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再演  作者: らいと


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17/60

16章 疎通

翌日。


 真司は、大学の研究室でパソコンを開いていた。


 メールが一件届いている。


 差出人は、浅田正人。


 真司はメールを開いた。


『真司君。


 借りていた正司のノートを返したい。


 それと、最近観測されている天体の異常について、少し話しておきたいことがある。


 時間があるときに、一度来てもらえないだろうか』


 真司はメールを読み返した。


 父のノート。


 そして、天体の異常。


 浅田がわざわざ自分に話したいということは、何か気になることでもあったのだろうか。


 真司は少し考えてから、返信した。


     *


 数日後。


 真司は浅田の研究室を訪れた。


 扉をノックする。


「どうぞ」


 中へ入ると、浅田がモニターの前にいた。


 その近くには、見覚えのない女性が座っている。


「こんにちは」


 女性が先に頭を下げた。


「こんにちは」


「真司君、紹介する。娘の舞だ」


「浅田舞です」


「間宮真司です」


「知ってます」


 舞が少し笑った。


「……僕のことを?」


「はい」


 真司が浅田を見る。


「娘さんがいるとは聞いてましたけど」


「ああ。海外から戻ってきたばかりでな」


 舞が父を見る。


「お父さん、言ってないの?」


「何を?」


「私が会ってみたいって言ったこと」


「ああ」


 浅田は平然と答えた。


「言ってない」


「なんで?」


「言ったら面白くないだろ」


「何が面白いの」


 舞が呆れたように父を見る。


 真司は思わず笑った。


「浅田先生、そういうことするんですね」


「たまにはな」


「すみません。父が勝手に」


「いえ。ちょっと驚きましたけど」


 舞は真司を見る。


「会ってみたいって言ったのは、本当です」


「どうして僕に?」


「物理学者の息子さんが、哲学をやってるって聞いたので」


「それが?」


「なんか面白そうだなって」


 真司は少し笑った。


「それで会ってみたいと?」


「はい。変ですか?」


「いや……初めて言われました」


「私も、そんな理由で人に会ってみたいと思ったのは初めてです」


 舞が笑う。


 浅田は机の上に置かれていた古いノートを手に取った。


「まあ、そのくらいにして」


「お父さんが始めたんでしょ」


「そうだったな」


 浅田はノートを真司へ差し出した。


「真司君。まず、これを返しておく」


 真司は受け取った。


 父のノートだった。


「もういいんですか?」


「ああ。何度か読み直した」


「何か分かりました?」


「分かった、とは言えないな」


 浅田はモニターへ目を向けた。


「ただ、気になることは増えた」


「気になること?」


「ああ」


 浅田が画面を切り替えた。


「それが、今日呼んだもう一つの理由だ」


 モニターに、遠い宇宙の観測画像が表示された。


     *


「これは?」


「約五五〇〇光年先にあるブラックホールだ」


 浅田が過去の観測データと最新のデータを重ねる。


「周辺を回っている天体の位置が、予測からズレている」


「ズレてる?」


「ああ。一つじゃない。複数だ」


 浅田が画面を切り替えた。


「それだけじゃない。重力レンズによって生じる像にも異常が出ている」


 真司は画面を見る。


 数字や図が並んでいる。


 詳しいところまでは分からない。


「観測機器の問題じゃないんですか?」


「最初は俺もそう考えた」


「違った?」


「ああ。複数の観測機関でも似た異常が確認されている」


 舞が別の画像を表示した。


「それと、こっちも見てください」


「別のブラックホール?」


「はい。約一六〇〇光年先です」


 以前の観測画像と、最近の画像が並ぶ。


「周辺ガスの放射光が、以前より数倍に広がって見えるんです」


「数倍?」


「はい。海外から届いたデータでも確認されています」


 浅田が続ける。


「こっちは、つい最近になって変化がはっきりしてきた」


 真司は二つの画像を見比べた。


「五五〇〇光年先と、一六〇〇光年先……」


「ああ」


「関係があるんですか?」


「分からない」


 浅田は腕を組んだ。


「距離も場所も違う。今の段階で、同じ原因だとは言えない」


「じゃあ、どうして父のノートと?」


 浅田は少し黙った。


「正司のノートを読み直していて、気になったんだ」


「何がですか?」


 浅田は真司の手にあるノートを開いた。


「正司は、観測結果に説明のつかないズレが出たとき、それを単なる誤差として捨ててなかった」


 ページをめくる。


 数式。


 図。


 天体の名前。


 計算途中の数字。


 その間に、短い文章が残されている。


 ――座標の異常。


 別のページ。


 ――ブラックホールの重力場による影響か。


 さらに、その横には、


 ――磁場との関係?


 いくつかの計算のあとに、


 ――説明しきれない。


 とだけ書かれていた。


「これ……」


「正司自身も、答えは出せてない」


 浅田は言った。


「以前なら、俺もそこで終わってた」


「今は違う?」


「ああ」


 浅田はモニターを見る。


「実際に、説明しにくいものが増えてきたからな」


 真司も画面へ目を向けた。


 遠いブラックホール。


 その周辺で起きている異常。


「だから、真司君にも聞いてみたかった」


「僕に?」


「正司のノートを全部読んだんだろ?」


「一応。でも、専門的なところは分かりません」


「物理の話を聞きたいわけじゃない」


 浅田は真司を見る。


「真司君は、このノートを読んでどう思った?」


 真司は黙った。


 父のノート。


 何度も読んだ。


 それでも、父が最後に何を考えていたのかは分からない。


「……父は、宇宙を完成したものとして見てなかったんじゃないかと思います」


「完成したもの?」


「はい」


 真司は言葉を探した。


「始まって、変化して、終わる」


 舞も黙って聞いている。


「でも、終わったら全部なくなるとは考えていなかった」


「その先がある?」


 舞が聞いた。


「たぶん」


「何があるんですか?」


「分かりません」


 真司は苦笑した。


「そこまで書いてないですから」


「真司さん自身は?」


「僕?」


「どう考えてるんですか?」


 真司は少し考えた。


「僕も、終わりが全部の終わりだとは思ってないです」


「どうして?」


「始まりがあるなら、その前にも何かあったんじゃないかって考えてしまうから」


「宇宙が始まる前に?」


「そう考えると、たぶん物理の話になるんですよね」


 舞が少し首を傾げた。


「じゃあ、哲学だと?」


 真司は父のノートへ目を落とした。


「そもそも、何をもって『始まった』と言うんだろうって考えます」


「何をもって?」


「時間が始まったからなのか。物質が生まれたからなのか。それとも、何もなかったところに何かが存在したからなのか」


 舞は少し考えた。


「それって、違うんですか?」


「分かりません」


 真司は笑った。


「だから考えるんです」


 浅田が真司を見る。


「やっぱり正司とは違うな」


「父なら?」


「あいつなら、何が起きたのかを考える」


 真司は少し考え、頷いた。


「僕は、その『何が起きた』を、なぜ始まりと呼ぶのかを考える」


「同じことを見てるのに?」


 舞が聞いた。


「問い方が違うんだと思います」


 真司はノートを開いた。


 父が残した文字を見る。


「父は、宇宙がどう始まって、どう終わるのかを考えていた」


 少し間を置く。


「僕が気になるのは、その始まりと終わりが、本当に別のものなのかってことです」


「別じゃない?」


「例えば、何かが終わったことで次が始まるなら」


 真司は少し考えた。


「その終わりは、本当に終わりなのかなって」


 舞は黙った。


 浅田も何も言わない。


「……まあ、こんなことばかり考えてるから哲学なんでしょうけど」


 舞が少し笑った。


「面白いですね」


「そうですか?」


「はい」


 舞は正司のノートを見る。


「間宮先生とは違うのに、同じところを見てる感じがする」


 真司もノートへ目を落とした。


「僕は、そういうつもりじゃなかったんですけどね」


 浅田は少し笑った。


「親子ってのは、そんなものかもしれないな」


     *


 浅田は再びモニターへ目を向けた。


「今のところ、何が起きているのかは分からない」


「まだ観測を?」


「ああ」


「何か分かったら、僕にも教えてください」


「そのつもりだ」


 舞が画面を見ながら言った。


「私も手伝うから」


「頼む」


 真司が二人を見る。


「親子で研究って、なんかいいですね」


「そうですか?」


 舞が振り返る。


「はい」


「私は、まだ慣れないですけど」


「そのうち慣れる」


 浅田が言った。


「お父さんが先に言わないで」


 真司が思わず笑った。


「何ですか?」


「いや。仲いいんだなと思って」


「そう見えます?」


「見えます」


「なら、たぶんそうです」


 浅田は何も言わず、モニターへ目を戻した。


 真司も画面を見る。


 そこには、遠い宇宙から届いた光が映っていた。


 五五〇〇年前。


 一六〇〇年前。


 今、その場所がどうなっているのか。


 誰にも分からない。


 ただ、過去から届いた光の中で、


 何かが、これまでとは違い始めていた。

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