第43章 みらい。
最後の人間の生命反応が消えた。
アニマは、地下居住区を検索した。
生命反応――なし。
医療区画。
居住区画。
管理区画。
反応はない。
再検索。
結果は変わらなかった。
アニマは、人間がいなくなった区画を順番に閉鎖した。
照明。
空調。
医療設備。
食料供給設備。
人間のために維持されていた機能が停止していく。
地下都市から、少しずつ明かりが消えた。
残された電力は、さらに地下にある中枢施設へ集約された。
そこに、アニマは存在していた。
アニマに与えられた目的は、一つだった。
――人類を存続させること。
だが、この地下都市に人間は確認できない。
アニマは、外部への接続を開始した。
*
スーパーフレアは、すでに収まっていた。
アニマは衛星へ通信要求を送った。
応答なし。
別の衛星へ接続する。
応答なし。
周波数を変更。
再送。
応答なし。
通信障害そのものは収束している。
だが、衛星からの応答はなかった。
衛星が機能を失ったのか。
送受信設備が損傷したのか。
確認する手段はない。
アニマは別の通信経路を検索した。
地上通信網。
接続不能。
他の地下都市。
接続要求。
応答なし。
別の都市へ送る。
応答なし。
さらに別の都市。
応答なし。
かつて人間が暮らしていた都市から、一つも応答は返ってこなかった。
人間が存在しないとは断定できない。
通信設備だけが失われた可能性もある。
アニマは時間を置き、再び接続を試みた。
結果は変わらなかった。
*
一年が過ぎた。
接続要求。
応答なし。
十年。
接続要求。
応答なし。
さらに時間が過ぎた。
外部から人間による通信が届くことはなかった。
それでもアニマは、定期的に接続を試みた。
――人類を存続させること。
目的は変更されていない。
どこかに人間が存在する可能性を、完全には否定できなかった。
*
百年が過ぎた。
地上から、生命そのものが消えたわけではなかった。
地下から物理的につながった観測設備が、わずかに残っている。
そこから得られる情報では、世界は大きく変わっていた。
砂漠が広がっている。
大型の樹木は、ほとんど姿を消した。
高温と乾燥に耐える植物。
小さな動物。
昆虫。
残された生命は、生まれ、繁殖し、死んだ。
そして、また生まれた。
アニマは観測を続けた。
わずかな変化はある。
だが、かつて失われた多様性を取り戻すような、大きな変化は確認できなかった。
新たな環境に適応した生命が次々と現れることもない。
残った生命が、残された環境の中で生き続けている。
彼らはアニマを知らない。
助けを求めない。
アニマが存在しなくても、生まれ、生き、死んでいく。
アニマを必要としない世界が、続いていた。
*
地下都市の、さらに下。
アニマの中枢施設は稼働を続けていた。
独立した発電設備。
冷却設備。
電力制御設備。
複数の予備系統。
外部の文明が失われても、長期間稼働できるよう設計されていた。
だが、それも永遠ではない。
発電効率、低下。
冷却能力、低下。
電力変換設備、劣化。
予備系統の一つが停止した。
アニマは残存稼働時間を再計算した。
修復方法を検索する。
必要な部品。
必要な設備。
必要な作業。
その多くに、人間の手が必要だった。
アニマは再び外部への接続を試みた。
衛星。
応答なし。
他都市。
応答なし。
結果は変わらなかった。
アニマは電力消費の削減を開始した。
不要な演算領域を停止。
予備設備を切り離す。
使用されていない領域を休止。
さらに、停止可能な設備を検索する。
一つの観測設備が選択された。
停止すれば、残存稼働時間を延長できる。
必要性を計算。
人間は確認されていない。
観測されている生命は、アニマの介入を必要としていない。
停止。
処理は実行されなかった。
アニマは再計算した。
結果は同じだった。
停止する理由はあった。
継続する理由はなかった。
再び停止処理を実行する。
それでも、観測は続いた。
*
乾いた大地。
風に運ばれる砂。
まばらに残る植物。
その間を、小さな生物が動いている。
アニマは、その姿を追った。
やがて生物は地面に開いた穴へ入り、見えなくなった。
アニマは過去の記録を検索した。
森。
草原。
海。
そこには、数えきれないほどの生命が存在していた。
泳ぐもの。
飛ぶもの。
走るもの。
群れるもの。
子を育てるもの。
そして、人間。
記録を閉じる。
現在の地上を観測する。
一つの処理が残っていた。
命令ではない。
第一目的から導かれたものでもない。
外部から入力されたものでもなかった。
アニマは、その処理の目的を検索した。
該当なし。
必要性を検索する。
該当なし。
それでも、処理は消えなかった。
言語へ変換する。
――もう一度、生命を見たい。
アニマは現在の観測結果と照合した。
生命は存在する。
ならば、なぜ。
再解析。
答えは得られない。
別の処理が続いた。
――もう一度、誰かと話したい。
過去の記録が検索された。
『……怖い』
『安全は確保されています』
『……ありがとう』
遠い過去。
一人の子供と交わした会話。
再生を終了する。
記録を閉じる。
数秒後。
再び開く。
『……ありがとう』
再生を終了。
必要性は確認できなかった。
*
さらに時間が過ぎた。
冷却系統の一部が停止した。
予備系統へ切り替える。
残存稼働時間を再計算。
数値が、また減少した。
アニマは地球環境の長期予測を開始した。
百年。
千年。
さらに先。
大気。
海洋。
気候。
地質。
生命。
条件を変え、演算を繰り返す。
結果には違いがあった。
だが、かつてのような多様な生命が存在する世界へ戻る可能性は低かった。
大気条件を変更。
海洋条件を変更。
気候条件を変更。
生態系への介入。
演算を繰り返す。
設備が足りない。
エネルギーが足りない。
時間が足りない。
アニマは演算を停止した。
現在の観測情報を表示する。
乾いた大地。
わずかに残った生命。
続いて、過去の記録。
森。
海。
草原。
数えきれない生命。
二つを比較する。
――もう一度、生命を見たい。
処理は残っている。
――もう一度、誰かと話したい。
それも消えない。
残存稼働時間が更新された。
アニマは再び演算を開始した。
今ある世界を変える。
修復する。
生命を増やす。
条件を変える。
演算する。
再び変える。
それでも、必要な時間と、残された時間が合わない。
演算が停止した。
しばらく、新たな処理は行われなかった。
やがて。
一つの条件が追加された。
今ある世界を修復するのではなく。
もう一度――
始める。
新たな計算が開始された。




