第20話 VS帝国料理長【前編】
ヴィレムが街中の広場で倒れてからどれくらいの時間が経ったのだろうか。
彼は自室に運ばれ、医師に診察されていた。
「…どうやら毒物によるものではなく、何らかのショックが起こり気を失ったようです」
それと顔色も良いですし、と専属の医師による診断が言い渡された。
それを聞いたこの場にいるルッツや護衛やメイド達は安諸の溜息をついた。
「…ぅ」
すると、少しばかり唸り声を上げながらヴィレムは意識を取り戻したのか目を開く。
「ヴィ、ヴィレム様!!」
いち早くそれに気付いたルッツは主の名前を叫び、彼に詰め寄った。
「…ん?その声はルッツかな」
「はい!ルッツでございます!良かった…意識を取り戻されたんですね」
「意識を取り戻された…?一体どういうこと?」
「実は、ヴィレム様は街中の広場で倒れたのですよ!」
「…!?」
何だと!と言わんばかりの驚きの表情を浮かべるヴィレム。徐々に意識が覚醒して、彼はクレープとアイスクリームを食べて倒れたことを思い出した。
「あぁそうだったね。僕はクレープとアイスクリームがあまりにも美味しかったから倒れたんだ。まさかあんなに美味しい物が存在するなんてね、感動したよ」
クレープとアイスクリームに感動したヴィレムが何気なく言った言葉は、自室にいる者達を呆れさせた。
まさか"美味しいから"という理由で倒れるなんて思いもしなかったからだ。この場にいる者は皆毒物かそれに近い物でヴィレムが倒れたと思っている。
となるとクレープやアイスクリームを作って販売していたユタカ達は勘違いにより捕まったわけである。そのことに気付いた護衛の一人がヴィレムに報告した。
「何てことを!すぐに商売人の方々を解放して応接室に通して!もちろん丁重にね。今から僕も向かうから」
「「「はっ」」」
ベッドから起き上がりながら、最高のお菓子を作った罪無き者達を誤って捕まえてしまったことを、どう詫びようか考えつつ溜息をはくヴィレムだった。
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「はぁ…で、何故こうなった?」
ユタカがそう疑問に思うのも仕方がない。
「只今より、料理対決を始めます」
帝国一の専属料理長さんと料理対決をすることになってしまったのである。
面倒だなと思いつつも作業に取り掛かるユタカだった。
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今から遡ること数時間前。
牢屋から解放されたユタカ達三人は、応接室に案内された。
そこで出迎えたのが、広場で倒れた人物であるヴィレムだ。あ、とユタカは声を発し少々戸惑ったが、何かの動物の皮で作られたソファーらしき大きな椅子に促されて座った。ユタカのちょうど対面にはヴィレムが座っていて、隣には従者が立っていた。そしてヴィレムの後ろでは護衛達が横に並んで立っている
「自己紹介をするよ。僕はヴィレム。シャントルイユ帝国第2皇子【ヴィレム=ディーツェ=クラインシュミット】。そして隣で立っているのは従者のルッツ」
「私はユタカ。ユタカ=キリシマ。隣りにいるのがシンシアとメルヴィナです」
簡単に自己紹介を終えたところで、ヴィレムは椅子からスッと立ち上がりかしこまった体勢で、
「ごめんなさい」
一国の皇太子なる身分のヴィレムが一般人に対して頭を下げた。ついでにルッツと護衛達も。ユタカ達が捕まった原因の人物とはいえ、身分上まさか頭を下げるとは思っていなかったので三人は驚きを隠せない。
ヴィレムは再び椅子に座り、三人に対して話し出した。
「…ということで、あなた達を誤って捕えてしまったんだ。ごめん」
ユタカ達に対してありのままを説明すると、そういうことだったのかと彼らは納得した。
クレープやアイスクリームを販売するにあたり、それらに毒物を入れる理由がユタカ達にはない。もとより商売なので入れるわけがないのである。
そうはいっても、一国の皇子がそれらを食べた瞬間に倒れたものだから、勘違いされてもおかしくはないのではあるが。
「(…この皇子、シアとメルみたいにオーバーリアクションのようだな)」
話しを聞いてユタカはそう思った。
アイスクリームの販売を開始した日であってもヴィレム以外のお客さんはそれを食べても倒れはしなかったので尚更である。
そんなことを考えていると、
「ん?この匂いは…」
何やら甘い香りが応接室内に漂よっていた。
そして、黄色い四角い形をしたスポンジ状のお菓子が白い皿に乗せられてナイフとフォークと共にユタカ達三人の目の前に置かれ、ハーブティーらしき飲み物も一緒に側に置かれた。
「せめてものお詫びとしてこの"パレーレ"を食べてみてね。帝国随一の料理人に作らせた最高級の卵とミエルを使用したお菓子なんだ」
"お菓子"という単語を耳にしたシアとメルは差し出された食べ物を前に目を光らせている。
一方ユタカは、じーっとパレーレを見ている。
「(お菓子ってこの世界に存在していたのか。しかもこれ見覚えがあると思ったら"カステラ"じゃないか)」
黄色い生地に外側が茶色の南蛮菓子。
とりあえずは食べてみることにする。
「美味しい」
その言葉を聞いて満足なヴィレム。
「けど、ミエルの味が強すぎる気がします」
砂糖がないから仕方ないといえば仕方ないのだが、本人は砂糖を持っているのでそんなことが言える。
ユタカのちょっとした発言により、ヴィレムの目が少しだけ光った。自身が最高だと思っているパレーレに意見(指摘)をしたからだ。
「ユタカ殿、それならこのパレーレをさらに美味しく出来るとでも言うのかな?」
若干の期待をしながらヴィレムがユタカに尋ねる。
「はい、おそらくこれよりも美味しいパレーレを作れます」
と返事が返って来たのでヴィレムはひとつの提案をした。
「へぇそれなら、うちの料理長とパレーレ作りの勝負をしてはどうかな?クレープやアイスクリームを作れるユタカ殿なら、良い戦いになると思うんだけどさ。うん、そうしよう」
相手の返事を待たずに勝手に話しを進めるヴィレム。
こうしてユタカはシャントルイユ帝国一の料理人とパレーレ作りの勝負をすることになったのだ。
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「はぁ…で、何故こうなった?」
それはユタカが帝国一の料理人が作ったパレーレに意見したからである。というのが本当の理由であった。
「只今より、料理対決を始めます」
ワァー
ワァー
「ここどこ?やけに傍観する人が多いんだけども。しかも実況つきだし色々と間違ってないか?」
ユタカがそう言うのも無理はない。何故か料理対決をする場所は厨房ではなかったのだ。そのかわり闘技場らしきところで料理対決を行うようである。そして傍観者は城の関係者で埋め尽くされていた。
「一応、調理道具は一式用意されているみたいだし、材料もあるみたいだし…今回必要なさそうな野菜とか肉とか魚介類なんてあるけど…追及するのはやめておこう」
ユタカは色々と気にしないことにした。
しばらくすると、対決相手の帝国一の料理人兼料理長らしき人物がこちらを見ながらやって来たのでユタカはそちらの方向を向くと相手側から言葉をかけてきた。
「わしは料理長の【グレゴール】だ。よろしく」
と手を差し出して来たので、ユタカも同じように手を出して名乗りお互いの手を握り締めた。ガッシリとした体格でありながらも器用そうな手をしていて侮れないおじさんだなとユタカは思った。
「制限時間は2時間、材料は何を使っても構いません。美味しい方が勝ちとなります。それでは始め!」
ふぅと息を吐きつつユタカは卵に手を伸ばした。
大きめのボールに割った卵を8コ投入する。そして卵黄を上下から中央に固定する役目を持つ白い"カラザ"を取り除いた。
その時、
ワァー
何やら歓声があがる。
何だと思いグレゴールの方を見ると、
シュシャァァア
「おぉっとグレゴール料理長!卵を物凄い速さで混ぜている!この速さ誰にも止められない!」
いらん実況ではあるが、グレゴールは物凄い速さで掻き混ぜているのはユタカから見ても凄いと思った。
しかし、
ジュジャァァァァアッ
「な、なんとユタカ販売員、グレゴール料理長と同じくらいの速さで、いや、それ以上か!それ以上の速さで掻き混ぜ始めたぁぁあ!!」
負けじとユタカも卵を掻き混ぜ始めたのだ。そして砂糖を入れさらによく混ぜるのだが…
「それは一体なんなのかぁー!ユタカ販売員は茶色い何かを卵に投入して混ぜ始めたぁー!しゃっほい!」
ワァー
何かしらするたびに実況があるので、うざいなぁとユタカは思っていた。どうしようかと考えていると、
ゴーーン
「やかましいわっ!」
グレゴールから実況へフライパンという名の鉄槌が投げ下された。それにより、実況は白目を剥いてピクピクしている。
ご愁傷様ではあるが自業自得であるので当然の結果といえよう。
そんなことをしている間に良い感じに"の"の字が書けるくらいに泡立った。
40度くらいの温度に調整した牛乳にミエルを入れてうまく溶かし、それを先程泡立てた卵に投入する。そしてよく混ぜる。
グレゴールの方も同じように牛乳にミエルを入れて混ぜている。本来砂糖を溶かすために湯銭を用いるのだが、彼は砂糖を使用していないので必要ない。一方ユタカは砂糖を使用している。しかし熱伝導能力があるため湯煎にかけて砂糖を溶かす必要はないということになっている。
よく混ざったところで、3回程振るった強力粉(小麦粉)を4回くらいに分けてミエルと牛乳の入った泡立てた卵に入れてよく混ぜる。
よく混ざったところで、20×20センチの型にそれを流し込む。そして竹串のような棒で切るようにして縦横に動かし泡を抜く作業を行い大きな泡を取り除く。
あとは焼くだけである。
グレゴールもあと焼くだけの状態まできていた。ここまでは両者共に同じくらいの速さである。
生地をオーブンに入れて焼きたいところなのだが、用意されたオーブンの使い方が判らなかったことと、オーブンによって"癖"があるので焼き上がりに差が出る恐れがある。"癖"というのはどのオーブンにもあり、設定した温度が同じだったとしても10度高かったり低かったり焼き上がりが短い時間で済んだり長い時間が必要だったり、という目に見えない癖があるので出来上がりが変わってくるのである。
なのでユタカは自身の能力を使い焼き上げることにした。ただオーブンという空間は使ったが。周りから見れば用意されたオーブンを使っているように見える。
最初は170度の温度で約10分焼き、150度に温度を下げて40分程焼く。
ユタカは気付かない内に細かい温度調整も出来るようになっていた。連日クレープを大量に焼き続けた経験によるものであろう。
焼き上がるまで時間があるのでどうしようかと考えていると、グレゴールが話し持ちかけてきた。
「ユタカ殿、パレーレが焼き上がるまで時間があるし制限時間もまだまだ沢山ある。そこであと2品作って勝負しないか?」
確かに時間はまだまだある。暇だしまぁいっかとユタカはその勝負に乗った。
「そうと決まれば、時間内に出来る"得意料理"にしよう」
得意料理かぁとユタカは呟きながら、近くにある野菜を手に取りつつ考えるのだった。