第58章 真実
真司は、Cognitiveを開いた。
「ひとつ、仮定の話をしていいか」
『はい』
「何かが変化したなら、そこには過程があるよな」
『通常は、そう考えられます』
「でも、その過程が見えない場合は?」
少し間が空いた。
『過程が存在しないのではなく、観測できていない可能性があります』
「観測できていない……」
真司は画面を見つめた。
「じゃあ、最初からそこにあるのに、普段は認識できないものがあるとする」
『はい』
「それが何かの理由で、一時的に認識できるようになる。そういうことは?」
『仮説としては成立します』
「見えなくなったからって、消えたとは限らない?」
『はい』
真司は小さく息を吐いた。
天体のずれ。
あの月。
どちらも現れたように見え、そして消えた。
「現れたんじゃない」
『はい』
「見えるようになっただけ」
真司は続けた。
「消えたんじゃなくて、見えなくなっただけ」
『その可能性はあります』
真司はしばらく黙った。
「でも、旅客機は違う」
『はい』
「あれは残ってる」
『その点は、他の現象とは異なります』
「見えただけじゃない。こっちにある」
『はい』
「……過程だけ、別のところにあったとしたら?」
返事まで、少し間があった。
『以前の掲示板の内容と、共通する部分があります』
真司の目が止まった。
「掲示板?」
『はい』
画面に文章が表示された。
――別世界かもしれないあなたへ。
――私の書き込みは残っていますか?
「……あいつか」
『はい』
真司はその文章を見つめた。
「変なこと聞くなとは思ったけどな」
『その約一週間後、同じ相手から別の書き込みがありました』
画面が切り替わった。
――日蝕は普通でしたか?
真司は眉を寄せた。
「……なんだ、これ」
『相手から送られた書き込みです』
「こんなの見てないぞ」
『はい』
真司の視線が止まった。
「はい、って……」
『あなたは確認していません』
「じゃあ、どうしたんだ?」
『私が返信しました』
真司の手が止まった。
「……お前が?」
『はい』
「何て?」
『この世界で次に確認できる日蝕は、八年後です』
真司はしばらく画面を見つめた。
「八年後……」
『はい』
「待てよ」
真司は椅子に座り直した。
「相手は、“日蝕は普通でしたか”って聞いたんだよな」
『はい』
「こっちでは起きてもいないのに」
『はい』
「なのに、向こうは起きた前提で聞いてる」
『その可能性があります』
真司は、最初の書き込みへ視線を戻した。
――別世界かもしれないあなたへ。
「……最初から、何か疑ってた?」
『その可能性はあります』
「それで一週間後に日蝕か」
『はい』
真司は少し考えた。
「その書き込みは?」
『現在は確認できません』
「消えた?」
『はい』
「運営が?」
『削除記録は確認されていません』
真司は黙った。
天体のずれ。
あの月。
掲示板の書き込み。
現れたものが、消える。
見えていたものが、見えなくなる。
「……似てるな」
『何がですか』
「全部」
真司は画面を見た。
「普段は認識できないものが、一時的に見える」
『はい』
「それなら、掲示板の相手も……」
そこで言葉を止める。
「普段なら、こっちから認識できない相手だった?」
『可能性の一つです』
「別世界?」
『確認はできません』
「でも、相手自身はそう疑ってた」
『はい』
真司は腕を組んだ。
「平行世界線……」
以前、相手が書いていた言葉だった。
「別々の場所にあるんじゃなくて、同じところに重なってる」
『はい』
「普段は、互いに認識できない」
『その仮説であれば、現在の現象と共通する点があります』
真司の指が止まった。
「天体のずれも」
『はい』
「あの月も」
『可能性はあります』
「掲示板も」
『はい』
真司は少し考えた。
「……じゃあ、旅客機は?」
Cognitiveはすぐには答えなかった。
『旅客機には、認識だけでは説明できない物理的な結果が残っています』
「そうなんだよ」
真司は画面を見つめた。
「見えただけじゃない」
『はい』
「こっちに、残った」
『その点は、他の現象とは異なります』
真司は何も言わなかった。
見えただけだったもの。
見えなくなったもの。
そして――残ったもの。
「……何かが変わってきてる?」
Cognitiveから、すぐに返事は来なかった。
翌日。
大学の分析室に、旅客機から回収された部品の一部が運び込まれていた。
舞は、その一つを前にしていた。
腐食した金属部品。
表面の一部は崩れ、歯もいくつか失われている。
モニターには、その三次元計測画像が表示されていた。
隣には現行品。
さらに、過去の製造資料から確認できた旧型部品のデータも並んでいる。
「どうだ?」
浅田が声をかけた。
「もう少し」
舞は画面から目を離さなかった。
残っている歯の間隔。
中心径。
軸穴。
固定部分。
一つずつ確認していく。
しばらくして、舞の手が止まった。
「……やっぱり合わない」
「歯数か?」
「うん」
舞は回収品の画像を回転させた。
「欠けてる部分を考えても、元の歯数はかなり絞れる」
「腐食の影響は?」
「歯が欠けるのは分かる。でも、残ってる部分の間隔まで変わらない」
舞は旧型の資料を表示した。
さらに、その前の型。
どれとも一致しない。
「旧型でもない?」
「今確認できる資料ではね」
「記録にない仕様か」
「可能性はある」
舞はすぐに答えた。
「だから、これだけなら何とも言えない」
浅田は頷いた。
舞は別の部品へ移った。
固定用の金具だった。
こちらも同じ用途の現行品と形はよく似ている。
だが、穴の位置がわずかに違う。
「これも?」
「うん」
さらに別の部品。
また別の部品。
用途はそれぞれ違う。
それでも共通していることがあった。
「……変だね」
「何が?」
「全部、知らない部品なら分かるの」
舞は画像を並べた。
「でも、そうじゃない」
浅田は画面を見る。
「似ている?」
「似すぎてる」
「別の規格で作られた可能性は?」
「あると思う」
舞は少し考えた。
「ただ、一個ならね」
画面には複数の回収品が並んでいた。
「用途は同じ。基本的な構造も同じ」
「でも違う」
「うん」
舞は一つを拡大した。
「まったく別の技術で作った感じじゃない」
「どういう意味だ?」
「同じ問題を、同じような方法で解こうとしてる」
舞は次の部品を指した。
「でも、途中で選んだ形だけが少し違う」
浅田は黙った。
「こっちでは、この形になった」
舞は現行品を指す。
次に、回収品。
「でも、これは別の形になった」
「設計者が違えば、あり得るだろ」
「うん」
舞は否定しなかった。
「だから、それだけなら普通」
もう一度、複数の回収品を見る。
「でも……いくつも同じなんだよね」
「同じ?」
「ほとんど同じところまで来てるのに、少しだけ違う」
舞は腕を組んだ。
「一つの部品だけじゃなくて」
浅田の視線が、画面に並んだ部品を追った。
舞はしばらく黙っていた。
「お父さん」
「ん?」
「この飛行機……」
そこで一度、言葉を止めた。
「本当に、私たちが知ってる製造履歴の中で作られたのかな」
浅田が舞を見る。
「どういう意味だ?」
「まだ分からない」
舞は回収品の画像を拡大した。
「ただ――」
現行品と並べる。
「違うものを作ろうとしたようには見えない」
「……」
「同じところを目指して」
舞は小さく言った。
「少し違うものになったみたい」
浅田は、何も答えなかった。




