↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第二話「名声なくとも、勇者」
28/202

ネギの勇者だ、覚えとけ! 6

 黄金剣が掲げられると、闘技場内は歓声に沸いた。二日前、勇者らの出会いを再現するかのように、舞台中央ではその剣がネギの勇者の鼻先へと向けられる。


「あれ程虚仮にされたのは、生まれて初めてだった。勇者として育った私には、とても考えられたものではない」

「俺はいつだって本気だ。気を悪くしたなら謝る、あの言葉に偽りはない――が、それもアンタが民に慕われる勇者だってのが大前提だ。その力を従う者へ向けたアンタは、最早勇者じゃぁない」


 抜かれた剣の切っ先を摘まみ、ジオは淡々と語った。それとは対照的に、トリルは茶色がかった瞳に熱を込めて睨みつけている。ギルドを有するレティアにおいて、勇者同士の争いは珍しいものではない筈だ。それにも関わらず、観客たちはこの二人のやり取りを熱狂的な目をして見届ける。


 ただの膠着状態にあったが、居合わせた人たちは何かを感じ取っていた。


 観客には知り得ないことであるが、この二人は互いに勇者を父に持つ、勇者になるべくして生まれてきた存在だ。動きにこそ激しさは見受けられないが、既に勇者としての力比べは始まっている。


「こ、これはどういうことかっ! 開始早々の睨み合い――いや、そんな生易しいものではありません。片や金色細身の長剣、それを操る青年は黄金剣士。片や無手、剣を突き付けられても動じないこの少年はネギの勇者」


 リバーハインドが小気味よい調子で状況を言葉に紡ぐ。正確な実況を心がけている彼であったが、すぐさま己の言葉の訂正にかかった。睨み合いかと思われたが、少しばかり状況は変化を始めている。


「剣と拳では、剣の方が圧倒的に有利、そんなことは常識。わたーしも旅先では同じように謳うことでしょう。だがしかし、掴まれた剣先が押し返されているのは一体どうしたことかっ? 私の見間違いでしょうか? 魔力計に反応は――ない。何とも驚きであります。挑戦者は魔法を使わずに、黄金剣を素手で押し返している!」


 一撃でゴブリンを倒すことが出来る。それはどちらの勇者にも当てはまる表現だ。だが、その一撃でゴブリンを粉砕(・・)出来るジオの方が、単純な力では勝っていた。


「力比べでも根比べでも、俺は負けないぞ?」

「勝つのは私だ、それも全くの余裕で勝つ」

「あ――このバカっ!」


 じわじわと押し返していた黄金剣から一気に抵抗がなくなり、緑の勇者は焦った。武器を捨てたとも思われたが、そうではない。ジオはすぐ様気を引き締め直さねばならなくなる。


「なーんとっ、黄金剣士トリルが自らの剣から手を離した。かと思えば、次の瞬間にはショートダガーに持ち替えて刃を合わせている! 剣と無手かと思われたが、一転、剣と剣の鬩ぎ合いに早変わりだーっ」


 刃先を握らされているものの、観客たちの目にはまるでトリルが剣を譲ったように映ったことだろう。事実、力で劣る黄金剣士であったが、押されていたことすらパフォーマンスとして受け取られている。ともなれば、トリルを呼ぶ声が更に強くなった。


「その力、同じ勇者として驚嘆に値する。だがそれ程の加護・技能を発揮するには、相応の制約がかけられている筈だ――お前、剣が使えないと言っていたな?」


 応援に掻き消されることをいいことに、黄金剣士は言葉も嗤いも隠そうとはしない。ネギの勇者は人間との争いにかなりの制約がある、それも剣を振ることで罰則(ペナルティ)が与えられると黄色の勇者はにらんでいた。


 この場にオッサンがいれば、何と言ったことだろうか。一転して危機に陥るネギの勇者。場内の熱気も手伝い、額に汗が滲み出す。


「どうする? 剣を振っても、いいんだぞ?」

「ええぃ、挑発したのはアンタだ。後悔すんなよ!」


 この程度でイラつくなど、未熟なことこの上ないとジオは自覚する。しかし観客や勇者の制約を盾に取る手並みを見て、相手が一枚上手と意識を改めた。躊躇いが過分にあったが、止むを得ない。緑の勇者は敵勇者のシンボルである黄金剣を振り抜いた。




「――っ」


 しんと静まり返った場内に、実況者の息を呑む音が広がった。勇者同士の鍔迫り合いといった様相に観客も熱を上げていたが、ネギの勇者が黄金剣を振るった際の光に、誰もが言葉を失くしていた。


「お前、剣が使えないと……」


 黄金剣士も表現すべき言葉が見つからず、呻くに留まっていた。ジオのバカ力で振り切られた黄金剣だったものに、ダガーの刃はこそぎ落とされている。ダメージはないが、勢い余って間合いを外された。距離が開いたことで、様変わりしてしまった黄金剣を客観的に眺めることになる。


「……失礼しました。言葉を失うなど、吟遊詩人失格――いやいやいやいや、目の前のことが未だに信じられません。陳腐な表現になることを、お許しください。あれは、何なのでしょう。ネギの勇者って、何なのですか?」


 リバーハインドは素直に疑問を口にする。先程までネギの勇者はトリルの剣を握っていた筈だ。防戦一方と思われた彼が緑色の光とともに振り切った末、黄金剣は消失した。


 実況が語ったことで、観客も目の前のことを受け止め始めていた。隣合う人同士のひそひそ話は、会場の全体で起こってガヤガヤとした騒々しさへと変わる――ネギの勇者が手にしているもの、それは黄金色こそ放っているが間違いなくネギであった。


「受ける加護、その制約のために俺は剣が使えない。手にした武器は、こうして植物に姿を変えてしまう訳だ」


 訝しがるトリルへ、緑の勇者は敢えて説明する。


 ルファイド神の加護“戦闘行為否定”は農耕力、基礎体力を向上させるが、武器の類を扱うことが出来なくなる。ジオとしては如何な非道が相手であっても、勇者のシンボルを取り上げるようなことはしたくなかった。トリルの策に対抗するため、仕方なしにというところであったが……


「それで、もう既に勝ったつもりか?」


 黄金剣をネギへと変えられた黄金剣士であったが、背負った長柄の物を手にすると口元に笑みを携えていた。彼の勇者としての通り名は“黄金剣士”それは何も、黄金剣に因(ヨ)るものではない。


「つ、ついに出たーーっ! 私も耳にしていただけですが、あれこそが黄金剣士トリルの切り札だ。ラザロ、そして前チャンピオンを倒した際に見せた煌きが、今ここに!」


 再び場内へアナウンスが響く。ネギの勇者へ驚きを隠せない実況者であったが、金色の光を目に冷静さを取り戻す。事実、彼の説明は端的で正確であった。


 布が剥がされ刀身が晒されれば、会場を金色が貫いた。これにはザワついていた観客も再び歓声を上げて盛り上がった。厚さこそ常識の範囲内であるが、柄だけでも肩幅に近く、剣そのものは胴体程の幅と身長に匹敵する長さが備えられていた。


「あれは、黄金剣は、親父のシンボルだったもの。私にとってはただの頑丈な剣でしかない。これこそが私の勇者としての証、ウィッツ神より授けられし金色斬馬剣だ」


 瞳を濃紺――信奉する神のイメージカラーへと変え、トリルは剣を構える。加護を発動させた黄金剣士はいとも容易く、長大なそれを担いでみせた。




「ジオさんがピンチじゃない!」

「金ぴか剣士、汚いな」


 客席前方、柵から身を乗り出してラフィーネは怒鳴る。周りの黄金剣士ファンに睨まれるが、無視を決め込んで抗議せずにはいられない。隣にいるキリカも、彼女に倣って野次を飛ばしていた。


 舞台では、煌く斬撃に迫られながらも躱し続けるジオの姿が見られる。ある時は身を捻り、ある時は飛び上がる。いつものネギの勇者らしからぬ動きであったが、残念ながら鎧が制限されているためであること、その事情は会場にいる人たちでは知り得ないことだ。


 そもそもがおかしい。先日の実力チェックからしてきな臭さがぷんぷんと漂っていたではないか。眉間に皺を寄せながらラフィーネはトリルを睨む。


 本来ならばゴブリンが出てくるところを、全身鎧を着込んだオークが相手であったり、重量制限を理由に鎧を剥ぎ取られたり――ギルド受付嬢では闘技場の詳細なルールなどはわかりもしなかったが、ハッキリ言ってこれは異常であると思われた。ネギの勇者に不利なように、否、誰かに有利になるように事が進められている。


「ネギ、そんな汚いやつに負けるな!」


 赤毛を振り乱しながら、キリカは檄を送る。


 父親が悪いことをしていたことに違いはない。ただ、その父は闘うことでしか自分を表現できない、そんな不器用な生き物だとわかっている。言葉は少ないが、悪いことをするにしても何か理由がある――恐らくは自分に関わることなのだろうと当たりをつけていた。


 だから、彼女は父を止めてくれたネギの勇者を応援する。利用するだけ利用して、人を殺そうなどという自称勇者も、彼ならば倒してくれるに違いないと信じている。


「ネギ、頑張れっ!」

「行け、ネギーっ」


 集まった子どもたちは口々にジオを応援した。大人の声に負け、当の勇者には届かないかもしれない。それでもギルドの勇者たちとはどこか違うあの少年を、応援せずにはいられない。


 周りの大人がそれを笑っているが、純粋な子どもは何かを見抜いていた。一見すると、長大な斬馬剣を振り回しているトリルが圧倒しているように映る。だが、それは黄金剣士を主役に見た場合の話だ。子どもたちはネギの勇者側から闘いを観戦している。


 場内は一気呵成といった様子のトリルに沸いているが、そろそろその大人たちも気づき始める。今も必死で躱すジオは劣勢に見えてその実、黄金剣士と付かず離れずの距離を保ち続けている。


「ジオさん、子どもたちが見てますよ!」


 応援する人はここにいる。攻めあぐねる緑の勇者に向かって、ラフィーネは再度声を張り上げた。おじさんが元気になった時、彼の主がいなくなっている――そんなことが起こってはならない。さっぱりとした笑顔の人が教えてくれたことだ、勇者に少しでも闘う力が宿るよう、氷の女と呼ばれた人物は声を枯らして叫ぶ。


「……ネギの、勝ちだ」

「え?」


 キリカが呟いた言葉に、思わず問い返す。それに返答はなかったが、真剣な顔をしている少女がいい加減なことを言っているようにも思えない。町の英雄ラザロの娘は、父譲りの洞察眼を有しているのだ。


 直後、観客席からどよめきが漏れ出た――応援に応えるかのように、避ける一方であったジオが金色の剣を蹴り上げている。


「おーっと、ここまで見せていなかった蹴り技は利いているぞ! チャンピオンは大きく後ろへ後退だ。距離を取ったことで、仕切り直すか、攻勢に転じるか? いや、動かない。地面に拳を合わせているのは一体何の前触れか」

「本当に、不思議な人……」


 実況を聞きながらジオの姿を目に収めたラフィーネは、彼の勝利を確信した。




 金色斬馬剣を蹴り上げたネギの勇者は、舞台に手を突いて姿勢を低くする。たたらを踏みながら大きく後退するトリルをすぐに追撃するようなことはしない。ここで焦る必要は、ない。


(直撃すると不味いが、ラザロのおっちゃんや二刀流のやつ程の器用さは、なかったな)


 振られる大剣、その威力は恐ろしいものだ。易々と扱いこなしていることは大したものだ。だが、ジオはそこに脅威を覚えることはなかった。篭手がなくとも、頑丈な鉄靴があれば弾くことは可能となる。


 拳に力を込めれば、石製の舞台がピシリと悲鳴を上げた。力を込めすぎていると自覚するが、そろそろ押さえも限界手前であった。体勢を整えたトリルの姿を見れば、昨日のことを嫌でも思い出してしまう。


「ジオーーっ!」

「全くの余裕ってやつは、何処に行った?」


 連撃も届かず、蹴りの一撃で攻め手を止められた黄金剣士は頭に血が上るに任せて叫んだ。平常心を失っているとわかれば、ジオはいつもの如くぶっきらぼうな台詞回しが出来るというものだ。


 あの剣は身の丈に合っていない――それが、敵勇者に抱いた感想だった。力は十分にある。難なく振り回して息切れもしないのであるから、驚いていいだろう。だが、ジオと大して変わらぬ身長の人間が扱うには、その剣は些か大き過ぎた。


 眼前の勇者はあのラザロを倒しているだけあり、実力は相当なものだ。それでも脅威ではない。多分に彼の想像が含まれるが、恐らく金色斬馬剣はそう何度も披露されてきたものではない筈だとジオは睨んでいる。黄色の勇者は強者であるからこそ、魔物や人間相手に奥の手を晒すことなくこれまでこれたのだろう。


「絡め手を好む割に、剣の扱いはちょっとばかり雑だったな!」


 叫びと共に、舞台に亀裂が生じる――瞬間、ジオは持てる加護を解放して緑色の風となった。


「ラザロの技か、小賢しい……」


 足を止め、トリルは迫る勇者を迎え撃つ。愛用の斬馬剣は頭上に掲げられると、その場で旋回を始めた。剣は即座にトップスピードに乗り、長大な鋼もまた風を巻き起こす。これも勇者としての技能であった。


(なりふり構わなくなってきたな)


 舌打ちは堪えたが、内心でぼやく。


 黄色の勇者が守りを固める姿はチャンピオンに相応しくない――だがこの移動技は、速度を殺すことなく相手の目前で方向転換、急襲を可能とする――どこから攻められようが即座に剣を合わせられる、防御を念頭においた選択はこの場において適格な戦法であった。


 突進をする緑色の風と、壁を作る金色の煌き。分の悪さを覚えるも、ジオは止まらない。むしろ石の舞台に足跡を残す度に一段と加速をしてみせた。


「何処からでも来い、叩き落としてみせる!」


 右でも左でも、無論真正面からであっても対応する用意がトリルにはあった。如何に速度を上げようが、方向転換の時には飛び上がる必要がある。事実、前チャンピオンとの前哨戦では、ラザロをこの技で倒しているのだ。


「行くぞ、金ぴか剣士!」


 剣が届くギリギリの位置、最高潮のスピードに達したジオは上体を持ち上げて全力で地面を踏み切った。


 右か左か直上か――それは関係ない。この黄色の勇者にしてみれば“叩き落とす”がそもそもはったり(ブラフ)だ。長大な剣を盾にその身を隠せば、何もせずとも敵は自らの速度で自滅を強いられる。


「――なっ!?」


 全くの予想外に、黄金剣士は取り繕うことも忘れて声を上げた。それ程の衝撃が、斬馬剣を貫いていた。


「何と、ネギの勇者、バカ正直に突進のまま蹴りを放ったーーっ! しかし単純なだけに、これは強力だ、チャンピオンが剣を取りこぼす」


 バカなという想いが去来する。実況は耳に入っているが、まるで信じられない。そのような顔をして、トリルはよたよたと二三歩後退してみせる。言葉どおり、いつの間にか無手になっていることが信じられないといった様子だ。


「別に真っ直ぐ突き進んでも、構わんだろ?」


 ラザロとのやり取りはジオに新しい技を授けることになっていた。


 ただの右ストレートが必殺の一撃となるなかで、より力の篭る蹴り技なんてものは怖くて人間に放てたものではない。だから、絶対に殺さないで済むよう自分をコントロールする術をこの少年勇者は欲していた。


「ま、待て……」


 全力の蹴りを喰らっても息災であること、やはり黄金剣士の身体能力(フィジカル)は称賛すべきものである。残念なことは、剣に受けた凄まじい衝撃に手指は痺れ前方に突き出されており、その姿は端から見れば命乞いをしているように映ってしまうところか。


「アンタ、自分の従者に向かってしたことを考えろ」


 ジオの足は既に黄金剣士の股下にまで運ばれていた。言葉を投げかけるその間に上体は捻られ、硬く引き絞られた右腕は時を待たずして打ち放たれる。


「ごっ――」


 裸拳が黄色の鎧にめり込めば、トリルは飛沫と何らかの音を溢す。


「き、決まったーーっ! 人間が、こんなに吹き飛ぶものなのか!」


 リバーハインドの実況が場内に響く。緑色の光を纏った力は凄まじく、先日のトロールと同様に黄金剣士は闘技場の壁まで吹き飛ばされた。土煙の舞うなかで、熱の篭った声が反響していた。


 数人の子どもとレティアの華以外は、誰しも言葉を発することなくチャンピオンを殴り飛ばした少年を見つめる。闘技場の常連客は誰もが自分の目が肥えていると自負している。だが、眼前で繰り広げられたものが一体何であったのか、胸に落とし込むにはまだ少しばかりの時間を要した。


「世界を救った英雄の背中を追いかけてるんだ。父親のシンボルや己を慕う仲間、そいつを簡単に手放すような奴に、俺は負けん」


 オッサンたちにしたことを考えれば、この程度では怒りが鎮まるものでもない。それでも、自身へと言い聞かせるように呟いたネギの勇者は、応援をくれた人たちへ高く拳を掲げてみせた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。