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ネギの勇者って、何ですか?  作者: 三宝すずめ
第二話「名声なくとも、勇者」
23/202

ネギの勇者だ、覚えとけ! 1

 ネギの勇者の朝は早い。勇者として鍛錬を欠かすことはないが、人前で鍛えている姿を見せるのはどこか憚られる。そうなれば、必然的に早朝から動き出すことになってしまう。


「ふっ――」


 短く息を吐きながら、飛来する物体を左の掌で受け止める。右の拳で打ち返したいところであったが、流石に金属を殴りつけることはご近所への配慮から出来ずにいた。


 手甲こそつけているものの、受け止める瞬間には少しばかり腕を引いて衝撃を殺す。それでも歩数にして二三歩は後ろへと下がるあたり、向かって来ているものの勢いを推して知るべしというところか。


「ふんぬっ!」


 殴りつけることは出来ないので、動きを止めた物体へ、右腕を密着させてからほぼ全力で振り切る。押し切られたそれは、高い木の枝に括られており、ある点を境に再び勇者へと舞い戻る。


「ふっ――」


 先程と同じく、降り注ぐそれを無音で受け止める。何度繰り返したかは本人も覚えていない。ただ、ひたすら繰り返されたということだけは、彼の額と言わずそこかしこに滲む汗から見て取れた。


「ちょっとー、ジオさーん」

「……うん?」


 戻ってきた鉄球を受け止めて、ジオは振り返る。彼の前には年頃の女性が腰に手を当てた姿勢で立っている。ソバカスが目立つ彼女は、この宿の看板娘だったと勇者は記憶していた。


「やっと気づいてくれた。もう、何とかしてくださいよ」


 看板娘というだけあって、いつもは愛嬌に溢れた相貌をしている。それが今はどうしてか、眉間に皺を寄せてジオを半眼で見つめているではないか。音を立てないようにと気を遣っていたつもりであったが、近隣から苦情があったかと身震いをしながら鉄球から手を離した。


「すまない。気をつけていたつもりだが、うるさかったかな」

「うるさくて来たのではないですよ――って、何ですか、その鉄球は!?」


 ふぉぉ、と驚きの声を上げて宿屋の娘、アビーは後ろへ仰け反ってみせた。高さは子どもの背丈程度であるが、横幅も子どもの背丈程はある。質量で言えば、成人男性よりもやや大きなそれを片手で受け止める人間を見れば、誰もが驚いたことだろう。


「ああ、これは……なんだろう。戦利品、かな」


 空いた手で顎を掴みながら、ジオは明後日の方へと視線を投げた。


 闘技場でオークを殴り倒した際、成り行きを見守っていた職員が、酷く驚いていたことを彼は覚えている。決着が付いてから、ラフィーネが悪い笑顔を浮かべて職員へ詰め寄った結果、オークの装備品を譲り受ける結果になっていた。


 鎖つき鉄球という折角の武器を手に入れはしたが、ネギの勇者はその身に受ける制約のおかげで、武器の類が装備出来ない。もらったはいいがどうしたものかと考えた結果、こうして大木に吊るしてトレーニング機材としていたのだ。その経緯はともかく、闘いに縁のない宿屋の娘にはその光景が随分と奇異に映ったようであった。


「どうかしたかな?」


 相手の反応がなかったため、沈黙に耐えられなかったネギの勇者は頬を掻きながら言葉を紡ぐ。オッサンやシャロが居れば、笑われているのだろうなと思ったが、闘うこと以外に能がない彼は微妙にはにかんだ笑顔を浮かべるしかすることがない。


「いえ、何でもないです。父からは、勇者って存在は計り知れないもの、と聞かされていますから」


 勇者ギルドを擁するレティアにおいて、宿を借りる人物は大抵何らかの力自慢であった。アビーは評判の愛想笑いを振りまくが、バカみたいにでかい鉄球を片手で受け止めるジオを見ては、その笑いも乾いたものになっていた。


「ああ、いやいや。そんなことはどうでもいいんですよ!」


 束ねた黒髪を振り乱しながら、宿屋の娘はここへ来た理由を語る。その説明をする時間も惜しまれていたため、いいから自室へ戻れと勇者へ促していた。




「戻りました――プファっ!」


 ジオは扉を開けるなり困惑する。


 カナン亭の二階、宿屋のスペースへと戻るなり、何かが彼の顔面を打った。


「あー、ピーちゃんが……」


 視界が暗転する中、少年はそのような嘆きを聞いた。随分と悲しそうな声であったが、今は自身の状況確認が先決である。顔へと飛び込んで来たものを引きはがせば、何とも言えない感情に駆られる。


「お前、何してんの?」


 やれやれといった様子で、勇者は眼前で暴れるメジロへ抗議の視線を送った。


「――――っ」


 勇者が不機嫌なのはわかるが、捕まれた薄緑色の鳥はそれ以上の怒りを示し、必死に暴れて訴えかけていた。


「ネギよ、ピーちゃんをいじめるのはやめてくれぇ」

「ん?」


 何とも悲しそうな声が響く。思わず、ネギと呼ばれた少年は顔を顰めてしまった。何故自分の寝床に幼い少女がいるのだろうか、それは生憎とわからない。


 ただ、ピーちゃんと呼ばれたメジロが忙しなく羽を動かしていることから、何となくアビーに呼び戻された理由を知ることとなった。


「あー、なんだ。俺がいじめているように見えるが、そうではないんだ。こいつは、人間に触られるのがあまり好きでなくてなぁ」


 困ったもんだ、と溢しつつ、定位置の肩へと鳥を運ぶ。その中で、ジオは目の前の少女をじっくりと見た。上目遣いの視線を受けて、何かを思い出しつつあった。この少女は、確か昨日出会った筈だ。


 キリカという名であったか、齢は十歳程度に見える。ボサボサの頭にボロを纏っているが、燃えるような赤髪は、やはりラザロの娘だということがよくわかる。


「ピーちゃんは、お腹が空いているんじゃないのか?」

「んー……そうかもしれんが、急に触るのは勘弁してやってくれ。繊細な生き物なんだ」


 メジロが頭へと移動していくが、気にすることなく勇者はキリカへ笑いかける。未だ彼の頭では薄緑色の鳥が怯えるように震えているが、それには気にかけることはない。むしろ、どうして拳奴ラザロの娘がこの宿を訪ねて来たのか。そちらの方が余程気になるというものだ。


「まぁ、早朝からようこそおこしやす、だな。ピーちゃんと一緒に飯でも食っていくか?」


 このように提案をすれば、その鳥に頭が激しくついばまれる。だがジオは大したダメージもないようで、拳奴の娘へ席を勧めていた。




 チッチッと時計が刻む音に混じらせ、勇者と少女はスープを啜っていた。


「勇者、どうして泣いているの?」


 空腹であったにも関わらず、キリカは思わず皿から手を離して問うていた。部屋着のジオは、彼女の父親に引けず劣らずよい筋肉を備えているとわかる。そうであるのに、強そうなこの少年が涙を流していることが、不思議でならない。


「ああ、失敬。余りに食事が旨くてだなぁ」

「……?」


 答えが返ってきても、少女はよく理解が出来ずに首を捻っていた。カナン亭の食事は、驚く程に美味である。だが、何も泣く程ではないだろうと、暮らしぶりの厳しい少女ですら思うものであった。


「んー、そうだな。そうだよなぁ。“料理”ってのは旨いもんだよな。最近、ようやくわかってきたよ」


 この言葉は、キリカへと向けられたものでもない。幼い頃から勇者になるべく駆け回った彼は、手の込んだ料理というものを口にする機会には恵まれなかった。皆が疑問なく食しているもの、それこそ彼が思いもよらないものであるなど、幼い少女には想像も出来ない筈だった。


「んで、キリカは何しに来たんだ?」


 肩の上で震えるメジロを撫でながら、ジオは切り出す。彼女とは昨日遭った泥棒の件でしか繋がりはなかった。よもやピーちゃんと遊ぶために、態々早朝から訪ねてきたものとも思えない。


「そうだった。ネギの勇者にお願いがあったのだった」


 スープ皿から手を離し、少女は真剣な顔をしてみせる。けぽっ、と多分に空気を呑み込んだ肺から漏れるものがあったが、それもご愛敬というところか。


「何だね、何でも言ってみてまえ!」


 再び、よくわからない体裁の言語を操り、ジオは胸を叩く。だが、次の瞬間に彼は頭を抱えることになる。


――父を、ぶっ飛ばしておくれ。


 ボサボサの少女が溢した言葉、それは真摯な願いであったが、勇者としてどのように受け止めたものだろうか。オッサンがいたならば、妙案も生まれたかもしれない。しかし、勇者が目覚める以前から姿を消していた。


「あー……うん、どうしようか。断っている訳ではないんだぞ? うん、本当だぞ?」

「頼んだぞ、勇者!」


 キラキラと瞳を輝かせる少女を前にしては、勇者は曖昧ながらも肯定の返事をせざるを得なかった。ラザロをぶっ飛ばすとなると、色々覚悟をせねばなるまい――ジオはメジロの背を撫でながら、表情だけはにこやかに繕ってみせた。





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