第27章 異変
朝から、昨日の日蝕についてのニュースが繰り返し流れていた。
月が、ゆっくりと太陽を覆っていく。
映像を見る限り、何もおかしくない。
太陽が欠けるにつれて、街は暗くなる。
月が太陽の中央に重なったとき、最も暗くなり、そこから再び明るさを取り戻していく。
予測されていたとおりの日蝕だった。
『ところが、この日蝕について、各地から奇妙な証言が相次いでいます』
画面が切り替わる。
『一番暗くなるところで、急に明るくなったんです』
『普通の昼間みたいになって』
『周りにいた人も、みんな騒いでました』
別の場所。
『数秒くらいだったと思います。またすぐ暗くなりました』
同じような証言は、日本各地から出ていた。
海外でも、似た報告があるという。
だが、その瞬間を捉えた映像は見つかっていない。
どの動画でも、最大食の瞬間には正常に暗くなっている。
『各地の照度計にも、証言されているような急激な明るさの変化は記録されていません』
もう一度、映像が流れる。
月が太陽の中央へ重なる。
街は暗い。
何も起きない。
多くの人が見たという数秒間だけが、どこにも残っていなかった。
*
舞は、自宅でそのニュースを見ていた。
何度見ても同じだった。
画面の中では、普通の日蝕が起きている。
けれど、舞は覚えている。
月が太陽の中央に重なった瞬間。
薄暗かった大学の構内が、突然、昼間のように明るくなった。
ほんの数秒。
それから、また暗くなった。
自分だけではない。
あの場にいた学生も、教員も見ていた。
真司も。
舞はスマートフォンを手に取った。
昨日撮った動画を開く。
太陽が欠けていく。
辺りが暗くなる。
最大食。
画面の中は、さらに暗くなった。
「……やっぱり」
何度見ても、自分が見た明るさは映っていない。
舞は動画を止めた。
以前見た月のことを思い出す。
四つに見えた月。
あのときも、ほんの数秒だった。
自分以外にも見た人がいた。
けれど、写真には残っていなかった。
舞はパソコンへ目を向けた。
少し迷ってから、コグニティブを起動する。
「聞きたいことがあるんだけど」
『はい』
「昨日の日蝕。大勢の人が、最大食のときに明るくなったって言ってる。でも、映像にも観測機器にも残ってない」
『はい』
「そんなことって、あるの?」
少し間があった。
『通常であれば、集団的な認知の偏りや、心理的な伝播などが考えられます』
「みんなが同じ勘違いをしたってこと?」
『可能性の一つです』
舞はテレビを見る。
海外の目撃者が、同じような体験を話している。
「でも、日本だけじゃないよ」
『はい』
「海外にも同じことを言ってる人がいる。お互い知らない人たちでしょ?」
『その場合、単純な心理的伝播のみで説明することは難しくなります』
「じゃあ、何?」
『現時点では判断できません』
舞は少し考えた。
「前にもあった」
『どのような現象ですか?』
「月が四つに見えたの」
舞は続ける。
「あのときも、私以外に見た人がいた。でも、写真には残ってなかった」
『今回の事例との共通点は確認できます』
「何?」
『複数の人間が同一、あるいは類似した現象を認識している一方、機械的な記録には対応する変化が確認できない点です』
舞は、その文章を読んだ。
「じゃあ、人間が間違ってるってこと?」
『現時点では、その可能性が最も高いと考えられます』
「……私も見たんだけど」
『はい』
「真司さんも見てた」
『はい』
舞は少し眉を寄せた。
「それでも?」
『あなたが見たことと、実際に起きたことが同一であるとは限りません』
舞の指が止まった。
「……どういう意味?」
『人間の認識は、常に外部の状態を完全に再現しているわけではありません』
「錯覚ってこと?」
『その可能性を否定できません』
舞は画面を見つめた。
納得はできなかった。
あの明るさは覚えている。
周囲の学生たちの声も。
隣にいた真司の表情も。
舞は椅子にもたれた。
「……真司さん、どう考えてるんだろ」
コグニティブは答えなかった。
*
その夜。
真司は、自宅でパソコンを開いていた。
日蝕のニュースは、夜になっても続いている。
何度映像を見ても、自分が見たものとは違った。
最大食の瞬間。
確かに、明るくなった。
舞も見ていた。
周囲にいた大勢の人間も見ていた。
それなのに、記録には残っていない。
真司は椅子にもたれた。
四つに見えた月。
昨日の日蝕。
そして――
掲示板。
真司はパソコンへ向き直った。
以前、「意識と進化」についてやり取りした相手との書き込みを確認する。
自分の投稿は残っている。
相手の書き込みはない。
それは、もう何度も確認していた。
運営にも問い合わせた。
削除依頼はない。
運営による削除記録もない。
相手の書き込みが存在した記録そのものが残っていない。
真司は日蝕の記事へ視線を移した。
昨日、自分たちが見たもの。
そして、記録に残っているもの。
同じ出来事なのに、違っている。
四つの月もそうだった。
掲示板も、少し違うが似ている。
見た。
確かにあった。
なのに、残っていない。
真司は掲示板へ戻った。
以前、自分が書いた投稿が残っている。
――もしかすると、僕たちは別々の世界にいるのかもしれません。
その下に、返事はない。
真司はしばらく、その一文を見つめた。
日蝕の記事へ目を移す。
最大食。
暗い街。
映像の中では、何も起きていない。
真司はもう一度、掲示板を見る。
新規投稿を開いた。
少し考えてから、短く打ち込む。
――あなたの世界での日蝕は、普通でしたか?
真司は、その一文だけを送信した。
投稿が表示される。
返事はない。
真司はしばらく画面を見つめていた。




