が死んでも、彼女は淡々と業務をこなしていた。レティアの華の他に、氷の女と呼ばれ出したのが丁度この頃だ。時を経ずして、ほらねとギルド受付嬢は思う。


 自分なんかが笑ったところで仕方ない――否、笑っていては誰かが自分に巻き込まれる。そのように己へと言い聞かせていた。見た目の良さを怨む日が来るなど、幼き頃には思いもよらないことだった。


 忙しい父と、その父に怯える母。生家に自分の居場所などなかった。だから、成人を迎える頃に飛び出した。商人の家に生まれたおかげで、読み書き計算(アバカス)は叩き込まれている。そのおかげでギルドで働くことが出来たのだが、あの青年を死に追いやったと思えば、笑うことなど赦される筈がない。


 自分と関わった人の命が奪われる、これ程に辛いことはあるだろうか? だから、受付嬢は躍起になった。身の丈に合わない依頼を受けようとする若年勇者を叱責し、モラルない行動を取る勇者には容赦なく通報を行った。


 これでいい。こうすれば、人を護ろうとした挙句に命を奪われる人物がいなくなる。かように、心に穴を空けてしまった女は思っていた。顔はいいが冷たい女――そのように誹られようが、見知った人が死ぬよりかは遥かに良い――そのように、思っていた。


『考え事ですかな』


 ごく最近になって、ドキリとさせられる言葉を聞いた。冷徹な自分に向けて、このような言葉をまだ吐く人物がいたのかと、焦りに焦った。戸惑っていたと言っていい。誰も寄せ付けず、誰も傷つけず、彼女はそうやって暮らしていたのだ。


 それを、常に上半身半裸などという非常識な男が声をかけてきたのだ。誰にも関わらせないように生きてきた。だが、誰とも関わりを持ちたくないなどとは彼女は思っていない。仕事では、町を人を守る為に精一杯身を投げうってきたつもりだった。


 それも、一人の料理人に仕事の意味を(サト)されれば、思い改める。


『あんな表情の主に何か言うのは、野暮ってものかと』


 嫌々ながら少年勇者のガイドをしていた時、その言葉、笑みにつられて、ついつい数年振りに心からの笑顔を晒してしまった。不覚に思ったが、不思議と嫌ではなかった。


 どうしてかと考えた時、永年の疑問が氷解した。永らく固まったそれが融けてしまえば、激しい奔流となって彼女の心に残ったしこりを幾分も削り取っていた。




「私は、あの屈託ない笑顔が……好きなんだ!」


 日が傾き出した頃、仕事を終えて宿に帰ろうと多くの人が往来する中で、ラフィーネは叫んだ。それは氷の女と評される彼女には似つかわしくないもので、自ずと視線が集まってしまう。街中を全力疾走しているとなれば、尚更だ。


 だが、それも気にならない。人目を気にしている時間などない。


 自分に掛け値なしの笑顔をくれたおじさんが言ったのだ“我らが勇者は護るべき人からの応援を糧にしている”と。ならば、自分の出来る精一杯は、彼を応援する人を集めるということだった。


『巻き込んですまなかった』


 あの中年の男は、町の英雄に頭を蹴られて気を失う最中にあっても、町民である自分を案じてくれていた。出会ってそう幾ばくも時間は経っていないが、彼が主であるネギの勇者を如何に慕っているかは痛いくらいに理解していたつもりだ。


 その彼に、自分の身を心配させてしまった。


 若い頃、たった一言が伝えられずにここまで苦悩してきていた。だが、今ならば出来ることがある。おじさんが慕ったネギの勇者を慕う人たち、それらを集め切ったのだから、後は自分が辿り着かねばならない。あの少年は、びっくりするくらい鈍感な生き物なのだから、最後の一押しが必要だ。


 ラフィーネは、昨晩泣き腫らした瞳に汗が入ることも気にかけず、闘技場を目指した。




 コツコツと、鉄靴が敷き詰められた石を打つ。考え事をしながら歩いた時とは異なり、ジオはその音を聞きながら無心で進む。目指すは闘技場の舞台、その先に黄金剣士トリルが待っている。


『怪我人はお姉ちゃんが引き受けた。ジオ、お前はお前の責務を果たせ』


 勇者の責務を放り出した青年へ、それこそ引導を渡せと精霊が彼へ告げていたことを思い出す。少年はその言葉を聞いた時と同様に、硬く拳を握り締めて薄暗い通路を歩いていた。


(おっちゃんたちは平気だ。安心しろ)


 長い通路を進みながら、ジオは自分に言い聞かせる。シャロの魔法は大したもので、肉体の損傷を瞬時に癒す――だが、あくまでも外的につけられた傷に対する回復でしかない。粗雑な錆びた短剣で斬り付けられたオッサンは、不衛生な刃からもたらされる菌の影響などを考えれば、全快に時間が掛かる。


 如何に精霊でも時間を巻き戻すことは出来なかったため、ネギの勇者の故郷、シャロが生まれた森へと連れ帰られていた。故に、ジオは独りでレティアの顔と対峙することとなる。


 若くして黄金剣などという、分かりやすいシンボルを手にした勇者が相手だ。当のトリルは決して弱い訳ではない。これが魔物であれば幾分も楽だっただろうと、まだまだ若い勇者は思わずにいられない。


 人間相手、しかもそれがこの闘技場の現役チャンピオンとあれば、劣勢を強いられることが確定している。


「ああ、何と言うか、想像通りだな」


 通路を抜け、視界に灯りが入るとともに、ジオは言葉を溢す。先日のオークとの争いの時とは驚く程に環境が違う。彼を待っていたのは、レティアの民からの大ブーイングであった。


 円形の闘技場内は、見渡す限りに娯楽を求める民で埋め尽くされている。その大半は、日頃からこの場での闘争に熱を上げる男たちで占められていた。


 先んじて舞台へと姿を現したネギの勇者を前に、場内は一斉に罵詈雑言を投げかけた。これも昨日に聞かされたルールに従ってのものであったが、今のジオは緑色の胸当て程度しか装備をしていない。町の英雄であるラザロのような出で立ちをしている挑戦者を、目の肥えた観客たちが歓迎することなどなかった。


 仕事終わりの男たちはこの闘技場にカタルシスを求めて来ている。端的に言えば、ジオは悪役(ヒール)であり、チャンピオンのトリルにぶちのめされる以上の役割を求められていない。


 舞台へと歩んだ勇者は、魔法的な措置を携えた光源に照らされながら唸る。全くのアウェイに身を置き、さてどうしようかというところであったが、それも間もなく寄り集まった声量に掻き消された。


 トリル、トリル――そのような叫びがあちこちから舞台へと投げかけられる。


 ネギの勇者の真向い、通路の暗がりに火が灯されれば、その光を照り返す黄色の鎧に身を包んだ青年が悠然と姿を現していた。その様は何と表現したものか堂々としており、軽装で立つ緑色の勇者よりも遥かに勇者らしかった。


「あー……ちょっと、故郷に帰りたくなってきたな」


 まだ舞台に上がる前からこれである。誰にも聞こえないからと、思わずジオは泣き言を溢してしまった。


 それも赦して欲しいものだ。少年勇者は我が目を疑わざるを得ない――現れたトリルは全身を黄色の鎧で固め、利き手にはシンボルとも言える黄金剣を、果ては背中に身の丈以上の長柄の物を背負っているではないか。その獲物が何たるかは、布に包まれているために判然としない。


「つーいに、レティア闘技場チャンピオン、トリルの登場だーーーっ!」


 完全な――否、これ以上ない劣勢の中で大声が響く。これは闘技場の灯り同様、魔力の込められた魔導器によるものであった。素の声を拡大させるそれに言葉が乗れば、場内のボルテージはまた一段階は熱を上げる。


「皆さん注目をしている通路、堂々と歩くこの人物はレティアが誇る闘技場の最年少チャンピオンであります。競技回数こそ少ないものの、現役勇者にして煌く斬撃を放つ彼を止めるものがいるのだろうか? 否、いない! 彼の強さは、この闘技場にいる観客たちのかつてない歓声が証明しているのだっ!」


 早回しの台詞であるが、まるでつっかえることなく流れていく。全体へと響くそれは、驚くべきことに観客一人一人へと届けられているかのような錯覚すら覚える。


「最強のチャンピオンを迎えるは、挑戦者ー、ジオーっ!」


(ん、俺も紹介されるのか?)


 どれ程ボロクソに言われるのであろうか。この状況にあって、ネギの勇者は楽しみどころを探さねばやっていられない心境であった。


「さあさあ、ネギの勇者を名乗る彼は、二日前に突如現れた新人勇者だ。ゴブリン四体という笑ってしまう程の戦歴を、惜しげもなくギルドでひけらかした彼であるが、チャンピオン、トリルの従者を一撃の元に無力化してみせたことから実力は本物。出処もよくわからない少年であるが、わたーしは楽しみですよ! 会場の熱気に煽られて、実況はいつも以上に力がこもってしまいます」


 一息に告げられた解説に、再びブーイングが巻き起こる。どう考えても、挑戦者の情報が多すぎたのだ。この会場にいる人たちは、チャンピオンの圧勝を望んでいる。


「何だ、こいつ? 取り敢えず、実況の上ではイーブンか?」


 小声でジオはサンキューと溢す。レティアでは自分の味方などまるきりいない、オッサンもシャロもいないこの状況では独りであると覚悟をしていた。その中にあって公正な実況を聞くと、それだけで幾分か救われた気になってしまう。


「申し遅れました。本日の実況を担当します、わたーしは、さすらいの吟遊詩人リバーハインドでございます。先日流れてきたばかりですので、レティアのことは右も左もわかりません。それでも、しかして、いやはや、ただただ目の前の闘技を全力で語らせていただきます! 皆さま、勇者対勇者という異種格闘戦、興奮しているのはわたーしだけではありませんでしょう。最後まで、決着のその瞬間まで、ご一緒に盛り上がってまいりましょう!」


 短い人生であったが、ジオは一息にこれ程言葉を紡ぐ人間を見たことがなかった。単純に吟遊詩人という職種へ惜しみない敬意を払う。


 やや勢いに乗って語られた口上であったが、場内は一層に沸く。トリルコール以外の歓声が起こりつつ、いつしか本日の主役が闘技場中央へと到着していた。


「さーあ、両雄揃ったところでレティア名物、闘技の幕開けだ! 時間無制限の一本勝負は当たり前、魔法と薬物以外は何でもありの死亡遊戯(デスマッチ)、わたーしはこのような激しい争いを見たことがない! 勇者が持てる加護、技の一切にも制限がない。本来魔物に向けられるそれを、我々は今、目にするのだーーっ!」


 二人の勇者が視線を交錯させても尚、実況は鳴りやまない。観客を盛り上げるためとは言え、少々うるさいのではないかとジオは思った。それでもこの口上を聞けば、ついに自分以外の勇者との闘いが始まるのだと自覚させられる。


 今耳に届いた言葉通り、装備に制限などはない。靴の他には胸当てしか頼れるもののないネギの勇者としては、最早開き直りつつあった。制限がないならば、とズボンのポケットに手を入れる。


「お前、そんな装備で大丈夫か?」


 相変わらず厭味たらしい声で、(フル)装備の黄金剣士は嗤う。実況の声と歓声に掻き消され、このやり取りは外には聞こえていない。この口元の歪みすら、試合前の不敵なものとしか映らない筈だ。


「ああ、問題ない。俺にはこれが――」


 独りであっても、誰かに聞こえるような泣き言は溢さない。ここで愚痴っているようでは、偉大な勇者であった父の背中を遠ざけてしまう。三代目ネギの勇者という看板を背負った彼は、ポケットに忍ばせていたとっておきを披露する――その寸前で言葉を止めた。


「ジオさーん、がんばれーーーっ!!」


 声がしたのは、客席入り口の方向だ。


 視力の良い少年は、柔らかな金髪の美女をその瞳に収める。それと同時に、彼女の近辺に自分を応援する人たち(・・・)が集まっていることを知った。


「問題ない。俺には、応援してくれる人たちがいる」


 黒々とした染みの広がった赤いスカーフを額に巻いて、ネギの勇者である少年は不敵に笑った。


「黄金剣士が動いた、今、決戦の火蓋が切って落とされたーっ!」


 実況の言葉どおり、勇者同士の激突が始まる。レティア史上、かつてない程の熱狂に闘技場は包まれた。




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